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280話 要望

 中庭を整え終わると、テグスたちはレアデールに次の仕事を頼まれた。


「こっち、こっちです!」

「くそっ。ぜったい、つかまえてやる! おまえらも手伝え!」

「「おー!」」

「ほら~、高い高いなの~」

「あははははっ。すごい、すごい!」

「いいなー。わたしもー、わたしもやるー」

「このぐらいの計算は必須ですよ、将来に商人になりたいというなら」

「うーん。もっと、がんばらないと」


 ハウリナ、ティッカリ、アンヘイラが、中庭や部屋で遊んでいる。

 テグス、ウパル、アンジィーはその声を聞きながら、調理場でレアデールの夕食作りを手伝っていた。


「こうして孤児院の食事を作っていると、僕らが《大迷宮》でいかに贅沢をしているかがわかるよね」

「道中は新鮮な《魔物》の部位を食べられますし。《下町》の食堂や、五十一層において神像の台座から出現する料理は、豪勢でございますしね」


 テグスとウパルが話しながら、小麦の粉を水で溶いたり、形が悪い野菜を洗ったりする。

 その横で、レアデールはアンジィーに料理を通して精霊魔法の使い方を教えていた。


「ほら、アンジィーちゃん。精霊魔法はお願いのしかたで、こんな風に水で根野菜の皮をむいたりも出来るのよ」

「え、あ、あのその。わ、わたしの近くにいる水の精霊は、なんだか、嫌がっている気が、するんですけど……」

「そこは、魔力を多くあげてみたり、お願いの仕方を変えてみたり、自分が得意な属性を使ってみたりして、工夫するのよ」


 レアデールは楽しそうに見本をみせ、アンジィーはおたおたとそれについていく。

 二人の姿は、精霊魔法を伝える教師と生徒というより、料理を教える母親と娘のようだった。

 そうして料理が完成した頃、匂いを嗅ぎつけたのか、ハウリナと子供たちが調理場の出入り口に顔を覗かせる。

 並んだもの欲しげな顔に、レアデールは微笑みを向ける。


「すぐに持っていくから、食堂で待ってなさいね」

「「はーい!」」


 わらわらと駆け出す子供たちを見送って、ハウリナたちは調理場へと入っていく。


「運ぶの、手伝うです」

「力仕事なら、任せてほしいの~」

「子供たちがまた顔を覗かせますしね、ぐずぐずしていると」

「なら、お願いしちゃおうかしら」


 手分けして料理を食堂に運び、全員が席につくと一斉に食べ始める。

 わいわいがやがやと賑やかなうちに食事が終わると、遊び疲れがでたのか、多くの子供たちは眠そうな目をしていた。

 それを見て、テグスとアンジィーが食器の片づけを始める。

 残るハウリナたちとレアデールは手分けして、子供たちを食堂からベッドのある場所へと歩かせていった。

 そうして使用した食器や調理器具を洗い終えた頃、レアデールだけが調理場へと戻ってきた。


「あれ、ハウリナたちはどうしたの?」

「子供たちに捕まっちゃって、いまでは一緒に夢の中にいっているわ。そうそう、二人にはちょっと言いたいことがあったのよ」


 レアデールはテグスとアンジィーを手招きしながら移動し、再び食堂の椅子に座らせた。


「それで、言いたいことってなに?」


 テグスの疑問に追従するように、アンジィーも控えめに頷く。

 レアデールは少しだけ頬を膨らませると、二人の額を順に指で弾いた。


「痛ッ!? もう、いきなりなんだよもう……」

「ふんっだ。せっかく仮想敵になってあげたのに、手を抜いた二人が悪いんじゃないの」

「え、あ、あの、手を抜いてなんて――」

「五則魔法と精霊魔法を攻撃に使っていないのに、本当にそうかしら?」


 改めて指摘されると、テグスは手を抜いていなかったという自信はなかった。

 アンジィーも同じなのか、ばつが悪そうにうつむいている。

 二人の様子を見て、レアデールは笑みをこぼした。


「といっても、ハウリナちゃんたちも、本気とは程遠かったけどね。だからこそ、《火炎竜》がやりそうなことを一通り見せたら、戦闘を切り上げちゃったんだし」

「……それは、みんながお母さんを傷つけるのが嫌だった。ってことでしょ」

「あら、傷がつく心配をしてくれるだなんて、強くなったものねー」


 口調とは裏腹に、心底嬉しそうな顔で、レアデールはテグスの頬を摘むと軽く引っ張ってから放した。


「それで。仮想敵になった私と戦ってみて、《火炎竜》に勝つ算段は立ったかしら?」


 テグスは痛む頬をさすりながら、首を横に振った。


「勝ち筋はある気がするけど。本物と戦ってみるか、さもなきゃ間近で良く観察しないことには、算段のつけようがないよ。お母さんと戦ってみて、それがよく分かった」

