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269話 サムライと模擬戦

 テグスたちは《下町》から五十二層まで大扉の宝を集めつつ日参し、ビュグジーたちが色つきの魔石をまた大量に集め終わるまで、サムライが指導する訓練を続けていた。

 その訓練の成果は日々上がり続けている。

 テグスとハウリナは《魔騎機士》の武器による一撃で、《巨塞魔像》から作った石柱を三分の一ほど破壊できるまでになっていた。

 ティッカリはより腕前が上がり、もう一歩で完全破壊が達成できそうなほどになっている。

 アンヘイラたちの方はというと、相手のサムライに未だに一発たりとも武器や精霊魔法を当てられてはいない。

 しかし、サムライの回避行動がさらに複雑化していることから、上達していることは間違いなかった。

 そして、ビュグジーたちが魔石を集め終わり、竜に肉と酒をやりつつ、大扉から赤鱗を回収し終わったある日。


「うむ。テグス殿たちも大分上達したようで御座りまするし。ここらで一度、某一人とテグス殿全員で、模擬戦をやらぬで御座りまするか?」


 唐突な提案に、円卓で神像の台座にある扉から出てくる料理を食べていた、テグスたちが揃って怪訝な表情を浮かべた。

 だが、ビュグジーはサムライのこの言葉を予想していたのか、呆れた顔をしていた。


「模擬戦って言ったってよぉ、お前が戦い足りねぇから、この坊主どもに相手してもらおうってこったろ?」

「はっはっは。その通りで御座りまするとも。五十一層の《魔物》は全て戦い慣れてしまい、新たな驚きが皆無に鳴ってしまったので御座りまするからな。ここらで一度、本気のテグス殿たちお手合わせ願いたいと思う次第に御座りまするよ」


