256話 深青色の《強靭巨人》
テグスたちが次に挑むのは、アンヘイラとアンジィーの弓の強化とティッカリの新作の盾に素材が必要な、《強靭巨人》だ。
しかし、通路を進んでいる後ろには、ビュグジーとサムライたちの姿もあった。
「なんでついてきているんですか?」
「こっちの防具にも《強靭巨人》の皮が入用なんだよ。そっちが盾に使う分を取ってもかなり余るからよ、有効に貰ってやろうってこった」
「心配なさらずとも、テグス殿たちの戦いの邪魔はしないと約束するに御座りまするよ。もちろん、手助けを求めた際には、救援いたす所存で御座りまするが」
素材の優先権はあると分かったので、テグスはビュグジーたちがついてくることを認めた。
格上の《魔物》と戦うので、相性を用いて戦うつもりだが、保険があればそれに越したことはないという打算も含んでいる。
そうして《強靭巨人》が出る場所に入ると、中は巨大な立方体の空間になっていた。
全員が入り終わると、天井に光球が四角の形に並んで現れ、そして強く瞬く。
光が収まると、中央に《造盛筋人》と《深緑巨人》が一匹ずつ現れていた。
「二匹?」
五十一層に入って初めて《魔物》が複数表れたことに、テグスは不思議に思った。
それはハウリナたちも同じようだったが、ビュグジーたちの方は知っていたようで驚いた様子はない。
そうしている間に、光球が青黒く染まり、同色の靄が《造盛筋人》と《深緑巨人》に纏わりついた。
やがて、二塊になっていた靄が大きな一塊に集約される。
そして、内側から靄を吹き散らすように、大きく太い腕が振り回された。
「マアアアアアアオオオオオオオオ!」
そうして出てきたのは、《造盛筋人》の筋肉を持った、体色を深青色に染めた《深緑巨人》だった。
「これが《強靭巨人》か」
そう呟くテグスには、恐れの感情は全くなかった。
恐らく順番に弱い順に五十一層の《魔物》を相手していたら、ティッカリの三倍はある身長と隆起した全身の筋肉による威圧感に、恐怖を抱いていただろう。
しかし《火炎竜》には言うに及ばず、同じ人型でより巨大だった《巨塞魔像》にも、《強靭巨人》は迫力負けしていた。
ならばテグスたちに、怖がる理由が全くない。
「この相手なら、《蛮勇因丸》は要らないかな」
「わふっ。大きいけど、怖くないです」
「準備してたのが無駄になったの~」
テグスたちは念のために手にしていた《蛮勇因丸》を仕舞い直すと、武器を構えて対峙した。
そして、やること出来ることを伝え合い始める。
「相性の話にある《護森巨狼》を素材にした武器を持っているのは、僕とアンヘイラだけだから、他の皆は援護中心でよろしくね」
「急所狙いしかしませんよ、矢は八本しか作ってないので」
「わふっ。なら走り回って、攻撃して、注意引くです!」
「お、大きいけど、せ、精霊魔法で、どうにかします」
「《鈹銅縛鎖》はだいぶ短くなってしまったので、片足を拘束するので手一杯になると思われます」
「ウパルちゃんのお手伝いするつもりだけど、あの相手だと力負けしちゃいそうかな~」
「マアアアアアアアオオオオオオーーー」
《強靭巨人》が叫び声を上げて歩き始めると、交わした言葉の通りにテグスたちは動いていく。
まずは、ハウリナが速さを生かして、攻撃と離脱を繰り返して注意を引き始めた。
「『衝撃よ打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』!」
「マアアアオオオオオーー」
震撃の魔術を込めた黒棍で何度も脛を叩かれても、《強靭巨人》は痛がる様子なく、反撃にハウリナを地を這う虫を押し潰すときの手つきで狙う。
叩きつけられた大人の背丈大の手によって、地面が軽く揺れる。
しかし、その予備動作が大きいその攻撃を、ハウリナは軽々と避けきっていた。さらには、お返しにと指を黒棍で打ち据える。
それでも《強靭巨人》は効いていないかのように、今度は手を振るうように掴もうとしてきた。
ハウリナは黒棍を地面に突き立てながら飛び上がると、迫ってきた《強靭巨人》の腕を蹴ってさらに跳躍し、二の腕に飛び乗り駆け上がる。
そして再び跳ぶと、中腰姿勢で低くなっていた顔へ向かって、思いっきり黒棍を叩きつける。