「ふふっ。テグスなら、そういう結論に落ち着くと思っていたわ。なら、実際に戦ってみなさいな。けっこう楽しい相手よ」

「戦いを楽しむって。サムライさんじゃないんだから……」


 サムライと面識がないので、レアデールは意味がわからなそうな顔をしていた。

 一方、横で聞いていたアンジィーは、反応に困ったような笑みを浮かべている。

 テグスは出す例えを間違えたことを反省しつつ、話を戻すことにした。


「それで、僕らを呼び止めた話は、これでおわり?」

「いえ。今後の予定はどうするのか、聞いておこうと思って」

「……二十日ぐらい予定は空いているかな?」

「そ、そうですね。エ、エシミオナさんの、お店にいく予定があるだけ、ですね」

「あら。《火炎竜》対策ならいまあるもので十分だと思うけど、何か装備を追加するの?」

 

 《掻切陰者》とその外套――《透身隠套》のことを伝えると、レアデールは思い出したようだった。


「ああ、あれってそんな力があったのね」

「ということは、お母さんも《透身隠套》を知らなかったんだ」

「ええ。当時の仲間が、広間全体を火の海にしてみたり、勘で攻撃して斬り殺したりしちゃったから、無事な外套なんて手に入らなかったもの」

「あ、あの、レアデールさんは、倒さなかったん、ですか?」

「私は風の刃が入った竜巻でバラバラにしたんだけど、破片が吹き散っちゃって集めるのが大変って、怒られちゃったわ」

「……お母さんを怒る人なんていたんだ」

「そりゃあ、いるわよ。当時の私は、歳若い小娘だったもの」


 苦笑いしながらの説明に、テグスは少し納得しがたい気分を抱く。

 それは、長命な《樹人族》であるレアデールが今でも若々しい姿だからなのと、その当時でも小娘という表現が似合うような存在ではなかったのではないかと考えたからだった。

 しかし、テグスは違うことを指摘する。


「それで、なんで時間が空いているか尋ねたの?」

「次の人狩りの時期に、軍がやってくる噂があってね。《探訪者ギルド》から、軍がきたら迎撃してくれって、要請が出ているからよ」


 秋の収穫と他国への侵攻に使う先鋒に奴隷を大量に使うためだと、レアデールは理由を付け加えた。


「なら前みたいに、レアデールさんが出ている間、僕らに孤児院を守って欲しいってこと?」


 テグスの疑問に、レアデールは首を横に振った。


「今回、私は孤児院から出るきはないわ。代わりに、テグスたちが言ってくれないかしらってことよ」


 意外な提案に、テグスよりもアンジィーが大きく驚いていた。


「あ、あの、その、ほ、本当にやらないと、だめ、ですか?」


 慌てぶりが酷かったからか、レアデールは落ち着かせるようにアンジィーの頭をなでやる。


「別に無理強いをする気はないわ。暇だったら手伝ってくれないかな、ってだけなのよ。あとは、軍が動くなら、あの女騎士さんもやってくるでしょうから。テグスは決着をつけるいい機会じゃないかなって思ったのよ」


 話してくれた理由を聞いて、テグスは申し訳ない気分で片手を上げる。


「お母さん。あの女騎士――ベックリアさんは、多分もう《迷宮都市》にはやってこないと思うんだけど」

「あら、なんでそう思うの?」

「結婚して、幸せにしているって話だし」

「……そんな私生活の情報を知っているなんて、テグスってばいつの間に親しくなったの?」

「うーんと。ジョン――アンジィーのお兄さんが騎士になるために、色々と世話をしたときからかな」


 掻い摘んだ説明をすると、レアデールは訳知り顔になった。


「なるほどね。お兄さんが人狩りの中にいるかもしれないと、アンジィーちゃんは心配しているのかしら?」

「え、あ、あの、お兄ちゃんの性格から、ないとは思うんですけど……」


 テグスも、あのジョンなら人狩りのことを、騎士にあるまじき行為と拒否しそうだと思った。

 すると、レアデールは今度は不思議そうにする。


「なら、何が問題なのかしら?」

「そ、それでも、あの、万が一、ってことも、あるんじゃないかなって……」


 アンジィーが心配を吐露すると、レアデールは納得したようだった。


「そこまで変に心配なら、迎撃を手伝ったほうが良いんじゃないかしら。お兄さんを見かけたら、やめるよう説得すればいいし。見かけなくても、いるかどうかを騎士や兵士なりに尋ねればいいだけよ」


 その理論に一定の理解を、アンジィーは示した。


「ということで、テグスはどうするのかしら?」

「……アンジィーのこともあるし、ハウリナたちに相談してから決めるよ」


 そうは言いながらも、ほぼ予定は決まったものだろうと、テグスは考えていたのだった。


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