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26話 《小六迷宮》4

 日が稜線から昇りきる前に、テグスとハウリナは朝食をたらふく食べてから宿を出た。

 相変わらず長蛇の列がある《小六迷宮》の出入り口に到着すると、二人は大人しく最後尾に並んで入る順番が来るのを待つ。

 昨日と同じ様に人の列に並びつつ、一層目と二層目を通過して。

 三層目での分かれ道は、昨日と同じ通路を選んで他の《探訪者》たちと別れた。


「じゃあちょっと小走りに進むよ」

「進むの!」


 二人は軽く歩みの速度を速めて、《魔物》を倒しつつ《探訪者》たちを追い抜きながら、通路を進んでいく。

 テグスが投げ短剣で倒した《口針芋虫》は二人の背負子に均等になるように入れ、ハウリナが砕いた《転刃石》は大きめの破片だけをテグスの袋の中へと入れるので、その間は少しだけ進む速度が遅くなる。

 それでも昨日よりは大分早く、三層目から四層目へと辿り付く。

 四層目から現れる《油滴鼠》と火達磨で突進してくる《魔物》たちを、テグスは《転刃石》の破片で打ち抜きつつ、死骸は放置したまま先へと進む。

 五層目に到着し。《浮燐蝶》の燐粉を吸わないように気を付けながらその脇を通過する。

 その途中で、火で炙られた《浮燐蝶》から変な臭いがするとのハウリナの言葉に、テグスは魔術で風を発生させて吹き飛ばしつつ、可能な限り素早くその場を移動した。

 そうして辿り着いた六層へと下る階段。

 二人は小腹が空いたので《口針芋虫》を食べながら、一歩一歩ゆっくりと降りていく。


「もぐもぐ。良い調子でここまで来れたね」

「はぐはぐ。まだ昼の前です。遅い朝ぐらいです」


 出てくる《魔物》の対処の勝手が分かっていたからか、昨日よりは大分時間を短縮出来ていた。

 

