272話 《透身隠套》
テグスは自信の背負子から《鑑定水晶》を取り出すと、《掻切陰者》の外套に使用してみた。
「ワレ、願う。この短剣の真なる名称と、その役割を知る事を」
《鑑定水晶》が光り、やがて落ち着いた後で、光球に透かしながら中を覗き込み、浮かび上がった古代文字を読む。
『銘:知識神の《透身隠套》
効:他者に自身を察知されなくなる外套。効果は『消える』と発音して発動し、『現れる』で停止する。
ただし、急な動きに対応できず、ついた汚れも消えず、同じ外套を持つものの目には見えてしまう』
その鑑定結果をハウリナたちに伝えると、全員が納得顔になった。
「これ一枚で、簡単に相手から見えなくなるなんてすごいの~」
「けど、ズルっぽいです」
「需要はあっても簡単に売って良いものでもないですね、暗殺者の必需品になりそうですし」
「考えようによっては、か弱いものの身を守るのに使えそうでございますけれど」
「で、でも、その、汚れが消えないなら、長く使えないんじゃ……」
話の流れで出たアンジィーの言葉に、テグスは少し試してみることにした。
「ヴィデブラ」
外套を見に纏ってから古代語で消えると発音して、テグスの身体が、自身では分からないが、段々と透明になっていく。
「どう。なんか汚れが目立つところとかある?」
ハウリナたちはテグスを立っている場所をしげしげと見つめる。
「襟に血があるです。匂いもあるです」
「倒したときについたんだと思うけど~。《巨塞魔像》の粉がちょっとついてて、きらきらしているの~」
ハウリナとティッカリの発言から、どうやら外套についた汚れは、存在そのまま残ってしまうようだった。
そのとき、アンヘイラが何かに気がついたような顔をする。
「テグスこちらに見せてみてください、武器を抜いて構えた格好を」
求めに応じて、黒直剣を抜いて構えてみる。
「次は振って見せてください、その武器を」
不思議に思いながらも振るうと、ハウリナたちの目の焦点が一斉にテグスに合った。
「あっ、本当に武器を抜いていたんだ~」
「どうやら猶予はかなり大きいようですね、消えたままで動ける速さの」
どうやら、抜いた武器すらも見えていなかったらしい。
「ということは、この外套を着ていれば、本当にこっそりと動いて攻撃することも出来るようだね」
「突き刺しや矢を射るのが最適でしょうか、隠れながら攻撃する際には」
「どの程度身体から離れていても通用するか、試してみる必要がございましょうね」
「身体に触れていれば通じるなら、ウパルちゃんが使えば、《鈹銅縛鎖》で捕まえ放題なの~」
検証結果を話し合っていると、ハウリナがテグスに近づいて、被っていた頭巾を引き剥がした。
「見えないままだと、落ち着かないです」
「あ、ごめん。って、頭巾を外せば見えるようになるんだったっけ」
「完全に頭まで隠さないと、効果がなくなるみたいかな~」
「あ、あの、だ、だったら、外套が破けると、どうなるんでしょう?」
アンジィーの疑問に、テグスたちはその他の疑問も含めた検証のために、もう一度《掻切陰者》の出る広間へ向かうのだった。
《掻切陰者》が出たのを尻目に、《透身隠套》をウパルに着させて、相手が消えるのを待った。
「いま完全に僕の目からだと消えたように見えるんだけど、ウパルにはどう見える?」
「普通に見えておりますよ。いま、あのあたりを、こう移動しております」
ウパルは指したまま、手をゆっくりと移動させていく。
それは頭巾をとっても、外套の前を肌蹴ても、この看破する効果は続くようだった。
「なるほど。じゃあ次は、ウパルが消えた状態で《鈹銅縛鎖》を伸ばしてみて、僕らが見えるかどうか確認だね」
「拘束を狙うのは、消えているらしき《掻切陰者》でよろしいのでございますよね」
テグスは頷いて答えると、ウパルが古代語を唱える
「ぶぃでッブラ」
古代語を読めても、喋るのは苦手だったのか、少しだけ発音が変だった。
それでも効果が発動したので、もしかしたら古代語でなくても、消えるよう意識した言葉であれば良いのかもしれない。
なにはともあれ、ウパルの姿も透明化して消えた。
テグスの目と耳にはなにも音がないが、ハウリナが獣耳を動かしている。
「地面に鎖がこすれる、小さな音が聞こえるです」
「前に戦ったときに撒いた粉を踏んだ音が、ハウリナに聞こえてたし。身体に直接触れているもの以外から発せられる音は、小さくてもこっちにも届くのかな。あ、でも神像の広間で喋ったとき、僕の声は聞こえていたみたいだったけど……」
つまりは使用者の隠そうという気がある場合にのみ、効果があるのかなと新たな疑問が浮上する。
とりあえず次の検証で、アンヘイラかアンジィーに矢を射てもらい、矢の見え方と音の聞こえ方を確かめることが決定した。
他に考え付く検証がないかを思いながら、状況の変化を待っていると、少し遠くに《掻切陰者》が唐突に薄っすらと浮かび上がった。
その姿は、足元にいた蛇から跳んで逃げようとしているかのようだった。
続けて、《掻切陰者》を追って《鈹銅縛鎖》の先が地面から飛び上る姿が見えた。
「捉えましてございますよ」
何もないように見える場所から、ウパルの声が突然聞こえてきて、テグスは驚きで少し肩を跳ね上げる。