「あおおおおおおおおおおん!」
「マアアアオオオオオオオ!」
大きな鼻っ柱を撃たれれば少しは痛みを感じるのか、顔を抑えて怯んだように中腰から仰け反る姿勢になる。
そうして見えた喉に、鏃が赤い矢が突き刺さり、矢羽まで埋まった。
「マアアアオオオオー」
《強靭巨人》は驚いたように首元に手をやり、どうにか矢を指先で摘むと、とげを抜くような軽さで引き抜く。
アンヘイラはその姿を見て、落胆を少しまぜた予想通りという表情をしていた。
「……やっぱり致命傷にはならないですね、対比だと爪楊枝並みですし」
そう呟きながら、今度は普通の鏃の矢を《強靭巨人》の目へと放ち始める。
ハウリナも負けじと、周囲を走り黒棍で足を叩いていく。
この二人の行動で、手で攻撃するのは危険だと判断したのか、《強靭巨人》は足を上げ下げして踏み潰そうとし始めた。
しかし、手よりも予備動作が大きな踏みつけに、ハウリナが捕まることはないし、アンヘイラはそもそも手足が届く範囲には立ち入らない。
そうこうしている間に、攻撃に加わっていないテグスたちの準備も整った。
「闇の精霊さん~♪ あのおめめを隠してあげちゃってね~♪」
「じゃあ、ウパルとティッカリいくよ!」
「はい。お供いたします!」
「お任せあれなの~」
アンジィーが精霊魔法で《強靭巨人》に目隠しするのを合図に、三人は走り出す。
目が見えなくなって無秩序に上げ下げし始めた足の範囲外で、テグスはティッカリが両手で持った《魔騎機士》の大盾の上に飛び乗った。
「お願い!」
「了解なの~。てや~~~~」
大盾を力強く振り回し、テグスを発射した。
空中を飛び、暴れている《強靭巨人》の太腿の付け根へとぶつかる。
その直前に、テグスは逆手に構えた塞牙大剣を突き刺していた。
当たって少しの間は止まっていたが、刃を地面側に向けていたためか、下へと皮膚を切り裂きながら加速する。
《強靭巨人》の巨体にとっては、小指にも満たない塞牙大剣の大きさだ。
だが、それでも長々と身体を切り裂かれれば、闇の精霊に目を隠されていても分かるほどの怪我になる。
「マアアアアアアオオオオオオオオオオ!」
怒ったように、平手をテグスに叩きつけようとする。
だが、その手がやってくる前に、テグスが掲げた腕にウパルの《鈹銅縛鎖》が巻きついた。
「ティッカリさん、引っ張ってくださいませ!」
「いくよ~。よいしょ~~~~~~~~~」
ティッカリに《鈹銅縛鎖》越しに引っ張られ、テグスは《強靭巨人》の足から空中へと飛ぶ。
すると、誰もいなくなった傷へ、大きな平手が叩き込まれた。
「マアアアアアオオオオオオオオ!」
自分で打った怪我に呻くように、《強靭巨人》は激しく暴れる。
テグスたちが横に回りこむよう走っていると、《強靭巨人》の左胸――人間での心臓の位置に、赤牙の矢が打ち込まれた。
しかし、動きは止まらずに、暴れ続けている。
「駄目でしたか、縮尺的には届いていると思うのですが」
思惑違いを悔いるような言葉の後で、再び普通の矢を射ていく。
《強靭巨人》の真横に到達したテグスは、ティッカリの大盾に再び乗った。
「狙いは、さほど動かずに当てやすい、股関節の横にある筋肉でございますよ」
「分かったの~。とや~~~~~~」
ウパルの指示を受け、大盾を振るってテグスを飛ばした。
しかし、ティッカリの不器用さがここで発揮されてしまい、軌道がずれてしまう。
テグスが向かう先にあったのは、ちょうど振り下ろされた足の、膝の部分だった。
狙いとは違ったが、塞牙大剣を深々と突き刺す。
そのとき、運良く関節部に入ったのか、テグスは軟骨を切り裂く手応えを感じた。
「たあああああああああああああ!」
これは好機だと、テグスは《強靭巨人》の膝に脚をかけると、塞牙大剣を大きく上下に揺すり始める。
筋と軟骨を切り、骨を削る感触がしてきた。
「マアアアアアアアオオオオオオオオオ!」
しかし、《強靭巨人》はテグスのさせるがままにさせず、振り払おうとするかのように足を上下させる。
「ううううっわあああああああ!?」
激しく長く上下に振られ、テグスは慌てて塞牙大剣を抜きつつ、《強靭巨人》の肌を蹴って空中に身を投げた。
