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268話 竜に言われたので

 ハウリナから聞いた事を、テグスはビュグジーたちに伝えてみることにした。

 

「へぇー。さっきの大声は、そんな意味だったのか」


 ビュグジーは面白そうな顔で、あれこれと考えているようだ。

 しかし、サムライが受けた印象は違うもののようで。


「竜の側からすれば、寝所に押し入るのも同然故。手土産の一つも用意せねば、礼を欠くともいえるやもしれぬで御座りまするな」

「……それってつまり、肉と酒を用意して差し出すんですか?」


 テグスの率直な疑問に、サムライは首を縦に振る。


「然り。強敵に対し礼節をもってあたるのが、死合うときの定法で御座りまするよ。しかしなががら、小山の如く大きな身体を持つ相手故。どれほどの肉と酒を用意すればよいのかが、悩むところで御座りまする」


 本気な様子に、テグスがビュグジーに視線を向けると、肩をすくめてみせた。


「うちの主戦力さまがそう言うなら、やってやっけどよ。あの死んだジジイどもが、竜を飢えさせても意味がねぇって教えてくれたからよぉ。逆に、腹いっぱい食わせて太らせるってのを試すのも、ありっちゃあ、ありかもしれねぇし」

「でも、食べて元気になって、より強くなるかも知れませんよ?」

「ならせめて、扉の鱗を回収する邪魔をしないでくれりゃあ、それでいい」


 そう聞いてテグスは、肉と酒を引き換えに鱗の回収を見逃してもらうぐらいは、あの《火炎竜》はやるかもしれないと思った。

 すると、話が望む方へ向かいだしたからか、サムライが喜色を浮かべた表情になる。


「そうなれば、テグス殿たちにも手伝いをお願いするものに御座いりまするな。某たちは《護森巨狼》と《強靭巨人》の肉を集めまする故、《下級地竜》と《堕角獣馬》を集めておいて下さりませ」

「え、僕らも手伝うんですか!?」

「なに、特訓の一環で試し切りをするので御座りまするよ。それに師の言うことは、弟子は黙って従うもので御座りまするよ」

「……じゃあ、教えてもらっている分は、肉集めで返しします。ついでに、樽酒も回収しておきます」

「おお、そうで御座りました。某たちでは、毒酒しか手に入らぬ故、よろしくお頼み申し上げるに御座りまする」


 そう話がまとまり、各々が活動を開始する。

 テグスたちは、まず《堕角獣馬》を倒し、ウパルが脚に《鈹銅縛鎖》を巻きつけ、他全員で引っ張って持っていく。

 《下級地竜》の場合は、その巨体を小分けに切り分ける人と、竜の像の前まで繰り返し運搬する人に分かれて、残すことなく回収した。

 テグスが神像の仕組みを動かして酒を回収している間、ビュグジーとサムライたちのほうはというと。

 《護森巨狼》は通常と赤色の二種類を用意し、そして《強靭巨人》にいたっては、下半身の部分んだけを四組も集めていた。


「人の身に近いのであれば、食いでがあるのは下半身の部分で御座りまするからな。頭脳は乙な珍味に御座りまするが、人によっては忌避するものもおりまする故、今回は見送ったものに御座りまする」

「……まさか、人を食べたことがあるんですか?」

「はははっ、それこそまさかで御座りまするよ。故郷では飢えて猿を食べようと、人は食わぬもので御座りました」


 猿の脳は食べたことがあるんだと、テグスは味の興味を抱きつつ、サムライだからと変な納得をしてしまった。

 なにはともあれ、一日がかりで各種の大量の肉と、テグスの奮闘で酒樽を二つ用意できた。

 

