251話 赤き《護森巨狼》
反省会の後に話し合い、次に挑むのは赤い《護森巨狼》――だが、相性の調査と保険の意味合いをかねて、《下級地竜》を先に狩ることに決まった。
食事が終わってから、全員そのつもりで装備を整えていく。
テグスとハウリナの手元にある爆発する黒球は、《巨塞魔像》相手に大分使ってしまったが、おおよそ小鞄一つ分が残っていた。
全部の黒球を一まとめに小鞄に入れると、テグスはそれをアンジィーへ手渡しながら声をかける。
「《巨塞魔像》戦で精霊魔法を無理に使わせちゃったけど、魔力は大丈夫そう? なんなら、赤い《護森巨狼》の餌用に《下級地竜》を狩るのは、もっとゆっくり休んでからにするよ?」
「え、あ、は、はい。あの、その、慌てずちゃんとお願いすれば、まだまだ、使えます。そ、それに、今回は前に戦ったよりも、簡単なんです、よね?」
「まあそうなるかな。僕には斬れ味抜群の塞牙大剣があるし、ウパルの《鈹銅縛鎖》は長くなって拘束しやすくなったからね」
「な、なら、きっと、出番がないので、大丈夫ですよ」
「うーん、そうかもしれないけど。アンジィーの精霊魔法は戦闘で頼りになるんだから、使えなかったら困るんだよ?」
テグスから精霊魔法を頼りにしていると言われたのが意外だったのか、アンジィーは驚きながらも気恥ずかしそうな微笑をする。
「え、えっと、その、使えますし、が、がんばりますから、気にしないでください……」
そう言うと、うつむいてしまった。
テグスはアンジィーの態度が少し気になったが、気にするなと言われたのでそっとしておくことにする。
その後、自分の装備を点検し、仲間の準備が整ったのを確認してから、肉を得る目的で《下級地竜》と戦いに向かった。
戦闘は、テグスが突進を避けざまに塞牙大剣を振るい脚を一本切断し、ウパルが長くなった《鈹銅縛鎖》を首に絡みつかせるとティッカリが引くのを手伝い、下がった頭をハウリナが黒棍で叩き、首筋をテグスが斬って決着した。
「まあ、以前に手間取った理由だった、剣の切れ味と《鈹銅縛鎖》が改善されてるんだし、こうなって当たり前だね」
「働き少なかったです。黒棍の強化、早くしたいです」
「活躍自体がなかったですよ、こちらの弓矢組は」
「で、でも、それは、戦力に余裕がある、ってことですから……」
会話をしながら、《下級地竜》の肉を切り分けていく。
石で満杯な背負子と背嚢は広間に置いてきたので、手で運べるだけしか分量をとることは出来ない。
ただし、力持ちのティッカリが脚を丸まる一本、引き千切れる心配のない《鈹銅縛鎖》を巻きつけた状態で引きずって運ぶことになった。
残りの面々も、肉の塊を両腕で抱えた状態で移動する。
《下級地竜》との戦いは直ぐに終わって体力に余裕があるので、そのまま赤い《護森巨狼》の出る場所へと向かった。
中は六角柱状の天井が高い広間になっている。
テグスたちが入って地面に持ってきた肉を置くと、六角形の頂点から中心へ向かうように、光球が次々に現れ中を照らしていった。
そうして中心点に大きめな光球が現れて、強く瞬いた後には、地面の中央地点に《護森巨狼》が現れる。
この時点ではまだ赤くなかったが、光球から赤い靄が出てきてまとわりついてその巨体を隠し、それが晴れると全身も牙も真っ赤な姿になっていた。
いや、変化は身体の色だけではなかった。
普通の《護森巨狼》のときにはあった、知性的な光りは瞳から失われ、歯を剥いて半開きの口からだらだらと涎が垂れている。
明らかに正気を失っていると分かる様子に、事前に知っていたはずなのに、テグスたちは少なからず衝撃を受けた。
それでも、《巨塞魔像》戦での反省を生かし、直ぐに戦闘態勢に移行することが出来できている。
「グルグオオオオオオオオオオ!」
狂った様子の赤い《護森巨狼》は吠えると、中央部からテグスたちへと走り寄り始めた。
普通のときと比べて、その移動速度は速い。
しかし、知能が著しく低いようだからか、移動方向は一直線で、身のこなし方も単調だった。
その様子を、出入り口から横へと走って、突っ込まれないように移動しながら、テグスたちは見ていた。
「これなら、普通のときの方が手強そうなんだけど」
わざわざ狂わせて強化した割には、大したことが無さそうと感じるなんてと、テグスはこの場所がある意味が分からなくなる。
