253話 空色の《魔騎機士》
少し長いです
五十一層の神像の広間で、テグスたちは食事をたっぷりと取ってから、毛足の長い絨毯の上で就寝する。
しばらくして、テグスは聞こえてきた物音で目を覚ました。
感じる気配は仲間たちだけなことに安心しながら、近くで眠るハウリナの耳が音に反応している様子から目を外し、視線を巡らせて発生源を探す。
視界に入った円卓に、アンヘイラが座っていた。
なにやら、円卓に乗せた赤い《護森巨狼》の頭を、手で弄っているようだ。
テグスはゆっくりと起き上がると、何をしているのだろうと後ろから覗き込む。
アンヘイラの手は、《護森巨狼》の歯茎に投剣を突き刺して捻り、梃子の力で奥歯を抉りだそうとしているようだった。
少し見ていると、唐突にアンヘイラが後ろを振り向き、テグスと目を合わせてくる。
「性格が悪いですよ、作業を盗み見とは」
「失礼な。邪魔しちゃ悪いかなって、気を使ったのに」
「見てないで手伝ってください、そんな気遣いはいらないので」
「はいはい。じゃあ、僕は頭を抑えていればいいかな?」
テグスが手伝いを始めると、直ぐに歯茎から上下の奥歯が外れた。
外れた赤い歯を改めて観察すると、人の手を優に越える大きさで、人の指なら簡単に切れそうな尖った頂点がいくつもある。
そんな歯をどうするつもりかと見ているテグスに、アンヘイラは再び顔を向けた。
「塞牙大剣で斬ってくれませんか、歯根と頂点ごとに分ける感じで」
「……構わないけど、僕が起きなかったらどうするつもりだったの?」
「地道に刃で削っていたと思いますよ、まあテグスなら物音で起きてくるとも思ってましたが」
上手く使われてしまっていると感じながらも、斬り分けた歯をどうするのかという興味の方が勝ち、テグスは注文された通りにしてやった。
アンヘイラは分解された歯片を、一つ一つ確認してから、何かの基準で円卓の上に並び替えていく。
その作業が終わると、まず大まかに投剣で削って形を整え始めた。
それから自分の背負子から砥石代わりに使っている、あの魔道具を取り出し、起動させると歯片を砥ぎだす。
全てを、大小の差はあれど人の指のような形に砥ぎ上げると、今度は矢から鏃を取り外し始めた。
ここまで作業が進めば、テグスにもアンヘイラが何を作っているのか予想が付く。
「赤い《護森巨狼》の歯で鏃を作ったんだ」
「ええ。もう通用していませんから、普通の鏃でどんなに強く射たとしても」
そうして出来上がったのは、八本の赤く細長い鏃が目を引く矢。
《護森巨狼》との戦闘で、ティッカリの殴穿盾を削れた実績から、貫通力に期待が持てる。
「それにしても、どうして急にこの矢を作ろうと思ったの?」
テグスが尋ねると、アンヘイラはもの言いたげな目をした後で、呆れたような口調で語りだす。
「テグスは《魔騎機士》と戦おうと提案する気だったのでしょう、どうせ全員が起きてきたら」
「えっ、うん。確かにそう言おうとは思っていたけど……」
そう考えていただけで口に出していなかったのにと、テグスは不思議がった。
アンヘイラはその姿を見て、態度すら呆れたものに変わる。
「意外と分かりやすいんですよ、テグスの考えそうなことって」
「それって、考え方が単純だってこと?」
「出てくる結論が分かりやすいんですよ、思考の仕方ではなく」
謎かけのようなことを言われて、テグスは少し混乱する。
色々と自分の行いや癖などを考えて、どれが分かりやすい理由か予想していった。
しかし、途中でそんなことを気にする意味がないことに気づくと、さっさと疑問を棚上げしてしまう。
ちょうどそのときに、アンヘイラが指を向けてきた。
「いま解決を諦めましたね、何を考えて出した結論かは分かりませんけど」
「うッ。ほ、本当に分かりやすいんだ」
内心を見透かされているような気分になり、テグスは少し困ってしまった。
すると、アンヘイラは気にしないようにと身振りする。
「普通の人なら無理でしょうね、こちらがそういう手に長けているというだけなので。加えて三年目ですからね、テグスの仲間になってから」
もうそんなに経ったのかと、テグスは指折り数えてみた。
