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283話 断罪騎士のギリオット

 断罪騎士ギリオットの攻撃方法は、『豪快』という一単語に集約される。


「行くである!」


 身長ほどもある大きさの断罪剣を、素早く大きく右から左へ振り回して、斬りつけてくる。


「そんな大振りなんて」

「当たるわけ、ないです」


 テグスたちは簡単に避けると、断罪剣はそのままあばら屋に当たった。

 すると、外壁をやすやすと斬り裂きながら、振り抜かれる。

 その切り口に視線を向けると、切れ味のいい牛刀で切られた肉の断面のように、艶めくほどの滑らかさだった。


「まだまだ、いくのであるぞ!」


 切れ味に驚いているところに、ギリオットが攻撃してきた。

 狙われたテグスが横へ避けると断罪剣が地面に当たり、剣身全てを埋めるかのように、深々と斬り入っていく。

 それだけに止まらず、振るわれた勢いのままに斬り裂いて、ギリオットの後方の地面から斬り出てきた。


「やけに切れ味がいいな、っと」


 テグスは感想を呟きながら、ギリオットが横回転して振るってきた断罪剣を、しゃがんで避ける。

 

「全ての悪しき者を断つため、《大義と断罪の神ビシュマンティン》が造りたもうた、珠玉の剣であるからな!」


 返答を聞いて、テグスはギリオットの武器の強みに気がついた。


「みんな、武器や防具で防ごうとしちゃ駄目だよ。きっと、それごと斬られちゃうから」


 その言葉に、殴りかかろうとしていたハウリナとティッカリが、二の足を踏んだ。

 

「なら、どうするです?」

「剣を防がずに近づくのは、難しい気がするの~」


 前衛組としては、もっともな意見だ。

 仮に、あの巨大な剣を掻い潜って接近して攻撃できたとしても、一撃で仕留められなければ、反撃を受けることになる。

 それを防御できないとなると、難易度が格段に上がってしまう。

 特に、壊抉大盾と複装鎧で防御しながら接近する戦法をとる、ティッカリにとっては相性が最悪だった。

 

「もしかしたら、ティッカリの鎧と盾なら耐えられるかもしれないけど……」


 そんな危ない賭けをさせるつもりはないテグスは、手振りでアンヘイラとアンジィーに援護を要請する。

 

「遠距離戦で倒せばいいのですよ、接近戦が無理なら」

「そ、それも、そうですよね」


 二人は狙いを定めると、矢を次々に放つ。

 金属の鎧を貫くにはこれで十分だと考えたのか、鏃は《下町》で買える黒鉄製のようだった。

 

「騎士が矢の攻撃で、やられるわけがないのである!」


 ギリオットは攻撃を一時中断して断罪剣を前に立て、直角三角形の剣身に身体を隠した。

 神の祝福がある剣だけあり、矢が何本も当たるが、傷すらつかない。

 しかし、視界を塞ぐその防御法は、悪手だった。


「捕らえましてございます!」


 ウパルによって地面の上を大回りで這い進んだ《鈹銅縛鎖》が、まるで蛇のようにギリオットの手足に絡みついた。


「なんと!?」


 ギリオットは驚きの声とともに、《鈹銅縛鎖》を断罪剣で斬ろうと動き始める。

 それと同時に、アンジィーが精霊にお願いする歌を唄う。


「闇の精霊さん~♪ あの人を捕まえるお手伝いを、して欲しいんだよ~♪」


 闇の精霊魔法によって、周囲の影から黒い布のようなものが伸びて《鈹銅縛鎖》にまとわりつく。

 すると、より拘束がきつくなったのか、ギリオットの動かしていた手足が急停止する。


「ぬぐおおおおおおおおおお!」


 気合の声を放ち全身に力を込めるギリオットに、アンヘイラが矢を射掛ける。


「騎士は矢ではやられんと、言ったのである!」


 ギリオットが手首だけを動かして断罪剣の側面で防いだのと同時に、身に着けている鎧がほんのりとした光りだした。

 すると、拮抗していたはずの《鈹銅縛鎖》と闇の精霊魔法の拘束が、力ずくで段々と破られていく。

 