その上、赤い《護森巨狼》の視界に入っているのであろうものは、テグスたちではない。
証拠に、一直線に肉へと飛びかかると、引きずって持ってきた《下級地竜》の脚に食いついていた。
「それに、置いてきたお肉のほうにまっしぐらなの~」
「言ってしまえばそれまでですけどね、聞いていた相性の通りだと」
「そ、それにしたって、なんだか、変な光景ですね……」
飢餓感に支配されているかのように、一心不乱に肉を食べるその姿は、哀れを誘うほどだった。
そんな状態でも近づけば反応するだろうと、テグスは塞牙大剣を握って、不意を打たれてもいいよう慎重に近づく。
しかし、剣の間合いに入っても、剣を振り上げても、赤い《護森巨狼》は肉を食べ続けている。
最終的に塞牙大剣が振り下ろされて、その首を叩ききったときでさえ、警戒の色が全くなかった。
こうして容易く勝利はできたものの、テグスの胸に去来するのは、言いようのない虚しさだ。
なまじ、《中三迷宮》で本来の姿を知っている分だけ、その度合いは強く深くなる。
「……敵対する相手を殺すのが、僕の信条だけど。この戦いは、なんだか変な部分で違っている気がする」
「そうです。こっちを、馬鹿にしてるです。いだいな狼、かわいそうです!」
テグスとハウリナは、そんな内心を表現するように言葉を吐いた。
逸れに続いて、ティッカリとウパルは戸惑いを口にする。
「なんだか、相性を使ったんだから、さっさと素材でも魔石でも持っていけ、って言われているようなの~」
「流石にこのなさりようは、《清穣治癒の女神キュムベティア》さまの行いだとは思えません。きっと他の神が手を加えているのだと思われます」
そんな中、比較的に受け入れているのは、アンヘイラとアンジィーだった。
「いいじゃないですか、簡単に倒せたんですから」
「そ、そうですよ。あ、安全に倒すために、相性があるんですし、これでいいんじゃ、ないですか?」
二人の言うことは分かるが、テグスとしては気分の落としどころに迷うのだ。
そんな姿を見てか、アンヘイラは呆れ混じりに喋り始める。
「全員感情的になりすぎですよ、《中三迷宮》では技量向上の手助けをされたとはいえ。そもそも《魔物》がどうこう変化されようとこっちには関係のないことでしょう、《探訪者》とは殺し殺される間柄なのですから。なのでさっさと引き上げますよ、その死体を色つきの魔石にして」
当たり前のことを言っているのに、少し冷たいのではと感じてしまうのは、自信が感情的になっているからだろうと。そもそも、目の前の死体と《中三迷宮》で戦って倒した個体が、同じはずもない。なのに感傷を抱くのは筋違いだ。
そう、テグスは自己判断を下した。
気分を入れ替えるように深呼吸し、死体を魔石化させる。
出てきたのは、少し明るい赤色をした拳大の魔石が三つだった。
それをアンヘイラは拾ってテグスに渡すと、神像のある広間へ一足早く戻ろうとする。
テグスとアンジィーもその後に続こうとするが、残るハウリナたちは消化不良を起こしているような顔のまま、移動するのを躊躇っているようだった。
そうなると分かっていたように、アンヘイラは通路の途中で振り返ると、彼女たちに静々とした口調で喋る。
「何をのんびりしているのですか、今度は素材を得るためにもう一度戦わないといけないのに」
言葉をかけられたハウリナたちだけでなくテグスとアンジィーも、内容を聞いて驚いた表情を浮かべる。
そういう反応が返ってくると分かっていたのだろう、アンヘイラは少しやり難そうな顔をする。
「もう一度戦えばいいでしょう、ちゃんと戦えてないのが心残りで狂った強化の意味を知りたいのならば」
こういった事は先導役がやれと言わんばかりに、テグスを一睨みしてからは、振り向かずに先に神像の広間へ戻っていってしまった。
アンヘイラの性格からしたら意外な物言いを聞けて、残された全員が朗らかな笑みを浮かべる。
「め、珍しいもの、見ちゃいましたね」
「アンヘイラちゃんに、ちゃんとしろって叱られちゃったね~」
「でも、言われたとおりだよね。というか、無闇に深く考えすぎていたね」
「わふっ。つぎに、ちゃんと戦えば、いい話だったです!」
「そうでございますね。神は無用な真似はなさらないはずでございましたのに。疑うなど、不信心でございました」
そして戻る通路を歩きながら、アンヘイラを話題に喋りながら戻っていったのだった。




