250話 反省会と《蛮勇因丸》
アンヘイラ、ウパル、アンジィーの三人に背負子と背嚢を持ってきてもらっている間、テグス、ハウリナ、ティッカリで《巨塞魔像》の腕、肘、足の部分を集めに回った。
そうはいっても、一つ一つの部位が人の背をはるかに越える巨石なので、一作業になってしまう。
「塞牙大剣を手にしたときには、まさか石材の切り出しをするなんて思わなかったよ」
「斬れるの、それしかないです。しかたないです」
「殴穿盾の《堕角獣馬》の角の部分を使えば、穴だらけには出来るんだけどね~」
テグスは鋭刃の魔術をかけた剣を振るって、持ち運びしやすい大きさの四角形に斬っていく。
それをハウリナとティッカリが取り出していった。
アンヘイラたちが戻ってくると、箇所別にまとめていた石を、それぞれの背負子に積めるだけ積み、背嚢には入れられるだけ入れる。
それだけの量を集めても、巨大な《巨塞魔像》からしてみれば、指の数本分ほどしか切り崩せていなかった。
「ワレ、もうこれ等に得るモノ無し。疾く御許にお返しする」
祝詞を上げて魔石化すると、色つきではなく灰色で拳大の魔石が八個でてきた。
「やっぱり、どれだけ残っていたって、少しでも取ったら駄目みたいだね」
「あれだけあったのに、これだけって、ケチです」
大量の巨石が魔石八つに化けたので、テグスにしてもハウリナがそういいたくなる気持ちも、分からなくはなかった。
その後、魔石を回収してから、石を載せた背負子や背嚢を担いで、神像がある広間まで戻る。
台座にある扉から出現する料理を取って食べながら、テグスたちは《巨塞魔像》のことについて話を始めた。
「一応は倒せたけど。一番の問題点は分かっているよね?」
「最初、おびえて、動けなかったです」
「あの巨体の迫力に、のまれちゃったの~」
全員が恥じ入るような顔をすると、アンジィーがおずおずと喋り始める。
「で、でも、そのあの、あんな大きな《魔物》が、ズシズシ歩いてきたら、それって仕方がないんじゃ……」
「あれには怖さがありましたからね、《火炎竜》の叫び声に匹敵するほどの」
「けど、動けなくなるようじゃ、危ないの~」
「そうだよね。あの場所が広くて、《巨塞魔像》が進む早さがゆっくりだったから、混乱から抜け出る時間があっただけだしね」
「これだと、竜に負けるです」
あくまでテグスたちの目標は、《大迷宮》の制覇――つまりは《火炎竜》を倒すことだ。
その前の《巨塞魔像》に怯んでいるようでは、話にならないのも当然だった。
怯まないようにする打開策を考えると、テグスには一つしか思い浮かばなかった。
「やっぱり、《蛮勇因丸》を飲んでみるしかないようだよね」
「たしか丸薬でしたよね、恐怖に耐性をつけるとかいう」
アンヘイラが言ったように、《中二迷宮》を制覇すると手に入るこの丸薬には、そういう効能があると《鑑定水晶》には出ていた。
しかし、薬であるからこそ、気にしなければならない問題は存在する。
「けど、それって安全なものなのかな~」
「薬物には副作用があるものもございますしね」
「くんくん……美味しくなさそうな、匂いがするです」
実際に使ったことはないため、使用後にどういった変化が身体にあるのかは分かっていない。
ここでもう一度、テグスは《鑑定水晶》を使って情報を引き出してみた。
『銘:無謀神の《蛮勇因丸》
効:無謀神の激励が込められた丸薬。飲むと短時間、身体の筋力が上がり恐怖の耐性を得る。
毎食後服用することで筋肉がつき易い身体になる』
この中で問題なのは、『短時間』と『筋力が上がる』部分だろう。
筋肉がつき易いというのは、常時服用時なので除外する。
「こうなると、どうなるか一度は試してみなきゃいけないよね」
テグスは自分で飲んでみるために、袋から《蛮勇因丸》を一粒とりだした。
ハウリナたちは少し心配そうな顔をする。
「なにかあったら、すぐ言うです」
「何かがございましても、介抱する気構えをしておきたく思います」
