260話 成長具合
テグスたちとジョンが出会ってから少しして、兵士募集の試験が《中一迷宮》の一層目で始まった。
元々手伝うつもりはなかったものの、ジョンからも手伝うなと釘を刺されたので、テグスは手伝っていない。
「ふふん。この一年で、この俺がどれほど成長したか見ているがいい!」
そうジョンが豪語したので、ありがたく試験の横で、テグスたちは雄姿を眺めることにした。
「不合格。さあ、次だ次!」
妹のアンジィーがいるからだろうか、張り切ってやってきた人たちを相手していた。
試験を受ける人も実力を見極めるジョンたちも、木製の武器を使用している。
兵士たちは木製の盾と剣で相手をしているが、ジョンは木製の両手剣のみを使用していた。
その戦いぶりは、女騎士ベックリアほどではないが、中々に堂に入っている。
ジョンの剣と身体の動かし方を見ていて、テグスも少し関心した心持になった。
「強くなったね。特に、武器を持った人相手の技量が伸びた感じがする」
試験を受けに来ている人たちは、様々な武器を用いている。
ジョンはその全てに、対応できているようだった。
感心しているテグスとは違って、ハウリナたちはつまらなさそうに見ている。
「まあまあです。まだ、弱っちいです」
「ジョンが成長した分以上に、こっちも成長しているもんね~」
「訓練ばかりで命のやり取りの経験が薄いということですからね、武器を持っている相手に強いということは」
テグスが厳しい剣に苦笑いしていると、試験を受けていた一人が兵士の一人を打倒して、兵士になる権利を得ていた。
すると、集まった人たちからは歓声が上がり、倒された兵士は悔しそうな顔で地面に拳を叩きつけている。
盛り上がる向こうとは反対に、テグスたちの間には白々とした雰囲気が流れていた。
「あの程度で、兵士になれるものなのでございますね」
「ちゅ、《中迷宮》の二十層の《階層主》で、苦戦しそうな、実力なようだったけど……」
「ジョンが連れてきた兵士も同程度なんだから、それで務まるんでしょ」
ジョンや兵士の模擬戦の中に、自分たちの地力を向上させる技術がなさそうなので、テグスは思惑が外れたと溜息を吐く。
しかも突破者が出たことから、試験を受ける人たちの意気が高まり、接戦が続いて戦いが長引いていく。
かといって、アンジィーの事を思えば、試験が終わる前に離れることもできない。
テグスが横を向くと、ハウリナも物凄くつまらなさそうに欠伸をしていた。
「ねえハウリナ。暇だし、訓練しない?」
「なにをするです?」
「掴まえあいっこはどう?」
「わふっ。やるです!」
テグスは腰回りの装備を外し、ハウリナも黒紅棍を置いた。
そしてお互いに一定距離離れると、駆け寄りながら素手で捕まえようとする。
身動きが素早いハウリナの手が伸びてくるのを、テグスは体捌きと手で払って避ける。
お返しにと伸ばした手は、ハウリナが飛び退いて空振りした。
それからは、テグスは技術で、ハウリナは身体能力で、お互いに捕まえようとする。
二人が楽しそうにしているのを、ティッカリが置かれた装備を拾い上げながら、アンヘイラは呆れた顔をして、ウパルは微笑ましげに眺める。
唯一アンジィーは、ジョンの方とどちらを見ようかと迷っているように、顔の向きを行き来させて続けたのだった。
《外殻部》のとある食堂に、ジョンたちと試験を通過した人たちが集まっていた。
「諸君たちは、これから我々の仲間である。これは前祝いだ。盛大に飲み食いして、英気を養ってほしい。では、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
手に持っていた杯を掲げ、全員が一息に飲み干す。
去年より少し人数が多いのは、きっと集まった人たちに強い人が多かったのだろうと、端で参加させてもらっているテグスは思った。
騒ぎ出した彼らから目を外し、いまいる食堂の年季を感じさせる内装を見回す。
「しかし、昨年入店を断られた食堂を、今年はちゃんと予約していたなんてね」
「お、お兄ちゃん、よっぽど悔しかったみたいで。ど、どうしても、ここじゃなきゃだめだって、言ってました」
ジョンらしいと、テグスたちが苦笑いする。
その間にも、ジョンは集まった人たちを巡り、年齢の上下関係なく酒を注ぎながら語りかけていっていた。
「試験のときの豪快な戦い方は良かったぞ。だが、筋力と体力が足りん。食って飲んで増やさねばならん。さあ、食え食え!」
