263話 小休止
テグスたちは《下町》に向かって、順調に《大迷宮》を進んでいく。
その間にあった《魔物》との戦闘で、改良された武器たちは性能を発揮していた。
ハウリナが黒紅棍を振るえば、敵の肉と骨が揃ってひしゃげる。
ティッカリが壊抉大盾を繰り出すと、全てのものが破砕された。
ウパルが《鈹銅縛鎖》で拘束し、アンヘイラとアンジィーがそれぞれ《贋・狙襲弓改》と《機連傑弓改》で矢を射れば、大抵は穴だらけだ。
「わふっ! 良い棍です。気にいったです!」
「壊抉大盾は前の殴穿盾よりも大きくなったけど、重心配置が巧みで扱いやすいの~」
「《鈹銅縛鎖》が少々重くなり扱い難くなりましたけれど、その分だけ拘束する力も増したように感じられます」
「良い手応えですよ、改良した弓と新しい鏃も」
「そ、そうですね。こ、この機構も、前より動かしやすく、なってますし」
使ってみた感触も上々なようだった。
しかし、テグスは苦笑いを浮かべる。
「でも、なんだか《下町》より上にある層で使うには、過剰な武装のようだね」
テグスの視線の先には、甲羅が砕け散り身体は穴だらけな《装鉱陸亀》――殴穿盾の素材に使われた《魔物》――の姿があった。
《帝王躄蟹》の大爪ほどではないが、かなり硬い相手なはずなのに、ハウリナたちの武器の前ではジェリムと変わらない柔らかさに感じてしまう。
さらに移動し、海の層に到達すると、ハウリナたちの武器の強さがよりはっきりと分かるようになる。
「《帝王躄蟹》の殻を黒紅棍が叩き割るのは予想してたけど。壊抉大盾で攻撃を受け止めたら、大爪のほうが砕けたのには驚いちゃったよ」
「あのときは、ほとんど衝撃を感じなかったのに目の前で爪の殻が壊れて、こっちだって吃驚したの~」
「そんなことよりも《虎鋏扇貝》を貫通したほうが驚きでしょう、《贋・狙襲弓改》と《機連傑弓改》で放った通常の矢が」
「ま、前は、ティッカリさんの、殴穿盾の杭じゃないと、穴を開けられませんでしたし」
威力が過剰すぎて誰の手でも簡単に《魔物》が倒せそうな武器たちに、テグスは少しだけ危うさを感じていた。
しかし、本命の相手である五十一層の《魔物》では、ここまで上手くはいかないと判断して、感じたことを棚上げする。
ちょうどそのとき、ハウリナがテグスの袖を引っ張った。
「どうかした?」
尋ねながら軽く気配察知を全周に行ったものの、接近する《魔物》は感じられない。
《魔物》じゃないならなんだろうと思っていると、ハウリナはテグスの背負子を指差した。
「もらった魔道具、使わないんです?」
「ああ、そういえば使ってなかったね。じゃあ、ここで休憩がてら、《護森御笛》を組み込んで試運転しちゃおうか」
テグスは背負子の隠し箱から、管だらけの魔道具を取り出す。
そして、喇叭部分を外すと、《護森御笛》の吹き入れ口を差し込み、外れないように糸で巻きつけた。
「さて、作動させてみるよ」
「耳押さえておくです」
ハウリナが倒した獣耳の上に手を乗せて、完全防御の体勢になる。
その姿を確認してから、テグスは魔道具を始動させた。
組み込んだ《護森御笛》からは、風が細く吹き続けるような音しか出ていないように、テグスには感じる。
ティッカリ、アンヘイラ、ウパル、アンジィーもそう聞こえるのだろう、特に何も感じていなさそうな顔をしていた。
ただし、ハウリナだけは物凄く耳障りで大きな音が聞こえているかのように、獣耳を押さえている手に力が入っている。
少しして、もう耐え切れなくなったのか、大声を放ってきた。
「すーーーっごく、うるさいです!! 耳に痛いです!!」
「わかったよ。止めるね」
テグスが魔道具を停止させると、ハウリナはほっとしたように獣耳から手を離した。
「それで、どんな音がハウリナには聞こえていたの?」
「たくさんのサルが鳴いた声を、もっと高くした音です」
「キーキーって音がするの~?」
「きーーーーって、止まらないです。耳に突き刺さる音です」
実際に聞こえていないテグスたちは、ハウリナの説明に首を傾げてしまう。
