294話 作戦会議
団結式から数日後。
翌日に《火炎竜》に挑むことが決まっていたこの日。
ビュグジーとサムライをはじめ、彼らが見込んだ《探訪者》たちの代表者たちが円卓に座り、残りの面々はその周囲に立っていた。
テグスも代表として、円卓についている。
そんな一種の緊張感がある中、口火を切ったのは、この集まりの主体であるビュグジーだった。
「よっし、テグスの坊主たちもきたことだしよ。ここらで一丁、明日の作戦会議――の前に、それぞれ名乗りあっておくか。俺ァ、ビュグジーだ」
彼の隣に居るサムライが頭を下げる。
「本名は別にあれど、サムライという名で通って御座りまする故、そうおよび下さるよう頼み申しまして御座りまする」
そこからは、円卓の右回りで順々に名乗りを上げる。
先ずは、ティッカリの倍はありそうな背と、筋骨隆々な体格に分厚い金属鎧をつけた、頑侠族の中年大男だ。
「五名の頑侠族で構成された、『瑠璃色の腕』の頭目、コンガルド」
渋く重々しい音で、端的な言葉が周囲に響いた。
続いては、少し禿げた頭と、苦労人気質が顔から窺える人間種の男だ。
「あ、はい。えー、我々は『追楽の狩人』と申しまして、えー、人間種と獣人の九人で組んでいます。それで、えー、統率役のメルポと申します」
へこへことはげ頭を下げる姿を横に、口と顎鬚が立派な筋骨逞しい壮年の獣人が立ち上がる。
「オレはバゥニゲラ、獅子の獣人なり。配下は七名。全てが獣人である!」
威風堂々とした振る舞いながら、目は同じように体格のいい頑侠族のコンガルドに向けられている。
コンガルドもバゥニゲラへ、静かな目で見返している。
その二人の態度は敵意というよりも、競うべき好敵手に出会ったと言いたげに見えた。
そんな暑苦しい視線の応酬を、筋肉と脂肪で恰幅が大変に良くなった中年女性が吐き捨てる。
「本当に男ってのは馬鹿だねえ。明日には共に戦う仲間だってのに、張り合っちゃってまあ。あらやだ、自己紹介しないとね。あちしはアルンコ。寄せ集めた《探訪者》の世話をお願いされた片方さ。ほら、次はアンタの番だよ」
突き飛ばされるように掌で押されて、頬に傷のある小悪党顔の痩せ型の男が頭を掻く。
「へっ、言われねえでも分かってんよ。オイラはコッピルっていう、そこのアルンコと同じく、八名の《探訪者》の頭にならされちまった哀れな奴さ」
彼が水を向けるように横を向くと、そこにいたのは全身鎧に真紅の外套をつけた、舞台演劇の騎士役のような金髪青年だった。
「我はディスケル・ディフェレタス。理由があり国の名は明かせないが、騎士見習いの身分である。配下はいない。我一人だ」
強者だと自覚しているような、尊大な態度での自己紹介だ。
そんな彼を表すならば――
「……ジョンの、そっくりさんです」
――という、ハウリナの言葉がピッタリだった。
無論、態度がという意味で、顔や体格はディスケルと名乗った青年の方が美男子だ。
そして最後に、テグスの番がやってきた。
「テグスです。えーっと、仲間は僕を含めて六人です。よろしくお願いします」
腰の低い態度に、侮るような空気が周囲に流れる。
だが、少し前に無礼者を叩き斬っておいたお蔭か、それはほんの一瞬だけだった。
むしろ、優しい態度は擬態であると警戒されている様子が、周囲にいる人たちから漏れ伝わってくる。
居心地の悪い空気に、テグスは頬を指で掻く。
すると、ビュグジーが場を仕切り直すように、軽く円卓を掌で叩いた。
「よっしゃ。それじゃあよぉ、《火炎竜》さんと明日どう戦うか、話し合おうじゃねぇか」
あくどく見える笑みを浮かべながらの言葉に、ほぼ全員が頷いた。
ただ一人、ディスケルという騎士風の青年だけが首を横に振り、ビュグジーに言い返す。
「戦法を話し合うのは結構だが。その前に、《火炎竜》を倒した後、その素材をどう分配するかを、先に決めておきたいのだが」
厚顔不遜な物言いに、円卓に座った面々から失笑が漏れる。
「おいおい。戦ってもいねえうちに、もう取り分の心配かよ。文字通り、『絵にある竜の鱗を数える』だな」
「気が急くのは若い子の特権だけど。急いでばっかりじゃ、人の底が浅くなるってもんよ?」
コッピルとアルンコから非難する声が上がるが、ディスケルは態度を崩さない。
「ふふん。我は竜を倒しに、ここに来ておるのだ。貴殿らのように、倒す自信がないものとは心配する場所が違うのだよ」
その言葉を聞いて、獅子獣人のバゥニゲラが不愉快そうな顔をする。
「竜を倒しにきたのは、オレとて同じこと。だが、手にかけてもいない獲物をどう取り分けるかなど、不毛であろうよ」
「然り。地にある石は、誰のものでもない」
コンガルドも言葉少なげに同意した。
そんな中、この会議のまとめ役である、ビュグジーが楽しそうな表情をする。
「まあよぉ、取り分の話を切り出したってことは、なにか腹案でもあるんだろうよ。まずは、その坊ちゃんの言い分を、全て聞いてみようや」
意外な人物からの援護に、ディスケルが胸を張って主張し始めた。
「ならば言わせて貰おう。我々は七つの組に分かれている。ならば、それぞれの組に平均して渡るように分配すれば、もっとも不満の少なくなるであろうことは、揺るぎのない事実であろう!」
