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285話 人狩り軍、最悪の日

 突然の状況に迷っていたようだが、騎士の一人が早くも決断した。


「《探訪者ギルド》に問い合わせれば、その青年たちの素性と断罪剣の在り処が分かるのだ。ここはいますぐ、全員で本陣へと引き返すことが――」


 言葉の途中で、テグスたちが言葉を差し挟む。


「いいんですか、そちらの全員が僕らに背中を向けて。追撃して、一人一人狩っていきますよ?」

「足の遅いのから、殴り殺すです!」

「それと、こちらには矢もありますよ、見てのとおり」


 兵士たちの収まりかけていた混乱が、テグスたちの言葉で元に戻ってしまう。

 すると今度は、また別の騎士が指をテグスたちに向けてきた。


「ならば、ここで人数任せに押しつぶすまでだ。ものども、一斉にかかれ!」

「「「おおー!」」」


 五人の間を通って、二十人ほどの兵士たちがテグスたちへと向かってくる。

 しかしここは、袋小路になっている路地だ。

 横や後ろに回りこむことはできず、道幅も横に三人並べば、肩がぶつかるほどの狭さしかない。

 そのため人数を生かせずに、三列縦隊で進むことしかできない。

 そして、一度に人間種三人だけを相手にするだけなら、テグスとハウリナだけ――いや、その片方だけで十二分に事足りた。


「たああああああああああ!」

「あおおおおおおおおおん!」


 竜の鱗を斬れるテグスが塞牙大剣を振れば、金属の鎧や鉄の剣や盾であっても、それごと兵士を斜め斬りにすることができる。

 ハウリナも黒紅棍を突きこめば、防具を陥没させた上で、兵士の身体に致命傷を与えることは簡単だ。

 そうして最初にやってきた兵士二十人が、瞬く間に殺された。

 しかしこれで終わりではない。


「ティッカリ、この死体をあっちに返してあげてよ」

「わかったの~。て~や~~~~~~~」


 テグスの言葉に従い、前に出たティッカリは兵士の死体を一つ掴むと、路地の向こうにたむろす人たちへ全力で投げつけた。

 武具をつけた大人が目にも留まらぬ速さで飛んできたのだ、直撃を受けた兵士も新たな死体へ変わる。

 次々に死体を投げ、時折投げる方向を間違って地面や壁に激突して、赤い染みが広がった。

 それでも、ティッカリが二十人の死体を路地から片付けると、それとほぼ同数の死体が新たに生まれていた。

 すると、先ほど命令を出した騎士が、悔しげに地面を蹴りつける。


「この場所を選んだのは、多人数で包囲殲滅されることを防ぐためか!」

「そう分かったところで、どうしますか。こっちにくれば死にますよ。そして本陣に向かえば、こっちから殺しに行きますよ?」


 この攻防で、テグスたちの実力の片鱗は掴んだのか、騎士たちは考える仕草をする。

 その後、別の騎士が自身ありげな態度で、進み出た。


「ふん。調子に乗って、死体を投げ返したことが仇になったな。全員聞け、そして見よ! 先ほど同胞の亡骸が当たった建物の、穴が開いた壁を! 周囲の建物は安普請である! 取り壊してしまえば、やつらを包囲殲滅できるぞ!」


