273話 赤鱗の回収作業
テグスたちは五十一層の全ての《魔物》を、相性含みとはいえ倒せるようになったので、色つきの魔石と素材の回収を始めることにした。
「赤鱗を集めないといけないし。ビュグジーさんたちに、竜の餌やりも頼まれたしね」
「きっと、お腹空かせてるです」
「これからは頻繁に、いけるようになるの~」
倒しやすい《下級地竜》と《堕角獣馬》を多めに狩り集め、色つきの魔石も各種集めていく。
「多くの魔石を残すので助かりますね、強い《魔物》ほどに」
「《巨塞魔像》は一匹につき、白色の魔石が五つでございますものね」
「そ、その分だけ、相性を使わずに倒すの、難しいですよ」
サムライに教えられた特訓は続けていて、時折は実力で《魔物》と戦い、実力の伸び幅を確かめることにしていた。
しかしまだ、強い三種――《掻切陰者》、《強靭巨人》、《巨塞魔像》は、道具の力を借りなければ倒し切れない。
いつかは独力で倒せるようにと目標立てながら、テグスたちは《魔物》と戦っていく。
そして、あらかた魔石と肉を集め終わると、神像の仕組みを動かし回って樽酒を回収する。
「さて、用意も終わったし、竜の像を動かして下に行こうか」
「わふっ。竜の赤い鱗、集めるです」
そうして肉や酒を持って行こうとして、ティッカリの小鼻が動いているのが目に入った。
テグスが視線を向けると、照れ顔をしながらも物欲しそうな表情をしていた。
「久々に、このお酒を飲みたいかな~って思っちゃったの~」
「ふふ。じゃあ、神像で《下町》に転移する前に、一樽回収しようか」
「やったの~」
テグスの笑いながらの了承を受けて、ティッカリの足取りが軽くなっていた。
そんな様子に、他の面々も微笑を浮かべている。
色つきの魔石一式を竜の像の口に入れ、台座が動いて現れた階段を下っていく。
その際、階下の様子を探るように、ハウリナの獣耳が動く。
「いま、寝てるみたいです」
「下についても寝ているようだったら、呼びかけて起こしたほうが良いのかな?」
「ハウリナちゃんなら言葉が通じるんだし、一度試してみたら良いと思うの~」
「喰いっぱぐれて恨みを買うよりかは良いでしょうね、声をかけずに置いて」
「もし迷惑でしたら、なにか言ってくることでございましょうしね」
「で、でも、その、起こされて不機嫌になっても、大声で吠えないで欲しいですよ」
等々話しながら歩いていき、大扉の横端に肉と酒を積んでおく。
「運ぶ人数が少なくなったから、量も少なくなっちゃうね」
「しかたないです」
《火炎竜》の巨体からすれば、おやつ以下な量しかないように見える。
けど、何もないよりはましだと思いながら、テグスは大扉の赤鱗を斬るため塞牙大剣を抜く。
「ハウリナ、中にいる竜に呼びかけて起こしてみて」
「わかったです――わーけうー!」
扉の隙間から奥へと声をかけると、少しして返事が帰ってきた。
「ネヴィケルドロモゥ!」
「寝てるの、ジャマするな、って言ったです」
「そう言われても、扉から赤鱗を回収しないといけないんだよね」
テグスは仕方ないと肩をすくめてから、塞牙大剣を振り上げ、扉の鎹である鱗へ振り下ろす。
前に試したときは半分ほどで止まったが、今回は残り三分の一まで切り込むことに成功した。
「鋭刃の魔術を使えば、鱗は最後まで切れそうかな」
引き抜いてから、今度は下から上へ振り上げて、斬れ残った部分を斬り離した。
大扉が開いていくのを目の前にしながら、テグスは半分に切れた赤鱗を回収し、全員で階段を上っていく。
階段を半分ほど上ったところで、ハウリナの獣耳が反応した。
「竜、肉食べ始めたです。けど、ゆっくり食べてるです」
「寝起きが弱いのかな?」
弱点になりえるかと考慮しようとして、テグスは寝起きを襲うのは逆に危険な気がした。
「寝起きが悪い子って、無理矢理起こすと癇癪起こすしなぁ……」