自身ありげにもっともらしいことを言うが、周囲の人たちはその目論見を看破していた。
「おいおい。七組だって? お前さんは、自分一人だけで『一つの組』の扱いなのかよ」
「ふざけるんじゃないよ。発起人のビュグジーの組が、一番人数が多いと知っていながらの言葉なのかい、それは!」
「えー、そんな横暴は、認められませんね。はい」
「では、どう分ければ不満がないか、言ってみせるがいい!」
そこからは、議論というよりかは、自分だけは多く利益を得ようという主張の言い合いになる。
ビュグジーとその隣に座るサムライは、静かにその状況を見守っているだけで、止めに入ろうとはしない。
テグスもこの議論には参加せず、自前の杯に魔術で水を入れて飲みつつ、終わるのを待っていた。
そんな様子を見て、交渉担当であるアンヘイラが、少しもどかしそうにしている。
取り分の話は平行線を辿り続け、不毛な領域に差し掛かる。
するとようやくビュグジーが、手を大きく打ち鳴らして、議論を止めさせた。
「そんなに唾を飛ばしながら言い合いしてたんじゃぁ、喉が乾いたろ。坊主、こいつらに水を注いでやってくれねぇか?」
「構いませんよ。じゃあ、移動しながら注いでいきますから、杯を机の上に出しておいて下さいね。『水よ滴れ(アコヴィ・ファリ)』」
魔術でまずビュグジーとサムライの分を注いでから、右回りに進んで次々に杯を満たしていく。
そうやって移動し、自分の席にまで戻ってきた。
すると、ビュグジーが改めて顔を向けてくる。
「坊主は取り分の主張はしてねぇようだが、どうしてだ?」
その質問に、テグスは席に座りながら、なんということはないという口調で返す。
「無意味だからですよ。取り分の取り決めなんて、死んだ人の分は白紙になりますしね。それに一度倒せたのなら、二度三度と戦っても倒せるでしょう。なら《迷宮主》は何度だって出てくるんですから、欲しい分だけ素材を獲りにいけばいいだけでしょう」
当たり前を告げる口調で言ったところ、ビュグジーとサムライ以外の、円卓に座っている全員から唖然とした表情を浮かべられてしまう。
テグスは理由が分からず小首を傾げると、コンガルドとバゥニゲラが急に大笑いを始めた
「がははは! 然り、然り!」
「カッカッカッ! 一匹で足らぬなら、たとえ竜とて二匹、三匹と狩る! それが強者の道理よな!」
二人は一本とられたと言いたげに、笑い続ける。
対して、苦労人顔のメルポは呆れと諦めを混ぜた表情をし、コッピルとアルンコは馬鹿を見る目を向け、ディスケルは持論より持て囃されたテグスを見て歯噛みしていた。
それらの感情が少し落ち着いた頃、ビュグジーが喋り始める。
「まあ、坊主の発言は極端なものだったがよ。でも、満更できないって話でもねぇぜ?」
「その通りで御座りまする。一匹目を倒した後、その素材で新たな武具を作製いたせば、二匹目と戦う際にはより戦いやすくなるはずで御座りまする」
サムライの補足説明を受けて、円卓だけでなく周囲の人たちも全員納得したようだ。
「つーわけでだ。素材の心配をするよりかは、明日の《火炎竜》とどう戦うかを話したほうが、建設的だって分かったろ?」
上手く場をまとめたビュグジーに、テグスは白い目を向ける。
「ビュグジーさん。こういう流れになるって、分かってて傍観してましたね?」
「おう。まぁ、俺ァ、サムライが言うと思ってたって、違いはあったがな」
「言い合いを白熱させて本心を見せ合ってようやく、雨が降った後にこそ地が固まる、というもので御座りまするよ」
「そういうものですか?」
サムライの言葉に、喧嘩や殺し合いは数あれど、あまり口喧嘩はしたことがないため、テグスは実感が持てない。
だが、この後の戦い方についての話し合いは、円滑に進んだ。
それは、それぞれの統率役が、サムライとの訓練や五十一層の《魔物》を相手にしてきて、各組の特色を正確に把握していたためだ。
ビュグジーとサムライたちは、もちろん主となる戦闘部隊として前線に立つことになる。
コンガルド率いる頑侠族たちは、自慢の膂力と強固な防具でビュグジーたちを援護することを提案し、了承される。
バゥニゲラと配下の獣人たちは、機動力と連携力を生かしたかく乱を提案し、受け入れられた。
コッピルとアルンコは、自身が任せられたのが寄せ集めだと自覚しているようで、全力攻撃と全速撤退を二つの柱にして戦うと決めていたようだ。
メルポは少し悩んでいたようだが、それぞれの援護に回れるよう、中間地点での予備戦力となった。
ディスケルは一人だけだが腕に覚えがあり前線を希望したので、ビュグジーたちと並んで戦うことに決まる。
そしてテグスたちは、《透身隠套》の存在を伏せたまま、不意打ちをする方法があるとだけ告げた。
ビュグジーは面白そうだと笑い、テグスたちは遊撃班を命じられた。
こうして、《火炎竜》との戦いの前準備が終わる。
会議が終われば、明日に響かない程度に抑えた酒盛りが始まった。
この日ばかりは、テグスたちも五十一層に泊り込んで、翌日になるのを待つことにするのだった。
 