そんな間に、《掻切陰者》の足元に《鈹銅縛鎖》が絡みつくと、蛇のように足から身体へ上りながら締め上げていく。
やがて、拘束が終わったのか、ウパルが自分の頭巾を取り払って姿を現した。
「それで、検証はどのような具合になりましたのでございましょうか?」
「最後の攻防以外、ウパルの《鈹銅縛鎖》は見えなかったよ。どうやら、体に触れていれば、どこまで離れていても隠れたままなようだね」
ウパルの両袖から続く鎖の道も現れる。
その先では、鎖が人の形にそって巻かれている姿が現れていた。
「外套を使用していない人が持つものが触れても、消える効果はないみたいだね」
テグスは武器を握ったまま接近し、《鈹銅縛鎖》でぐるぐる巻きにされている顔の部分に手をさまよわせる。
布らしき感触がして掴み、そのまま引き上げるようにして、頭巾を《掻切陰者》から剥がした。
蟻の顔をお面に作り変えたような頭が現れ、身体もはっきりと視認出来るようになる。
「あれ? 外套の下を《鈹銅縛鎖》で縛ったんだね」
「脱がし易くし、つく汚れを最小限に止めるためにございます」
サムライの訓練で、ウパルはかなり《鈹銅縛鎖》の扱いが上達したようだった。
折角簡単に脱がせるようにしてくれたので、テグスは外套を汚さないように《掻切陰者》から剥ぎ取る。
そして次の検証のために、アンヘイラへ手渡した。
「それを着て効果で消えてみて。そして、ちょっと離れた場所から、倒れている《掻切陰者》を射ってみて」
「分かりました――ヴィデぶぅら」
ウパルとはまた少し違った発音ながら、《透身隠套》は効果を発揮して、アンヘイラの姿が透明化する。
少し待っていると、唐突に何もない空間から矢が現れ、《掻切陰者》に突き立った。
放たれた矢音が全くしなかったことを確認した後に、テグスはどこにいるか分からないアンヘイラへ向けて声を上げる。
「次は、弓矢の音を聞かせたいと思いながら射てみて」
「分かりました」
すると今度は、弓の弦がぎりぎりとなり、手放された矢が放たれる音も聞こえた。
その音の中から現れるように矢が出現し、《掻切陰者》に突き立った。
「どうやら、意識すれば隠れたままでもわざと音を聞かせたり出来るみたいだね。次は、普通の共通語で『現れる』って言ってみて」
「分かりました――現れる」
アンヘイラが指示通り発言するが、姿が見えてくることはなかった。
「共通語じゃだめなのかな。まあいいや。皆は他に検証したいことはある?」
ハウリナとティッカリは首を横に振り、ウパルとアンジィーが手を上げる。
「洗ってみて、本当に汚れが落ちないか試したく思うのでございますが」
「あ、あの、破れた場合、ちゃんと隠れられるか、やった方が良いかなって……」
二人の試みを試すため、もう一度《掻切陰者》を倒すことにした。
今度もウパルが捕まえ、もう一着の綺麗な《透身隠套》を手に入れる。
そして、ウパルが着たままだった《掻切陰者》の血で少し汚れていた外套を、テグスが魔術で出した水で洗ってみた。
しかし、襟元についた血の汚れは、どう頑張っても薄くはならなかった。
「普通の衣類なら、消えなくても少しは薄くはなるはずなんだけど」
「本当に汚れは落ちないようでございますね」
「次はどの程度敗れても大丈夫か、やってみようか。みんな、姿が見えたら手を上げて」
テグスは襟が濡れた《透身隠套》を着て透明化すると、投剣で切り刻み始めた。
先ずは袖口を少し裂き、続いて頭巾と、前合わせの縁を少しずつ裂く。
ハウリナたちが手を上げないのを見て、袖口を肩に向けてゆっくりと裂いていく。
その切れ目が肘まで達したところで、全員の手が上がった。
「どうやら、片袖でも失うと、効果がなくなるみたいだね」
「そうなると、あまり外套は戦闘で使えない感じかな~」
「一番最初に不意打ちをするぐらいしかできませんね、汚れが落ちず少しの破損で効果が消えるとなると」
「この外套が他に出回らない理由が、分かった気がしてまいりますね」
《掻切陰者》から綺麗な状態で改修しなければいけないのに、万全の状態で使用出来るのは最初の一回だけ。
その上、相性で倒した場合は、《巨塞魔像》の粉で汚れて効果が不十分になり、商品価値が損なわれる。
どんなに良いものであっても、ここまで条件が厳しいと、狙って集める人は少ないに違いなかった。
検証は終えたので、効果が失われた外套を、殺した《掻切陰者》に被せて魔石化する。
現れたのは意外なことに、灰色ではなく紫色の魔石が三つ。
どうやら、別の個体の物と取りかえても、色つきの魔石がでるようだった。
「意外な収穫があったね。それにしても、粉の汚れがついた外套を使っても倒せるなら、《下級地竜》はあまり目や鼻が良くないのかもね。《火炎竜》も同じなら楽なんだろうけど」
テグスの希望的な言葉に、ハウリナは首を横に振る。
「下の竜は、鼻いいです」
「お酒や肉の匂いに、すごく敏感だしね~」
「き、きっと、汚れていたら、直ぐに見つかって、ぶわーって、火を吐かれちゃいます」
つまりは、仮に《火炎竜》と戦う際に使うのなら。真新しく汚れのない《透身隠套》を用意し、火に少しでも焼けないよう注意しなければならない。
条件の厳しさはあるが、接近して一度不意打ちをするには使えそうだと、テグスは心に留めておくことにしたのだった。




