264話 《魔騎機士》で地力上げ
《下町》に戻った翌日、テグスたちは早速五十一層へ向かった。
行商人に頼まれたこともあり、見つけた大扉は解除して、中にあるお宝を取りながら進む。
新調した武器でも、四十五層から出てくる《魔物》相手になると、一筋縄では行かなくなってきた。
それでも、今までの下地があるため、テグスたちはさほど苦労せずに順々に層を下りていく。
五十層で《写身擬体》と戦う順番待ちをする。
その間、ここまでに大扉から集めた武器を、アンヘイラが主導して待機中の《探訪者》へ売買を持ちかけていた。
「どうでしょうこの大剣は、くたびれた剣の買い替えに」
「うむむっ。もうそろそろ買い替えの時期だとは思っていたのだが……」
「魔石なんぞ、この辺りで戦えばいくらでも手に入るんだ。ここは買っておいた方が得なんじゃないか?」
何個か武器が売れ、購入した《探訪者》たちは嬉しげだ。
行商人に頼まれているのにと、テグスが危惧していると、アンヘイラが内心を悟ったように内緒話をもちかけてきた。
「もう少し人数が必要でしょう、《火炎竜》と戦うのならば。先行投資というものですよ、この交渉は」
「……五十一層が賑やかになれば、それはそれで嬉しいけどね」
そう上手くいくかは未知数なので、テグスは話半分にしか聞いていない。
やがて、テグスたちの番がきて、《写身擬体》との戦闘になった。
もう何度となく戦ってきて、攻略法は分かっているため、半ば武器の性能差による力押しで突破する。
そうして五十一層に到着すると、先にきていたらしいビュグジーたちが食事を取っているところだった。
「よぉ、また来たな」
ビュグジーが手招きしてきたので、テグスたちも円卓に座って食事をすることにする。
一通り料理を食べ終えた頃を見計らい、サムライが喋りかけてきた。
「今日はどの《魔物》を相手するつもりで御座りまするか?」
「僕らは技量を伸ばすつもりなので、相性なしで戦える限界の《魔騎機士》と戦うことになると思いますけど」
返答を受けたサムライは、都合が良いといった顔をする。
「そういうことで御座りますれば、倒した後に《魔騎機士》の装備品を持ってきてもらいたいので御座りまする」
テグスは武器屋防具の素材に使うつもりだろうと判断し、請け負うことにした。
「そのぐらいなら、構いませんよ。これから何度か戦う必要があるんですし」
「ですが用意しているのですよね、装備を持ってくる見返りは」
アンヘイラが条件を加えても、サムライは笑みを返してくる。
「お互いに損にはならないものを用意しているので御座りまするよ」
自信満々に言い切ってきた姿に、アンヘイラは納得したらしく引き下がった。
テグスが意見を確かめるために、ハウリナたちへ視線を向けると、不満のない様子で頷きが帰ってくる。
話は纏まったので、食休み後にテグスたちは早速《魔騎機士》の出る場所へと向かうのだった。
出現した《魔騎機士》は相変わらず大盾を持ち、装甲がついたカラクリ仕掛けの馬に乗っていた。
しかし、以前と持っている武器が違っている。
「馬上槍ですね、あれは。馬の背にまたがって使う長い槍ですよ、その名前の通りに」
アンヘイラの説明を受けつつ、テグスは動き始めた《魔騎機士》を観察する。
前に戦ったときは、突撃と離脱を繰り返してきた。
だが今回は、テグスたちから一定の距離を取って様子を伺っている。
慎重な動きに、ティッカリが何かを思いついたような仕草をする。
「前と戦い方が変わったのって、ビュグジーさんたちが毒酒を浴びせ続けたからなんじゃないかな~」
「突進のときに樽をぶつけて壊させ、全身を濡れさせていたのでございましたね」
「でも、向こうから来ないんじゃ、こっちから行くしかないんだよね」
防御力が優れるティッカリを先頭に、テグスたちは近づいていった。