そして、もうすぐくる春の季節で、テグスは《探訪者》になって四年なのだと改めて気づいた。
「そうなると、次の春で僕とハウリナ、ウパルとアンジィーは十七歳で。ティッカリは僕らの三つ上だから、二十歳。アンヘイラは――」
「十七歳です」
断言されて納得しかけたが、テグスはおかしい事に気がついた。
「……あれ? 偽造屋で作ったとき、十四歳って言ってたよね。それから四年なんだから十八歳でしょ?」
「そうでしたか? まあ些細なことです、年齢なんて」
はぐらかされたので、テグスは問い詰める視線を向けた。
しかし、赤牙の矢の製作に没頭する振りをされて、取り合ってくれない。
テグスは、女性に年齢の話題を強要できないし、アンヘイラは名前も偽っているのだから年齢不詳でもいいか、と結論を出した。
やがて全員が眠りから覚め、神像の台座にある扉から出した料理を食べて腹ごしらえをする。
そのときに、テグスが《魔騎機士》と戦うつもりだと告げると、全員が好意的ながらも予想していたという顔をした。
「……そんなに分かりやすいかな?」
思わずそう尋ねると、全員が首を縦に振った。
「テグス、戦いたがりです」
「知らないことを早く知りたい、って感じをいつもしているかな~」
「進みたがってますよね、先へ先へと」
「常に向上心を忘れないことは、良いことだと思われますよ」
「え、えっと、少しの余裕さえあれば、迷わずに進むを選びますよね?」
少しずつ意味合いは違うが、先に行きたがる性格だと、共通して思われているようだった。
多少なりともその自覚はあるので、テグスは自分の行動を予測された理由に納得する。
「それで、《魔騎機士》に挑んでみてもいいの?」
「いいと、思うです!」
「荷物が素材でいっぱいだけど、手で持ち運べばいいから~、倒せるか試してみるのはいいことだと思うの~」
「試し射ちをしたいですし、作った矢の」
「特に装備が疲弊しているわけでもございませんし、よろしいのではないかと」
「ね、寝て、疲れも取れましたし。だいじょうぶ、だと思いますよ」
否定意見はないようなので、テグスたちは準備を整えると、《魔騎機士》の現れる場所へ続く通路を進んでいった。
通路を抜けた先は、広く大きい五角形の全ての辺に正三角形がくっ付いたような、変わった形の場所だった。
「この形って何って言うのか分かる?」
「えっと~、星型でいいと思うの~」
「五芒星でしょうか、形が一番似ているのは」
五角形部分の中心で話し合っていると、三角形の部分全てに大きな光球が一つずつ出現した。
そして、テグスたちの頭上にも数個現れた瞬間に、一斉に強く瞬く。
くらんだ目が慣れる頃には、三角形の一つの中に、馬用とその上に乗る人用の鈍銀色の甲冑が一揃え現れていた。
続いて、その直上にある光球の色が空色に代わり、同色の靄が湧き出し甲冑の隙間から中に入りこむ。
内から徐々に染め上げるように、鈍銀色から空色へと変わっていく。
甲冑の色が全て変わると、馬の部分が前に一歩前進し、人の部分は手に持った突撃槍と大盾を力強く構えた。
「《魔騎機士》って名前の通りに、馬に乗った相手なんだね」
「なんだか、硬そうです」
「馬も甲冑しているし、どこを攻撃したらいいか迷うの~」
話し合っているテグスには、相手にしてきた巨大な《魔物》と比べれば《魔騎機士》は小さく見えて、まだ気持ち的に余裕があった。
しかしそれは、《魔騎機士》がある声を発するまでだった。
「『身体ヨ頑強デアレ(カルノ・フォルト)』」
楽器の弦を擦って無理やり人語にしたような声で発せられたのは、紛れもなく身体強化の魔術の呪文。
テグスはぎょっとして、散開を指示する身振りをする。
ハウリナたちも声が聞こえていたのだろう、大慌てで四方に走り始めた。
「ブルル、ブルルヒイィィーー」
悲鳴のような甲高い嘶き声を上げ、甲冑の馬は前脚を大きく上げて仰け反った。
そして再び前脚を地面につけると、テグスたちの方へ駆け始める。
気づいた時には目の前という表現が的確なほど、それは今までのどんな馬の《魔物》よりも隔絶した速さを見せた。
危うく突撃盾に引っ掛けられそうになりながら、テグスは武器を構え直しつつ悪態をつく。