 悪びれもせずに言う姿に、テグスは苦笑いする。


「まあ、僕も自分がどのぐらい強くなったか確かめたいと思っていたので、模擬戦をやっても良いと思ってますけど」


 意見を伺うようにハウリナたちに視線を向ける。


「わふっ。やってもいいです!」

「こっちが弱いのは分かっているんだから、胸を借りるつもりで戦うの~」

「後衛組がサムライに攻撃を当てる機会が来る可能性がありますね、テグスたち前衛がいるということは」

「一度ぐらいは、《鈹銅縛鎖》で足を拘束してみたいものでございますね」

「が、頑張ります」


 反対意見はなく、むしろ歓迎する反応が返ってきた。


「というわけで、いつやります?」

「無論、今からで御座りまするとも」


 鼻息も荒く立ち上がろうとしたサムライを、ビュグジーは手で押し止めた。


「おいおい。まだ食事の途中だぞ。それと、万全の状態で相手にしたいんなら、食休みも必要だろうが」

「そうで御座りまするな。いやはや、戦いを目前にすると気が逸るのは、某の堪えられぬ性分故、容赦していただきとう御座りまする」


 円卓に額をつけそうなほど頭を下げられて、テグスたちは少し困り顔になったまま、残っている料理を片付け続ける。

 ビュグジーはそんな様子を見て半笑になると、サムライの背を大きく一度叩く。


「んなこたぁ改めて言われんでも、坊主どもはわかってるってよ。どうせ待っているのも暇だろうからよぉ、お前は模擬戦の取り決めでも考えてろや」

「そうで御座りますした。テグス殿たちが全力をだしつつ、某も満足いく決め事を作らねばならぬで御座りまする」


 サムライは腕組みをして目を瞑ると、それっきりなにも言わずに考え込む姿を続ける。

 テグスたちはどうしたものかと見ていたが、ビュグジーが食事を勧めろと身振りしてきたので、遠慮なく食べることにしたのだった。






 食事が終わり、食休みも取り終えると、テグスたちとサムライは《暗器悪鬼》の出る広間へ入った。

 程なくして、現れた《暗器悪鬼》に光球から出た緑色の靄がまとわりつき、全身の色が変わ――


「邪魔で御座りまするよ」

「ギギゥ――」


 ――った瞬間を狙って、サムライが長巻で胴を真っ二つにした。

 死体を魔石化し、緑色の魔石を懐に入れながら、テグスたちへ向き直る。


「さて、ではこの場を借りて、模擬戦をするで御座りまするよ」


 待ちきれないという顔をしているサムライを見て、テグスは戦いに向けて気持ちをを引きしめる。


「それで、取り決めはどういうものにするんですか?」

「ふむ。色々と考え、お互いに日ごろ使用している武器で戦うが、一番と思うに御座りまする」


 サムライらしいとも思える提案だが、テグスには簡単に受け入れることは出来ない。


「それだと、お互いに大怪我することになるかも知れませんよ?」

「その点のみが心配事で御座りまする故。お互いに寸止めにしようでは御座りましょう。そして、身体の付近で寸止めされたものは、戦線を離脱するので御座りまする」


 テグスとしては妥当な提案だと思ったが、ティッカリ、アンヘイラ、ウパルが困った顔をしていた。


「あの~。とっさに寸止めができるほど、器用じゃない場合はどうしたら良いの~」

「可能な限り、当たる寸前で止めて下さればよろしゅう御座りまするよ。なに、稽古で怪我をするのは良くあることで御座りまするし」

「矢の鏃を取り払って攻撃で良いのですよね、弓は寸止めできる武器ではないので」

「あ、あの、その、精霊魔法も、攻撃するとき、寸止め難しいんですけど……」

「ならば、矢は鏃を外し、精霊魔法とやらとウパル殿の鎖による拘束は、某の動きを止められた場合、そちらの勝ちで終わりということでどうでござりましょう」


 そういう決まりならと全員が納得し、テグスたちとサムライはこの広間の端と端に分かれて立つ。


「それでは、この寸鉄が地面に落ちたときが、模擬戦開始でござりまする」


 サムライは上空高くに、太い釘のようなものを投げた。

 それがくるくると縦回転しながら落ちてくる。

 テグスの目線を下へと通り過ぎ、地面に触れ、音がした――


「いくよ!」

「わふっ!」


 テグスとハウリナは、音が聞こえた瞬間に前へ同時に駆け出した。

 サムライもほぼ同時か、少し先に走り出している。

 ティッカリとウパルはやや遅れて前進し始め、アンヘイラとアンジィーは矢の射線を確保するべく横へ走る。


「たああああああああああ!」

「あおおおおおおおおおん!」


 テグスは黒直剣を、ハウリナは黒紅棍を振るう。

 どちらも全力で、寸止めなど考えていない攻撃だった。


「思い切りのよい攻撃で御座りまするが、当たらぬと確信しての攻撃はどうかと思う出御座りまするよ」


 サムライは長巻の刃で黒直剣を、柄で黒紅棍を受けると、自身を横回転させてテグスとハウリナを弾き飛ばした。

 武器を振り上げて仰け反るような体勢になった二人へ、サムライは攻撃しようとして、熱いものを触ったかのように右足を上げる。

 テグスが構え直しながら見ると、《鈹銅縛鎖》が蛇のように音もなく忍び寄っていた。

 そして毒蛇が噛みつこうとしているかのように、先端が二度三度とサムライの足に伸びる。


「訓練の成果と思えば嬉しいもので御座りまするが、まだまだ甘う御座りまするよ」


 寸評をテグスたちの後ろから近づくウパルに言いながら、サムライは先ほど合図に使ったのと同じ釘のような武器――寸鉄を足元へ投げつける。

 《鈹銅縛鎖》の輪の間に入り、さらには地面へ突き立つ。

 さほど深く入ったわけではないのだろうが、先ほどの生きているような動きは、それだけでできなくなったようだった。

 しかし、もともと《鈹銅縛鎖》は時間稼ぎが目的だったのか、ティッカリが戦闘に合流する。


「てや~~~~~~」


 掛け声とともに振るわれた壊抉大盾を、サムライは長巻の柄で受けようとして、その圧力に驚き慌てるように威力を横へ流した。


「力任せから身体全体で殴るように訓練してきたからで御座りましょうか、危うく折られるところで御座りました」

「驚いてくれたようで安心したの~。けど、隠し玉はまだあるの~」


 ティッカリは左の壊抉大盾にある機構を動かし、《堕角獣馬》の二本角を先端から外へと出した。

 

