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258話 自由市

 地上に出てみると、季節はすっかり春になっていた。


「《大迷宮》に入るようになって、すっかり季節感がなくなっちゃったよね」

「気がついたら春になっている感じなの~」

「カエルやヘビになった、気分です」


 テグスたちは《探訪者ギルド》の本部に寄り、自由市での買い物のために、預金していた金を下ろすことにした。

 いつも通りにガーフィエッタが対応してくれるが、どことなく職員全員が忙しそうにしている。


「他の《迷宮》を拠点にしている人とは違い、《大迷宮》の《探訪者》は冬の間も精力的に活動して、素材や魔石を持ち込むことが多いですからね。溜まったそれらを、外の国からやってくる商人たちに過不足なく分配するのに、四苦八苦中というわけです」

「そんなに溜まるものなんですか?」

「ええ。地上に出ても店の多くが閉まっているので、暇だからと《魔物》との戦いに精を出す人がいますので」

「サムライさんや少し前のビュグジーさんなら、そうして過ごしていたんでしょうね」 


 テグスは世間話ついでに、もう一つ尋ねることにした。


「商団の護衛ついでに兵士の勧誘に来る、アンジィーの兄――ジョンがもう到着しているか知りませんか?」


 ガーフィエッタは人差し指を額に当てて、考える素振りをする。


「確か《ザルメルカ王国》の兵士になった子でしたよね。まだきていませんが、先遣の商隊はすでにやってきているので、もうそろそろくるのではないかと思いますよ。なにか、そのジョンという人に用があるのですか? もしや、《大迷宮》の困難さに諦めて、兵士になりないなどというつもりですか?」

「まさか。アンジィーの無事な様子を見せる約束をしているからですよ。それと、お兄ちゃんに会いたい、って寂しそうにアンジィーが言うから」

「そ、そんな風に、言って!――ないですよぉ……」


 急な大声にテグスとガーフィエッタが振り向くと、アンジィーは途中から言葉を小さくして恥ずかしそうに縮こまった。

 しかしその反応で、ガーフィエッタは訳知り顔に変わる。


「そうですよね。離れている親族と会う機会があるならば、そういう気持ちになるものです」

「ガーフィエッタさんにも、兄弟姉妹がいるんですか?」

「いませんよ。私は一人っ子でしたし」

「……なら、なんで自信たっぷりに言い切ったのさ」

「普通はそうなるはずだ、という常識から判断したまでです」


 言いながら勝ち誇ったような顔をするガーフィエッタに、テグスは意味もなく悔しい気分になる。

 何か別の話題を吹っかけようとして、ハウリナとティッカリが早く自由市に行きたいという顔をしているのを見て、テグスは世間話を止めることにした。


「それじゃあ、またね、ガーフィエッタさん」

「ええ。皆さん、いってらっしゃいませ」


 最後に本部職員ぽく淑やかな言葉遣いと態度で見送られて、テグスたちは本部を出て、自由市が開いている《外殻部》へと足を向けるのだった。




 春晴れの下、自由市は活気で満ち満ちていた。

 その中で、住民側は冬の間に抑圧された買い気を発揮し、露店や屋台を開いている人たちは様々な物で客の目を引こうと努力している。

 呼び込みの声、白熱した値引き交渉、喧嘩で殴りあう音、スリが腕を折られて上げた悲鳴など、あたりはかなり騒々しい。

 テグスたちはそんな自由市に入り、物品を見て回っていた。


「お酒~、珍しいお酒~♪ たくさん買い込んで、買い占めちゃうの~」

「ふんふん、美味しそうな料理、発見です! 買ってくるです!」


 ティッカリとハウリナは、露店や屋台に並んだ酒や食べ物を見つけるや、使い道がなくて溜まっていた預金から引き出した金で大量買いをしていた。

 その買い方に、商売人は嬉しそうな顔をし、道行く客たちは驚いたような羨ましそうな表情で眺めている。

 テグスもハウリナに負けず劣らず買い食いしているが、見た目と動作の派手さの違いでだろうか、あまりそういった目で見られている様子はない。

 しかし、まったく見られていないかといったら、嘘になる。

 男性からは悔しげな、女性からは侮蔑か羨望の視線が飛んできているのだ。


「女性を侍らす好色的な《探訪者》って感じに、僕は見られているようだね」

「おや。あるんですね、そういう自覚が」


 アンヘイラの質問に、テグスは嫌々ながらも頷く。


「散々そういう話を振られてきたしね。でも、前はこんな風に見られてなかったのにって、不思議には思うけど」

「はぁ。安心しますね、テグスらしい発言に」


 非難する目を向けると、アンヘイラは話題を譲るようにウパルへ手を向ける。


「一人の男性の周りに女性が複数いたとしましても、見た目が幼げでございましたなら、周囲の人は嫉妬を向けるよりも微笑ましいと感じるものでございます。しかしながら、テグスさまが成長なされて大人の風格になられたことで、いま向けられている視線の通りな評価に変化したのでございましょうね」

