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284話 笛の音に走る

 断罪騎士ギリオットを倒した、その翌日。

 手に入れた断罪剣は、重たいので孤児院の物置に置かせてもらい、テグスたちはこの日も人狩りを倒しに向かう。

 そして早々と、数組の人狩りたちを倒した。


「でも、なんだか人狩りの動き方が、変わったように感じるね」


 テグスがそう思った通り、昨日は組織的に住民を確保するように動いていたが、今日はなぜか人員が散逸して動いているようだった。

 そのことは、ハウリナたちも同意見らしい。


「兵士と、純粋に人狩りをする人とで、行動が別れているようかな~」

「鎧をきた人、なにか探しているように動いてるです」

「なら検討はつきますけどね、その探し物がなんなのか」


 アンヘイラに言われるまでもなく、恐らくは断罪剣のありかを探しているのだろう。

 もしくは、その剣を奪った誰かをだ。


「ということでございましたら、昨日、孤児院へ戻る際に、住民のかたの目に触れているでございましょうから。私たちのことが露見するのも、問題でございますね」


 ウパルが語った今後の予想に、アンジィーが反応する。


「あ、あの、それって、大丈夫なんでしょうか……」

「集中して狙われるかもしれないけど、注意が必要なのは騎士だけで、その他は襲われる度に倒せる程度の相手だし。あと、断罪剣がある孤児院には、レアデールさんがいるから、気にしないで良いと思うよ」


 テグスがそう語ったとき、通路の脇から出てきた兵士用の鎧をきた三人の男たちと出くわす。


「男一人に女数人、そしてその防具の見た目! お前らが!?」


 一人が断片的な言葉を吐くと同時に、手に持っていた筒状の物を口へ運ぼうとする。

 テグスは飛び道具の類かと思い、投剣を素早くその兵士の手に放った。


「ぐあッ――!?」


 手首に深々と刺さった投剣の衝撃で、兵士の手から筒が落ちた。

 路地に転がったそれを良く見ると、溝が吹き口近くに刻まれている。

 