「はい、食べます!」
「うんうん。お前はちょっとしたことで守りに入る癖が出来ているな。年上なのだから、全員を引っ張っていくような心構えをせねばいけないだろう」
「ふん。身の程をわきまえているのだよ。君のように、こちらはもう若くはない」
「はん。挑戦の気概を忘れた者に、成長は見込めないものだ。そこに年齢は関係ない! この場で範を示してやる。さあ、飲み比べだ! 俺に勝てた者には、銀貨一枚を贈呈してやろう!」
「おー! 俺がやるぞ!」
「俺もだ、俺もー!!」
ジョンの啖呵に、新参の人たちが乗り、盛大な飲み比べが始まった。
空になった杯に酒が注がれ、満たされれば飲み干す。
また空になれば注ぎ、飲み干せば注ぐを繰り返していく。
一層に賑々しくなった宴の中に、ティッカリが参加したそうにしているが、場が滅茶苦茶になるので、テグスは手を軽く引っ張って留める。
「今日はジョンたちが主役なんだから、自重してこっちで飲んでてよ」
「うぅ~……テグスたちはお酒飲まないから、ああいうところに行きたくなっちゃうの~」
ティッカリはこの場に留まる交換条件のように、酒が入った杯を差し出してきた。
テグスは酒が好きではないので、少し嫌な顔をしながらも受け取ると、一気に中身を飲み干す。
そして、エール独特の薄苦い味、鼻から抜ける醸された穀物の匂い、喉と胃を少し温める酒精の感触に、より顔をしかめた。
「やっぱり、僕はお酒よりも料理を食べている方が好きだね」
テグスが杯を突き返すと、ティッカリは次の得物を求めるように、ハウリナたちへ視線を向ける。
「酒、匂いダメです」
「飲むのは構いませんよ、付き合いでしたら」
「ほどほどの量でよろしいのでございましたら」
「あの、その、お、お酒飲むと、気分が……」
「むぅ~……いいの~。嫌々飲ませるぐらいなら、その分こっちが飲むの~」
にべもなく断られて、ティッカリは拗ねて酒に逃げるかのように、杯の中身を空けては注ぎ直していく。
ちょっと悪いことをしたなとテグスが考えていると、ジョンたちの方で歓声が上がった。
「ぶはぁ~~! どうだ、俺が一番だー!」
赤ら顔で目が据わったジョンが、体をふらつかせながら空になった杯を掲げていた。
周囲には、酔いつぶれたらしき人たちが、机の上にもたれかかって眠っている。
飲み比べに参加しなかった人たちは喝采を上げながらも、残ったジョンを酔い潰そうとするかのように、こっそり杯を酒で満たしている。
「ん~。なんで酒が残って――ごくごく。くは~。って、おい、注ぐんじゃない! まったく、注がれたからには、飲まないといけないんだぞ――ごくごく」
杯に酒が満ちる原因を知ったジョンが、わざとのように怒りながらも、杯を空けていく。
周囲の人は笑い。ジョンは更に調子に乗り。店内がより騒がしくなる。
そんな光景を端で見ながら、テグスは不意に気がついたことがあった。
「ジョンって、前々からあんな調子だったっけ?」
問いかけられたアンジィーは、ゆっくりと首を左右に振る。
「お、お兄ちゃん、前よりもっと、明るくなったって思います」
「あれは、お酒の席に慣れた人の態度だって思うの~」
「自然と身についたのでしょう、兵や騎士としての生活で」
ティッカリ、アンヘイラの順で意見が続いた。
テグスはその発言を聞いて、試験のとき予想以上にジョンの剣の腕が伸びていなかった理由に、予想がついた。
「僕らは《大迷宮》に挑んで地力を上げてきたけど。ジョンは剣の腕と同じぐらい人付き合いの能力を上げた、ってことなんだろうね」
《迷宮》に挑むのとはまた違った苦労を慮っていると、ハウリナたちから反応が返ってきた。
「ふん。強ければ、人はついてくるです。気を使うの、弱い人がすることです」
「けど、酒の飲み方は数をこなさないと、わからないものなの~」
「ジョンの取った方法が圧倒的多数ですよ、国の枠組みで暮らすには」
「人の世のしがらみが力の成長を阻害し、関係性の構築能力の向上を促すとは皮肉な話でございますね」
「あ、あの、その、そんなに――ああー! お兄ちゃん!」
アンジィーの悲鳴に視線を向けると、ジョンは杯を飲み干した状態のまま横へと傾き、地面に倒れ込んでいた。
酔い潰した人たちが大笑いする中、テグスはこの食堂の支払いは誰がやるのかと、頭を抱えたい気持ちになったのだった。




