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295話 《火炎竜》・序戦

 ビュグジーたちを先頭、テグスたちが最後尾で、《火炎竜》と戦う全員が五十二層へと下りていく。

 全ての人たちが戦闘意欲を発揮している中、テグスたちは階段を下りながらこそこそと前準備を始めていた。


「みんな、準備はいいよね?」

「わふっ。鎧も武器も、ばっちりです」

「《透身隠套》も、ちゃんと着ているの~」

「それと全員が服用の用意をしてますよ、《蛮勇因丸》を」

「慈悲女神の《癒しの水》も、一人に一本ずつ配付してございます」

「僕も《護森御笛》をくっつけた、音の出る魔道具を出してあるね」


 効果がはっきりしているもの、いないもの、色々とテグスたちは持ってきた。

 それでも半分ぐらいは、お守りとか気休めという程度にしか期待していない。

 そんな準備した物を見せ合って確認していると、アンジィーが困惑した顔をする。


「あ、あの、《暗器悪鬼》の黒球、なんですけど。え、えっと、今ある全部を一まとめ、でいいんですよね?」


 疑問の声にアンジィーの手元を見れば、七つほどの黒球が入った小鞄を持っている。

 だがそれらは、細縄で一くくりに束ねられていた。

 その状態を確認して、テグスは頷く。


「小鞄に入れておけば、熱風ぐらいじゃ破裂しないとは、《透身隠套》で覗き見したときに分かっているけど。火を吹く《魔物》を相手にするときに、長々と持っていても自爆する可能性の方が高いからね。なら戦いの最初の方で、全部使っちゃおうってね」


 理由を話しながら、テグスは少し困っているような顔を浮かべる。


「本音を言うと。出来れば、その黒球をまとめたものを踏ませたり、炎を吐こうとする口元に投げ入れられたら、痛打を期待できるんだろうけど。流石にそれは高望みしすぎだしね」


 そう聞いて、ハウリナたちは微笑みながら頷く。


「わふっ。竜、けっこう賢いです」

「古代語でお喋りできるぐらいなんだから、《護森巨狼》と同じぐらい知能があると思ったほうがいいかな~」

「いえ、竜の方が高いでしょう、《大迷宮》の《迷宮主》を任されるほどですし」

「神さまの尖兵でございますから、そう考えた方がよろしいかと思われますね」

「そ、そんな、相手と、戦うのかと思うと。だ、段々と、きんちょう、してきました……」


 アンジィーの弱気が復活したようで、段々と顔色が青くなっていく。

 テグスとハウリナたちはその顔を見て、苦笑いを浮かべる。


「なら、早めに《蛮勇因丸》を飲んでおこうか。効果は長続きしないけど、粒数はまだまだあるんだし」

「わふっ、それがいいです」


 全員一緒に《蛮勇因丸》を口に入れ、水筒を煽って飲み下す。

 効果は直ぐに現れ、恐怖や迷いが去り、戦闘意欲と高揚感が増していく。

 アンジィーの顔色も良くなり、目にいつになく強い力が入っているようにすら見える。

 そんな風に準備を確認し終えた頃、五十二層にすでに到着した。


「では、この巨大な扉を開けるでござりまするよ!」


 サムライが大声を出して、周知する。

 そのあと直ぐに、金属が素早く断たれたような、軽やかな音が響いた。

 どうやら、サムライが声を出して直ぐに、あの大扉の鎹である赤鱗を両断したらしい。

 その証拠に、黒曜石でできた巨大な大扉が、音を立てながらゆっくりと左右に開いていく。


「よっしゃあ! テメェら、いくぞぉ!!」


 大扉の隙間が一人分ほど空いたところで、ビュグジーが号令を発した。

 そして、広間の中へと入っていく。

 サムライと、その仲間たちも次々に入っていく。


「「「「おおおおおおおお!」」」」


 ビュグジーたちに遅れるものかと、共闘する《探訪者》たちもぞろぞろと中へと入っていった。

 やがて、大分広くなった大扉の隙間から、最後尾のテグスたちが入ていく。

 中に入ったテグスたちは、もう既に全員が事前の取り決めをしたように、巨大な広間の方々に散っていく姿を見た。

 一方で、《火炎竜》はというと、欠けた武器や防具が散乱する中央で寝そべり、胡乱げな瞳を侵入者たちに向けている。

 そして、やおら首を持ち上げると、高い位置から咆哮を放った。


「グルルアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの轟音で、広間の地面、壁、天井、そして人体を問わずに振動する。