「くそ、呼子よびこを落としちまった!? お前らが吹いてくれ」

「悠長に笛を出させてもらえるわけないだろ! あいつらは騎士様を倒した相手だぞ!」

「物陰を移動しながら、報告しに急いで戻るぞ!」


 大慌てで出てきた路地を引き返していく、兵士たち。

 しかし、追いかけながら放った、テグスの投剣とアンヘイラとアンジィーの矢からは、逃れられなかった。

 兵士たちはそれぞれ、臀部に刃を受け、膝を射抜かれ、背中の鎧を貫かれて、地面に転がる。

 ゴミに激突しながら呻き声を上げる三人を、ウパルが《鈹銅縛鎖》で拘束した。

 そうして、地面に腹ばいになって身動きが取れなくなった彼らの眼前に、テグスはしゃがみこむ。


「こんにちは。僕らのことを探していたようですけど、どうしてですか?」


 答えが分かりきった質問だが、兵士たちは脂汗を流しながらも口を噤む。

 その反応は予想していたので、テグスはウパルに手で合図を送った。


「では、更生のお手伝いをさせていただきますね」


 言い終わるより先にウパルの足が翻り、兵士の一人の股間を蹴り潰した。


「――ごかッ…………」


 蹴られた衝撃で息が漏れた後は、声の出し方を忘れてしまったように口を開閉させた。

 そして、激痛を堪えるためにか、蒼白になった顔面を地面に押しつける。

 しかし結局は、口から泡を吹いて失神した。

 その様子を見て、他の兵士二人の顔が引きつる。


「さて、次は誰の番になるでしょう?」


 テグスが意味深な言葉をあえて使うと、我が身可愛さからか事情を話してくれた。

 どうやら、奴隷にするために捕らえた住民に聞き込みをして、テグスたちの情報を掴んだらしい。

 だが、鎧の見た目と、人数と性別以外には、素性はばれていないようだ。

 特に、テグスたちの着ている鎧が立派なために、《探訪者》だとは欠片も思われてなかったそうだ。

 予想では、敵対国の貴族とその護衛だと考えられていた、ということだった。


「それで、僕らを見かけたら、その呼子って笛で合図しようってことになったわけですね」

「あ、ああ。それと、敵わなさそうなら、逃げて情報を持ち帰ってこいとも言われたんだ」

「笛の音が聞こえたところと、情報にあった場所へ、本陣に詰めている五人の騎士様たちが、総出で断罪剣を取り返しにいくからって……」


 騎士の人数を聞いて、テグスは少ないと思った。

 しかし、女騎士ベックリアと同程度の人が五人と考えた場合、《雑踏区》にいるような人相手では、過剰戦力もいいところだろうと考え直した。

 その間、黙ってしまっていたテグスに、股間がまだ無事な兵士二人が、媚びへつらう笑顔を向ける。


「な、なあ、ここまで話したんだ。あの女に、股間を蹴らせないでくれよ」

「あんたも男なら、あの痛みは堪えがたいって分かるだろ」

「……もちろん、させませんよ。そんな必要もないですし」


 テグスは投剣を引き抜くと、その二人の頚椎の継ぎ目に順に刺し入れた。

 何を去れたか分かっていない顔のまま、新たな死体が二つ出来上がる。

 テグスはついでに、股間を蹴り潰されて気絶している方も、止めを刺しておいた。

 ウパルに《鈹銅縛鎖》の拘束を辞めるよう指示してから、三つの死体の懐を漁る。


「多少の硬貨の他には、笛が合計三つ、僕らの特徴が書かれた木の短冊が一つか」


 それらを手で弄んでから、テグスは妙案を思いついた。


「テグス、なにするです?」

「まあ、ちょっとした罠をしかけようかなってね」


 ハウリナの質問に答えながら、路地から顔を出して様子を伺っている住民たちを、テグスは手招きして呼び寄せるのだった。




 《雑踏区》の中に、甲高い笛の音が響いた。

 すると、音がした場所へ、その周囲や少し遠方からも続々と兵士たちが集まっていく。

 そうして百人ほど集まった彼らが目にしたのは、身包みを剥がれた兵士三人の死体。一体は股間が蹴り潰されている。


「くそ、救援に来るのが遅かったか」


 集まった人たちの中で、一番年嵩がありそうな人が口惜しげにする。

 そうしていると、新たな五人がこの場に疾風のように駆けつけてきた。

 

「状況はどのようなものか!」


 そして、代表らしき一人が、開口一番にそう問いかける。


「騎士様。見ての通り、救援は間に合わず。探索している者たちの姿も、すでにこの場にはございませんでした」


 先ほどの年配の兵士が告げると、騎士は頷く。


「そうか。だが、笛の音がしたということは、この付近にまだいるということだ。探し出し、なんとしても断罪剣を取り返すのだ!」

「「「はっ!」」」


 兵士たちが散り、方々へと駆けていく。

 すると、程なくしてまた笛の音が聞こえてきて、兵士たちと五人の騎士はその方向へかけていく。

 そんな様子を、テグスたちは少し離れたあばら屋の屋根に伏せて、こっそりと覗いていた。

 そして、周囲に人陰がなくなった事を確認してから、全員が上体を起こす。


「五人の騎士だけまだしも、あれだけの人数の兵士に集まられると、倒せはするだろうけど面倒臭いな……」


 テグスの手中には、殺した兵士から奪った呼子が握られていて、手慰みに指で回している。

 そうしている間にも、先ほどのとは別の方向から、呼子が鳴る音が聞こえてきた。

 そちらの方向へ足音が向かっていくのを聞いていると、アンヘイラが呆れ顔でテグスを見る。


「しかし考えましたね、住民に金を与えて遠くで笛を吹かせるだなんて」

「騎士と兵士たちは、僕らを探しているからね。途中で見かけた住民が笛を持っていても、目に入らないんじゃないかなって思っただけだよ」


 その思惑は当たり、いま騎士と兵士たちは音を辿って、無駄に遠くを走っている。

 成果は上々だが、この手は何度も使えるものではないということも、テグスは弁えていた。


「笛を渡した住民には、一度吹いたら危険だから笛を捨てるように言ったから、笛の音がした原因が分からなくて混乱してくれると思うけど。相手も馬鹿じゃないだろうから、あと一回か二回が限度かな……」