「無詠唱で、身体強化に似た魔術を使ったんだ!」


 テグスは黒直剣を手に握りながら、拘束が解ける前に攻撃しようと駆け出す。

 しかしそれは、少し遅かった。


「ぬがああああああああああああ!」

「や、闇の精霊さんの、拘束が解けちゃいます」


 まず、力任せに精霊魔法で作られた黒い布のようなものを、ギリオットは引き千切った。

 そして、大分自由になった手でもって、《鈹銅縛鎖》を断罪剣で叩き斬ろうとする。


「ぬおおおおおおおおおおおおお!」

「大事なものですので、やすやすと斬らせはいたしませんよ」


 精霊魔法が破られたのを見たからか、ウパルは早々と断念して拘束を解くと、素早く袖の中へ《鈹銅縛鎖》を収納した。

 狙いを失った断罪剣が地面を斬る間に、テグスは黒直剣の距離にギリオットを収めることに成功する。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」


 そして、鋭刃の魔術をかけ、突きを放った。


「甘いである!」


 ギリオットは地面へ振り下ろしていた断罪剣を、無理矢理に振り上げなおし、眼前に迫る黒直剣へ峰を当てる事に成功する。

 テグスはまだ自分の距離だと考え、極限の集中状態へ移行しながら、黒直剣を上から下へ振るった。

 剣はギリオットの肩口に直撃する軌道だったが、その間に引き戻された断罪剣が立ちはだかる。

 鋭刃の魔術のかかった黒直剣の刃が、断罪剣の刃に当たった。

 すると、まるで黒直剣が木製に変わったかのように、すんなりと斬り裂かれていく。

 既に半ばまでに達している切れ目に、テグスはあえて振りぬくことを選択した。

 金属が破断する乾いた音とともに、切断された上半分が回転しながら、何度も無理に断罪剣を振るって体勢が崩れているギリオットへ飛ぶ。


「ぬごおおおおおおおおお!」


 上半身を逸らして避けようとしたようだが、鋭刃の魔術の残滓でかすかに光る刃が、鎧を突き破って肩に刺さった。

 テグスは集中状態で冴えた頭で状況を確認し、断罪剣の範囲外まで飛び退りながら、破損した黒直剣を投げつける。

 だが、ギリオットは再び断罪剣を盾のように扱って防ぐ。

 壊れた黒直剣は弾かれると、回転しながらあばら屋の上を越えて、どこかへと飛んでいってしまった。

 テグス範囲外まで退避したところで、集中状態を解きながら、塞牙大剣を抜いて構える。

 一方、ギリオットは肩に刺さる、黒直剣の上半分だった刃を、手で引き抜いていた。


「ぬぐぐぐぐ。今のは良い判断であったぞ、そこな青年。だが二度はないである」


 地面に刃を投げ捨てながら、肩から血を流しつつ、断罪剣を構え直してみせてくる。

 その様子を見ながら、テグスはここまでで得たギリオットの情報を、頭の中でまとめなおしてみた。


「堅実な戦い方をしていたベックリアさんに比べたら、身動きが荒いし攻撃は大雑把で力任せ。なら、今の僕らにとって危険なのは、あの剣の切れ味だけだね」


 自分の呟きを自身で聞いて状況を再確認すると、テグスはハウリナたちの近くまで下がり、彼女たちに作戦を伝え始める。

 しかしそれを、ギリオットが悠長に待っているはずもない。


「ぬぐおおおおおおおおおおおおおお!」


 断罪剣を振り上げながら、突進してくる。

 だが、ギリオットが近づいてくるのを、テグスたち側が何もせずに待っているはずもない。

 先に作戦が伝え終わった、アンヘイラとアンジィーが輪から外れると、次々に矢を放ち始めた。


「いつも通りに援護ですか、私とアンジィーのやることは」

「闇の精霊さん~♪ あの人の足を、引っ張っちゃって~♪」