「それじゃあ、また開けるぜ」


 ビュグジーが竜の像の口に袋を突っ込み、中に入れられていた色つきの魔石一式が、転がり入っていった。

 吠え声と共に台座が横滑りし現れた階段から下へ、テグスたちは《下級地竜》の肉を背負子に入れ、《堕角獣馬》の死体を引きずりながら進む。

 ビュグジーたちも、二種類の《護森巨狼》の肉を持って下りていく。

 階段の途中、ハウリナの耳が小刻みに動いた。


「テグス。竜、起きたです。扉の前で、そわそわしてるです」


 その報告に、全員の足が止まる。

 そしてサムライ以外、戻ることを考えている顔をしていた。


「ま、まあ、扉があるんだからよぉ。あまり怖気なくっても良いか。無理そうなら、扉を開けずに引き帰しゃいいんだしよぉ」

「でもその前に、こちらには未だ敵意がないって伝えておきましょう。ハウリナ、通訳してくれる?」

「わふっ! なんて言うといいです?」

「えっと。言われた通りに、食べ物を持ってきたから、大人しく待っていて欲しいって感じで」

「分かったです――かるのはべ、あてんどしれんて!」


 ハウリナが階下へ叫ぶように言い放つ。

 すると、少ししてからテグスたちの耳でも聞こえるほど扉を激しく叩く音がしてきた。


「わぅ? なんでうるさくなったです?――あてんどしれんて!」


 ハウリナがもう一度言うと叩く音が止み、また別の音が返ってきた。


「コンプレニスラペィトン、アンスタタウエラピデーシオ!!!!」


 階下から上へと吹き抜けるように、ごうごうと鳴っているように聞こえる声だった。

 テグスは耳の奥に痛みを感じながら、獣耳を伏せて立っているハウリナを見る。


「いまのは、なんて言ってたか分かった?」

「とても必死な感じに、早くこい、って言ったです」


 あの大声が単なる呼び寄せる言葉だったと知って、テグスたち全員が必死だということを強く理解した様子を見せる。

 そのときに立ち止まったままだったのが悪かったのか、同じ声が階下から上へと駆け抜けていった。


「と、とりあえず、下に進まないと。このままここにいたり、上へ行こうとしたら、僕らの耳が壊れちゃいそうだ」

「たしかに、どんだけ腹減っているんだってぐらいに、叫びやがってるな」

「聖者が修行から逃げ出すほど、空腹は辛いものに御座りまするので、あの必死さは理解できるものに御座りまするよ」


 このまま吠え続けられるよりはいいと、テグスたちはすこし急ぎながら進んでいった。





 五十二層に到着すると大扉の隙間から、奥にいる《火炎竜》が落ち着きのない足音を立てているのが、漏れ聞こえてきた。

 しかも、テグスたちが入ってくるやいなや、肉の匂いを嗅ぐように、その隙間から風が出入りを繰り返し始めた。

 仮にこのまま赤鱗の鎹を外したら、テグスたちごと食べようとしてきそうなほど、必死な感じがひしひしと伝わってくる。

 そんな様子を前にして、テグスとビュグジーは顔を見合わせた。


「おいおい、いきってるじゃねぇか。このままじゃとても開けられねぇぞ」

「とりあえず、肉を持ったままはまずいと思うので、あの大扉の端のところに積んでおきましょう。そうしたら扉が開いても、僕らからは狙いが逸れるでしょうから」


 テグスたちは急いで扉の両端――竜の像がある横に、持ってきた肉を積む。

 そしてサムライを扉の前に立たせて、他全員は階段のところまで退避する。

 すると、《火炎竜》は扉が開きそうだというのが分かるのか、固唾を飲んでいるかのように、身動きの音が聞こえなくなった。

 サムライが打刀を抜き、振り上げた。

 そこで、テグスがあることを思い付いた。


「サムライさん、ちょっと待ってください。ハウリナにあることを通訳してもらうので、その後で斬ってください」

「了解したに御座りまする」

「じゃあハウリナ、一度上に戻って新しい肉と加えて酒も持ってくる、って通訳して」

「わふっ。分かったです。えっと――べぬいり、のぅばびぃあんど、あるどにあるぅぼ」

「では、斬るに御座りまするよ!」


 サムライが打刀を振るうのと同時に、テグスたちは階段を駆け上がり始めた。

 少しして、手に両断された赤鱗を持ったサムライが、追いついてくる。

 階段の中腹まで走り、テグスたちは足を緩めて、階下の様子を感じ取ろうとし始めた。


「……随分、前に比べたら大人しいじゃねぇか」

「そうですね、熱風とかやってきませんし」

「いま、食べてるです。右側に置いたの終わって、左側のにいってるです」


 ハウリナが獣耳を動かしながら報告すると、全員が納得した顔になり階段を上るのを再開する。

 五十一層に戻り、竜の像が動いて階段が塞がれると、背負子に肉を補充し、ティッカリに酒樽を持たせる。

 再び竜の像の口に魔石を一式放り込み、階段を下りていく。


「肉を食ったからか、今回は大人しくなったじゃねぇか」

「僕らがちゃんと置いていくって分かった上に、直ぐに肉と酒を持っていくって言ってあったからだと思います」


 そうして五十二層に到着すると、身動きする音はなかったが、隙間からの鼻息らしき風の出入りが激しくなっていた。

 それこそ、全ての空気を吸い込み、そして吐き出そうとしているかのような感じだった。


「おいおい。御伽噺にあるみたいに、竜ってのは本当に酒好きなのかよ」

「四柱の神々が五十一層にわざわざ用意しているんですから、もしかしたら《火炎竜》が好む酒なのかもしれませんね」


 先ほどと同じく、扉の両端に肉と酒を置き、サムライを残して階段へ。

 サムライは打刀で両断した鱗を回収して合流し、全員で階段を上がり五十一層に戻り、その間に《火炎竜》は肉と酒を堪能する。

 同じ行為を何度も繰り返し行い、いよいよ肉と酒がなくなった。


「ときどき扉の鱗を取りに来るので、そのときにまた肉と酒は持ってきますね」

「びぇのすでのべ、ぷれなすすかぉじ。てぃあむかるのりくぶぅろ」


 テグスの言葉をハウリナが通訳し、全員が階段を上り始める。

 すると、開きかけている扉の置くから、《火炎竜》の声が聞こえてきた。


「――ネパァトプレノスプロペシロン、セドゥカロノカジリクゥボロラマコプリィ」

「うーんと……なんって言ったか分かる?」


 テグスの古代語の語彙力では全て通訳できず、ちょっとした期待をかけながら、ハウリナに教えてもらう。


「鱗知らない、もっと肉と酒くれ、って言ったです」

「鱗と酒が言葉の中に入っていたから期待たんだけど……その感触だと、肉と酒を代価にして、鱗や牙を譲ってもらおうって作戦は無理かな」


 肩をすくめると、ティッカリが微笑ましそうに笑顔を見せた。


「テグスってば、そんなこと考えてたの~?」

「取引できたら、早く素材が集まるから、できたら良いなって思ってたんだよ」

「それは調子良過ぎな考えですよ、自分を殺す材料を自ら差し出すということですからね」

「神の尖兵ともあろうお方が、肉と酒を引き換えにして、そこまで手心を加えてくださいますでしょうか?」

「あ、あの、その、やっぱり、無理だと思いますよ?」


 他の面々からも駄目だしされて、テグスは浅い考えだったと反省するのだった。


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