「まさか、あの状態で一匹の《魔物》だから、人型が使った魔術が馬にも適応されるってこと!?」
「相手はもう方向転換を終えてますよ、愚痴は後にしてください」
たまたま同じ方向へ避けたアンヘイラの注意を受けて、テグスは集中状態に入りながら、塞牙大剣を振り上げた。
三角の場所まで走り、そこで方向転換を終えた《魔騎機士》は馬を走らせ、一蹴りごとに速さを増しながら突っ込んでくる。
走る方向と、突撃槍の向き、増速の度合いを見極めな、テグスは避けながら馬狙いで塞牙大剣を振り下ろした。
しかし《魔騎機士》は素早く反応し、位置をずらした大盾で攻撃を受ける。
金属に刃が擦れる耳に嫌に残る音を立てて、テグスと《魔騎機士》はすれ違った。
素早く戦果を確認するが、大盾に一本の傷が横に走っているだけだった。
再びテグスを狙って、《魔騎機士》は別の三角の場所で方向転換し始める。
そこに、ハウリナが殴りかかる。
「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』!」
震撃の魔術をかけた黒棍は、しかし大盾で防がれてしまう。
しかも魔術を使ったのに、今度は傷一つすらつかなかった。
この攻撃で、狙いをテグスからハウリナに変更したのか、《魔騎機士》は突撃槍を横に振るう。
「『刃ヨ鋭クナレ(キリンゴ・アクラオ)』」
先端を光らせて襲い来る突撃槍を、ハウリナはしゃがんで避けた。
その際に髪の数本が斬り飛ばされて空中を漂うが、反撃に馬の前脚へと黒棍が振られる。
脚を覆う装甲に当たり硬く高い音がした。
しかし痛手は与えられなかったのか、その脚が振り上がる。
踏みつけられる前に、ハウリナは横へと跳んだ。
入れ替わりに、黒角が手前にくるように、殴穿盾を付け替えたティッカリが走り寄る。
「とや~~~~~~~~」
自慢の膂力を最大に乗せた黒角の一撃を、《魔騎機士》は急いで大盾で受け止める。
重々しい衝突音と金属が軋む音が発生した。
《魔騎機士》は軽く横へと弾かれたが、少し馬が脚を踏みなおすだけで体制が元に戻った。
大盾のほうも、軽いへこみ傷が出来ただけで済んでいる。
だが、先に体勢を整えたティッカリが追撃を狙った。
「たや~~~~~」
《魔騎機士》も再び大盾で受けようとかざす。
しかし、それだけではなかった。
「『盾ヨ阻メ(シルド・ネイパシオ)』」
魔術の呪文を唱え、盾の表面に透明な板のような力場を発生させたのだ。
ティッカリの殴穿盾の黒角は、その力場に威力を減衰させられ、大盾自体には軽く叩いた程度の力しか届かなかった。
《魔騎機士》は反撃に、突撃槍を突き出す。
「『刃ヨ鋭クナレ(キリンゴ・アクラオ)』」
鋭刃の魔術を込めるという、おまけつきで。
ティッカリはいつも通りに殴穿盾で防ぐ。
しかし、突撃槍の切っ先が貫通し、鎧にまで達しようとする。
貫通した瞬間を見ていたテグスは、継続していた集中状態のかいもあって、切っ先が届ききる前に斬りかかることができた。
「このぉ!」
《魔騎機士》は突き出した突撃槍を引くと、塞牙大剣を根元の部分で受ける。
そして仕切り直しをするかのように、馬を走らせて距離をあけた。
息をつく暇が出来たことに、テグスは集中状態を解いてから、ハウリナとアンヘイラと共に、ティッカリに駆け寄る。
「ティッカリ、大丈夫!?」
「ちょっと鎧まで削れちゃったけど、怪我はなかったの~」
大したことはないと笑っているのとは対照的に、片方の殴穿盾には縁に大穴が開き、複合鎧の胸元には太い線のような擦過傷がつけられていた。
それを見て、ハウリナは顔色を変える。
「じゅうぶん、おおごとです!」
「だ、大丈夫だよ~。本当に怪我はしてないんだし~」
「二人とも暇はなさそうですよ、そうやって話をするような」
テグスもアンヘイラが示す方向を見た。
一度離れた《魔騎機士》が、大回りな軌道で速度を上げて走って近づいてきている。
四人はすぐに散開して、狙いを絞らせないようにした。
速度を上げていたせいか、《魔騎機士》は誰にも攻撃を当てられずに通り過ぎる。
しかし直ぐに方向転換を開始し、今度はティッカリだけを狙っていく。
