290話 準備中
ビュグジーに《火炎竜》の打倒する仲間に入れと言われて、テグスたちは一度態度を保留した。
「僕らもしなきゃならない準備がまだ少しありますから、そう簡単には了承できませんよ」
「それもそうか。まあこっちも、人選を振るいにかけている途中だからな」
「フルイ、です?」
ハウリナの疑問に、ビュグジーはサムライを指差した。
「まずは鍛えて、最低限戦えて身が守れるようにするわけだ。じゃなきゃよ、連れて行ったところで竜の餌になっちまうんだからな」
続いて足下を指す。
「そんで通過したやつらだけ、実際に《火炎竜》の怖さを体感させる。まあ、餌やりのついでに、声を聞かせるぐれぇだがな」
最後に、ビュグジーたちが用意した、赤鱗を材料の一つに使って作った、十個ほどの防火処理された大盾を指す。
「その中で、見込みがありそうなやつには、通過した奴らをまとめ役になってもらってよ。そんで、俺らが予備に持ってきた分の盾を貸して、俺らと共に戦ってもらうって具合だな」
先ほど挨拶をした際に、サムライが訓練途中だったことから、まだ全員にその試練を行っていないのだろうと分かる。
「つーわけでだ。まだ時間があるからよ、そのときまでには参加する、しないだけでも言っておいてくれや」
「某はテグス殿たちの参加は、大賛成で御座りまするよ!」
遠くからサムライが、五十二層に新たに入って着たい人たちをしごきながら、大声で伝えてきた。
そんなことをするから、周囲の興味を誘い、多数の視線がテグスたちに突き刺さる。
テグスは煩わしそうに身じろぎしてから、ビュグジーに目を向け直す。
「じゃあ、それまでには返答しますね。あと、ちょっと思ったことがあるんですけど」
「おう、なんだ?」
「試練の順番ですけど、先に竜の咆哮を聞かせて、逃げなかった人だけサムライさんに鍛えてもらうように変えたほうが、早いと思いますけど?」
ビュグジーはテグスの提案に頷いてから、首を横に振った。
「実は、それはもう試してあんだ」
「そうだったんですか?」
「ああ。だがよ、竜の声を聞いて腰抜かす奴が多くてよぉ。そいつらをここまで引っ張ってくるのが、もう大変でな。なら、根性なしを最初にふるいにかける気で、サムライに訓練をさせてんだ」
「そういえばサムライさんって、地味なことをが永遠に続く系統の特訓をしますもんね」
実際に、テグス、ハウリナ、ティッカリは永遠と石柱を攻撃させられ、アンヘイラ、ウパル、アンジィーはサムライ相手の模擬戦をずっとやらされていた。
「そのお蔭で、堪え性がなかったり訓練のきつさで根を上げる奴らは去るし、残る奴らの技量は上がるしで、結果的にこっちの利益になってるぜ」
「じゃあ、僕の提案は的外れでしたね。ごめんなさい」
「ぐあはははっ。こっちのことを気にかけて言ってくれたことだしな、いいってことよ」
用件はこれで終わりだったようで、ビュグジーは円卓周りで飲み食いしている人の輪に入っていった。
入れ替わるように、テグスの周囲にハウリナたちが近づく。
そしてハウリナが、周囲の人たちをぐるっと見回してから、テグスに首を傾げてみせる。
「テグス、どうするです?」
「うーん、どうしようかなぁ。ビュグジーさんとサムライさんと協力して戦った方が、より安全でより確実だってことは分かるんだけど……」
「なにか、気にかかることでもあるの~」
ティッカリにそう問われて、テグスは自身の中にある葛藤を吐露する。
「いやさ。ここまで、一応は僕らの力だけできたでしょ。なら《火炎竜》も僕たちだけで倒せたら、それが一番良いんじゃないかなってね」
感傷的にも聞こえるテグスの言葉を、アンヘイラは鼻で笑った。
「厳密に我々だけで成したわけではないでしょう、鎧も武器も作ってもらいましたし、サムライとテグスの養母に訓練をつけてもらったのですし」
「それは十分に分かっているよ。だから『一応』って言葉をつけたじゃないか」
「ならば不都合はないでしょう、ビュグジーの要請を受け入れることに。それに『見たことのない場所を見る』ことなのでしょう、テグスが《迷宮》に挑み続けている目的は」
「それも分かっているよ。僕の目的には、何の関係もない話だってのもさ……」
つまりは、思考と気持ちの乖離に、テグスは悩んでいたわけだった。
そう分かったからか、アンヘイラは少し厳しい顔になる。
「ならば、後で我々だけで勝てばいいのではないのですか、一度ビュグジーたちと協力して《火炎竜》を倒してから。それとも気がすみませんか、初勝利を我々の手で成さないと」
どうすると詰め掛けられて、テグスは少し悩んでから、掌で頭の横を軽く二度ほど叩く。
すると、憑き物が落ちたかのように、すっきりとした表情になる。
「無理に危険度を上げる必要もないしね。ビュグジーさんたちに協力しようか」
出てきた答えに、アンヘイラは手間をかけさせないで欲しいという顔をする。
アンジィーも安心したような顔で、安堵している。
ハウリナ、ティッカリ、ウパルは、もともとテグスがどんな選択を取ろうと反対する気はなかったのだろう、選択を尊重するように頷いている。
その後で、アンジィーが小さく手を上げた。
「あ、あの、じゃあ、いま言いに行きますか?」
そうしようとするが、しかしビュグジーは会食にサムライは特訓の監督で忙しそうだった。
