表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/323

260話 成長具合

 テグスたちとジョンが出会ってから少しして、兵士募集の試験が《中一迷宮》の一層目で始まった。

 元々手伝うつもりはなかったものの、ジョンからも手伝うなと釘を刺されたので、テグスは手伝っていない。


「ふふん。この一年で、この俺がどれほど成長したか見ているがいい!」


 そうジョンが豪語したので、ありがたく試験の横で、テグスたちは雄姿を眺めることにした。


「不合格。さあ、次だ次!」


 妹のアンジィーがいるからだろうか、張り切ってやってきた人たちを相手していた。

 試験を受ける人も実力を見極めるジョンたちも、木製の武器を使用している。

 兵士たちは木製の盾と剣で相手をしているが、ジョンは木製の両手剣のみを使用していた。

 その戦いぶりは、女騎士ベックリアほどではないが、中々に堂に入っている。

 ジョンの剣と身体の動かし方を見ていて、テグスも少し関心した心持になった。


「強くなったね。特に、武器を持った人相手の技量が伸びた感じがする」


 試験を受けに来ている人たちは、様々な武器を用いている。

 ジョンはその全てに、対応できているようだった。

 感心しているテグスとは違って、ハウリナたちはつまらなさそうに見ている。


「まあまあです。まだ、弱っちいです」

「ジョンが成長した分以上に、こっちも成長しているもんね~」

「訓練ばかりで命のやり取りの経験が薄いということですからね、武器を持っている相手に強いということは」


 テグスが厳しい剣に苦笑いしていると、試験を受けていた一人が兵士の一人を打倒して、兵士になる権利を得ていた。

 すると、集まった人たちからは歓声が上がり、倒された兵士は悔しそうな顔で地面に拳を叩きつけている。

 盛り上がる向こうとは反対に、テグスたちの間には白々とした雰囲気が流れていた。


「あの程度で、兵士になれるものなのでございますね」

「ちゅ、《中迷宮》の二十層の《階層主》で、苦戦しそうな、実力なようだったけど……」

「ジョンが連れてきた兵士も同程度なんだから、それで務まるんでしょ」


 ジョンや兵士の模擬戦の中に、自分たちの地力を向上させる技術がなさそうなので、テグスは思惑が外れたと溜息を吐く。

 しかも突破者が出たことから、試験を受ける人たちの意気が高まり、接戦が続いて戦いが長引いていく。

 かといって、アンジィーの事を思えば、試験が終わる前に離れることもできない。

 テグスが横を向くと、ハウリナも物凄くつまらなさそうに欠伸をしていた。


「ねえハウリナ。暇だし、訓練しない?」

「なにをするです?」

「掴まえあいっこはどう?」

「わふっ。やるです!」


 テグスは腰回りの装備を外し、ハウリナも黒紅棍を置いた。

 そしてお互いに一定距離離れると、駆け寄りながら素手で捕まえようとする。

 身動きが素早いハウリナの手が伸びてくるのを、テグスは体捌きと手で払って避ける。

 お返しにと伸ばした手は、ハウリナが飛び退いて空振りした。

 それからは、テグスは技術で、ハウリナは身体能力で、お互いに捕まえようとする。

 二人が楽しそうにしているのを、ティッカリが置かれた装備を拾い上げながら、アンヘイラは呆れた顔をして、ウパルは微笑ましげに眺める。

 唯一アンジィーは、ジョンの方とどちらを見ようかと迷っているように、顔の向きを行き来させて続けたのだった。




 

 《外殻部》のとある食堂に、ジョンたちと試験を通過した人たちが集まっていた。


「諸君たちは、これから我々の仲間である。これは前祝いだ。盛大に飲み食いして、英気を養ってほしい。では、乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 手に持っていた杯を掲げ、全員が一息に飲み干す。

 去年より少し人数が多いのは、きっと集まった人たちに強い人が多かったのだろうと、端で参加させてもらっているテグスは思った。

 騒ぎ出した彼らから目を外し、いまいる食堂の年季を感じさせる内装を見回す。


「しかし、昨年入店を断られた食堂を、今年はちゃんと予約していたなんてね」

「お、お兄ちゃん、よっぽど悔しかったみたいで。ど、どうしても、ここじゃなきゃだめだって、言ってました」


 ジョンらしいと、テグスたちが苦笑いする。

 その間にも、ジョンは集まった人たちを巡り、年齢の上下関係なく酒を注ぎながら語りかけていっていた。


「試験のときの豪快な戦い方は良かったぞ。だが、筋力と体力が足りん。食って飲んで増やさねばならん。さあ、食え食え!」

「はい、食べます!」

「うんうん。お前はちょっとしたことで守りに入る癖が出来ているな。年上なのだから、全員を引っ張っていくような心構えをせねばいけないだろう」

「ふん。身の程をわきまえているのだよ。君のように、こちらはもう若くはない」

「はん。挑戦の気概を忘れた者に、成長は見込めないものだ。そこに年齢は関係ない! この場で範を示してやる。さあ、飲み比べだ! 俺に勝てた者には、銀貨一枚を贈呈してやろう!」