「こうなったら、穴の空いたほうは捨てる覚悟をするの~」
追いかけられて、ティッカリは腹を決めたように立ち止まる。
そして、突き出された突撃槍へ、穴あきのほうの殴穿盾を横に振るって殴りつけた。
物を削り取る音がして、空中に殴穿盾の欠片が舞う。
突撃槍は狙いを外され、ティッカリの身体には到達できなかった。
「とや~~~~~~」
大声を上げて、ティッカリは深く踏み込み、無事な方の殴穿盾を突き出した。
《魔騎機士》に黒角が打ち当たり、馬の背から突き落とすことに成功する。
しかし、鎧も盾と同じで硬いのか、小さなへこみができただけだった。
この好機は逃してはいけないと、テグスだけでなくハウリナも駆け出す。
加えて、アンヘイラが自作した赤牙の矢を抜き、《贋・狙襲弓》に番えて力強く引き始めた。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
身体強化の魔術まで使い、限界まで引き絞ってから、矢を放った。
走るテグスとハウリナの間を抜け、言葉にならない速さで、落馬し仰向けに転がる《魔騎機士》の顔面へ飛んでいく。
しかし運悪く、胸元にあった大盾を《魔騎機士》が引き上げて、防がれてしまった。
その結果を見て、アンヘイラの口元はほんの少しだけ、楽しげな弧を描く。
「……貫けるようですね、その矢ならば」
ぽつりと言ったように、赤牙の矢は大盾を貫いて、《魔騎機士》の兜に鏃の先をつけていた。
アンヘイラが二射目を番える。
《魔騎機士》は急いで起き上がり、矢を警戒するように盾を構えた。
再び引き絞った矢が放たれ、直撃する軌道で直進する。
「『盾よ阻め(シルド・ネイパシオ)』」
盾の表面に板状の力場を発生する魔術を唱え、やってきた矢を防ぎきる。
しかしその矢の鏃は、赤い牙ではなく、普通の鏃だった。
「簡単に虎の子は使いませんよ、貧乏性なんですから」
三射目はまるで見せ付けるかのように、赤牙の矢を番えて引いていく。
《魔騎機士》は警戒を見せて、盾を構える。
そうしてアンヘイラに注意が向いているうちに、テグスとハウリナとティッカリが横合いから襲い掛かった。
「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』!」
まずハウリナが、震撃の魔術を込めた黒棍で大盾を殴りつけ、そのまま押さえ込むように力をかけ始めた。
応じるように、《魔騎機士》は踏ん張り大盾を支える。
「てや~~~~~~~~」
その間に、ティッカリが突撃槍を持つ手に、力いっぱい殴穿盾を振り下ろした。
不意を打ったからか、それとも強い衝撃からか、《魔騎機士》の手から突撃槍が落ちる。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」
最後にテグスが腹部を狙って、鋭刃の魔術をかけた塞牙大剣を突き出した。
盾を抑えられ、突撃槍を失った《魔騎機士》は、攻撃を防げない。
塞牙大剣は深々と腹部に突き刺さり、しかし血は流れてこなかった。
嫌な予感に、テグスが傷口を広げるように引き抜きながら抜くと、空いた腹部から金属の歯車や細い棒が零れ落ちる。
「カラクリ仕掛けだった!? ってことは、あの馬も!?」
「ピュィ~~~~~」
テグスの驚きの声を遮るように、《魔騎機士》の口元から口笛のような音がした。
すると、後方から地面を蹴りつける蹄の音が聞こえてくる。
テグスが後ろを振り向くと、まるで《魔騎機士》ごと踏み潰そうとしているかのような、全速力の甲冑をきた馬の姿があった。
「離れるよ!」
号令に、ハウリナ、ティッカリ、アンヘイラも飛び退く。
唯一残った《魔騎機士》は、空いた手で馬の首を抱きかかえるようにして飛びつくと、身軽な仕草でその背に跨ってみせた。
逃げるさいに置き去りにされるように、《魔騎機士》の裂かれた腹からでた歯車が地面を転がる。
また、星型の三角形の場所で、突撃し直すための方向転換を始めた。
すると、その両横にある三角形の場所で、それぞれウパルとアンジィーが行動を開始する。
「いまです! 拘束しますよ、アンジィーさん!」