「この調子なら、肉が出てくる層まで今日中に行けるかもね」

「肉のためなら頑張るです!」


 口の周りを《口針芋虫》の体液で汚しつつ、ハウリナは《小六迷宮》の肉を求める強い決意を秘めた瞳をテグスへと向けてきた。

 テグスも実はここで得られる《魔物》の肉に興味があるので、ハウリナと視線を合わせて頷き合った。


「でね、六層からは《蔓鞭瓜》っていう植物型の《魔物》が出てくるんだ」

「瓜、です?」

「薄甘い水が沢山入っている実がある、蔓を鞭のように使う《魔物》らしいよ」

「甘いの大事です!」


 この世界では甘味は貴重な物なので、食い意地が張った二人でなくても甘い物を求める欲求は高い。

 そしてハウリナが意気込んで《蔓鞭瓜》を探し始めたのは、彼女も女の子なのだからそういう甘い物に目が無いからなのかもしれない。

 そうして通路を歩きつつ、二度火達磨の《魔物》を相手にした後で、二人はその《蔓鞭瓜》と遭遇した。


「……大きいの」

「意外と大きいね」


 広く大きな葉っぱを何枚も敷き、その上に二人の胸元まである丸い薄緑の巨石を置いたようなその見た目。

 詳しく観察すると。葉の下にウネウネと動くのは恐らく《蔓鞭瓜》の根で。実であると思われる球体の上からは、小さな葉が幾つも付いた蔓が何本も延びている。

 その《蔓鞭瓜》は二人を認識したのか、蔓を鞭の様に素早く振るい始め。空中から生まれたヒュンヒュンと言う風切り音が、石壁に反射してやけに大きく聞こえてくる。


「取り合えず様子見で」


 振り回している蔓に当たると痛そうなので、テグスはハウリナを少し後ろに下がらせて、大きめな《転刃石》の破片を一つ《蔓鞭瓜》へと投げつけた。

 すると《蔓鞭瓜》は飛んできたその破片に向かって、何本もの蔓を一斉に振るって打ち落としてしまう。

 そして明確に攻撃されたと理解したらしい《蔓鞭瓜》は、根を蠢かせてゆっくりと二人の方へと近付いてくる。


「飛び道具は余り効果が無いのかな」

「飛び道具が駄目なら、叩くだけです」


 ハウリナが握っている鉄棍をテグスの顔の前に出して見せてきた。

 確かにその鉄棍で一撃すれば、《蔓鞭瓜》の実の部分など粉々に出来るだろう。それに振るわれる蔓の打撃は、真新しい防具で受ければ怪我を負わないかもしれない。


「でも一応、安全策を取ろうか。この破片を思いっきり投げるから。投げた瞬間に、ハウリナは《蔓鞭瓜》に向かって走り出して」

「任せるの。あっという間に近付くです」


 ぐっと四肢に力を入れたハウリナは、テグスが破片を投げるのを今か今かと待つ。

 それは飼い主に道具で遊んでもらうのを待つ犬の様で、テグスは微笑ましさを感じる。

 それでも笑みを作ることは無く、無詠唱で身体強化の魔術を使用してから、破片を思いっきり《蔓鞭瓜》へと投げつける。

 先ほどと威力と速さが違うのが《蔓鞭瓜》にも分かったのか、全ての蔓を振ってその破片を叩き落そうとしてきた。

 蔓に当たった破片は、その何本かを切り飛ばしたものの、力を失って地面へと叩き付けられてしまう。


「あおおおおぉぉー!」


 そうして振りぬいた蔓が地面を叩いて一瞬止まった時、破片に追いすがるようにして走り出したハウリナは、既に鉄棍の攻撃範囲内に《蔓鞭瓜》を捉えていた。

 ハウリナが雄叫びを上げて力一杯に上段から振り下ろした鉄棍は、丸い実の部分に当たった瞬間にその場所を弾け飛ばす。

 大きな丸い実の四分の一程を吹き飛ばされた《蔓鞭瓜》は、ハウリナへと蔓を振ろうとした様だったが、その途中で力尽きたかのように動かなくなった。

 ハウリナがちゃんと仕留めたかを確かめる様に、蹴って地面に転がしてもその根も蔓も動く素振りは無い。


「テグス。やっつけたです。切り分けて食べるです!」

「これだけ大きいから、ハウリナも自分の分は自分で切り分けてよ」

「そうだったです。短剣持っていたの!」


 テグスが倒された《蔓鞭瓜》に近寄る前に、ハウリナは後ろ腰からなまくらな短剣を一本取り出し、いそいそと中身も薄緑色の実を切り分け始めていた。

 そしてテグスが取り出した短剣を突き立てるより先に、ハウリナは大きく切り出した実に齧り付く。


「はぐはぐ。水いのです。ちょっと甘いの美味しいです!」

「水いじゃなくて、瑞々しいね」

「瑞々しいの!」


 よほど気に入ったのか、口周りが汚れる事を気にせずにバクバクとハウリナは食べ始めてしまう。

 テグスもそれほど美味しいのかと、簡単に切り分けた実の一部を口へと運ぶ。


「確かに瑞々しいし、よく味わうと甘いね」


 よほど多くの水分を含んでいるのか、シャクシャクと生の芋の様な歯ごたえながら、一噛みするだけで口の中に果汁が満杯になるまで溢れ出てくる。

 そして多少の糖分が含まれているのか、食べ始めと食べ終わりには、ほんのりとした甘さを果汁に感じる。

 流石に皮に近付くと、甘さよりも青臭さが先に立つが。それでも果実を食べる機会が余り無い《雑踏区》では、これは貴重な甘味であることには変わりない。


「一匹でこんなに大きいなら、もっと出回っても良いと思うんだけど。やっぱり水分多くて腐りやすいのかな?」

「テグス、テグス。食べないのなら、もっと食べてしまうの!」

「あ、待ってよ。まだ食べるから!」


 そうして二人は六層で多数の《蔓鞭瓜》を狩り、お腹が膨れるか飽きるまでその実を堪能したのだった。




 多少食べ過ぎて水腹になりつつも、二人は六層から七層への階段を発見した。


「しかし意外だったよね、火の付いた《魔物》を《蔓鞭瓜》が蔓で倒すのは」

「火が嫌いで、燃えない為に水が多いかもです」


 さほど六層で困難に遭わなかったのは、通路を塞ぐように存在する《蔓鞭瓜》が、体に付いた油に引火した《魔物》たちを、その蔓でビシビシと叩いて防いでくれていたからだった。