「おー! 俺がやるぞ!」

「俺もだ、俺もー!!」


 ジョンの啖呵に、新参の人たちが乗り、盛大な飲み比べが始まった。

 空になった杯に酒が注がれ、満たされれば飲み干す。

 また空になれば注ぎ、飲み干せば注ぐを繰り返していく。

 一層に賑々しくなった宴の中に、ティッカリが参加したそうにしているが、場が滅茶苦茶になるので、テグスは手を軽く引っ張って留める。


「今日はジョンたちが主役なんだから、自重してこっちで飲んでてよ」

「うぅ~……テグスたちはお酒飲まないから、ああいうところに行きたくなっちゃうの~」


 ティッカリはこの場に留まる交換条件のように、酒が入った杯を差し出してきた。

 テグスは酒が好きではないので、少し嫌な顔をしながらも受け取ると、一気に中身を飲み干す。

 そして、エール独特の薄苦い味、鼻から抜ける醸された穀物の匂い、喉と胃を少し温める酒精の感触に、より顔をしかめた。


「やっぱり、僕はお酒よりも料理を食べている方が好きだね」


 テグスが杯を突き返すと、ティッカリは次の得物を求めるように、ハウリナたちへ視線を向ける。


「酒、匂いダメです」

「飲むのは構いませんよ、付き合いでしたら」

「ほどほどの量でよろしいのでございましたら」

「あの、その、お、お酒飲むと、気分が……」

「むぅ~……いいの~。嫌々飲ませるぐらいなら、その分こっちが飲むの~」


 にべもなく断られて、ティッカリは拗ねて酒に逃げるかのように、杯の中身を空けては注ぎ直していく。 

 ちょっと悪いことをしたなとテグスが考えていると、ジョンたちの方で歓声が上がった。


「ぶはぁ~~! どうだ、俺が一番だー!」


 赤ら顔で目が据わったジョンが、体をふらつかせながら空になった杯を掲げていた。

 周囲には、酔いつぶれたらしき人たちが、机の上にもたれかかって眠っている。

 飲み比べに参加しなかった人たちは喝采を上げながらも、残ったジョンを酔い潰そうとするかのように、こっそり杯を酒で満たしている。


「ん~。なんで酒が残って――ごくごく。くは~。って、おい、注ぐんじゃない! まったく、注がれたからには、飲まないといけないんだぞ――ごくごく」


 杯に酒が満ちる原因を知ったジョンが、わざとのように怒りながらも、杯を空けていく。

 周囲の人は笑い。ジョンは更に調子に乗り。店内がより騒がしくなる。

 そんな光景を端で見ながら、テグスは不意に気がついたことがあった。

 

「ジョンって、前々からあんな調子だったっけ?」


 問いかけられたアンジィーは、ゆっくりと首を左右に振る。


「お、お兄ちゃん、前よりもっと、明るくなったって思います」

「あれは、お酒の席に慣れた人の態度だって思うの~」

「自然と身についたのでしょう、兵や騎士としての生活で」


 ティッカリ、アンヘイラの順で意見が続いた。

 テグスはその発言を聞いて、試験のとき予想以上にジョンの剣の腕が伸びていなかった理由に、予想がついた。

 

「僕らは《大迷宮》に挑んで地力を上げてきたけど。ジョンは剣の腕と同じぐらい人付き合いの能力を上げた、ってことなんだろうね」


 《迷宮》に挑むのとはまた違った苦労を慮っていると、ハウリナたちから反応が返ってきた。


「ふん。強ければ、人はついてくるです。気を使うの、弱い人がすることです」

「けど、酒の飲み方は数をこなさないと、わからないものなの~」

「ジョンの取った方法が圧倒的多数ですよ、国の枠組みで暮らすには」

「人の世のしがらみが力の成長を阻害し、関係性の構築能力の向上を促すとは皮肉な話でございますね」

「あ、あの、その、そんなに――ああー! お兄ちゃん!」


 アンジィーの悲鳴に視線を向けると、ジョンは杯を飲み干した状態のまま横へと傾き、地面に倒れ込んでいた。

 酔い潰した人たちが大笑いする中、テグスはこの食堂の支払いは誰がやるのかと、頭を抱えたい気持ちになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