267話 五十二層で鱗集め
《下町》の宿屋を出て層を下り、五十層の《写身擬体》で実力の向上を実感し、五十一層でサムライと訓練後、宿屋に戻って就寝する。
テグスたちが訓練を始めてからの行動は、ほぼ全てがこの通りだった。
そんな単純そうな日々だからといって、不満があるわけではない。
石柱につけた斬り込みや皹がが深くなったことに喜び、サムライに矢や鎖が掠り始めたことに手応えを感じてきたことで、テグスたちには充実感があったからだ。
そんな日々が続いたあるとき、訓練終わりにサムライがテグスたちに提案してきた。
「そろそろ、某たちの新たにする装備の素材も、残るところ竜の赤鱗ので御座りまする。なので取りに五十二層にいくので御座りまするが、テグス殿たちも同行せぬで御座りませぬか?」
「それって、訓練の一環としてですよね」
「そのとおりで御座りまする。例の巨大な扉にある赤鱗の鎹に、己の攻撃が通じるか試してみたくは御座りませぬか?」
興味がないとは言えないので、テグスはハウリナたちにも意見を求めた。
「どうする? いってみる?」
「試せば、あとどのくらいか知れるです!」
「少しでも赤鱗に皹を入れられれば、今後の励みになるの~」
ハウリナとティッカリは乗り気だが、アンヘイラたちは消極的だった。
「遠慮したいですね、鱗に矢を射てもしょうがないので」
「そうでございますね。実物に《鈹銅縛鎖》をかけるわけでもございませんでしょうし」
「て、テグスお兄さんが下に行っている間、休憩したいかなって」
三人の言うように、赤鱗に攻撃してみることは、後衛にとっては意味が薄かった。
「なら、僕ら三人で行ってみて。アンヘイラたちはここに残るってことでいいかな?」
反対意見も出なかったので、テグスたちはサムライにそのように伝える。
「構わぬで御座りまするよ。元々、無理強いするつもりもなかったので御座りまする故」
アンヘイラたちを残し、テグスたちとサムライ、そしてビュグジーたちが竜の像の前に移動する。
「お前ぇらのお蔭で、時間はあったからな。色つきの魔石はたんまり用意してあるぜ」
ビュグジーが掲げ持つのは、紐で束ねられた二十個ほどの袋だった。
中を開いて見せてもらうと、色つきの魔石が各種一つずつ、袋ごとに入っていた。
「袋を一つ紐から外して、こうやって像の口に押し当てながらひっくり返せば。一つずつ入れる必要もないってわけだ」
竜の像の口へごろごろと魔石が入っていった。
その直後、重く低い遠吠えのような音が発せられた像が台座ごと横へ移動し、五十二層への階段が出現する。
「よっしゃ。じゃあ赤鱗を取りにいくぞ」
ビュグジーを先頭にして、一行は階段を下りていく。
五十二層に到着すると、テグス、ハウリナ、ティッカリ、サムライは通常通りだが、他の面々は緊張した面持ちで巨大な扉を見ていた。
「よし。じゃあ、赤鱗を取ってくるのは任せたぞ」
「では、行くで御座りまするよ」
ビュグジーに促されて、サムライが先導してテグスたちを扉の前へ連れて行く。
テグスは前に来たのと同じように、扉の隙間から奥を覗いた。
相変わらず真っ暗で、いるはずの《火炎竜》の姿は全く見えない。
それこそ、目の前に姿があったとしても分からないほどだ。
「遠くに、息が聞こえるです」
忠告をしてきたハウリナの頭を、テグスは褒める手つきで撫でてやる。
撫で続けながら、サムライに尋ねた。
「それで、扉にある鱗には、僕らの武器で攻撃していいんですよね?」
「もちろんに御座りまするよ。武器の性能と実力が、赤鱗に通じるかが目的で御座りまする故」
返答を受けて、テグスはハウリナとティッカリに、誰が先にやるかを視線で問いかける。
「テグスが、先でいいです」
