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291話 肝試し

 テグスたちが《透身隠套》を人数分手に入れた後、ビュグジーに手招きされた。


「どうかしましたか?」

「またこちらに難癖をつけてくださるような、悪いお方でもございましたか?」


 テグスに続いて、ウパルが満面の笑みで袖口から《鈹銅縛鎖》を覗かせる。

 すると、ビュグジーは苦笑いしながら、違うと身振りした。


「そろそろ餌やりの時間なんだが、お前ぇらに手伝って貰おうと思ってな」

「構いませんけど……サムライさんの教育が終わった人たちを連れて、ですよね?」

「おぅ、その通り。こっちはなんか、サムライが最後の追い込みだ、っつって手伝い頼まれてやがるんだ。だからよぉ、あいつらに何度か餌を運ばせて、竜の咆哮を聞かせるまでやってくれや」


 ビュグジーはテグスに各色の魔石が入った袋をいくつか渡し、餌となる《強靭巨人》や《下級地竜》などの体の部位が置いてある場所を指す。

 最後に、期待とも怯えともつかない表情をした十人ほどの《探訪者》を示すと、任せたというようにテグスの肩に手を置いた。

 本人はそのままサムライと合流し、また別の《探訪者》たちに訓練を始める。

 テグスは軽く後ろ頭を掻いてから、任された一団へ近づいた。


「というわけで、一緒に餌やりをしに行くことになりましたから、あの肉を運ぶ準備をお願いしますね。僕は神像の仕組みを解いて、酒を出しますので」


 微笑みながら告げると、彼らは硬直するような反応の後に、大慌てで準備を始める。

 テグスがその姿を見て不思議そうにすると、ティッカリが口を耳に寄せてきた。


「彼らの目の前で、ばっさりやっちゃったから、怖がられちゃってるようなの~」

「うーん。特に不便はないから、まあいいかな」


 指示通りに動いてくれるなら、テグスとしては不満はない。

 なので、自身は樽酒を回収するべく、神像へ向かった。

 少しして、餌やりの用意が整うと、テグスたちは竜の像の口に色つきの魔石一式を入れ、台座が横にずれて下への階段が出現させた。

 順調にその階段を下りていき、やがて五十二層に到着する。

 初めて入ったのであろう、同行した十人の《探訪者》たちは、緻密で巨大な竜の像に目を奪われていたり、それに勝るほど大きな大扉に呆気に取られている。

 そんな彼らの驚愕が去るまで待ってから、テグスは手を一つ打ち鳴らした。


「はい。持ってきた餌を、扉の端に積みますよ」


 その言葉に、彼らは軽く恐怖を浮かべた顔になると、テキパキと行動し始めた。

 テグスはやり難そうな顔になるが、持ってきた肉や樽酒などを置いていく。

 作業が終わると、テグスは巨大な扉のかすがいである赤鱗を斬るために、斬硬直剣を抜く。

 すると、連れてきた《探訪者》たちは、一斉にテグスから距離を取った。

 大げさな反応に面倒臭さを感じながら、テグスはハウリナたちに顔を向ける。


「……僕はこれ斬っておくから、全員連れて階段上っていてよ」

「わかったの~。じゃあ、皆さん、こっちに移動なの~」

「わふっ。テグス、まだ竜、寝てるから、だいじょうぶです」


 ティッカリが階段まで戻るよう先導すると、ハウリナはそう助言してから追いかけた。

 テグスは全員が階段を上り始めたのを確認すると、斬硬直剣を振り上げる。

 そして、気合と共に赤鱗を斬りつけた。


「たあああああああああああ!」


 硬さのために多少の抵抗はあったものの、上下一直線に赤鱗を斬り分けた。

 地面に落ちた分かたれた赤鱗をテグスが回収すると、重々しい音を立てて巨大な扉が開かれていく。

 その瞬間、テグスは徐々に開かれていく扉の隙間の向こうから、観察される視線を感じ取った。

 思わずその視線に向き合おうとするが、寸前で止める。


「もしかしたら、目が合った恐怖で硬直して動けなくなるかもしれないしね」


 目を合わせない言い訳のように呟いてから、テグスは背中を向けて階段へ戻り、上の層へと向かう。

 階段を上って行き、感じていた視線がなくなると、テグスは露骨なまでに安堵した。

 しかし、その隙を突くかのように、五十二層から竜の声が聞こえてきた。


「セッドポストロンガ、プロエリコヴォエンミアディエト」


 人間にしてみたら大声だが、どこか満足げに呟いたようにも聞こえる声だった。

 叫び声ではない竜の声を聞いたテグスの感想はというと――


「ほとんどの言葉の意味が分かるぐらいに、聞きやすい古代語を喋るんだ」


 といった、発見に対する驚きだった。

 そして聞き取った古代語の内容を精査して、テグスは小首を傾げる。


「それにしても、ビュグジーさんたちが食事をさせ続けていたはずなのに、声を出して嬉しがるなんて。《火炎竜》は、よほどお酒好きなのかな?」


 それならば、これから戦うまでの餌やりには、常に酒をつけてあげようかなと、テグスは思ったのだった。




 五十一層に戻り、竜のための餌と樽酒を補充すると、竜の像に色つき魔石を食わせて再び五十二層へ。

 肉と酒を置いて立ち去る前に、テグスはハウリナを呼び止めた。


「ハウリナ。いま、《火炎竜》が起きているか分かる?」

「わう~……起きているです。だから、ウロコ斬ったら、早く階段上るです」


 忠告してくれたハウリナの頭を撫でてやり、先に行かせた。

 今度は塞牙大剣を抜いて、振り上げる。

 その際にふと思い立って、巨大な扉の隙間の向こうへ、テグスは古代語で声をかけてみることにした。


「酒があれだけ欲しそうだったんだから、他にも欲しいものがあるかもしれないしね――キュヴィハヴァスイヌデジロン?」


 要求があれば聞く、といった感じの定型古代語を言う。

 するとすかさず反応が返ってきた。


「マルギエンティラアアアアア! ミネキエルペトオオオオオオオアアアアア!」


 テグスの発言がよほど不愉快だったのか、今までにないほどの大声で吠えられてしまった。

 その声は巨大な扉によって大幅に減衰されていたはずなのに、隙間から出てきた分で頭の中が揺すられる。

 声が収まってから、テグスは頭を振るって頭の揺れを止めると、露骨なまでに不満そうな顔をした。

 

