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プロローグ3

 この大陸には幾つか《迷宮都市》と名を冠する場所がある。

 テグスが居るこの迷宮も、そんな《迷宮都市》の一つ――独立自治の《ゾリオル迷宮区》にある《大迷宮》と言われる場所だ。

 《ゾリオル迷宮区》にある迷宮には、七つの《小迷宮》、四つの《中迷宮》、一つの《大迷宮》がある。

 難易度は、《小迷宮》よりも《中迷宮》。《中迷宮》より《大迷宮》の方が高い。

 それなのにテグスという子供が《大迷宮》に何故潜れるかというと、彼がこの《ゾリオル迷宮区》に生まれ育った孤児だからに他ならない。

 《ゾリオル迷宮区》は独立自治区で、特定の国に守られていない。

 その為に、明確な法律は存在してなく、国営の機関ーー孤児院なども存在しない。

 では孤児たちは何処に行くのかと言うと、この迷宮内を探索して渡り歩く《探訪者》と言われる人たちを纏める、《探訪者ギルド》が運営する孤児院に行く。

 そこで孤児たちは日常の一部として、小さな頃から迷宮に実際に潜り、生き残るための術を磨いていく。

 《探訪者ギルド》側は、将来的に純正培養した優秀な《探訪者》が手に入り、迷宮からもたらされる富が増えると、両者両得な関係になっている。

 テグスはそんな孤児院に居る、孤児の中の一人である。

 勿論、実力差に見合った篩い分けはされるため、テグスの様に一人で《大迷宮》に潜る様な孤児は大変少ない。

 さらに付け加えると。

 《大迷宮》に作られた町には、十階層にある《中町》と四十階層にある《下町》というのがある。

 その《中町》に単独で行き来するのは、今の世代ではテグスだけしか居ないと言えば、どれだけテグスが同年代で抜きん出ているか分かるだろう。

 

「おーい、鍛冶屋のおっちゃーん。ボロ剣持ってきたよー」


 《門番の間》を抜けた先に広がる、魔道具の光りで明るい《中町》の一角にある建物に、テグスは背負子を背負い手に両手剣を剥き身で持ってやってきた。

 外見は煤けたボロ屋だが、看板は『クテガン鍛冶屋』と書かれているし、槌を振るっているらしきカンカンと音がするので、ちゃんと営業している鍛冶屋なのだろう。

 テグスはそんな鍛冶屋の中に、まるで自分の家であるかのような気軽さで入っていく。


「おーい、おっちゃーん。クテガンのおっちゃん、居るんだろー」

「チッ、五月蝿いぞ。誰が――ってお前かテグス。何の用だ」


 鍛冶場が建物の奥にあるのか、表との仕切りを開いて出てきたのは、確りとした筋肉が付いたビア樽体型のボサボサ頭の大男。

 この鍛冶屋の主であろうその男は、店の名前と同じくクテガンというらしい。

 そのクテガン、虫の居所が悪いのか、それとも平素でもそんな目付きなのか、テグスの方を吊り上がった眼で見ている。


「何のって、ボロ剣集めてきたんだよ。何時もの通り」

「おお、そうかそうか。じゃあ、何時も通りそこら辺に積んでおいてくれ」


 そんな視線も何のその、テグスは慣れた口調で問いに答え、背負子を外してクテガンへ中身を見せる。

 クテガンは中身をざっと確認し、建物の一角にある朽ちかけの武器が山積している場所を指差す。

 そこにテグスは背負子の中身を全て積み、手に持っていたコキト兵の両手剣も上に乗せた。

 

「そんじゃあ、ハイ」

「なんだ、手なんか突き出して。小遣いならやらんぞ?」

「ちょっと、この仕事を請ける条件忘れてないよね!」

「忘れておらんさ。ボロ剣を集めてもらう代わりに、《ゾリオル迷宮区》で成人と認められる十三歳の誕生祝に、作った剣をやる約束だろ」

「だから。ハイ」

「……もしかして、もう十三になったのか?」

「正確には明日が誕生日だけどね。明日になったらこの子供用の仮登録証が失効して、本登録証になるから《大迷宮》に暫く潜れなくなっちゃうから。ハイ、下さいな」


 首に下げていた皮ひも付きの木の板を弄くりながら、テグスはクテガンに約束の剣を求める。

 するとクテガンは失念していたと言いたげに、少し禿げ上がった額を平手でピシャリと叩いた。


「うはぁぁ~、時が経つのは早いな。つい先日、お前にボロ剣集めの仕事を頼んだと思ってたんだが。もう出会って一年以上も経過してたのか」

「……まさか、用意していないなんて事は」

「いやいや、ここは鍛冶屋だぞ。出来上がった剣の一本や二本はある。だがちゃんと見合った剣をやろうと思ってたんだがなぁ、一日じゃ出来んからなぁ……」

「おっちゃんの剣なら、何だって良い物なんだから、出来合いでも何でも良いよ」

「それは腕を買って貰っていると思えば良いのか、それともお前の武器に対する愛着の無さを嘆けば良いのか」


 鍛冶師らしい悶々とした思いを告げてから、ちょっと待ってろと言い残して、クテガンは奥の作業場へと戻っていった。

 数分後、一振りの剣を持ってクテガンが戻ってきた。


「これはもしかしたら、お前にはちょっと重いかもな」


 と注意を促すように言いつつ、テグスに手渡されたその鞘入りの剣。

 外見はなんとも無骨で飾り気のない、実用性に重点を置いたように見える剣だった。

 テグスが鞘から剣を抜いて、油灯ランタンの光に翳す。

 両手でも持てる程度の長さの柄を持ち、剣身は片手剣並みの長さで直剣の様に真っ直ぐに伸びている。

 なのに片側にしか刃がない上に身幅も厚いため、見ようによっては鉈にも見える片刃の剣。

 特殊な製法を用いたのか、刃の部分には錆が残った様な変な紋様が浮かんでいる。

 