孤児院の子供たちを引き合いに出した言葉に、ティッカリとアンヘイラが苦笑する。
「テグスったら、竜を子供扱いしているの~」
「変に豪胆ですよね、神の尖兵相手に」
「いや、単純にそうなんじゃないかって、思っただけだから」
話しつつ階段を上り終えると、再び肉と酒樽を持ってから、竜の口に魔石一式を入れ、階段を下りていく。
先ほどと同じ場所に肉と酒樽を置いた後、ハウリナが大扉の前に進み出る。
「次、やるです!」
意気込みながら黒紅棍を構えると、赤鱗へと力強く突き込んだ。
中心から放射状に皹が入るが、半分ほど達したところで止まってしまう。
「むぅ。まだまだです」
二度、三度と突き直し、四度目で破壊することに成功した。
少し細かく砕けた赤鱗を、テグスたち総出で急いで回収し、階段を上っていく。
そして、再び一連の行動を繰り返し、ティッカリが大扉の前に立つ。
「前はもうちょっとだったから、今度は完璧に破壊するの~」
気合を入れるように、壊抉大盾を何度か突き出して練習してから、確りと構え直す。
「てや~~~~~~~~~」
大きく一歩を踏み出し、腰の捻りで突き出す腕を加速させて、壊抉大盾を赤鱗へ打ちつける。
一瞬だけ均衡したかに思えたが、数瞬後には赤鱗が弾け飛ぶように粉々になった。
「やったの~。一撃で粉砕できたの~」
「って、喜んでいる場合じゃないって。これ集めるの大変だよ」
テグスの言葉に、ハウリナたちもはっと我に返り、慌てて粉々になった赤鱗を回収していく。
しかし、手間の多さにあまりに小さいのは諦めて、手早く拾い集めていった。
どうにか粗方集め終えたところで、開きかけの扉の隙間から、鉤爪のある赤く大きな腕が伸び出てきた。
それを眼前に見たテグスたちは、慌てて階段のある方向へ身体を向ける。
「急いで逃げるよ!」
「わふっ。全速力です!」
「わわわっ、背中を押さないで欲しいの~」
「走りますよ、ぼんやりしていないで」
「ほら、アンジィーさん。手にお掴まりくださいませ」
「は、はい。あ、ありがとう、ございます」
ばたばたと慌てて逃げ、階段の一段目に足をかけたところで、テグスは後ろを振り返る。
赤い鱗で覆われた両手が、大扉に鉤爪を食い込ませながら、左右へと押し広げようとしているのが見えた。
しかも、蜥蜴に似た頭の先を、無理矢理に隙間へ押し込んでもいる。
「火を吐いてくるかもしれないから、上へ急ぐよ」
テグスの言葉に、全員が協力しながら階段を駆け上がっていく。
しかし、中ほどまできた当たりで、ハウリナが身振りで走るのを制止してきた。
「竜、肉と酒に夢中です。こっち、気にしてないです」
全員で安堵しながら、ゆっくりと階段を上りなおし始める。
そうして、五十一層に戻ってくると、この日はもう五十二層に行くのは終わりにして《下町》に戻ることにした。
残っている肉は背負子に入れ、ティッカリに約束したように酒樽を一つ回収して、神像から転移する。
宿屋に行く前に、通いなれた食堂へ向かい、肉を全て渡して料理を作ってもらうことにした。
その際に、ティッカリが持つ酒樽に周囲の探訪者の注目が集まり、突発的な試飲会が行われる運びになる。
「くあぁ~。なんって良い酒だ、コリャ。これだけでも、五十一層を目指す意味があるって具合だぜ」
「すっきりとした喉越しながら、口の中には溢れんばかりの芳醇な香り。しかし、胃の腑に入れば燃えるような酒精の熱さ。最高だな!」
「でしょ~。五十二層の竜だって、このお酒には目がないんだから、美味しいに決まっているの~」
「ぐはははっ。竜の目すら引くとはな、ぐははははっ」
「そんな話よりも、良い酒には良い肴を用意しなきゃよぉ。おおーい、どんどん持ってきてくれや!」
試飲だったはずが、ふとした拍子に宴会に変わり、毎度の如くどんちゃん騒ぎになってしまう。
酒を飲まないテグスたちは酒飲みの喧騒に呆れながらも、料理を食べる方向で宴会に参加するのだった。