 そんな食料にも防壁にも活躍してくれた《蔓鞭瓜》を思いつつ、二人は七層へと到着した。


「さっそく新しい《魔物》――《大蜜蟻》がお出迎えとはね」


 階段を降りた場所は小部屋になっていて。そこには直立すればテグス程の大きさもある、一匹の蟻に見える《魔物》が居た。

 キチキチと顎をかみ合わせて威嚇する《大蜜蟻》から一定の距離を保ちつつ、テグスは《転刃石》の破片を思いっきり投げつける。

 身体強化の魔術を無詠唱で掛けて投げられたその破片は、《大蜜蟻》の頭部をへこます代わりに砕けてしまった。


「魔術の選択を間違えたかな」

「前に出るです!」


 攻撃された事でテグスに狙いを付けた《大蜜蟻》を防ごうと、ハウリナは鉄棍片手に前に出る。

 六本の足で素早く近付いてくる《大蜜蟻》へ、ハウリナは下からその頭をすくい上げるように鉄棍を振るった。


「掴まれたのです!」

「そのまま押さえておいて!」


 しかしハウリナの鉄棍は、がっしりと《大蜜蟻》の顎に挟まれて止められてしまった。

 それを見ていたテグスはハウリナに要望を出しつつ、左腰に吊っている片刃の剣を抜き放ち《大蜜蟻》へと近寄る。


「首を落とせば!」


 ハウリナが身体強化の魔術で底上げした膂力で《大蜜蟻》を押さえる横から、テグスは鋭刃の魔術を纏った剣でその首の継ぎ目を両断した。


「うわっ!? 頭が外れたのに噛んだままなの」


 力任せに押さえていたので、急に手応えが変わった事に驚いたハウリナは、体勢を崩しながら鉄棍に噛み付いたままの頭にまた驚く。

 テグスはそれを横目で見つつ、《大蜜蟻》をちゃんと仕留められたかに気を向けている。

 首を失ってもしばらくは六本の足で立っていた《大蜜蟻》の胴体は、二歩程前に歩いた所で平衡を失った様にして地面に横に倒れた。

 念のために、テグスは剣の先を《大蜜蟻》の胸の部分に突き刺す。

 反射行動も無く動く素振りも無いので、テグスは安心した様に剣を鞘に収めようとして、刺した部分に体液がついているのを見つけた。


「きちんと拭いてからじゃないと――甘い匂い?」


 それをボロ布で拭いてから鞘に入れようとして、ほんのりと甘い臭いが漂っている事に気が付いた。

 その出所をテグスが匂いで探すと、どうやら剣先にある《大蜜蟻》の体液からだった。

 試しに指でその体液をすくい取り、鼻先に近づけてみると確かに甘い臭いがした。


「《大蜜蟻》って名前だけあって、体液が蜜なのかな……って、ハウリナ何しているの?」


 蜜だったら余計に拭わないといけないので、ボロ布を背負子から取り出そうとしたところで、《大蜜蟻》に取り付いて匂いを嗅ぎまわるハウリナの姿を見た。


「この蟻から甘い匂いがするです。一番強いのはこの大きなお腹の部分です!」


 後ろ腰から短剣を一本抜き出したハウリナは、胴体と腹の境目に突き刺した。

 そしてぐりぐりと短剣を動かして、腹の部分を切り離してしまった。


「わふわふ! 甘い蜜がどろどろです!」

「ちょっと、ハウリナ!?」


 腹の切れ目からあふれ出した蜜が、とろりと岩の地面へと落ちていく。

 ハウリナは慌てたようにその出てくる場所に口を着け、ちゅうちゅうと中身を吸い始めた。

 よほどその蜜が甘くて美味しいのか、テグスの静止の言葉も聞こえなかったのか、うっとりとした目で吸うのを止めない。


「さっきあれだけ《蔓鞭瓜》を食べたのに。女の子は甘い物は別のところに入るって言うのは本当なのかな?」


 事前情報では、この《小六迷宮》には毒のある《魔物》は出ないとのことなので。テグスはハウリナの行動に少しだけ呆れながらも、剣に着いた体液を拭って鞘に収めた。

 そして周りに人や《魔物》が居ないかを、索敵の魔術を使用して調べていく。


「はふぅ……テグスに」

「蜜を吸ってみろって?」


 満足するほど吸ったのか、ハウリナが《大蜜蟻》の腹の部分を手渡してきた。

 見た目とは違って随分と軽いその部分を持ったテグスは、押したら少し蜜が出てきた場所に口を着け、ちゅうちゅうと吸ってみた。

 大部分はもうハウリナに吸われてしまったのか、そこからの出は悪い。

 それでも揉むように手を動かせば、ちゃんと蜜が奥の方から出てきた。

 味は《蔓鞭瓜》の果汁をそのまま凝縮したような、甘さの中にほんのりと青臭さがあるものだった。


「レアデールさんへのお土産には良いかもしれないね」


 確りと味を堪能したテグスは、そこから口を離してハウリナに返そうとする。

 しかしハウリナはもう出ない事が分かっているのか、首を横に振って拒否した。

 仕方が無いので、テグスは《大蜜蟻》の死骸の場所に置き、魔石化の《祝詞》を上げて魔石に変えた。

 出現したのは矢張り、小指の先に乗るほどの大きさの灰色の小石だった。

 それを拾ったテグスは、魔石用の袋の中へと納めた。


「《大蜜蟻》を積極的に狩りたかったりする?」

「もうたっぷり食べたのです。まだ大丈夫です!」

 

 つまりは小腹が空いたら、また蜜を獲りたいということだろうか。

 食い意地の張ったハウリナの言葉に笑みを浮べながら、テグスは今度はたっぷり詰まった蜜を飲んでみたいと思っていた。


 


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