「なんだよもう。食べ物運んでくるんだし、せっかくなら欲しいものを上げようって、気を利かせたのに。なんで吠えられなきゃならないんだッ!」


 ブツブツと独り言を放ちながらも、赤鱗の鎹を塞牙大剣で斬って回収するのは忘れない。

 腹が立っているからか、一度前にも感じた視線に、今回は真っ向から顔を向けて受けて立った。

 そして、感じる視線の向こうに居るはずの《火炎竜》へ、盛大に舌を出して馬鹿にしてから、テグスは階段へと戻っていく。

 怒りを抱いているのは《火炎竜》も同じなのか、テグスが階段の中腹まで上がった頃に、下から熱風が吹き上がってくる。

 それと共に、風圧を伴う咆哮もきた。


「セカウンフォジェフォジェヴィイイイイイイ、ハヴァスマルジェンティラアアアアアア、ミマンジョスヴィアジンオルガノジイイイイ!」


 五十二層から発せられテグスが耳を塞いるのに、十分に意味が聞こえる声だった。

 空気の揺れがおさまるのを待ってから、テグスは押さえていた手を耳から離す。


「……内臓を食べてやるって、僕の分だけじゃお腹の足しにもならないだろうに。でも、内臓が食べたいなら食べさせてやろうじゃないか」


 テグスがイライラと階段を上り終わると、真っ青な顔のハウリナたちと、白い顔で座り込んでいる連れて行った《探訪者》たちがいた。

 

「あれ、みんなどうしたの?」


 テグスが首を傾げて不思議そうにいうと、ハウリナが胸元に飛び込んできた。

 そして抱きついた――かに見えたが、テグスが無事か触れて身体を確かめる際に、勢い余ってぶつかってしまっただけの様だった。


「すごい怒った声がしたです。テグス、かじられてないです?」

「大丈夫だって。ほら、どこも怪我してないでしょ」


 手を広げて見せると、ハウリナだけでなくティッカリたちも安心したようだ。

 そして、心配が反転するように、アンヘイラが呆れ顔に、ティッカリが微笑みながら額に癇癪筋を浮かせる。


「いままで餌やりに行って聞いたことありませんよ、あんな《火炎竜》の怒声は」

「テグスはいったい何をしたのかな~~?」

「古代語が通じそうだったから、「欲しい物はない?」って聞いたら「要らない!」って怒られただけ。あと、階段を上っていたときは「内臓をくれ」って言ってきただけだね」


 悪意ある意訳に、ティッカリは真偽を確かめるべく、テグスと同じように言葉が分かるはずのハウリナへ顔を向ける。


「ハウリナちゃん、本当にそう《火炎竜》は言っていたのかな~?」

「わう。だいたい、そうです。「なにいる?」「もらうのいらない」。で、「つぎには、内臓食べる!」です」


 ハウリナがテグスをかばって言ったようではなかったため、ティッカリは納得したようだった。

 一方で、何を要るかと聞いただけで怒られたと理解したことで、他の面々は不思議そうにする。


「苛立っておいででしたのでございましょうか?」

「えっと、その、五十二層に行ったの二回目だったから、単にイライラしていたんじゃ、ないかなって……」

「もしかしたら今まで運んでいた肉が口に合ってなかったのかもしれませんね、内臓が欲しいと言ったことから類推するに」


 テグスたちが《火炎竜》のことに対して、一種楽しげに会話をしだした。

 すると、餌やりを同行した《探訪者》たちが、信じられないといった表情を浮かべる。

 それは、肝を冷やすほどの咆哮に対し、テグスたちが一時は恐怖したにせよ直ぐに復帰していることが、理解できないからのようだった。

 そんな彼らをよそに、テグスたちの話し合いは続く。


「ということで、《魔物》の内臓を取りに行くことになるけど」

「なんの肝、とるです?」

「とりあえず《強靭巨人》と《下級地竜》でいいかな~。巨体だから、内臓もそれだけ大きいはずなの~」

「その前に連絡しておきましょう、ビュグジーとサムライたちに今あった出来事を」

「それでしたら、ついでに《魔物》を倒すお手伝いを、お願いすればよろしいと思われますね」

「な、内臓なら、大勢でいっせいに、運びましょう。あの、ここの広間に置いておくと、痛んで臭ってきそうです……」


 そんな変に建設的な話を、座り込んだまま聞いていた《探訪者》たちは、自身を失ったようにうな垂れたのだった。


感想で要望があったようなので、お試し企画。

竜の発言――出てきた順ごとに抜き出して、意訳します。

意訳なので、《火炎竜》の口調は(色々な意味で)違う恐れがあります。

物語の雰囲気を大事にするかた、そもそも知りたくはないかたは、お読みになられないことを強く推奨します。










________________


「食事に酒がつくのは、久しぶりぞ」

「無礼者! 施しなどいらぬわ!」

「つぎに無礼なことを言ってみよ、その内臓を貪り食ってやるぞ!」



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[一言] 自身を失ったようにうな垂れたのだった。 自身>自信
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