 矢の射撃に加えて、アンジィーは闇の精霊魔法で黒い縄をつくり、足に絡みつかせて動きを封じようとしていた。

 しかし、ギリオットは矢を断罪剣の側面で防ぎながら、力任せに黒い縄を足で引き千切って近づいてくる。


「ぬぐうううう! 闇の精霊などという、悪しき力に屈する本官ではない!」


 動きを止めることはできなかったものの、近づく速度が鈍っている間に、テグスが全員に作戦を伝え終えていた。


「って感じで、みんなよろしくね」

「わふっ! やってやるです!」

「ここまで活躍の場がなかった分も、働いちゃうの~」

「テグスさまのご期待に応えられるよう、気張らせていただきます」


 声を上げながら、テグスたちは散開した。

 アンヘイラとアンジィーは後方へと移動し、ウパルが護衛のように二人に付き従う。

 そして、ハウリナは一直線にギリオットへ駆け寄っていく。


「触れれば全てを斬り裂く、断罪剣の圏内に自ら入ってきたことは、褒めてやるのである!」


 ギリオットは断罪剣を振り上げると、ハウリナへ勢い良く振り下ろした。

 しかし、テグスたちの中で一番の身軽さを誇るハウリナに、そんな大振りがあたるはずはなかった。


「ふれると危ないなら、当たらなければ、いいです」

「ならば、どれほど避けられるか、本官が見定めてやるのである!」


 ギリオットにしてみれば刃を当てるだけでいいからか、本命や偽装を織り交ぜながら、断罪剣を小刻みに動かしてきた。

 しかし、幅も広く人の身長ほども長さがある剣を、どう小さく振るったとしても、その動きは大きいものにならざるを得ない。

 その断罪剣が振るわれる速度を上回るほどの速さで、ハウリナは身体を動かして本命と偽装の攻撃を全て避けていく。

 さらには、避ける間に黒紅棍で断罪剣の峰や側面を叩くなどという、挑発に似た真似までしてみせた。


「本官を愚弄するとは、いい度胸である!」

「一度当ててから、言ってみろです!」


 それからもハウリナが避け続けると、不意にギリオットの攻撃が鈍る。

 しかしそれはギリオットの意思ではなく、片手と片足に巻きついた《鈹銅縛鎖》によるものだった。


「鎖程度!」


 ギリオットが断罪剣で斬ろうと振り上げた瞬間、ウパルはあっさりと拘束を解いて《鈹銅縛鎖》を引き寄せて退避させる。

 そのとき、連続攻撃から自由になったハウリナが、力を込めて黒紅棍を突き出した。


「あおおおおおおおおおん!」

「ぬおおおおおおおおおお!」


 斬るのは間に合わないと判断したのか、ギリオットは峰を片手で掴むと、断罪剣の側面で突きを防いだ。

 その金属が打たれた高い音に紛れ、何かが金属と肉を貫く音がする。

 それは、ハウリナの足の間を通ってギリオットの脛に刺さった、アンヘイラが放った矢だった。


「これが狙いだったのであるか!?」

「ふふん。これで、役目は終わりです」


 言い残し、ハウリナが黒紅棍を引きながら後ろへ跳ぶ。

 怪我した足で追おうとたギリオットへ、脇の路地から走り出てきたティッカリが右の壊抉大盾で殴りかかる。


「とや~~~~~~~~~」


 不意打ちだったはずなのに、ギリオットは気がついていたのだろう、断罪剣の峰を掴み刃を立てて構えて対応してきた。

 構えられた刃に当たるその直前に、ティッカリが壊抉大盾を突き出すのを止める。


「テグスが言った通りの反応だったの~。てや~~~~~~」


 ティッカリは笑みを浮かべながら左手の壊抉大盾を振り回し、断罪剣の側面を力の限りに殴りつける。


「ぬぐおおおおおおおおおおおお!?」


 激しい音の後、竜の赤鱗ですら破壊する攻撃の衝撃によって、ギリオットの手から断罪剣が吹き飛ばされる。