「打撃よりも斬撃のほうが、鱗を破損させられそうだから、先にどうぞなの~」
二人がそういうならと、テグスは塞牙大剣を抜くと何度か素振りしてから、大上段に構える。
視線でサムライに合図をし、頷きが帰ってきたのを見てから、気合を入れて踏み込みつつ振り下ろした。
「たあああああああああああ!」
テグスは、今までで一番の剣捌きが出来たと確信した。
その自信を証明するかのように、塞牙大剣は深々と赤鱗に斬り入る。
しかし、真ん中まで到達したところで、ぴたりと止められてしまった。
「ぐぐぐっ――これ以上は駄目か」
押し切ることを諦め、テグスは塞牙大剣を前後に揺らしながら、切れ込みを辿るように上へ持ち上げて外す。
そして、自分が斬った箇所を目で確かめて、あと半分なのにと悔しがると、サムライが肩を叩いてきた。
「半分も切れれば上々で御座りまするよ。もう少し研鑽すれば、その剣でなら鱗を斬れるようになるで御座りまする」
焦るなといった言葉に、テグスは気分を入れ替える。
「……その通りですね。予想外に半分も斬れたと思って、今後の訓練に生かしますよ。それで、次のハウリナかティッカリは、この半切れの鱗を攻撃すればいいんですか?」
「どうせ赤鱗の数は揃えねばならぬので御座りまする故、真っ新なものにするで御座りまするよ」
取りかえたり出来ないのにどうするのかと見ていると、サムライは打刀で鱗の残り半分を斬り離してしまった。
重々しく扉が開く音が聞こえる中、半分ずつになった鱗を拾い上げる。
そして、テグスたちを伴って階段まで引き返すと、待っていたビュグジーたちと共に階段を上り始めた。
「グルオオオオオオオオオオ!」
背後から恐ろしげな遠吠えが聞こえたが、もうすぐ階段の終わりが見えてきた。
全員が出終わると、竜の像が横滑りして元あった位置に収まる。
サムライは持っている赤鱗を、円卓の近くにある自信の荷物に入れてから、戻ってきた。
「それでは次で御座りまするな」
「おう。準備はできてるぜ」
ビュグジーが紐から袋を一つ外すのを見て、テグスは待ったをかける。
「あの、そんなに直ぐに戻っていったら、《火炎竜》は出っぱなしなんじゃないですか?」
「それは知らん。だが調べてみなけりゃ、出っ放しなのか、扉の赤鱗が直ぐに復活かも分からねぇだろう」
問答の最中にビュグジーは袋をひっくり返して、竜の像の口の中へ色つきの魔石を入れた。
再び鳴き声のような音を立てながら、台座が横滑りして階段が現れる。
今度はサムライを先頭にして、下りていった。
テグスは少し心配だったのだが、五十二層に入ってみると、あの巨大な扉は閉まっていて、赤鱗の鎹も復活している。
「よっしゃ。これで赤鱗を集めるのに、復活待ちをしなくていいってわかったな」
嬉しそうにするビュグジーたちを放っておき、テグスは再び扉の隙間から奥を覗く。
先ほど聞こえた遠吠えの影響からか、なんとなく息遣いが聞こえてくるような気がした。
しかし、ハウリナが安心させるように、身を寄せてくる。
「起きてるです。けど、さっきと同じ位置です」
「ハウリナがそういうなら、大丈夫そうだね」
安心して扉から離れ、ハウリナが黒紅棍を赤鱗へ繰り出すのを眺める。
「あおおおおおおおおおおん!」
今までの訓練で培った動きで、《不可能否可能屋》にて強化された武器が叩き込まれた。
しかし結果は、当たった場所に小さな皹を入れただけに終わる。
「むぅ、残念です」
「打撃武器は鱗に対して、どうしても不利で御座りますからな。連撃も視野に入れて鍛えるがよろしかろうと思うに御座りまするよ」
再びサムライが打刀で斬り、落ちた鱗を回収し、開く扉は無視して階段を上り始める。
「グルオオオオオオオオオオ!」
まだ階段は中ほどの位置なのに、背後からまた遠吠えが聞こえた。