「おっちゃん、コレって新作の剣でしょ。見たことない形だし」

「おうよ。《ライザ国》から武者修行に来たサムライって奴に聞いた、ライザ独自の剣の作り方を参考に作ってみたのさ。それはその中でも上手く行った一振りだ」

「もしかしてその剣を作る為に、ボロ剣を集めてたの?」

「ああ、何種類かの鋼鉄を重ね合わせる製法でな。肝心の鋼鉄を得るには鉄砂が一番良いらしいが、使い古した剣の鉄でも代用可能って事らしくて。いやー、実際に作り方を見せてもらったが、それを再現するだけなのに中々に苦労した。そのおかげで大分満足いく出来上がりになったからな。これからはこの製法で、様々な剣や槍を作って。更には他の金属で試してみるのも考えに入れていてな。下層行きの連中にも色々と硬い鉱石を融通してもらえないか打診している段階で――」

「あはははっ。なんだか忙しそうだし、剣は貰ったからコレで」


 剣の事に付いて熱く語り出したクテガンに、テグスはこっそりと逃げようとする。

 しかしそれはクテガンに肩を掴まれた事で、無理になってしまった。


「おっとちょっと待て待て。って嫌そうな顔をするな。別に今後の展望を聞かせようって訳じゃ無い。剣帯を着けてやるから、調整の為にその剣とその二つの箱鞘も寄越せ」

「いや、その程度なら自分で出来るし」

「阿呆抜かせ。武器のことなら鍛冶屋に任せて置け。あと、俺の剣を使うんだから、きちんと手入れの仕方も教えるからな」

「……はい、お願いします」


 つべこべ言うなと目で訴えられて、テグスは大人しく箱鞘と剣をクテガンへと渡した。

 その後クテガンは剣帯の調整をしつつ、テグスに剣の手入れの仕方を教える。

 ついでにと、手入れ用品が入った小袋も剣帯に付けてしまった。

 クテガンの世話焼きに有り難いと思いつつも、武器は使い捨てじゃない、ちゃんと手入れして長く使え、と散々説教されてテグスは辟易とさせられた。



 クテガンの店を後にしたテグスは、今後必要になるだろうが《中町》でしか安価に手に入らない様な、細々としたものを買い込んだ。

 それは中層の素材で作られた良く効く傷薬軟膏だったり、魔獣の胃を使った大容量の皮袋の水筒だったり、栄養価の高い携帯食だったりした。

 それら全てを背負子の一番下にある小さな隠し箱の中に入れ、入念に偽装を施す。

 もっとも今後暫くは《中町》に来れないという事もあって、値切りつつも所持金ギリギリまで使い込んだため、幾つかは入りきらず背負子の脇に吊るした、魔石用の袋の中に入れる羽目になった。

 

「さってと、これで《中町》とは暫くお別れか……」


 ここ一年ほどは、ボロ剣集めというお仕事もあって通いつめていた《中町》だけあって、テグスは少々寂しい気持ちも抱く。

 差し掛かった目抜き通りでもある中央通りには、魔物や魔獣の肉を使った屋台や、発掘した鉱石や宝石を使った露店が立ち並び。

 そこに明らかに実力者であると思われる人たちが、酒を飲んだり飯を食べたり、商品を値切ったりして過ごしている。

 迷宮の外――《上街》と呼ばれる場所でも似た景色があるものの、何処か《中町》特有の空気を孕んだ風景に、テグスはほんの少しだけ名残惜しさから目が潤んでしまう。


「なに。また来れば良いだけだし」


 ぐっと手の甲で目を擦り、真っ直ぐに前を見つめて歩き出す。

 そして《中町》の外延部にある一体の女神像の前までやってくる。

 その整った顔に浮べる微笑みと、ゆったりとした野暮ったいローブでは隠せない豊満で女性らしい体型は、見るものに安心感を与える母性を感じさせる不思議な立像。

 それは迷宮内に安息の地を設けて下さったと言われる、《清穣治癒の女神キュムベティア》の像。

 この《大迷宮》を作った、五人の神の内の一柱とも言われている女神である。

 その立像の前に立ったテグスは、目を閉じて《祝詞》を上げる。


「ワレ、この安息の地を離れ、《大迷宮》の九層へと転移を望む者なり」


 テグスが《祝詞》を言い終わると同時に、彼の足元に光が溢れ出た。

 その光はテグスを包み込むと、瞬く間にテグスを《中町》から消してしまった。

 そして《大迷宮》の九層と八階層を繋ぐ階段の一番下に、テグスが光と共に現れた。

 それまで目を瞑っていたテグスだったが、目蓋の裏に光を感じなくなったので、薄っすらと窺うように目を開ける。


「さてと、じゃあ《上街》まで上がりながら、一稼ぎしつつ帰りますか。新しい剣は――訓練して慣れてから使おう」


 決してクテガンに教えられた、手入れの方法が面倒なわけではない。

 そう心の中で言い訳しつつ、右腰と背中に位置が変わった箱鞘から、一本ずつなまくらの短剣を取り出して、テグスは八階層へと階段を上っていった。


新しい物語の始まりです

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[良い点] プロローグの二話目まで読みました。ストーリーはよくあるものでしたが、続きが気になるような書き方でとてもいいと感じました。 [気になる点] よくあることですが、主人公の独り言が多すぎだと思い…
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