 あばら屋の壁にぶつかった断罪剣は、地面の上に横倒しになった。

 反射的にだろう、ギリオットは走って手放した武器を拾おうとする。


「闇の精霊と土の精霊さん~♪ その剣を持てないように、しちゃってね~♪」


 彼の眼前で、アンジィーの精霊魔法で生み出された黒い布状のものが、断罪剣の柄に巻き付いた。

 さらには、断罪剣の形に地面が少しだけ陥没して、指をかけることすら出来ないようになる。

 ギリオットは悔しげに歯噛みすると、徒手空拳の構えを見せた。


「ぬぐぐぐ。だが、武器を失ったといえども、騎士は強者だと分からせて――」

「それは死後に、ご自由にどうぞ」


 ギリオットの意識が断罪剣に集中していた間に、気配なく忍び寄っていたテグスは、背後から塞牙大剣を突き刺す。

 金属鎧と骨肉を貫いて、ギリオットの胸元から、血で染まった剣先が突き出てきた。


「ぐぶご……せめて、お主の命だけは……」


 致命傷と分かったのだろう、ギリオットは最後の力を振り絞るようにして、背後のテグスへ手を伸ばす。


「《火炎竜》と戦う前に死ぬ気はないですよ」


 ギリオットの手が触れる前に、テグスは塞牙大剣を捻って刃を斜め下に向けると、乱暴な手つきで引き抜いた。

 その際に大きな血管が傷つけたのだろう、貫通した傷穴から血が噴き出る。

 そんな余命数秒という状況でも、ギリオットは最後までテグスを道連れにしようと手を伸ばした。

 しかし触れることはかなわず、地面に倒れ、自分の血だまりを広げていく。

 駄目押しに、テグスは血濡れの塞牙大剣を振り上げると、ギリオットの首を斬り落とした。

 転がった頭から被っていた兜が外れ、中から無念そうな表情な掘りの深い髭面が転がり出てきた。

 それでようやく、テグスは安心して大きく呼吸をする。


「ふうっ。強さはレアデールさんやベックリアさんに及ばなくて、あの切れ味のいい剣があるだけなのに、だいぶ苦戦しちゃったね」

「でも、ケガした人いない、完全勝利です!」

「テグスの黒直剣が、戦いの犠牲になっちゃったけどね~」

「考えようによっては悪くない交換でしょう、その代わりに断罪剣が手に入ったのですから」


 アンヘイラの言葉を受けて、全員が断罪剣がある方向を見る。

 すると、《雑踏区》の住民らしき薄汚れた男が、精霊魔法で雁字搦めな断罪剣を必死に取ろうとしていた。

 テグスたちに見られていると気がつき、その男は拾うことを諦めて逃げようとする。

 それより先に、ウパルは《鈹銅縛鎖》で縛り上げて、彼を地面に転がした。


「苦労なく他者の利益を掠め取ろうとは、不貞な悪漢でございますね。心を入れ替えるまで、懲らしめて差し上げます」

「え、あ、あの、じゃあ、精霊魔法を、とめますね」


 ウパルが男の股間を蹴り潰している間、アンジィーに精霊魔法を解いてもらって、テグスは断罪剣を手にとってみた。


「重たい! こんなの、戦いながら振れないって!」


 柄に両手をかけて引き上げるが、テグスの筋力では実戦に使うには難しい重量があった。

 これほどの重量があると、ティッカリぐらいしか使えそうもない。


「ティッカリ、使うです?」

「いまさら剣に武器を変えても、慣れるまで時間がかかっちゃうから、いらないかな~」


 結局は、誰も使えそうもない。

 だが捨てるには、神の祝福がついているという武器は惜しすぎる。

 なので、ひとまず孤児院まで持って帰り、その後どうするかをじっくりと考えることにしたのだった。

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