「加えてハウリナとウパルとアンジィーも成長しましたしね、三人とも種類が違った美女に」


 テグスは三人の姿を改めて見て、出会った頃よりもかなり女性らしくなったと思った。

 そして、彼女たちに加えてティッカリとアンヘイラもいるので、関係性の実態は兎も角として、羨望の視線を向けられても仕方ないし当たり前だと受け入れようと考える。

 テグスが密かにそんなことを心の中で思っていると、戻ってきたハウリナが串焼きを食べつつ、テグスを別の屋台へ引っ張ろうとし始めた。


「テグス、テグス。あれ、絶対美味しいです! いっしょに食べるです!」


 ハウリナの姿は成長しても変わらない性格に、テグスは微笑みながら頭を撫でる。


「よし。行って食べよう。どんな料理だった?」

「わふっ! 焼いた肉と野菜を、薄いパンにはさむヤツです!」


 二人が仲睦まじく屋台に向かう様子を、周囲からは僻んだ視線で、アンヘイラは呆れたような顔で見ているのだった。




 テグスたちは自由市で十分に食と買い物を満喫し、お土産用のツマミとお酒も購入し終えた。

 そうして、去年にもきた路地裏の一角に足を向ける。

 そこには昨年と同じ、魔道具を売っている人がいた。


「どうですか、売れ行きは?」

「例年通り、売れてないね。君らはずいぶんと見た目が変わったな。今年も魔道具を見ていくかい?」

「ええ。実は、ちょっと楽しみにしてたんですよ」


 会話をしつつ、テグスは露店に広げられた品々を見る。

 今回は、五つの魔道具が並べられていた。

 球体、真四角、長細い四角柱、円筒、配管でごちゃごちゃしているもの。

 一目だけでは、相変わらず、何に使うか分からない。

 

「いつもどおり、これ全部失敗作なんですよね?」

「実を言うと。これらは失敗作ではないんだ。君らの意見を聞かせてもらおうと思って、持ってきたんだ」

「えっ!? そんなもの、持ってきてもいいんですか?」

「いいんだ。失敗ではないが、魔石を使ってまで使うほどではないと判断され、生産不許可になったものなんだ」


 残念そうに肩を落とすと、真四角の魔道具を手に取る。


「これは、この魔道具の周囲を暗くすることができ、快眠用にと作ったものだ。しかし、人の眠りを助けるのではなく、人を眠らせる魔道具を作れと怒られた」


 説明しながら、始動させて見せてくれた。

 少しして、薄っすらと四角の魔道具の周囲が暗くなる。

 しかし、就寝用として作られたからか、頭一つ分ぐらいの範囲だけだった。

 それを見て、テグスは残念な気分になる。


「暗くするなら、木窓を塞いだり、目隠しすればいいだけですから。魔道具にするほどじゃないですよね」

「上司にも、同じことを言われたよ」


 気落ちする商人に、テグスは話は終わっていないと続ける。


「でも、もうちょっと暗くするか、範囲を広げるかすれば、別の用途に使えそうですよ?」

「おお! そう、それだよ。君らに見せたくて待っていた理由は!」


 さあ早く教えろと身振りをするので、苦笑いしながら続きを話す。


「暗さを上げて刺さる形にすれば、《魔物》の視界を奪うのにつかえますよ。範囲を広げた方は、暗がりに隠れるのに重宝しそうです」

「砂漠でなら日よけになりそうですよ、そのままで使っても」


 テグスだけでなく、アンヘイラがした指摘にも、魔道具の商人はしきりに頷く。


「なるほど。使用用途を変える発想を持てば、様々なものに使えるというわけか。なら、この魔道具はどうしたらいい?」


 続いて、球体の魔道具を作動させる。

 特に変化は見えず、テグスたちは首を傾げた。

 商人は手に持った球体を地面に置くと、自動的に回転して進みだし、壁に当たった。


「一人でに回転して一方向に進み続ける魔道具だ。馬車の車輪にしようとしたが、一方向しか進めない上に、作動中は動き続けるので危ないと分かり、上司に魔石を使う遊び道具を作るなと怒られた」