 その機会を生かす策を考えついたテグスは、一度孤児院の隣にある《探訪者ギルド》の支部へ戻ることにしたのだった。

 



 支部の職員であるテマレノに、ここまでの顛末とテグスが考えた作戦を伝えると、頭を抱えられてしまった。


「お前らの話は分かったが、その面倒をこっちに押し付ける気か?」

「いえ。僕らだけでやってもいいんですけど、戦果を全部持っていけるわけじゃないので。おすそ分けできるなら、そうしようかなって思っただけです」

「まったく、騎士五人に加えて、兵士と人狩りも山ほど相手にしなきゃならんのに余裕綽々だな。血は繋がってねぇはずなのに、お前はレアデールによく似ているよ」

「褒められたと思っておきます。それで、手伝ってくれるんですか?」

「……ここの職員全員の伝手を頼って、色々と連絡してみてやる。お前の作戦が当たれば、人狩りたちは引き上げざるを得なくなるからな」


 連絡代金として、テグスは《白銀証》の預金から、銀貨十枚を支払った。


「それで実行は、今日の日暮れ直前が一番いいんですけど、人を集めるの間に合いそうですか?」

「なら、猶予は四半日か。まあ、間に合うだろ。返事がくるまで、孤児院で待機していろ」


 テマレノが慌しく人を使い始めたので、テグスたちは孤児院に引き返した。

 するとすぐに、楽しげな顔のレアデールに掴まってしまう。


「なにか、面白そうなことを考えたらしいじゃないの」

「……お母さんは孤児院を守るため、ここにいるんでしょ。なら、僕が考えた作戦には加えられないよ」

「それもそうなのよー。だからせめて、どんなことをするのだけ教えて」


 教えるまで引き下がりそうもないので、テグスは作戦の大まかなことを耳打ちした。

 レアデールは聞き終えると、参加したいという文字が浮かんで見えるような顔をする。


「それいいわね。そういう作戦なら、テグスと一緒に戦いたいわ」

「お母さんが出向いたら、テマレノさんに伝手を頼ってもらっていることが、無駄になっちゃうよ」

「もう、何度も言わなくたって、分かっているわよ。でも、騎士と兵士の狙いがあの剣なら、ここの物置にあるって聞きつけてこないかって、ちょっと期待するわ」

 

 レアデールの期待することは分かったものの、テグスにはそうはならないという妙な確信があった。

 それでも、そうとは言わずに、孤児院の子達と遊んで、時間が来るまで暇つぶしをする。

 やがて、連絡を取り終えたというテマレノの呼び出しがあって、テグスたちは隣の支部へと戻った。


「人数は集めたが、この条件ならって、方々が文句つけてきてよ。これで構わないか?」


 差し出された文字が書かれた幾つかの木板を、テグスは一つ一つ読んでいく。

 書かれていたことを纏めると、大まかに三つに分かれる。

 一つ目、情報に感謝すると共に、求められた人数は集め、伝えられた作戦に参加させる。

 二つ目、ただし、その人たちは、テグスたちの命令は聞かず、自由に行動する。

 三つ目、殺した人から得た物は、殺した者の物で。後に分配の要求はしてこないこと。

 テグスはそれらを読むと、木板をテマレノに返した。

 