「まあ、時間はあるようだし、後でいいでしょ。それよりも、僕らの人数分《掻切陰者》から新しい《透身隠套》を取らないと。隠れて不意打ちするにしても、逃走に使うにしても有用だからね」
「わふっ。それなら、キレイに倒すの、必要です!」
ハウリナの言ったことに、ウパルが袖から少しだけ《鈹銅縛鎖》を出してみせる。
「ということでござましたら、私の出番でございますね」
「手持ちの《透身隠套》はまだ効果が使えますしね、色がついたとはいえ」
《白樺防具店》に預け、機能の追加に失敗して完全に透明化できなくなった《透身隠套》の一つを、アンヘイラは背負子から出してウパルに着せた。
これで、《掻切陰者》が消えても、ウパルだけはその姿が見えるようになった。
「さて、じゃあいこうか。ああ、背負子は持っていくからね」
見知らぬ《探訪者》ばかりの中に、ここまでに大扉から回収した宝が入った荷物を置いていくほど、テグスは危機感のないお人よしではない。
「ここに置いておくと、置き引きされそうだしね~」
「背負子や背嚢など大した邪魔ではないですしね、ただ消え隠れるのが厄介な《掻切陰者》を相手にする際には」
「中に隠せば、私たちが何を目的にしているのかを、隠すことも出来るでございましょうね」
などなど気楽に会話しつつ、荷物を持ったまま《掻切陰者》が出る広間への通路を歩いていった。
一匹から一つしか《透身隠套》は取れない。
しかも、殺す際に不注意で汚してしまった物は、性能的に使えない。
なので、テグスたちは何度も同じ場所を出入りする。
行動が奇異に写るのだろう、五十一層における新参の《探訪者》たちから、変な目で見られてしまう。
ビュグジーたちは《透身隠套》の真の性能を知らないのか、不思議そうに首を傾げていた。
そうして誰も理解していない行動を、必要数が集まるまで延々と続けるテグスたちに、三十代に見える三人の《探訪者》が呼び止める。
「おい、ガキども。なにちょろちょろしてんだ。目障りなんだよ」
「そうだぜ。サムライさんの訓練を受けもせずに、へらへら《魔物》と戦いに行きやがってよぉ」
男二人が、あからさまなほどの難癖をつけてきた。
そして残る一人はというと、テグスたちのことを少しはしっていたようだ。
「ん? その容姿――たしか『扉明け』なんて呼ばれている、通路の大扉を開ける《探訪者》たちか?」
「あー、知ってるぜ。《魔物》から逃げ回って、罠解除の腕だけで金稼ぎをしている奴だ。なるほど、確かにこんな若くて弱そうな見た目じゃなぁ」
変な評価のされ方に、テグスは自分と仲間たちを見回す。
たしかに見た目だと、強いそうに見える、とは言いがたかった。
なにせ、テグスは背丈はあるが、あからさまに隆起するほど筋肉がついているわけではない。
鎧姿ではかなり細身に見えるし、腰にある二本の剣は、性能はともかく鞘に入った見た目だけなら、一般的な直剣と両手長剣にしか見えない。
ハウリナも背丈以外は、ほとんどテグスと見た目は同じ。
ティッカリに関しては、厚い鎧に大きな身体が覆われてはいるが、両手にしているのはその身の丈に迫る大きな盾だけ。
他に武器はないので、完全な防御職に見えるだろう。
アンヘイラとアンジィーは女性の弓使いだ、あの三人から見れば大したことが内容に感じるだろう。
最後のウパルにいたっては、宗教服に似た貫頭衣を着ているだけの、男好きのする体型をした優しげな女性にしか見えない。
なのでテグスは、若くて弱そうな見た目、という部分については心の中で同意した。
しかしその目は、円卓で料理を食べているビュグジーに向けられている。
この男たちの扱いを伺うためだ。
視線に気づいたビュグジーは骨付き肉を咥えながら、驚き、呆れ、軽く謝ってから、好きにしろと身振りする。
なら周囲の反応はどうかと、テグスは見回す。
この三人の尻馬に乗ろうと動こうとして、テグスたちのことを知っているらしき人たちに大慌てで止められ、なにかを言われていた。
そんな光景を見ていると、見回した意味を救助要請だと勘違いしたのか、男たちは詰め寄ってきた。
「おいおい、どこ見てんだよ。こっちの話は終わってないんだが」
「そうだぜ。よそ見するなんて、失礼だと思わねえのか?」
「なあ、どうせその背負子にある宝も売っちまうんだろ。ならよ、俺らにくれよ。《火炎竜》と戦うときに使ってやるからよぉ」
最後の言葉を聞いて、テグスは良い笑顔を浮かべる。
「いま、僕を恐喝しましたね。では、さようならです、永遠に」
斬硬直剣を鞘から抜きつつ、一人の鎧で覆われた胴を薙ぎ斬った。
二人目も防具関係なしに、斜め下から斜め上へと両断する。
そこで三人目は慌てて剣を抜こうとするが、その前に脳天から股間にかけてを一直線に斬ってしまう。
瞬く間に斬り捨てると、《魔物》相手に習慣付いているからか、テグスは三つの死体に駄目押しの一撃まで食らわせた。
その後で、斬硬直剣についた血を振り払い、剣身の刃に目を向ける。
「仮にも五十一層までくる人の鎧を斬れた上に、刃こぼれ曲がりもないね。うん、ムーランヴェルグさんの新作は、本当に良い剣だ」
満足そうに鞘に収めると、再び《掻切陰者》を狩るために歩き出し、ハウリナたちもついていく。
テグスたちが消えた円卓の広間は、《探訪者》たちが三つの死体に視線をやりながら、小声で会話する。
多くの人が、馬鹿な男たちの末路を笑いながらも、一歩間違えればそうなっていたかもしれないと怖がっていた。




