266話 訓練は続くよ、翌日からも
サムライ主導の訓練が一通り終わると、テグスは疲れ果てて広間の絨毯の上に座り込んだ。
「ああー。手の痺れが抜けないよ~」
「ひりひりするです」
ハウリナも真似するように、テグスと一緒に手を振る。
二人が手放した武器は、何度となく石柱にぶつけられて、形が少し損なわれていた。
一方で、同じ訓練をしていたティッカリはというと――
「お疲れさまなの~。はい、お水だよ~」
元気な様子で二人に水筒を差し出してきた。
テグスが先に受け取り、一口飲んでからハウリナに手渡す。
「ありがとう、ティッカリ。訓練の途中から場所を外れてたけど、どうしたの?」
「使える武器が全部壊れちゃっただけなの~。けど、壊抉大盾を使って素振りだけはしていたの~」
受け答えを終えてから、テグスはハウリナが水を飲む音を聞きながら、視線をアンヘイラたちのほうへ向ける。
全員が疲れた様子で座り、腕や肩などを自分で揉んでいた。
テグスは立ち上がると、アンヘイラたちに近づきながら声をかける。
「そっちも大変だったようだね」
「ええ。左右の腕が疲れ果てましたよ、矢を射すぎて」
「こちらはいつにない頻度で《鈹銅縛鎖》を動かしたので、各所の筋肉が悲鳴を上げてございますよ」
「そ、それなのに、サムライさんには、かすりもしなかったんです」
最後のアンジィーの言葉を受けて、テグスがサムライへ視線を向けると、少し汗をかいているが元気な様子だった。
「いやー。中々に楽しい時間で御座りましたな。こんな日が明日からも続くと思うと、早く時が経って欲しいと思うもので御座りまする」
口調から感じるに、むしろ訓練を始める前よりも元気になっている気すらする。
テグスは苦笑いしながら、今後の予定についてサムライと話すことにした。
「明日も訓練するのはいいんですけど、僕らは道中で集めたお宝を換金しに、転移で《下町》に戻りますよ」
「そうで御座りまするか。睡眠休憩を取った後でまた訓練を施そうと考えていた故、それは少し残念で御座りまするな」
本当に残念そうにサムライは言っていたが、何かを思いついたような顔を唐突にした。
そして、テグスたちに《魔騎機士》の甲冑と武器、普通の色の《護森巨狼》の頭部と脚部、《巨塞魔像》の石を押し付ける。
「では都合がいいので、これらを運び、行商人に運搬を依頼して置いてくださりませ」
「いいですけど、全部載せられるかな……」
テグスたちは訓練疲れを押して、それらの素材を背負子や背嚢に入れる。
量はサムライ側で調整してあったのか、ぎりぎり全てが収まった。
「それではまた明日に、ここでお待ちしているで御座りまする」
「はい。でも転移する前に、ここで食事を取っていきますけどね」
「おお、そうで御座りまするな。疲れた身体にはよい食事が必要で御座りまする。神像の台座から現れる料理ならば、うってつけで御座りまするよ」
そうしてテグスたちは、サムライとビュグジーたちと円卓で食事を取る。
「しかしよぉ。お前ぇらも頑張るよな。こっちも負けてられねぇって気分にさせやがって」
「《火炎竜》と戦うなら、もっと実力を上げないといけませんからね。そういえばビュグジーさんは、あの石柱を斬れるんですか?」
「《魔騎機士》の剣でか? いいや、切れ込みを入れるだけで精一杯だろうな。けど、それだけの腕がありさえすれば、あとは《不可能否可能屋》が渡した素材でどうにかすんだろうさ」
テグスが視線をサムライに向けて意見を求めると、肩をすくめて見せてきた。
「素質は十分にあるので御座りますが、訓練嫌いの武器頼りな性格は直せそうはないに御座りまするよ」
「うっせぇ。つーか、武器を更新して強い《魔物》を倒す方が《探訪者》としては主流なんだよ。腕前なんてぇのは、その後からついてくるもんだろうが」
テグスはそういう考えもあるのかと思いながらも、結局は実力がつくのが先か後かの違いでしかないように感じた。
その後も、会話を楽しみながら食事を終えると、テグスたちは神像に祝詞を上げて《下町》へと転移する。
サムライに渡された荷物もあるので、早速行商人と合うことにした。
「おお。お待ちしてましたよ」
「持ってきたお宝を渡す前に、ビュグジーさんたちからの配達依頼があります」
「はいはい。承りますよ」
テグスたちは持ってきた素材を全て渡していった。
その中で、行商人はとあるものを目にして動きを止める。
「この《魔騎機士》は、そちらが倒されたので?」