すぐさま、腕に巻きついた《鈹銅縛鎖》に引っ張られ、ティッカリに抱きとめられて地上に帰還する。
「おかえりなさいなの~」
「ただいま。えっと、下ろしていいよ」
「どうせだから、もう少し安全な場所まで移動してから下ろすの~」
三人が移動し始める。
その間、《強靭巨人》は身体に刺さっていたものが足元にあると勘違いしているかのように、激しくその場で足踏みをしていた。
だが、その行動による衝撃が傷ついた膝に伝わったのか、唐突に身体をぐらつかせると横向きに倒れる。
まるで巨大な太い木が倒れるような光景に、テグスたちは全員戦うのを止めて、慌てて可能な限りと奥に逃げた。
地面に伝わる振動の後で、巨体に追いやられた空気が風となって周囲に吹き荒れ、収まる。
「マアアアアオオオオオオオ……」
地面に身体を強かに打ちつけたからか、《強靭巨人》は弱々しく起き上がろうとする。
しかし、急所である首筋と頭が地面付近にある状況を、みすみすと見逃すつもりはテグスにもアンヘイラにもなかった。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』――」
異口同音に身体強化の魔術を唱えると、テグスは塞牙大剣を掲げて首元へ走りだし、アンヘイラは赤牙の矢を番えた《機連傑弓》を力いっぱいに引き絞る。
「たあああああああああああ!」
素早く到達したテグスが、頚動脈がある部分へと力任せに塞牙大剣を振るう。
「――シッ!」
狙いをつけ追えたアンヘイラが、側頭部のコメカミ狙いで矢を放った。
「マアアアアオオオオオオ……」
深々と切り裂かれた首から深青の血を大量に流出させ、打ち込まれた矢に頭蓋内深くを抉られて、《強靭巨人》は苦悶の声を上げた。
そこから一度は立ち上がり攻撃しようとする気概を見せたものの、再度膝を屈すると段々と弱っていく。
やがて、力尽きたようにうつ伏せに倒れ、そのままもう動くことはなくなった。
ちゃんと死亡の確認をしてから、テグスたちは《強靭巨人》の皮膚と関節部の腱を切り取りにかかる。
体内の肉は切れ易いが、皮膚は強靭で普通の刃は中々通らなかった。
仕方ないので、テグスが塞牙大剣で切れ目を入れてから、ハウリナたちは刃物で皮膚を剥がしていく。
通路で観戦していたビュグジーたちも中に入ってきて、作業を手伝い始めた。
「しかしよぉ。皮膚を獲るためとはいえ、こうも綺麗に戦わんでも良いと思うんだがなぁ」
作業中、ビュグジーが呟いたことに、テグスは首を傾げた。
「実力では格上の相手ですから、相性を使って優位に戦ったつもりですけど?」
「だがよ、なにも歯で作った矢を使ったり、剣を使う必要もねぇんだぜ」
理由を見せるようにビュグジーが、《護森巨狼》の爪らしき物を取り出し、《強靭巨人》の死体に擦りつけた。
すると、まるで溶けるように皮膚と肉がボロボロになった。
「こんな風に、接触させるだけでいいんだ。だからよ、牙や爪を砕いた粉をかけてやりゃあ、あとは通路に逃げて失血死か倒れるのを待てばいいんだぜ」
「……次に戦うときに参考にさせてもらいます」
とは言いつつも、テグスは真似をするつもりはなかった。
なにせ、素材をボロボロにしてしまう上に、地力がまったく育たない戦い方だからだ。
そしてなにより、最終目標である《火炎竜》を倒すのならば、安易な道を選ばない方がいいという核心があった。
なにはともあれ、装備の強化に必要な皮膚と腱を獲り終え、獲れた皮膚の半分ほどはビュグジーたちに作業報酬として分け与える。
「そんで、坊主たちはこれからどうするんだ? 他の《魔物》と戦ってみるのか?」
「いいえ。少し魔石を稼いでから、《中町》に行って装備の強化をしますね」
四十一層から四十九層までを行き来して、《魔物》を倒して魔石化し、大扉からお宝を回収して資金調達をするつもりなのだ。
そう話すと、ビュグジーたちは喜色を浮かべる。
「おお! ならもう直ぐ春だしよ、自由市とかで外の国の酒とかつまみを買ってきてくれよな」
「某も米酒があれば、是非にも入手しておいて欲しいので御座りまする。体内と刃を清めるのに、必要なもので御座りまする故」
二人からそういわれて始めて、もう冬が終わる時期なのだと気づきながら、テグスはお土産の要求を受け入れたのだった。