「は、はい。闇の精霊さん~♪ お馬さんの脚を動けなくしちゃってね~♪」
まずはアンジィーが闇の精霊にお願いして、馬の四つ脚全てに黒い帯を巻きつかせて動けなくした。
続けて、ウパルが袖から《鈹銅縛鎖》を伸ばし、《魔騎機士》ごと拘束しようとする。
その直前、馬の甲冑に《鈹銅縛鎖》が手を伸ばして操作すると、体の中から出てきたように片手剣が現れた。
「『刃ヨ鋭クナレ(キリンゴ・アクラオ)』」
振るわれた鋭刃の魔術で光る空色の刃は、拘束しようとした《鈹銅縛鎖》を斬り飛ばした。
馬も脚にまとわり付く闇精霊の黒い帯を、引き千切ろうと身体を動かす。
「こ、これを、くらえー!」
闇の精霊魔法が途切れる前に、アンジィーが黒球を一つ投げつけた。
《魔騎機士》の構えた大盾に当たり爆発したが、吹っ飛ばされずに立ったまま堪えている。
しかし、闇精霊の黒い帯、《鈹銅縛鎖》の対処、そして爆風に立ち止まった合計数秒間を、アンヘイラは待っていた。
「見せてあげましょう、大盤振る舞いを。『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
身体強化の魔術をかけると、矢筒にある赤牙の矢七本全てを引き抜いた。
そして、素早く限界まで引いてから《魔騎機士》へ放つと、次々と同様に射掛けていく。
一本目――大盾に当たり、貫くが、鎧までは到達できず。
二本目――同様の場所に当たり、結果も同じ。《魔騎機士》は大盾を引き寄せて、防御体勢に入る。
三本目――突き刺さったのは、馬の眉間にある甲冑。深々と貫通し、頭の内へ矢が侵入した。
四本目――馬の胸元に、矢羽付近まで突き刺さる。《魔騎機士》は大盾を身体から離し、馬を守るべくと掲げようとする。
五本、六本、七本目――盾が覆う前に、四本目の周囲に三本連続で突き立った。
射切ったアンヘイラは、満足げな顔で弓を下ろす。
「さてさてどうなりますかね、お勘定は」
「ブル、ブ、ブブル、ブブブ――」
矢を射掛けられた馬は、何度か方向転換するべく動こうと試みたようだが、変な声を上げると立ったまま動かなくなった。
どうやらこれで活動停止したようで、《魔騎機士》が背から飛び降りる。
「もう一度、拘束を狙わせていただきます!」
「闇の精霊さん~♪ もう一働き、お願いしますね~♪」
着地を狙い、ウパルとアンジィーがそれぞれの方法で、身動きを封じようとする。
しかしどちらも、鋭刃の魔術が光る片手剣で切り裂かれ、試みは失敗に終わった。
だが、その稼いだ僅かな時間のおかげで、テグスとハウリナが駆け寄り終える。
「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!」
テグスが再び塞牙大剣に鋭刃の魔術をかけて、斬りかかる。
ハウリナも黒棍を振り上げて迫っていた。
両者の姿を見た《魔騎機士》は、迷う様子もなくテグスに対処しようと動き出す。
「たあああああああああああ!」
「キエエエエエエエエエエエ!」
テグスの掛け声と、《魔騎機士》の弦を引っ張り弾いたような奇声。
それと同時に、両者の剣が交差して拮抗し、鍔迫り合いが始まる。
「あおおおおおおおおおおん!」
ハウリナが吠えながら黒棍を振るい、《魔騎機士》は片手間で相手するようなぞんざいさで、大盾を横へと振るう。
金属同士が奏でた甲高い音。
黒棍が空中に回転しながら舞い上がる。
しかしハウリナは逆に、当たる直前に武器を手放していた手を地面について、獲物を見つけた狼のように深く身を沈めていた。
視線の先に狙っているのは、鍔迫り合いで踏ん張っている、《魔騎機士》の足だ。
振られた大盾が目の前を通り過ぎるのを待ってから、ハウリナは狙い通りに足に飛びついた。
「もらったです! 『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』!!」
そして身体強化の魔術をかけ、増した力と全身運動でもって、捻り折った。
からくり仕掛けの体内は、やはり人の作りとは違うのか、何度か金属や糸が破断するような音が響く。
足をあらぬ方向へと曲げられて、《魔騎機士》は鍔迫り合いに踏ん張りきれず、仰向けに倒れた。