ぼこぼこになった大盾や、矢による穴が空いた鎧などを指しながら質問してきた。
特徴的な傷が多いため、テグスは素直にうなづきを返す。
「そうですね。僕らが倒したものですね」
「どうやら、激闘だったようですが、なのにビュグジーさまたちの素材として扱っていいのですか?」
テグスが使用していた長剣と、ティッカリが壊した盾を持ちながらの勘違いしている言葉に、テグスたちは苦笑いしかできない。
「ええ。サムライさんに訓練をしてもらう見返りに払ったものですから」
「そうなのですか。要らぬ老婆心でしたね」
安心した様子で、行商人は渡した素材を配達するために引き取った。
次にテグスたちが集めた宝の交渉に入るが、そこはアンヘイラの出番になる。
といっても、前日の宴会中に事前交渉が済んでいたのか、二言三言であっさりと商談は纏まってしまっていた。
「今後とも良い取引を」
「そうありたいですね、願わくば」
二人が握手を交わしたのを合図に、テグスたちは宿屋へと向かい、得た魔石で部屋を借りる期間の延長金を支払う。
そうして入った部屋の中で装備を脱ぐと、全員が疲れた様子でベッドの上に転がった。
「ああー。こうして寝転がると、全身が疲れているって実感するね」
「訓練、大変だったです」
感想を言い合おうとしたテグスたちだが、程なくしてうつらうつらとし始め、やがて全員が静かに寝入ってしまうのだった。
翌日。少し疲れが身体に残っているのを感じながら、テグスたちは今日も五十一層へと向かう。
道中の大扉を開けて宝を回収はするが、《魔物》との戦闘は極力避けて進んでいった。
そうして、五十層で《写身擬体》と戦うことになる。
しかし、昨日と比べて戦いは長引くこととなった。
「くっ。そうだった、こっちの技能が上がれば、あっちも強くなるんだった」
テグスは塞牙大剣で、際どい場所にきた矢を弾き、素早く足元に伸びてきた鞭を斬り払う。
ハウリナにも短矢が連続して降ってきて、黒紅棍を回転させて防いでいた。
その間に、テグスとハウリナとティッカリ似の《写身擬体》三匹が突っ込んでくる。
しかも、昨日サムライの訓練で、本人たちが行っていたような動きで攻撃してきた。
「自分の上がった技量を、傍目で見れるのはいいけどさッ!」
「マネっこ、ずっこいです!」
「あと、敵の攻撃力が上がっていて、困っちゃうの~」
テグス、ハウリナ、ティッカリは、それぞれが自分に似た《写身擬体》の攻撃を、同じような動きで迎え撃った。
お互いの武器が撃ち合わさり、大きな音が発生する。
だがやはり質の差で、《写身擬体》の武器だけが粉々に砕け、テグスたちのほうには傷一つなかった。
無防備になった相手を見逃さずに、素早く眼前の三匹を倒す。
六対三の攻防になったので余裕が生まれ、テグスたちが程なくして勝利した。
「まさかこんな形で、サムライさんの訓練での成果を確認するなんて考えもしなかったよ」
「けど、少し強くなったの、わかったです!」
「普通は実力が上がっても実感が薄いものだけど、こうして見て体験できるのは、嬉しいことなの~」
「判断に困りますけどね、神々が優しさから作ったのかあくどい考えで作ったのか」
「きっと、こちらに身の程を分からせるために、どちらの用途でも通じるように作ったのではないかと思われます」
「あ、あの、サムライさんが、待っているはずだから、早く行きませんか?」
アンジィーが語ったように、五十一層についてみると、サムライが嬉しそうな笑顔で出迎えてくれた。
テグスたちは苦笑しながら、それぞれの訓練位置へと分かれる。
「あれ? すでに《魔騎機士》の武器が多数用意してあるや」
「石柱も、新しくなってるです」
「それって、もしかして――」
テグスとハウリナとアンヘイラが顔を向けると、サムライがしたり顔になる。
「テグス殿たちがくるまで、少々暇があったので御座りましたからな。事前に用意しておいたに御座りまする」
そんな骨折りをするなど、よっぽどテグスたちの訓練を楽しみにしていたらしい。
「えっと。今日も訓練を、よろしくお願いします」
「任されたに御座りまする。そうそう、今日は武器や石柱を使い潰すつもりで使用してよう御座りまするよ。何せ換えは十分にあるので御座りまするからな」
テグスはカカッと笑うサムライから目を外し、円卓にいるビュグジーたちへ視線を向ける。
恐らく準備を手伝わされたのだろう、疲れた様子で料理をもそもそと食べる姿をしていた。