しかし、そうしていられない状況がやってきた。
「音に寄ってきたのかな。沢山の《魔物》がこっちにくる気配がする」
テグスが警戒すると同時に、海の水面に多数の漣が立つ。
「よ~し、迎撃準備なの~」
「食料には困りませんね、この様子だと」
「わうぅ……まだ耳が、キンキンするです」
ハウリナだけは本調子ではなさそうに耳を撫でつつ、テグスたちは戦闘準備を終え、水面から出てきた《魔物》たちとの戦闘が始まったのだった。
《下町》に無傷で到着したテグスたちは、いつも使用している宿屋で部屋をとった。
ビュグジーたちのお土産を置くと、なじみの食堂へと向かう。
その道すがら、行商人と出くわした。
「おおー。扉明けの皆さんじゃないですか。お戻りになられたんですね。では、また大扉のお宝などを融通していただけたらと」
五十一層の素材の取り分を交渉していた行商とは違う人だからか、アンヘイラが好意的な態度で近寄る。
「今後の流通量は少なくなりますよ、目的が他にあって数が揃えられませんから」
「そこを何とか。ここでの取引での、かなりの目玉になっているんですよ」
「五十一層の素材ではどうでしょう、その代わりに」
「そちらも欲しいですが、入手は他の《探訪者》さんたちからでも出来ますから。やはりお宝のほうを重視していただけないかと」
アンヘイラと会話を続ける行商人も引き連れながら、テグスたちは食堂へ入る。
すると、見知った人たちは悦ばしげに、見知らぬ人たちは訝しげに視線を向けてきた。
「おおー、待っていたぜ。いつも通りに?」
「はい。地上で手に入れたお酒と、おつまみになる保存食を買ってきました」
「よっしゃー! 今日は宴会だ!!」
テグスたちが背負子から酒とつまみを出すと、まるで待っていたかのように食堂の店主が料理を出し始めた。
居合わせた《探訪者》たちは気前良く魔石を払い、宴会に参加し始める。
大きくなっていく喧騒を見て、テグスは《下町》に戻ってきたという気分を抱いた。
ハウリナたちも嬉しげに、料理を食べ、飲み物を飲み始める。
ちゃっかりと、ついてきた行商人も宴会に参加していた。
店の外から騒ぎを聞きつけた人たちが加わって店内が混雑していくが、誰も気にした様子も泣く馬鹿騒ぎが続く。
そうしていると、ビュグジーとサムライが呆れ顔で入ってきた。
「おい。なんで大宴会をやってんだぁ?」
「おや。テグス殿たちが帰還したからなようで御座りまするな」
その声で二人を見つけ、テグスが近寄りながら声をかける。
「ビュグジーさんとサムライさん。五十一層から上がってくるなんて、珍しいですね」
「あまり上がっちゃこねぇが、珍しくはねぇよ。まあ、今回はそこで酒飲んでる行商人に、集めた素材を《中町》まで運搬すんのを頼みに来たんだがな」
「しばし待っていたので御座りまするが、一向に帰ってくる様子がないので、こうして探しにきたので御座りまするよ」
事情を把握して、テグスは酔いどれになっている行商人を指差す。
「なら、連れて行ったらどうですか?」
「酔いつぶれちまう前に、そうするか」
「そうするで御座りまするな」
ビュグジーとサムライに持ち上げられて、行商人は素っ頓狂な声を上げる。
「お、おお!? あ、どうもどうも~」
「運搬依頼しにきたんだ、このまま持ってくぞ」
「ああ、はいはい。お手数をおかけしております」
行商人は酒に酔っていて認識が覚束ないのか、運搬物のように運ばれているというのに、にこやかな笑みのまま二人と共に去っていった。
その様子が可笑しく見えたのか、食堂にいる客が大笑いを始める。
「あははははっー! なんだありゃあ!」
「ぎゃはははは! 酒は楽しく飲まなきゃな!」
「その通り、その通り。じゃあ、楽しい宴会に、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
そして、あの行商人を酒の肴に、熱気が上がっていく。
テグスたちも、明日から再び五十一層へいくまえに、英気を養おうと宴会の輪に飛び入るのだった。