ある距離まで近づくと、《魔騎機士》は急に馬を走らせて向かってくる。
そして、楽器の弦を擦ったような声で、身体強化の魔術を唱えるのが聞こえてきた。
「『身体ヨ頑強デアレ(カルノ・フォルト)』」
「ブルル、ブルルヒイィィーー」
馬も甲高い鳴き声を上げて、一層に強く地面を蹴りたてている。
その速度が乗りきる前に、ティッカリが壊抉大盾を前面に構えて向かっていった。
「新しい盾の硬さを確かめるいい機会なの~。とや~~~~~」
繰り出す腕力に馬の速度も乗せた馬上槍に、ティッカリが壊抉大盾を大きく払うようにしてぶつける。
激しい擦過音の後で、空中に槍が飛び、《魔騎機士》は大きく仰け反った。
ティッカリはそのまま突進し続け、駆けて続けている馬へと壊抉大盾を掲げながら体当たりする。
「てや~~~~~~~」
「ブルヒイィィイィー!」
指で弾かれた小石のように吹っ飛び、《魔騎機士》が馬の背から転がり落ちる。
しかし、直前でカラクリ馬の体内から新たな武器を抜いていたようで、手にあるのは馬上槍から長剣に変わっていた。
横倒しになった馬へ追撃しようとするティッカリに、素早く起き上がった《魔騎機士》がその剣で攻撃しようとする。
だが、赤い鏃の矢が複数飛んできて、付近の地面と脚の甲冑に突き刺さった。
さらには矢を追ってきたように突き進むテグスが、交差の瞬間にティッカリに声をかける。
「僕らが《魔騎機士》を相手するから、ティッカリはその馬の止めをお願い」
「分かったの~」
ティッカリが起き上がろうと暴れるカラクリ馬の相手を始めるのを見つつ、テグスはハウリナと共に《魔騎機士》に襲い掛かる。
「たあああああああああ!」
「あおおおおおおおおん!」
振るわれた塞牙大剣と黒紅棍を、《魔騎機士》は大盾で防御した。
しかし、二つの武器によって、盾には切れ目と大きなへこみができている。
「どうやら、黒紅棍なら《魔騎機士》の甲冑を壊すことができそうだね」
「わふっ。前に効かなかったぶん、ぼこぼこにしてやるです!」
ハウリナは黒紅棍を一回ししながら気合を入れると、《魔騎機士》へ連撃を放ち始めた。
一発ごとに防いでいる大盾にへこみが生まれていく。
ハウリナの動きを止めようと長剣で反撃してきたが、テグスが塞牙大剣で弾いて防ぎつつ、お返しにと斬りかかった。
「『盾ヨ阻メ(シルド・ネイパシオ)』」
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」
盾の前面に生まれた不可視の板は、テグスの鋭刃の魔術を込めた塞牙大剣に切り裂かれた。
加えて、ハウリナが黒紅棍に震撃の魔術を使い、連撃の破壊力の上乗せをする。
「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』」
魔術の使用合戦に負けて、《魔騎機士》はより防戦一方になる。
さらには、飛んできた赤鏃の矢が、大盾で隠しきれない肩や脛の甲冑を貫き刺さった。
それでも必死に抗戦していくが、段々と深みにはまるかのように、追い詰められ始める。
《魔騎機士》の盾は丸めた後に伸ばした紙のような有様になり、鎧には何本も突き刺さった矢の他に傷やへこみがいくつもできた。
そこに、カラクリ馬を倒し終えたティッカリが参戦する。
「お待たせしたの~」
「《鈹銅縛鎖》で、手足の動きを封じるよう狙わせていただきます」
「闇の精霊さん~♪ ちょっとでもあの騎士の動きを邪魔したいんだよ~♪」
ウパルとアンジィーも精霊魔法で拘束を狙い、状況が一気にテグスたち有利に傾く。
起死回生を量るように《魔騎機士》は、役に立たなくなった大盾をテグスたちへ投げつけつつ、空いた手で自信の脇腹をまさぐり始めた。
盾を回避しつつ観察していたテグスの目の前で、《魔騎機士》は甲冑の留め金を一つ外す。