 その言葉に同意する姿を他の騎士たちも見せるので、どうやら本人たちだけでテグスたちと戦う気は失せたようだ。

 意見の中で指摘された場所をテグスが見てみると、ティッカリが投げた死体が当たった建物の壁には、確かに大きな穴が空いていた。

 しかし、テグスはまだまだ余裕だった。


「やってみてください。まあ、僕らが建物を取り壊すのを、ここでじっと待つはずがないですけど」


 答えを提示するように、テグスは投剣を放って、兵士の一人を殺害する。

 呼応して、アンヘイラとアンジィーが矢を放ち、死体がさらに二つ増えた。

 仲間があっさりと殺されたことに、兵士たちに同様が走る。

 しかし今度は、五人の騎士は余裕を見せた。


「ふふん。矢玉はいくつある。十か、百か? 我らを全て倒すまでに、尽きなければよいな」


 確かにそれは、的を射た指摘だった。

 仮に一撃で一人ずつ倒したところで、テグスたちの投剣と矢が尽きても、兵士たちが百人以上残る計算になる。

 しかし、そう計算だけで、物事は進まない。


「なら、兵士に命令してみてくださいよ。僕らの投剣と矢が尽きるまで、死体になりに行けって」


 テグスの言葉で、兵士たちは気がついたのだろう。それまでは、取り壊し作業に入った全員が、死体の仲間入りを果たすということに。

 全員が周囲を伺い、積極的に前に出ようとする人はいない。

 それどころか、木々のざわめきのように、小声での押し付け合いが始まった。

 声が段々と大きくなり、喧騒へと移行するその寸前、騎士の一人が小さな木槌を取り出して、建物の壁に打ちつけた。

 甲高く耳に残る音が残響して響き渡る。

 すると、兵士たちは口を開いて喋っているのに、木槌の音以外はまったくしなくなっていた。

 試しにテグスも「あー」と声を出してみるが、喉は震えても唇の先に出た瞬間に消えてしまうような、不思議な現象を体験する。

 そこで、どうやらあの木槌こそが、神の祝福を受けた武器ないし道具なのだと分かった。

 やがて、残響が消えると、周囲の音が戻ってきた。

 そのときになると、もう兵士たちは声を出さず、木槌を持つ騎士の動向を伺っている。


「ふん! 全く兵士が死ぬことを恐れるとは、情けない。だが、その気持ちは分からんでもない。なので、兵士たちよ。この横にある建物に入り、内側から壊せ。さすれば、あの青年たちの攻撃に怯えることもない!」


 その指令を受けて、ぞろぞろと建物の中に入った兵士たち。

 すぐに、建物を内側から壊そうとする音が聞こえてくる。

 建物内を通って渡ったのか、テグスたちのいる袋小路の奥の建物からも音がしてきた。

 

