276話 情報を求めて
《白樺防具店》で赤い鱗を使った耐火処理が終わると、テグスたちの防具はほんのりと赤く変わっていた。
「なんだか、色以外はまったく変わった感じがしませんけど?」
「変に重く~なったりしないの~は、腕が良いって証~明なんだよ。不安な~ら、火をおこしてあげる~から、防具を炙ってみ~なよ。焦げ目一つど~ころか、熱さも感じな~いはずだか~ら」
エシミオナの腕を信じているので、テグスは必要ないと身振りする。
「じゃあ、あとは《透身隠套》の強化をお願いしますね」
「承った~よ。けど~ね、ちょっと試し~てみたけど、結構~な難物な~んだよね。期待通りに~はならないか~もよ?」
「できたら儲けもの、ぐらいに考えておきます」
テグスにしても、できれば良いに越したことはない。
しかし、出来なかったら、使い捨てれば良いとも考えていた。
なので、あっさりとした口調で一巡月後の来店を約束すると店を出る。
テグスが先導して《中町》の道を歩いていくと、ハウリナが横に並んで顔を覗き込んできた。
「一巡月、時間あるです。なにするです?」
「まずは、《探訪者ギルド》本部に行ってみて、ガーフィエッタさんに《火炎竜》対策の相談かな。良い情報がなかったら、《中一迷宮》最下層の図書館に行って調べてみて。それでも成果がなかったら、レアデールさんに戦ったときのことを詳しく聞きにいく。って感じになるかな」
テグスがハウリナの頭を撫でながら予定を告げると、ティッカリが不思議そうな顔をする。
「それなら最初に、レアデールさんに聞きに行けば良いんじゃないかな~?」
この意見にアンヘイラも頷くが、テグスは首を横に振る。
「ああ見えて、レアデールさんは結構厳しいんだよ。手を尽くし終えて最後に頼ったなら、教えてくれるけど。最初に行っても、もっと努力しなさいって突き放されるんだよね」
「そ、そういえば。ま、前に聞いたときも、あまり詳しく、教えてくれませんでしたね」
「きっと、子を厳しくも逞しく育てるための考えなのでございましょう」
「育てられた方としては、もうちょっと手心を加えてくれって思うこともあったよ」
そんな話をしながら、《中町》から転移して、地上へと向かった。
一年を通して気温が一定な《中町》や《下町》とは違い、地上ではじわりと汗ばむほど夏の陽気に溢れていた。
目が痛くなるほどのきつい日差しに焼けた空気の匂いと、喉の渇きを誘い皮膚の汗を奪い取る熱い風。
そんな中でも、竜の鱗で耐火処理をしたからか、防具のある部分はさほど暑くはないのが不思議だ。
だからだろうか、全身を鎧で覆っていて暑そうに見えるティッカリが、一番涼やかな顔をしている。
ちぐはぐな様相に、テグスは忍び笑いを漏らしてから、全員で《探訪者ギルド》本部へと向かった。
「おやおや、テグスさんたちではありませんか。ここ一番の暑さの日を選んで、顔を見せにいらっしゃるとは、テグスさんらしい嫌がらせですね」
「そんな面倒なことをするわけがないじゃないですか。地上に出てきたら、たまたまこの気温だっただけですって」
「それでは、テグスさんたちが地上に出てきたから、この暑さがやってきたということですね。早めに《大迷宮》に戻ってはいただけませんか?」
出迎えてくれたガーフィエッタは、いつもの調子で喋りかけてくれるが、この暑さだからか額に汗がういている。
いつもは涼やかな顔をしているので、テグスはやけに汗が印象的に写った。
視線がどこに向いているのか気づいたのか、ガーフィエッタは飾り編みが外周にある手巾を取り出して、さっと汗を拭い去ってしまう。
「それで、五十一層で楽しくおやりなテグスさんたちが、どうして地上に戻ってこられたか、理由をお聞かせいただいても?」
「目的は幾つかありますよ。まずは大量にある魔石の換金です。《中町》の鍛冶屋と防具屋に代金として渡そうと思ってたんですけど、素材と引き換えで用がなくなったので」
テグスの身振りで、ハウリナたちが背負子や背嚢から、拳大の灰色の魔石を机の上にごろごろと乗せていく。
まるで一山いくらの石炭のように積まれた魔石に、ガーフィエッタは目元と口元が笑みを浮かべ、眉尻が怒ったように上がった。
「暑い日には働きたくないと、職員全体が思っている中。こんなに大きな魔石を大量に押し付けてくださいまして、大変にありがとうございます」
「喜んでくれたようでよかったです。けど、天秤で量って合算するだけなんですから、そんなに手間じゃないでしょう?」
意地悪い返事を含みながらも暑さを配慮しての言葉だったが、ガーフィエッタには皮肉全開に聞こえてしまったようで。
「ええ。この大きさの魔石は全体量が少なくて貴重なので、一つ一つの重さを量り、今の相場と比較検討して買い取り値段を決め、最終的に並んだ数字を合算すれば良いだけの単純な仕事ですよね」
