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25話 《小六迷宮》3

 順調に通路を進んで、六層への階段を発見した二人。

 しかしテグスはその階段を降りるかどうかで、少し悩みながら立ち止まった。


「ねえ、ハウリナ。今日は一端、ここで戻る?」


 そして悩みの解決の為に、テグスはハウリナへ提案を告げた。

 しかしハウリナは、どうしてテグスがそんな事を言い出したのか分からない様子で、物凄く不思議そうな瞳をテグスへと向けている。


「別に疲れていないです」

「ハウリナが疲れていないのは分かるけど。このままじゃ、ここで寝泊りする事になるんだけど。大丈夫?」

「何が大丈夫です?」


 テグスの言いたい事が理解できないのか、ハウリナは更に不思議そうに首を傾げて見せてきた。

 それを受けてテグスは、少し間を置いて考えを整理する。


「うーんと……ハウリナは迷宮で寝泊りするのは初めてでしょ。だからどうしたら良いか分かるのかなって」

「……分からないのです。でも覚えるです!」

「その意気込みは買うけど……」


 テグスの事を主と認識しているらしいハウリナは、恐らくテグスのどんな要求にも応えようと頑張る事だろう。

 しかしそう言う無理をする事は、この《小六迷宮》では命取りになるのでは無いかと、テグスはそう思っていた。

 加えて、事前情報では想像も出来なかった《魔物》の組み合わせによる厄介さに、床に染みている油の存在がテグスを更に慎重にさせた。


「やっぱり今日はここで戻ろう。今からなら日が沈んだ直ぐ後ぐらいに出れるだろうし」

「むぅ、大丈夫なの~」

「ハウリナの事を疑っているわけじゃなくて、準備が足りないと思ったんだよ。二人共にね」

「むうぅぅ~~……」


 テグスは引き返す事を決めたのが、ハウリナは不服な様だった。

 なので機嫌を直そうと、テグスは彼女の頭を撫でてみるも。そんな事では騙されないとばかりに、ハウリナは上目遣いでテグスの事を控えめに睨む。

 しかし頭をなでられるのは嬉しいのか、彼女の尻尾は左右にゆっくりと揺れている。

 そんな表情と尻尾の齟齬の微笑ましさに、テグスは少しだけ口を笑みの形にしてしまう。

 すると益々ハウリナの顔が不機嫌そうになってしまった。


「御免御免。別にハウリナの事を悪く笑った訳じゃ無いから」

「……テグスが主だから、従うです」


 ムスッとした表情はそのままなので、ハウリナが不服である事は一目瞭然だった。

 それでもハウリナが地上へと帰る事に同意してくれた事に、テグスは安堵した。


「じゃあ警戒は続けながら戻るからね」

「……わふっ」


 六層への階段に背を向けて、テグスはハウリナと共に地上へ向かって歩き出した。



 五層から地上への道は、要領も分かっていた事もあって順調に進めた。

 その道中で、明日以降も必要になる《転刃石》の破片を多量に集めた麻袋は、テグスの背負子に入れ。一応は食料として扱える《口針芋虫》を少量狩って、空腹を紛らわすように二人で食べていた。

 そうして地上に戻った二人は、一路近場の宿屋へと直行した。


「大部屋なら鉄貨七枚。個室なら鉄貨十枚です。食事付きだと、更に鉄貨五枚の追加が必要です」

「二人一部屋で、食事付きでお願いします」

「では部屋代の鉄貨十枚と、二人の食事代で更に十枚。合計二十枚になりますが、よろしいですか?」

「はい。鉄貨二十枚」

「――はい、確かに二十枚確認しました。食事は直ぐに食べますか?」

「うん。食べるです! お腹ぺこぺこです!」


 宿の受付にいた歳若い女性に宿代を払った二人は、微笑ましげにハウリナを見る彼女に案内されて食堂へと通された。

 荷物を床に下ろして二人が待っていると、程なくして畑で作られる芋や野草に《小六迷宮》産の肉を使った、かなりの量がある食事が出された。


「はぐはぐはぐはぐ」

「もぐもぐもぐもぐ」

「「ごくん――お代わり!」」


 それを目にした瞬間に、二人して水を飲むような早さで食べ終えると、追加料金を払ってお代わりを貰い。また口の中に押し込むようにして、あっという間に食べ切ってしまった。

 その食べっぷりに呆気に取られた様子の従業員を尻目に、二人とも荷物を持って席を立つと、宛がわれた部屋へ膨らんだ腹を撫でながら歩いて向かう。

 そして部屋に入り。荷物を床に置き。疲れから二人揃って床に座り込んでしまう。


「はぁ~……《小六迷宮》は大変だ~」

「めんどうな《魔物》ばかりです」


 テグスがぐったりと体の力を抜きつつ、文句を言いながら腰の武器を外し始める。

 ハウリナも手の鉄棍をベッド脇の床に置くと、予備武器の短剣入り箱鞘が着いた革帯を外しに掛かる。

 そして全部の装備品を外し終えた二人は、隣に並んだ状態で手拭いに水筒の水を含ませてから、自分の体を拭き始める。

 服を捲った下から拭いたり、むしろ脱いで拭いたりするので、お互いにお互いの裸を見せ合っているようなもの。だが年齢的には思春期な二人なのに、お互いの視線を気にする様子も、裸を見せる事に羞恥心を覚えている様子も無く。淡々と手拭いで体を拭いている。