 壁に当たっても回転していたが、商人が説明しながら横から両手で掴むと回転が止まった。

 色々とテグスが考えている間に、ハウリナとティッカリが答える。


「遊び道具なら、子供用にするです。動くもの、子供好きです!」

「水車や風車の代わりに出来そうなの~。でも、魔石を使うほどじゃないかな~?」

「やはり、違う環境にいるから、発想の仕方が違うな」


 二人の考えに納得したようなので、テグスはその魔道具に黒球や発破石を詰めて転がしたら危険そう、とは言わずにおいた。

 次は、短棒程度の大きさの、細長い四角柱。


「これは昨年、君らに言われた物を改良し、火を少し長く灯すことが出来るようになったものだ」


 先から火を出し、十秒ほどして消える。

 しかしこれで魔石を使いきったわけではなく、何度か点いて消えてを繰り返し見せてくれた。


「それで、今度は上司の人になんていわれたんですか?」

「発想はいいが、家事をする人に売るには、材料費と魔石代で高額すぎると。あと、高給取りは、魔術で火を出せる人を雇うから、無用の長物とも」


 上司の言うことも最もだとばかりに、アンヘイラは頷きながら改善点を喋り始める。


「大きな炎を一瞬灯せる方向にすればよかったのですよ、魔術の火では無理な」

「それは考えたが、何に使えるか全く分からなかったんだ」

「兵器でしょう、《魔物》や野盗を驚かせるに使う」

「うーん。兵器か……」


 この商人には何かのこだわりがあるのか、それ以上は聞かずに火の魔道具を仕舞ってしまう。

 続けて円筒のも仕舞おうとする。


「それは見せてくれないんですか?」

「ああ。これだけは、上司にも喜ばれたものなんだ。もっと殺傷力を高めろと言われててね。仲間たちが助言をもらってこい、って無理矢理に」


 仕方ないと言った感じで、壁に先を向けて作動させた。

 するとと、細長い円錐型の鉄の笠が飛び出し、壁に浅く突き立つ。

 矢を飛ばす魔道具を、より突き詰めて吹き矢型にしたようだ。

 助言は求められていない様子なので、テグスは当たり障りのないことだけ伝えることにした。


「矢の先に何かつけたり、形状を変えたり、素材を変える。ぐらいですよ」

「……気を遣わせた。だが、ありがとう」


 最後に、ごちゃごちゃしたものを取り出す。


「これは耳がいい《魔物》の動きを、音で追い払うために作った魔道具だ。上司からは、特定の《魔物》しか効かないのでは意味がないと言われたよ。うるさいから、ほんの一瞬だけ稼動させるよ」


 商人が魔道具を動かすと、一秒未満の時間だけ、耳をつんざく音が周囲に轟いた。

 近くにいた人は、なんの音だと視線を向ける。

 中でも獣人の人たちは、自分の獣耳を手で揉んで痛そうにしながら、恨みがましい目で睨んできていた。

 しかし、テグスたちの姿と装備を見て、舌打ちして去っていく。

 周囲の状況が落ち着くのを待って、ティッカリが明るい声を出した。


「耳がいいという指定なら、ここはハウリナちゃんの出番なの~」


 推薦されたハウリナは、考え込んでから意見を話し始める。


「ただ、音が大きいだけです。すぐ慣れるです。うるさくしただけ、怒り倍増です」

「そうなんだよ。一時は追い払えても、効果が長続きしないんだ」

「あ、あの、その、これだけうるさいと、《迷宮》内だと、他の《魔物》が寄ってくるんじゃ?」

「ハウリナさんが、吠え声で呼び寄せたこともございましたね」


 否定的な意見の中で、テグスはこの装置に興味を持った。


「これ、どういう仕組みなんですか?」

「ああ。この管に魔石で生み出した風が入って、通り抜ける間に加速され、ここの喇叭らっぱ部分で大きな音を出すんだ」


 テグスは実際に装置を手にとって眺めながら、なんてことはないといった口調で新たな利用法を提示する。


「単なる大きな音では、《魔物》が相手できないなら。相手にしなければいいんですよ。それこそ、人用――屋敷の防犯用から、兵士の警報用に使えば、近くにいる人が一発で起きると思いますよ。もっと音を大きくすれば、襲ってきた人に目眩を起こさせるくらいは出来るかもしれませんし」

「おおー! それだ! 上司が常々作れと言っていた、貴族連中に売れる品物が出来る!!」


 急に帰り支度を始めた商人に、テグスはにこやかに質問する。


「この音の魔道具、貰っていいですか?」

「ああ、貰ってくれたまえ。いい助言に感謝する!」


 店じまいを終えた商人は、そのまま何処かへと去っていった。

 それを見送ってから、テグスたちは用事が済んだ自由市を去って宿屋へ向かう。

 その最中、テグスの手にある配管だらけの魔道具を、ハウリナが興味深げに見ていた。


「それ、どうするです?」

「実は、本当に耳のいい相手が嫌がる物に改造しようってね。考えも既にあるんだ」


 テグスが質問に答えながら《護森御笛》を取り出し、ハウリナに振って見せる。

 すると、その音を想像したのか、物凄く嫌そうな顔を返してきた。

 それで逆に、耳のいい相手に使えるものが出来そうだと、テグスは確信したのだった。


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