「ほれ、どうするのか。貴様らを多人数の力から守る防壁は、まさに風前のともし火のようだぞ?」


 手にある木槌を弄びながらの言葉にも、テグスの余裕は崩れない。


「早く野営地に戻らないといけないのに、時間をかけますね」

「ふん。逐次投入した際の人員の損失と、消費される時間を考えれば、結果的にこちらの方が早いと判断したまでのことよ」

「なるほど。確かにその通りだと、僕も思います」

「であろう。なんだ、急にこちらに同意をするなど。策が破れて、命乞いをする算段でも始めたのか?」

「いいえ、単純に僕はそうされるだろうと予想していただけですよ。そして、命乞いではなく、逃げる算段ですね」


 テグスが身振りすると、ティッカリが袋小路の奥に位置する建物の壁へ、助走をつけて壊抉大盾を突き出した


「てや~~~~~~~~~」


 竜の赤鱗に比べたら植物紙も同然の壁だ、その一撃で人が通るのに十分な大穴が開く。

 さらには、吹き飛んだ破片が直撃したのか、その建物の中にいる兵士たちが血を流して倒れていた。


「それじゃあ、僕らはここから脱出しますね。そうそう、《雑踏区》の夜は暗いですから、背後には十分に注意してくださいね。アンジィー、やっていいよ」

「は、はい! 風の精霊さん~♪ この黒い球を、周囲にばらまいちゃってよ~♪」


 テグスの指示を受けて、アンジィーは空いた穴から建物に入る間際、精霊魔法で《暗器悪鬼》から得た爆発する黒い球を十個ほど上空へ打ち上げた。

 それらが落下する前に、テグスたちは穴から建物へ。そしてその先にある別の路地へ脱出する。

 やがて、上空から落ちてきた黒球が、建物の屋根に、袋小路だった地面に、兵士の頭や肩に当たり、そのどれもを盛大な爆発に巻き込んだ。




 黒球が爆発し、爆炎が上がると、状況が一辺した。


「ぐあああああああ!」

「な、なんだ――ひぃ! 隣の頭が、頭がなくなってやがる!?」


 兵士たちから悲鳴が上がる。

 だがそれをかき消すように、屋根を爆破された衝撃で建物が大きな音と共に崩れ始めた。

 兵士が破壊作業をしていた関係か、その崩落に連鎖して周囲の建物も崩れていく。

 そうして、崩落した後には、瓦礫に埋もれて呻く生きた人と、沈黙する死人が生まれた。


「げほげほ、あの青年とその仲間を追うぞ! 全員集まり、逃げた方向へ進む!」

「ごほごほ。取り逃したのなら仕方ない。本陣に戻り、行われているという略奪を阻止するぞ!」

「けほっ。袋小路から出たのだ、囲んで倒す絶好の機会である、散開して探せ!」

「ああ! 砂が入って目が見えぬ。だれか、水を持ってないか!」

「ぺっぺっ。瓦礫に埋もれた兵士を助けるぞ、手を貸せ!」


 崩れた際に巻き上がった粉塵に咳き込みながらの命令は、騎士によってばらばらで兵士たちが混乱する。

 そこに再び黒球が上空から飛来し、爆発に兵士を巻き込んだことで、混乱がさらに加速した。

 たまりかねたように、木槌を持つ騎士が大声を上げる。


「うろたえるな! 悔しいことに、地の利は向こうにある。追跡や救助をしていたのでは、被害がさらに増える可能性が大きい。ここは速やかに本陣へ戻り、状況の再把握をする!」