 そんな風に拭き終えると、テグスはサッパリとした気分になった。

 ハウリナの方も同じなのか、気を抜いた緩んだ表情を浮べている。


「さて、ハウリナ。明日から《小六迷宮》をどう進むか話し合おう」

「うん、です」


 しかしそんな緩んだままではいられないと、テグスは少し気を引き締めた表情を浮べ。

 ハウリナも同じ様な表情を浮べて、テグスの方を見つめる。


「先ずは、今日の手応えはどうだった?」

「戦うには弱いです。少し変わっているだけです」

「そうだね。単に倒すだけなら、五層目までは簡単だったよね。じゃあ明日は、五層目までは可能な限り早く進み終えて、六層目から下に行くのでいいかな?」

「いいです。明日からずーっと居るです!」

「えーっと。《小六迷宮》を攻略するまで、地上には帰らないって言いたいのかな?」

「そうです!」


 その提案に、少しだけテグスは悩む。何せ今日は五層目までしか進めていないのだから。

 事前にテグスが仕入れた《小六迷宮》情報では、最下層は二十層目だという事だった。

 なので単純に四倍もの時間が掛かるとすれば、攻略するのには四日掛かりの行程だ。

 水はテグスの魔術で出せるから良いが、食料品はそういうわけには行かない。


「と言う事は《魔物》の肉を当てにしないといけないんだけど。出てくるのは八層目からなんだよね」

「早く行けば良いの!」

「慌てて進まなくても。予め一日目の食事に使う為に食料を買っておくか、八層まで行くまでに《口針芋虫》を何匹か狩って置くかすれば、大丈夫だよ」

「《口針芋虫》を、沢山取るです!」


 即断してそう言ってきた事から、ハウリナはものは買って食べるより、狩って食べる方が好きなのかもしれない。

 テグスはこれで食料の問題は取り合えずは解決したと判断したので、次の問題についてに話を移す。


「じゃあ休憩場所と休憩方法に付いて話し合おう」

「? 普通に、地面に横になるの?」

「《魔物》が闊歩する中で、平気で地面に寝られる?」

「うぅ~……頑張れば、大丈夫です」


 その唸り声から、《魔物》が絶えず居る迷宮内で休憩を取るのがどれだけ大変なのかは、ハウリナにも分かっているのだろう。

 それでもどうにかすれば大丈夫と彼女は言いたいのだと、テグスはそう受け取った。


「それでそのどうにかするにはだけど、二つ方法があるんだ」


 右の人差し指と中指を立てて突き出すと、ハウリナはその一つ一つに視線を向けた後で、テグスに続きを求めるような目を向けてきた。


「先ずは、階段で休む方法。階段は何故か《魔物》が出てくる事が少ないんだ。だからそこで休憩を取る方法」

「ふんふん」

「次に、迷宮内で度々出てくる少し開けた空間――小部屋って言うんだけど、そこに仲間で集まって交互に休憩を挟む方法がある」

「ふんふん」


 ハウリナはテグスが言った事をちゃんと理解していると示す為に、しきりに頷いて見せている。

 その様子に少しだけ気分が乗ったテグスは、続いて利点と欠点の話しに移る。


「二つとも良い所と悪い所があって。階段で休むのは結構安全なんだけど、階段を降りてくる他の《探訪者》の迷惑になりやすい。なので度々、休んでいる人たちと降りてくる人たちとの間でイザコザが起こるんだ。下手したら喧嘩じゃ済まない事にもなる」

「ふんふん」

「小部屋で休む方は、そういう他の《探訪者》とのイザコザは起き難いけど、逆に《魔物》が通路からやって来やすくて、休みが満足に取れないかもしれない」

「ふんふん」

「というわけで、ハウリナはどっちの方法が良い?」

「うぅ~~……」


 テグスの問い掛けにハウリナは困ったような唸り声を上げて、考え込むように項垂れる。

 そんな姿をテグスは微笑ましく眺めて、彼女が何か言うまで待つ事にした。

 

「うぅ~、小部屋で休むのがいいです」

「階段じゃなくていいの?」

「《魔物》弱いです。人の方が怖いです」


 ハウリナは《小六迷宮》の《魔物》よりも、人間相手の方が危険度が高いと考えたのだろう。

 もしかしたら奴隷だった過去も関係して、軽い人間不信からの判断なのかもしれない。


「じゃあ小部屋で休憩する事に決まりだね」

「……いいです?」

「どっちも体験した事があるからね。ハウリナが良い方でいいよ」


 テグスにとっては休憩場所はどちらでも良かったので。ハウリナの選んだ方に否は無かった。

 

「じゃあ細かい休憩の仕方は、明日に持ち越して。朝早くに起きないといけないんだから、もうさっさと寝ちゃおう」

「寝るです。早起きなの!」


 取り合えず決める事は決めたと、テグスはベッドの中へと入り、ハウリナも彼の横にもぐりこむようにしてベッドの中へ。

 そうして二人は軽く抱き合ったような状態で、仲良く夢の世界へと旅立っていった。


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