「この程度の要求なら、全部飲んでいいですよ」

「おい、いいのか。勝ち目は十分ある作戦を作ったんだ、その分の稼ぎを得るのは当然の権利だぞ?」

「【大迷宮】で稼いでいるし、この通り装備も充実しているので、人狩りたちから奪ったものなんて必要ないですから。それといったじゃないですか、戦果のおすそ分けだって」


 そこまで言って、テグスは自分の方からも要求があることに気がついた。


「そうだ。要求をこっちばっかり飲むのも不公平だから、参加する人は怪我したり死んだりしても自己責任だって、伝えておいてください」

「いやまあ、それが要求をのむ条件なら、そう伝えはするが……」


 テマレノは納得し難そうながらも了承し、伝手に再度連絡した。

 程なくして、返信があった。


「条件を受け入れる。共闘よろしくだってよ」 

「そういうことなら、僕たちはもう行きますね。日が暮れる直前に作戦を始めるので準備をよろしく、と伝えておいてください」

「おう、伝えておく。作戦が当たるといいな」


 テマレノに別れを告げ、テグスたちは支部を離れると、《雑踏区》の一画にある建物に囲まれた袋小路にやってきた。

 そして夕日が地平に隠れる直前まで待ってから、テグスは呼子を盛大に吹き鳴らした。

 すると、周囲から足音がして、兵士が続々と集まってきた。


「ようやく見つけたぞ! 騎士様を呼ぶぞ、全員笛を鳴らせ!」


 そして、集まった兵士が手に持っていた呼子を口に含み、物凄く大きな笛の音が周囲に撒き散らされた。

 ハウリナは五月蝿そうに獣耳を伏せている間に、兵士の数が百を越え、二百に達しようとする。

 やがて笛の音が終わると、数は三百近くにまで膨れ上がり、路地にひしめき合うような状況になった。

 それから少しして、テグスたちを武器で牽制していた兵士たちの列が割れると、五人の綺麗な鎧をきた騎士たちが歩き通り、テグスたちの前に立ち並んだ。


「ふむ。聞き込みの通りの見た目をしている。断罪剣を奪ったやつらに相違はなさそうだな」

「情報を聞いたときも信じられなかったが、本当にこやつらがあの力自慢のギリオットを倒したのか? まだまだ、歳若いものばかりではないか」

「大方、その見た目に騙され油断をしたのであろうな。まったく、神が祝福せし剣を持つ者としては、恥でしかない」

「死者を貶めることは好かぬな。それよりも、ここをあやつらの死に場所にするのが重要だ。それにしても、周りが壁ばかりとは、風景からして棺おけのようよな」

「しかしながら、あの青年が呼子を持っていることから、この地形はあやつらが選んだもの。重々用心することにこしたことはないかと」


 騎士五人は、テグスたちを見ながら、余裕そうに会話をしている。

 その兜の中から聞こえてくる声は、全て男性のものだが声に年齢の渋さがないため、ベックリアと同年代だと思われる。

 一方で、テグスは彼らを見て、げんなりした気分になった。


「……あの話し方からか、なんだかジョンを五人相手している気分だよ」

「ふん。昨日戦った、騎士のおっちゃんより、弱そうです」


 ハウリナの言葉通り、断罪騎士ギリオットよりも力が弱そうで、女騎士ベックリアよりも身動きが優れているようには見えなかった。

 そして、騎士なら神の祝福がついた武器か防具を持っているはず。

 だが、見たところ装備している片手剣や丸盾は五人とも同じものなので、違うようだった。

 テグスが不思議がっていると、騎士の一人が偉そうな態度で声をかけてきた。


「戦ってやる前に。青年、断罪剣を持っていないようだが、どこに隠した」

「あれ重たいので、ある場所に置いてあるだけで、隠してませんよ。《探訪者ギルド》に聞けば、教えてくれるんじゃないですか?」

「ほう。貴様は《探訪者》であったか。であれば、敵国の工作という憂慮は消えたな」


 騎士が安心したように言ったことに、テグスは半笑いで答えてやった。


「そんなことよりも、気にすることは別にあると思いますけど」

「ふむ、確かにその通り。いまは、貴様らとの戦いに気を配ることこそが肝要であったな」

「あははっ。それもそうですが。それで『だけ』ではないですよ――」


 テグスが語る後に続くように、遠くのほうから喧騒が聞こえてきた。


「何の音だ。青年、貴様何か知っているな!?」

「ええ。この笛を鳴らすと、たくさんの兵士と五人の騎士がつれるって話をしたら。なら、本陣の守りが薄くなるから襲いに行こう、っていう人が結構いたんです。だから、いまごろ物凄い数の人が本陣にいた兵士を殺して、ゆうゆうと装備品から食料まで略奪して回っているんじゃないですか?」

「なにぃ!?」


 テグスの証言を後押しするかのように、人狩りの野営地がある場所から火の手が上がり、日が沈んだ空を明るく照らし出す。


「凄い大火事ですね。早く帰らないと、帰る場所がなくなりそうですよ?」


 問いかけるテグスと遠くの火事を、騎士と兵士たちは交互に見て、判断に困っているようだった。

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