「ハウリナ、抑えて!」
「わかったです! がるるるる!」
呼びかけに反応し、ハウリナは《魔騎機士》の剣を持つ腕に噛み付いて拘束する。
テグスは逆の手を踏んで、大盾を動かせないようにすると、逆手に持ち替えた塞牙大剣を喉元に突き刺した。
「ガ、ガガ、ガガギガ――」
歯車が空滑りするような音を口から発したあと、《魔騎機士》は動かなくなった。
念のためにと、首を斬り飛ばしてから、テグスとハウリナは同時に身体の力を抜く。
そこに、他の仲間たちも合流する。
「どうやら、僕らの実力的にはここら辺が限界みたいだね」
「限界なの、武器もです」
ハウリナが指摘した通り、黒棍と通常の矢、そして黒球は効いていなかった。
「修復しないと、戦えそうにないの~」
「こちらも、かなりの長さの《鈹銅縛鎖》を斬られてしまいました」
加えて二人が申告したように、片方の殴穿盾と《鈹銅縛鎖》は、攻撃を受けてボロボロにされてしまっている。
《鈹銅縛鎖》は形が金属の輪が連続する鎖なので、《不可能否可能屋》でムーランヴェルグが直せるだろう。
しかし、大きく穴が開き深く削られた殴穿盾は、修復するよりも新たに作った方がいいと、誰の目で見ても明らかだった。
「不幸中の幸いは、同程度かそれ以上に硬そうな、《魔騎機士》の大盾が手に入ったことかな」
「これ、そのまま使うです?」
「《魔騎機士》の盾と鎧に《強靭巨人》の皮膚と《巨塞魔像》の腕が必要とのことでしたからね、《白樺防具店》で言われたのは新たな盾の条件は」
「《堕角獣馬》の角をもう一組とも、言われていたの~」
「《魔騎機士》の盾と鎧に《巨塞魔像》の腕は入手済みですし、《堕角獣馬》も倒せるでございましょうけど」
《強靭巨人》とはまだ戦っていない。
「相性の話では『巨人の硬い皮膚には狼の爪と牙』だから、倒せないこともないかもしれないけど……」
アンヘイラが作った赤牙の矢は《護森巨狼》の奥歯で作られたものだ。
テグスの持つ塞牙大剣も、《中三迷宮》のとはいえ、《護森巨狼》の牙で作られたもの。
相性を利用できないことはなさそうではあった。
「でもその前に、まずは《魔騎機士》の剥ぎ取りだよ。盾と鎧はいい防具になるんだし」
とりあえず目の前の作業を片付けるべく、全員で《魔騎機士》を剥ぎ取っていく。
甲冑の下から出てきたのは、《機工兵士》を大柄にしてより精巧にしたような、人そっくりな機械仕掛けの人形だった。
馬のほうも同様で、中身は歯車や金属の棒に何かの紐で出来ている。
さらには、体内に何個か武器が収容されていたので、そちらも回収する。
そうして人と馬の甲冑と武器全てを集め終え、残りは魔石化して灰色の魔石にした。
「そういえば、さっきの相性の話に戻るけど。《魔騎機士》は五側魔法が弱点だったよね」
今後のために、神像の広間に言ってから引き返して、もう一度戦ってみることにした。
危険そうだったら、倒さずに逃げるつもりだったのだが――
「『我が魔力を呼び水に、溢れ出すのは振り撒く水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・エルティリ・ディスバーシオ・アクオ)』」
先ほど戦った最初のときと同じように突っ込んできたところに、テグスは避けながら久しぶりの水の五側魔法を《補短練剣》から放った。
《魔騎機士》は全身を濡らして通り過ぎ、少し離れた三角形の場所で方向転換を始める。
何も変わった様子がないと、テグスが逃げようと考えた。
そのとき、急に《魔騎機士》の動きがぎくしゃくとしたものに変わる。
「ガ、ガガガ、ガギガガガ」
「ブルヒィーー、ヒィーーー」
からくりの歯車がずれて、意図しない動きをしてしまっているような感じで、がくがくとした動きでゆっくりと突撃してくる。
その途中、重さに耐え切れなかった様子で、突撃槍と大盾を落としてしまっていた。
哀れな様子を目にして、なんだか酷く悪いことをした気になり、テグスは鋭刃の魔術を込めた塞牙大剣で、すぐに止めを刺してやった。
しかし、ありがたくその身体にある、鎧と武器は貰っていくことにしたのだった。