 《蛮勇因丸》を服用していたテグスたち、そして前に一度戦った経験のあるビュグジーたちは、五月蝿そうに耳を塞ぐだけで済んだ。

 しかし、連れてきた《探訪者》の半分ほどは、腰を抜かしたり転んだりして、情けない姿を晒している。

 特に、寄せ集め集団であるコッピルとアルンコの一団は、それが顕著に見えた。


「なにしてやがる、立て。《魔物》を前にして、立たなきゃ死ぬぞ!」

「ちょっと大きな声をかけられたからって、小娘のようにへたりこんでいるんじゃないよ!」


 統率役を任されたコッピルとアルンコが、正気を取り戻させるように、蹴りや平手打ちで腰抜けたちを打ち据える。

 他の集団でも同じように、怖気づいた者たちを発奮させていく。

 そんな一種の恐慌状態な様相を見せているのに、《火炎竜》は口から火を吐きかけることも、羽根で風を起こすこともしない。

 代わりに、四肢を地面につけて立ち上がり、背筋と首筋、そして翼を伸ばして柔軟運動をしていた。

 その後で、広間にいる人たちを見回すと、欠けた武具の巣穴からゆっくりと出てきた。

 《探訪者》たちが警戒する中、《火炎竜》は立ち止まると、後ろ脚と尻尾だけを地面につけて座るような格好をする。

 そうやって、遥かな高さにある天井付近にまで、頭を持ち上げてから口を開いた。


「ミボンヴェニガスラコンテスタント。タアメン、ミポヴァスハヴィギ、ミドノスラテンポンフゥギアヴィウロイ」


 静やかながら力強い低音の声で、聞き取り易い古代語が発せられた。

 《探訪者》の大半は何を言っているかわからない様子だった。

 しかし、古代語に教養があったり、似た獣人の言葉を操る人が、周囲に伝えていく。

 その語る内容は――


「歓迎するが、逃げ帰るがいい、って?」

「よゆうって、言ってたです」


 テグスとハウリナがそう訳したものと、大体が同じものだった。

 人の口から訳されて伝わったその言葉に、《探訪者》たちは反応を一つだけ返した。

 つまり、全員が武器を構え直したのだ。

 その姿を見て、《火炎竜》は満足そうに首を上下に動かす。


「セヴィ。セラルクトコントラウミ、ヴィインファノジデヴァスエスチムルチプィキタ、パアラヴィヴォオオオオオーーー!」


 再びの咆哮にも、《探訪者》たちは武器を構えたままでい続け、腰を抜かすことはなかった。

 そうして、《火炎竜》が動き出そうとしたその瞬間に、横合いから助走をつけて飛びかかる人の姿があった。


「再びみまえることを、心待ちにして御座りました!!」


 それは、作り直した長巻を振り上げて突進する、サムライだった。

 《火炎竜》は前に戦ったときのことを覚えているのか、明らかに警戒した素振りで、翼で身体を覆う。

 そして、サムライが長巻を振り下ろす前に、広げた翼で打ち据えて遠くへ弾き飛ばした。


「ミスシアスカジ、ヴィエスアスフォルタジ。ヴィハヴァスイオンインシデ」


 サムライが堪えた様子もなく着地をするのを見つつ、《火炎竜》はそんな古代語の言葉をかける。

 そして、近くにまでやってきていた、ビュグジーたちと騎士見習いのディスケル、コンガルドをはじめとする頑侠族の一団へ顔を向けた。


「プロヴバチ」


 そんな呟きを漏らしながら、前脚を掲げ上げる。

 