額に癇癪筋と汗が浮かんだのを見て、テグスは負けを宣言するように、軽く両手を胸の高さまで上げる。
ガーフィエッタはそれでよろしいと満足そうな顔をすると、職員を呼びつけて魔石の換金作業を押し付けた。
嫌そうな顔をするその人を軽くつま先で蹴りやると、再びテグスに顔を向ける。
「他のご用件はどのようなものでしょう」
「《火炎竜》の行動や倒し方なんかが分かるような資料や、話を知っている人に心当たりはありませんか?」
ガーフィエッタは目を瞬かせて意外そうな顔をする。
「おや。もう《火炎竜》の心配ですか。まだ五十一層で苦戦中だと思ったのですが?」
気が早いと言いたげな言葉に、テグスは苦笑いと共に軽く頬を掻く。
「苦戦とはちょっと違いますよ。地力を上げるために戦っているだけで、五十一層の《魔物》を倒すだけなら、僕らはもうやり終わってますし」
「……失礼ながら、前――春頃にここへやって来られた際、まだ苦戦をなさっておいででしたね?」
「ええ、まあ。けど、優秀な《探訪者》に稽古をつけてもらって、僕ら全員の実力がかなり伸びたので」
テグス自身も予想外だったと含ませると、ガーフィエッタは呆れたような顔をした。
「同業者の力を伸ばすなど、奇特な人もいたものですね。恐らく、テグスさんたちに《火炎竜》と戦う手助けをしてもらうことを狙ってのことでしょうけれど」
テグスはガーフィエッタの意見に半分同意しながらも、サムライの性格からして半分は面白がってのことだろうと考えていた。
ハウリナたちも恐らく同意見で、同意とも否定とも取れない微妙な表情を浮かべている。
ガーフィエッタは驚きで浮かんだのか、再び手巾で額の汗を拭うと、納得顔になった。
「事情は把握いたしました。しかしながら、《火炎竜》についてお伝えすることは少ないですよ」
伝記の記述と前置きされてから掻い摘んで説明されたことによると、硬い鱗をもつ巨体で、口から火を吹き、皮膜のある翼で空を飛び、尾の一撃は岩を削る、といったものだった。
「といいましても、最下層は《火炎竜》が飛べるほど、天井が高くないとも言いますが」
補足説明に、テグスは最下層の巨大な扉の先を思い出す。
《火炎竜》が暴れまわれるほどの巨大な広間があった。
だが、天井は人の身ではやたらと高く感じるものの、竜の場合は頭の少し上にある程度のものだった。
「鱗、牙、爪、骨、翼は優秀な武器や防具に。目、舌、角、内臓、血肉は様々な妙薬になると謂れが方々に共通してあります。ですが、弱点や倒し方ははっきりと致しません。眉間を貫く。翼の間を切り裂く。心臓をくり抜く。喉下の逆鱗を引き剥がす。酒を飲ませて昏倒させる。飢えさせる。等々」
飢えさせて弱体化を狙った《探訪者》たちが死んだことを考えると、テグスは弱点とされるどれもが正確性に欠けるようにしか感じなかった。
そこに、ティッカリが会話に割って入ってきた。
「あの~。《火炎竜》を倒せる武器とかはないの~?」
「ありませんね。五十一層の《魔物》から取れた素材で作った武器ならば、傷はつけられるので、それでチマチマと削り殺すしか方法はないでしょう。そのように武器はないのですが――」
ガーフィエッタは言葉を切ると奥へと向かい、一冊の本を手に戻ってきた。
「――魔法ならあります。五則魔法と精霊魔法にそれぞれいくつかが、ですけれども」
本の末尾にある一頁に、何個かの呪文と説明書きが古代文字でなされていた。
「《火炎竜》相手ですので、相性の良い水か土の魔法がよろしいでしょうね」
ガーフィエッタが指した場所に目を向けて、テグスはどんな魔法かを読んでいく。
誇大ともいえる効果に期待感が膨らんだが、ある部分を目にして露骨なまでに眉をしかめた。
「これ『竜を倒せる』じゃなくて、『竜に痛打を与えられる』魔法ですよね?」
「ええ、その通りですがなにか?」
「なのに注意事項で、『術者の命にかかわる』って」
「つけ加えさせていただければ、五則魔法の場合は触媒が壊れる可能性があります」
言われたことに、テグスは『使えない』魔法だという印象しか抱けなかった。
ガーフィエッタはテグスの気持ちを汲んだのか、さらに説明が加わる。
「背景として、神罰に竜が襲来した場合を想定したものといわれていますので、人の命を使い捨てるつもりで作られたのでしょうね。もしくは、死に瀕した者の最後の足掻きに使うためのものでしょうか」
「この魔法しかないんですか?」
「本部にあるのはこれだけです。他の場所にあるかもしれませんが、期待はしない方がよろしいかもしれませんね」
結局、ガーフィエッタからは有益な情報を得ることはできなかった。
テグスはガーフィエッタに礼をいうと、長々とした説明の間に鑑定し終えた魔石の代金を、人数割りで全員の《白銀証》に預金する。
その作業の間で、より情報がありそうな《中一迷宮》の最下層にある図書館へ、向かうことを決めたのだった。
 