 木槌を打ち鳴らして周囲の声を掻き消したことで、兵士たちに単一の命令が伝わった。

 残響が残っているうちに行動が開始され、一斉に野営地へと走り出す。

 木槌の音の範囲外へ出ると、騎士たちは走りながら集まり、顔を付き合わせた。


「あの青年たちは、先頭と殿を襲う公算が高い」

「では、我々は先頭と最後尾に分かれ、兵士を護りながら本陣へ向かうほうがよいな」


 結論の通りに、先頭を二人、最後尾を三人の体勢で、《雑踏区》の路地を走っていく。

 進路上に現れた人は、単なる住民かテグスたちかを確認せずに、先頭を走る騎士が斬り捨てる。


「邪魔だ! 退くがいい!」

「我らの前に立つな! 立ちはだかれば斬り捨てる!!」


 大声を上げて警告し、通路を少しでも先へと走っていく。

 だが、その進行方向を読んでいたかのように、暗がりから投剣や矢が飛んできて、兵士たちの急所に突き刺さる。


「ぐあああああああ!」

「ぎゃああああああ!」

「進め! 前へ進むのだ! これほど暗い夜だ、飛び道具に当たるのは不運なものだけだ!」

「悲鳴を聞いても立ち止まるな! 足が緩めば、その分だけ被害が増えると心がけよ!」


 騎士が急き立て、兵士の死体を踏みつけながら、隊列が野営地がある方向へ進んでいく。

 しかし、なにも踏みつけられるのは、投剣と矢で死んだ人たちだけではない。

 通路に残ったゴミ。運悪く居合わせた小動物。酔いつぶれて倒れている住民。

 そして、鎖や黒い縄で脚をとられて、倒れた兵士たち。

 走る大勢で、それらの骨を踏み砕き、肉を踏み潰しながら、闇の置くから飛来するもろもろに怯えつつ、兵士たちは前へ進む。

 しかし、時折通路が塞がれていて通れなくなっていたりして、遠回りを余儀なくされる。

 その間にも、投剣、矢、投石によって直接的に、黒い縄と鎖によって間接的に、兵士の数が減っていく。

 苦難の末に三分の二まで人数が減った彼らが、戻ってきた野営地で目にしたもの。

 それは、倒された柵、燃え上がる天幕、血臭を放つ死体、武器や鎧を手に喜ぶ人たちだった。


「急ぎ、本陣の中に入るぞ!」

「賊が中にまだいるぞ! 討ち取れ!」


 先頭にいた騎士たちの号令に、兵士たちが野営地の中に雪崩れ込む。

 それを見て、中にいた住民たちが、それぞれ行動を起こす。


「チッ、長居しすぎたか。ものども、捕らえられた人たちは解放したんだ、ずらかるぞ!」


 目的は達したと、掴まらないよう四方に逃げる者たち。


「欲をかき過ぎたな。物を積んだ馬車を動かせ! 護衛しながら逃げるぞ!」


 物資を満載にした馬車とともに、野営地から脱出しようとする人たち。


「兵士を何人か殺せたんだ、こいつらだってやってやる!」


 そして、手に入れた武器を使い、騎士と兵士たちに戦闘を挑むやつもいる。


「奴隷はまた確保すればいい! 火を消せ! 延焼を防げ! 刃向かうものは全て殺せ!」

「手すきの者は物資を奪い返せ! さもないと、飢えて死ぬぞ!《迷宮都市》はまともな場所ではない! 食糧を徴発できると思うなよ!」


 先頭を走っていた騎士二人の号令に合わせ、兵士たちが別れて作業し始める。

 すると、野営地の中で奮戦していたらしき兵士たちと、守られていた司令官も合わさり、一転攻勢を仕掛けてきた。

 まず、散発的に武器を手に襲ってくる住民を片付け、馬車と共に逃げようとする何組かの追撃に移る。

 そうして戦場が拡大している野営地から少し離れた場所では、最後尾を走っていた騎士三人立ち止まっていた。

 彼らは、暗がりから生えた黒い縄のようなものが巻かれている。

 そう、アンジィーの闇の精霊魔法によって、その場から動けなくなり、兵士たちの列から置いていかれていたのだ。

 そんな三人の前に、テグスたちが現れた。


「やあ、どうも。なにやら、大変なことになってますね?」

「白々しい台詞を! 闇の精霊を使うなど、貴様らはやはり悪の手先であったのだな!」

「だが、我々がこうして足止めされているのは、貴様らが出てくると思って、わざとそうしているのだ!」

「その通り。この程度の戒め、我ら三人が所持する、神の祝福がついた武器の前では無力!」


 自信満々に取り出したのは、革鞭、革の巻かれた棒、そして金属杭だった。

 テグスたちが呆気に取られていると、それらで闇の精霊が作り出した黒縄を攻撃してみせてきた。

 すると、確かに神の祝福つきの武器なのだろう、一発で黒縄が霧散する。


「でも、神の祝福があっても、あんな武器じゃあね」

「とっても、ちゃっちいです」

「あれを武器と言っちゃうのは、どうかと思うかな~」

「残念騎士ですね、見た目通りに」

「《鈹銅縛鎖》を使っている私としましては、少々共感できる部分もございますけれど」

「あ、あの、あの人たち、怒っているみたい、なんですけど……」


 テグスたちが勝手な意見を言っていると、アンジィーが注意した通りに、三人の騎士たちの鎧で覆われた肩が怒りで上がっていた。


「愚弄しおって、もう許さん! 『我が魔力を火口に注ぎ(ヴェルス・ミア・エン・フラミング)――』」

「我らが魔法を食らって、後悔するといい! 『我が魔力を呼び水に(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ)――』」

「魔法の脅威を知って、命乞いはせぬことだ! 『我が魔力を活力に(ヴェルス・ミア・エン・スタロト)――』」


 三人が同時に呪文を唱え始めるが、テグスたちは完成を悠長に待ってやるつもりはなかった。


「たあああああああああああああ!」

「あおおおおおおおおおおおおん!」


 一足で近づいたテグスとハウリナが、鞭と棒の騎士へ攻撃する。

 盾で防御されるが、それごと斬り捨て、殴り砕く。

 そして連撃で、武器を持つほうの手にも攻撃する。


「ぐおおおおおおああああああ!」

「ぎいいいいああああああああ!」


 両手を失い、地面に倒れこんだ二人に、テグスたちは止めを刺した。

 一方で、残った杭を持つ騎士はというと、ウパルが操った《鈹銅縛鎖》で後ろ手に縛られ、猿轡までされて、地面に転がされていた。


「な、なへおへはけ! ほんなはふかひめを!?」


 なにか言いながら、どうにか杭の先端で《鈹銅縛鎖》を切ろうと試みている。

 仮に普通の鎖だったら、神の祝福つきの武器だ、切れたかもしれない。

 しかし、神の祝福はないにせよ、《鈹銅縛鎖》も神が所有していたといわれのある鎖だ。

 そのうえ、ムーランヴェルグによる強化もされている。

 杭の先程度で切れるようなものではなかった。

 しかし、五則魔法を使われでもしたら危ないので、テグスはその杭を取り上げる。


「ウパル、やっちゃっていいよ」

「はい。では早速、自らを正義と信じて疑わぬ、愚かな男性の更生をいたしますね」


 ウパルが股間近くへ移動したことで、目的の予想がついたのだろう、騎士が慌てだす。


「まへ、まへえええええええ!」


 制止の声は聞かずに、ウパルはつま先を、鎧の装甲のない騎士の股間に直撃させた。

 そして、執拗なまでに繰り返し蹴り砕くと、その途中から騎士は悶絶死していたようだ。


「じゃあ、野営地の混乱が収まる前に、取るものとってさっさと帰ろうか」

「わふっ。鎧も武器も、ぜんぶ剥いでしまうです!」


 死体から、武器と防具、そして神の祝福つきの道具を回収し、テグスたちは再び《雑踏区》の暗がりの中へと消えていったのだった。

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