「とや~~~~~~~~」


 二本の角の間にサムライが挟まるように、壊抉大盾が振るわれる。


「それで某の身体を挟めば、武器での寸止め成立で御座りまするか。考えたもので御座りまするな」


 受け止めるのは無理と判断したのか、サムライは長巻の柄で地面を突いて跳び上がり、ティッカリの頭上を越える。

 そこにハウリナが、跳びながら黒紅棍を勢いよく突き出した。


「あおおおおおおおおおおおおおん!」

「おっと、危ないで御座りまする」


 サムライは長巻の先端で黒紅棍を弾きつつ、跳んで近づいてくるハウリナの首に素早く手を伸ばした。


「これで、ハウリナ殿は離脱でござりまする」


 その手にはいつの間にか新たな寸鉄が握られていて、その尖った先がハウリナの肌に触れていた。


「わふっ!? うぅ、わかったです……」


 尖った先が触れた痛みに驚いた様子で、首に手を当てた後で、ハウリナは肩を落としながらも素早く広間の壁際へと走り出した。

 そのとき、後ろに隠れるようにして潜んでいたテグスが、サムライに黒直剣を突き出す。

 しかし、サムライは見破っていたように、既に寸鉄の平らな面が先に来るように投げつけていた。

 テグスは額に迫ってくるのを見て、慌てて手甲で防御する。


「その防ぎ方で御座りますると、隙だらけになるで御座りまするよ」


 着地したサムライは、長巻をテグスの胴体へ振るう。


「くぅッ!」


 避けられないと悟り、テグスは黒直剣を手投げで投げつける。

 攻撃を一時中断し、サムライは冷静に弾き飛ばしてから、再び長巻きを振るった。

 テグスはそれを地面に倒れこみながら避け、塞牙大剣を抜きながら起き上がる。

 上げた顔の目前に、長巻の刃が。

 テグスは慌てて、塞牙大剣の根元で受け止める。

 サムライはそのまま押し込んでこようとして、急に上体を後ろに反らせた。

 先ほど頭があった場所に、鏃のない矢が通過する。


「おっとっと。相変わらず、良い腕で御座りまするな」


 賛辞を送られた、少し遠くにいるアンヘイラは、すでに弓を引いて構えていた。

 放たれた矢は一直線に、サムライとは関係のない場所へ向かうと、金属に当たった音と共に《鈹銅縛鎖》を止めていた寸鉄が弾き飛ばされた。

 

「アンヘイラさん、ありがとうございます」


 ウパルは礼を言いながら、開放された《鈹銅縛鎖》をテグスごとサムライを巻き込むように振るった。

 狙いが分かったテグスは、サムライを押し止めようと塞牙大剣で鍔迫り合いを仕掛けようとする。

 しかし、あっさりといなされて逃げられ、距離を開けられてしまう。

 その姿を追って、アンヘイラとアンジィーが矢を放つも当たらない。


「闇の精霊さん~♪ サムライさんの足に~絡み付いて欲しいんだよ~♪」


 アンジィーが精霊魔法を使用し、サムライの影から黒く短い蔓が多数生え、脚に絡み付いて動きを鈍らせる。

 しかし、その蔓は長巻が一度振られると全てが霧散してしまった。

 そうして、サムライに攻撃範囲外まで退避され、仕切りなおしになってしまう。

 テグスたちは武器を構え直し、サムライは楽しげに長巻を構える。


「はてさて。ここまでは、十分にテグス殿たちに攻撃をさせたわけで御座りまする。では、ここからは某の独壇場で御座りまする故、精々長々と耐えていただくに御座りまする」


 サムライは笑顔のまま、一気に最高速でテグスたちに駆け寄りだした。

 しかも、単純に真っ直ぐに走ってくるのではなく、矢を警戒して左右に蛇行しながらも、速度を緩めずに走ってきている。

 ハウリナに移動法を教えた本家本元だけある動きに、テグスは集中状態に以降しながら、迎え撃つように前に出た。

 テグスの認識では周囲がゆっくり動く中、サムライだけは通常と変わらない動きで、長巻を振るってくる。

 かろうじて塞牙大剣で受けると、胸を手で強く押され、体勢が崩れ、喉元に長巻の柄が突きつけられた。


「これで、テグス殿も離脱に御座りまする」

「……はい、分かってます」


 テグスは集中状態を解くと、肩を落としつつ走って壁際に移動する。

 先にいて、寂しそうに膝を抱えていたハウリナが、控えめに尻尾を振って迎える。


「お互いにあっさりとやられちゃったね」

「わふぅ……うっかりしたです」


 サムライの《魔物》と違った動きに翻弄されたと反省する。

 そして二人は、人数が少なくなって対処が困難になったティッカリたちが、サムライの縦横無尽に走り回るのを止められない光景を観察する。

 サムライは、ティッカリが掲げた壊抉大盾へ長巻を軽く当てたり、わざと立ち止まって矢を誘ったり、また寸鉄で《鈹銅縛鎖》を縫いとめたり、精霊魔法を長巻で斬ってみたりしている。

 完全に遊ばれていると分かりつつも、テグスは取り入れられるものは取り入れようと、サムライの動きを注視するのだった。

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