「散開だ!」


 危機を察知したビュグジーが大声を発し、一団がバラバラに逃げ始める。

 その広がった輪の中心を抉るように、《火炎竜》は前脚を振り回した。

 身体の構造が爬虫類に似ているので、その攻撃範囲は狭いものの、一本で太い柱ほどもある鍵爪は、四本の筋を地面に刻んでいく。

 運悪く、それに巻き込まれて、ビュグジーの仲間と頑強族が一人ずつ、ズタズタに引き裂かれて死亡した。

 この理不尽なまでな一撃死を、少し遠くで見ていた《探訪者》たちが、唖然とした表情をする。

 《火炎竜》は、その彼ら彼女らの気の緩みを見逃さなかった。

 大きく口を開けると、喉の奥から外へと炎の黄色い帯を放射する。

 狙われたのは、苦労人顔のメルポとその仲間たちだ。


「――!? 渡された盾の影に!」


 我に返ったメルポが命令し、ビュグジーたちが用意し彼らに渡した分の、二枚の大盾の内側へ仲間たちと身を隠す。

 《火炎竜》の炎がそこに直撃し、それから三秒ほど直火焼きにされた。

 黄色い炎が止むと共に、熱と光も消える。

 黒く焦げた地面の中央部に、メルポたちがいた。

 ビュグジーたちが持ってきた大盾は役立ち、メルポたちは大汗をかいているものの、命に別状はなさそうだった。

 そう誰もが見た後、一人の腰元から爆炎が巻き起こり、メルポたちは吹っ飛ばされる。

 爆発した一人は、腰全体が消し飛んで死亡。

 メルポたちは、爆死した人の飛び散った骨や装備の欠片を食らい、大小さまざまな傷を負う。

 爆発した原因が分からずに混乱する《探訪者》の中で、テグスは理由に予想がついていた。


「どうやら、《火炎竜》の炎に炙られて、持っていた《暗器悪鬼》の黒球が暴発したんだろうね」


 そして、テグスは黒球を持っていると危険だと判断した。

 

「みんな、先ずは《透身隠套》で消えるよ。その後で、ティッカリに黒球をまとめた物を全力で《火炎竜》に投げてもらうから――ヴィデブラ」


 テグスが効果を発動する古代語を唱えるのに、ハウリナたちも続く。


「わふっ。わかったです。ぶぃでぶら」

「びぃでぶーら。じゃあ、アンジィーちゃん、黒球の箱ちょうだいなの~」

「ぶぃでッブラ。はい、どうぞ」


 《透身隠套》によって、全員の姿が消えた。

 すると、《火炎竜》の攻撃に浮き足立ち、周囲を慌しく見回していた《探訪者》の一人が、テグスたちがいなくなったことに気がついたらしい。


「あ、あのガキども、逃げ出しやがった!?」


 その大声に反論したいテグスではあったが、折角《透身隠套》で姿を見えなくした意味がなくなってしまうため我慢した。

 代わりにではないが、ティッカリに一まとめにしてある黒球入りの複数の小鞄を、《火炎竜》へ投げつけるように身振りする。


「それじゃあ行くの~。とや~~~~~~~~~~」


 不器用なティッカリでも、《火炎竜》のような小山ほどもある巨体相手にすれば、当てるように投げるだけなら造作もない。

 恐らく周囲の《探訪者》たちには、虚空から突然出現したように見えたのだろう。

 驚きの視線を集めながら、一まとめにされた小鞄が飛んでいく。

 《火炎竜》もこの攻撃は予想外だったのか、身体を覆うように大きな翼を動かし、飛んできた小鞄を防御する。

 そのぶつかった衝撃でその小鞄たちが、中の黒球の一斉爆発によって吹き飛び、跡形もなく消し飛んだ。

 それと共に《火炎竜》の咆哮にも劣らない爆音が、周囲に迸った。

 少しして爆風と爆炎が収まる。

 広間にいる《探訪者》全員が期待した目を向けるが、《火炎竜》の翼には穴の一つ、焦げ痕の一つもなかった。


「ちぇ。爆発があの硬い鱗と翼の皮膜で受け流されちゃったのかな」

「《火炎竜》というぐらいでございますし、火や爆発に耐性をお持ちやもしれません」


 テグスの愚痴に、ウパルが返す。

 そんな中、《火炎竜》はこの爆発を受けて、もう一度咆哮を放ってきた。


「エスタスリアポテンコゴラド。ミテンアスリーンラアアアアアアアオオオ。セド、キュヴィポスチヴィヴィイアアオオオオオ!」


 この古代語が進攻宣言であったかのように、咆哮の残響が消えると同時に、《火炎竜》は一歩《探訪者》たちへと前進する。

 その重々しい足音に、多くの人たちが死の予感を感じたのか、背筋を震わせていた。


注意:

ここから先は、竜の発言を順番に意訳したものです。

作品の雰囲気を大事にしたい人、発言内容は知りたくない人は読まないでください。









「挑戦者たちよ、よくきた。だが、我は寛大よ。逃げ帰るまで、しばしの猶予をやってもよいぞ」

「ならば、その命を代価にし、我が身に挑んでくるといい」

「貴様が強者だとは覚えているぞ。ゆえに、新顔どもの品定めをする邪魔をするでないわ」

「小手調べであるぞ」

「こけおどしなど。ふん、まだまだ手加減してしんぜよう。だが、生き残れれはするかの?」

 

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