「なんだか、叫び声が早くなったね」
「起きていたから、とーぜんです」
そう言えばそうだったなと思いながら、テグスは五十一層に上がる。
再び位置が戻った像に、ビュグジーがすかさず袋をあてがい、中の魔石を口の中へ入れた。
台座がずれて見えた階段を、全員で下りていく。
三度目に大扉の赤鱗に挑むのは、ティッカリだ。
「よ~し、張り切って殴っちゃうの~」
壊抉大盾を構えるのを見ていたテグスは、横にいるハウリナが小首を傾げているのが気にかかった。
「どうしたの?」
「竜の息、聞こえないです。隠れて、じっとしてるみたいです」
まさかと思って、テグスが扉の隙間の向こうへ目を凝らす。
殆ど何も見えないが、漏れ入った光が何かを照らしたように見えた。
「とや~~~~~~」
しかし、テグスが静止するよりも、ティッカリが壊抉大盾を繰り出すほうが早かった。
重々しい音と共に、赤鱗に大きく皹が入る。
まさか一撃で砕けたのかと心配したが、ティッカリが気恥ずかしそうに腕を戻すのを見て杞憂だとわかった。
「もうちょっとだと思うけど、まだ一撃じゃ無理だったようなの~」
「いや、今回に限っては、それでよかったと思うよ」
「どういうことかな~?」
テグスが理由を説明しようとするより先に、大扉の隙間から何かが落ちる音がする。
まさかと見ると、サムライが打刀で皹の入った赤鱗を斬り捨て終えたところだった。
「まずい。ハウリナ、ティッカリ、直ぐに逃げるよ!」
「危険です!」
「えっと、どうしたの~?」
事情を飲み込めていないティッカリを引きずって、テグスとハウリナは階段まで走って逃げた。
その間にも、重々しい音と共に扉が開いていく。
赤鱗を拾い顔を上げたサムライ目掛け、広がった隙間から赤い鱗で覆われた前脚が伸びきようとしていた。
「ネデフィアス、マルジェンティラアアアアア!」
まるで早く開けといわんばかりに、《火炎竜》は巨大な扉を蹴りつけながら大声を上げる。
「まじかよ! さっさと五十一層に戻るぞ!」
ビュグジーの掛け声と共に、階段を駆け上がり始める。
唯一サムライだけは、隙間から覗く《火炎竜》に一礼してから、階段を上り始めた。
「マルファミタ、ペルフェクタヴィアンドヴィノオオオオ!」
発散された憤りのように、階段の下から熱風が吹き上がる。
軽く炙られ、肌のひりつきを覚えながらも、五十一層まで逃げ帰られた。
「はぁはぁ。短時間なら、二度が限界のようだな」
「《火炎竜》が扉の直ぐ近くで隠れているなんて、物凄く焦りましたね」
テグスとビュグジーが引きつり笑いをし合っていると、階段からサムライが何てことないという顔で上ってきた。
「おや、どうしたので御座りまするか?」
「お前ぇはよぉ……いや、いつも通りだな」
「まあ、サムライさんらしいですよね」
とりあえず、今日はこれまでと判断したのか、ビュグジーたちは円卓へと引き上げていった。
テグスたちも、赤鱗に攻撃がある程度通じると分かったので、《中町》へと引き上げようとする。
しかしその前に、ハウリナがテグスの手を引っ張った。
「どうかしたの?」
「竜、しゃべってたです。聞こえてたです?」
そういえば、古代語らしき声を上げていたと、テグスは先ほどのことを回想する。
「えっと、最初は失礼なヤツって意味合いだったよね。その後は階段を上がるのに必死で、覚えてないや。ハウリナは聞こえていた?」
「もちろんです」
自慢げに胸を張ってから、ハウリナはなんていっていたかを教えてくれた。
「竜、肉と酒が欲しいっていってたです。きっと、お腹空いてるです」
そんな事をいっていたのかと思いつつ、テグスはその発言が何かに使えないだろうかと考えを巡らせるのだった。