すると、拍手を連続でしたような音が響き、甲冑がバラバラと落ち始めた。
「鎧を自分から脱いだの?」
テグスが訝しげに見ている前で、上腕部、肩、腹と腰回り、太腿の部分の装甲が外れて地面に転がっていた。
甲冑を軽量化した《魔騎機士》は、最後に兜を手で取り払うと、投げつけながら迫ってくる。
「『身体ヨ頑強デアレ(カルノ・フォルト)』」
テグスは塞牙大剣で兜を弾き、身体強化の魔術で速さが増した長剣の攻撃を、斬り返しで防ぐ。
「くっ。脱いだからか、さらに速い!?」
《魔騎機士》のなりふり構わないような、連続した全力攻撃。
防いでいくが、段々と押されていく。
「矢では狙えません、テグスの身体が邪魔で」
アンヘイラの報告を受け、テグスはハウリナやティッカリが割って入ってくる数秒の時間を稼ぐため、集中状態へ移行する。
攻撃を防ぎながら、甲冑を脱いだ《魔騎機士》の動きが予想し辛いことに、テグスは気づく。
鎧の下から出てきた見た目が人間そっくりなのに、カラクリ仕掛け独特の動きをするため、見極めが難しいのだ。
テグスは一撃ごとに予想の齟齬を修正しながら、《魔騎機士》の動きについていく。
ほどなくして、ハウリナとティッカリがそれぞれの武器を掲げて、攻防に割って入ってきた。
「あおおおおおおおおおおん!」
「とや~~~~~~~~~~~」
左右から挟まれるように攻撃されようとしているのに、《魔騎機士》はその無機質な目にテグスしか映っていないかのように、長剣の動きを止めなかった。
ハウリナの黒紅棍で頭を殴られ、ティッカリの壊抉大盾で腹部を破壊されても、テグスだけを狙い続ける。
しかし、二人の攻撃は致命傷だったようで、《魔騎機士》は長剣を振り下ろしながら、身を投げ出すように地面へ落ちた。
それでも、もがこうとする素振りを見せるので、テグスは塞牙大剣を首に突き入れると、捻って頸部を破壊する。
少しも動かなくなったのを確認してから集中状態を解いて、深く呼吸した。
「すーはー……あー、焦った。やっぱり、《魔騎機士》相手だと総力戦になっちゃうね」
「けど、前より簡単だったです」
「それって、武器が新しくなったからだと思うの~」
「こちらにとっては有利でしたしね、《魔騎機士》の使用武器と戦い方も」
「感想を語り合いながらでも、装備品を剥ぎ取りにかからねばなりませんでございましょう?」
「そ、そうですよ。こ、これから、連戦するん、ですよね?」
「そのつもりだよ。技量を伸ばすには良い相手だからね」
《魔騎機士》の装備を引っぺがし、カラクリ馬からも甲冑と収まったままの武器も取っていった。
取るものがなくなると、残りは魔石化して回収する。
甲冑と武器で重たい思いをしながら、神像のある広間に引き返すと、サムライが笑顔で待っていた。
「予想よりも早い帰還で御座りましたな。怪我もしては御座りませぬようで、中々に腕を上げられた御様子に御座りまするな」
褒められて面映い思いをしながら、テグスはサムライに近づく。
「はい、《魔騎機士》の装備品です」
「うむ、かたじけない」
例を言いつつ受け取ったのは、《魔騎機士》の甲冑部分だけだった。
「あれ? 武器は要らないんですか?」
「それは、テグス殿たちへの代金代わりに必要なもので御座りまするから」
要領を得ない言葉に、テグスが首を傾げると、サムライはある方向を指差す。
顔を向けると、色合いから《巨塞魔像》のものと思わしき、四角柱形の大きな石が鎮座していた。
「えっと、あれと《魔騎機士》の武器と、何の関係があるんですか?」
「もちろん、テグス殿たちに力をつけてもらうための、訓練道具で御座りまするよ」
どういうことか分からずにテグスたちが首を傾げるのを、サムライは笑顔で見ているのだった。
 