「飲むための水なの~」
それでも、必要なことだと分かっているのか、止めるつもりはないようだ。
ハウリナたちに見つめられながら、テグスは《蛮勇因丸》を一粒口に入れる。
苦味と渋みが広がり、思わず顔をしかめたくなる。
だが、心配させないようになんて事はないという顔で、水筒の水と共に飲み下す。
身体の変化は直ぐに現れた。
体内に活力が湧き出てきて、全身の筋肉を活性化させ始める。
それだけでなく、心には戦闘への意欲が高まっていくのに、頭の中は明晰さを増す。
不安や悩みなどが片隅に追いやられ、闘争本能と生存本能が澄んだ脳に広がり始めていた。
「お、おお!?」
戦うためだけの身体に作り変えるような効能に、テグスが思わず声を上げてしまう。
そんな姿を見て、ハウリナたちが少し慌てる。
「だ、大丈夫です?」
「吐き出したほうがよろしいのではございませんか?」
「いや、ちょっと効能に驚いただけだよ、大丈夫だ。それより持続時間を気にしてて」
これは《中二迷宮》の支部の職員が欲しがるわけだと納得し、テグスは何時になく調子がいい身体が、どう変化しているのかを調べることにした。
まずは、円卓の上に乗った料理を食べてみた。
いままでになかったように、味が詳細に感じられる。
しかしそれは、甘みや塩気がどの程度あるといった分析に似た考えに直結し、美味しいという気分にはならなかった。
続いて、席を立つと広間の中で軽く運動してみる。
筋力が増しているのは本当なようで、身体強化の魔術ほどではないが、かなり素早く動けるようになっていた。
最後に、この状態で極限の集中状態に移行してみる。
何時になく頭が冴えているからか、読み取れる情報量が格段に上がっていた。
少し長めに使用しても、明晰さは衰えない。
この状態でなら魔術や五則魔法を使っても大丈夫そうだと、テグスには感じられた。
そんな試みが終わって席に戻り、薬が切れるまで待つことにした。
やや時間が経った頃に、やおら効能が弱まりだし、それから切れるのは水で洗い落とすかのように素早かった。
直ぐに何時もの状態に戻ってしまったことに、少しの残念さを感じながら、テグスは薬によって身体に不備が起きていないかを確かめていく。
様子を見ていたウパルが、たまりかねた様に聞いてきた。
「テグスさま。なにか違和感などはございませんでしょうか?」
「うーんと……特に反動や異常はないかな。筋肉に引きつりや痛みもないし、効能が切れると頭が重くなって気分が沈むといったこともないね」
その返事で、ハウリナたちがほっとした様子を見せた。
心配しすぎだとテグスは苦笑いしながら、自分では確かめられなかったことを尋ねる。
「薬を使った持続はどのくらいだった? あと、僕の見た目にはどんな変化があった?」
「そうでございますね。私のゆっくりめな脈拍で、千回を数えたところで効果が切れたようでございます。それで、その変化でございますけれど……」
時間は素早く答えたものの、ウパルは言いにくそうに言葉を詰まらせていた。
どういうことかとテグスが首を捻ると、ハウリナが何時もの調子で喋ってくれる。
「目がぎらぎらして、飢えた獣みたいだったです」
それを皮切りに、ティッカリたちも口々に感想を言い始めた。
「えっと~。とっても、自信たっぷりな様子だったの~」
「ふてぶてしさが上がってましたね、何時もよりも増して」
「なんと申しましょうか。飄々とした態度から一変なさいまして、飽くなき意欲が目に見えたように思われました」
「え、えっと、その、テグスお兄さんぽくなくなってた、って思います」
「……そんなに変わってたんだ?」
全員が一斉に首肯したので、テグスはあの変化は外からだとそう見えるのだと理解した。
「テグスさまとしましては、どのようにお感じになられていたのでございますか?」
「僕に起きた変化はこんなかんじだったよ――」
効能が気になっている様子のウパルに、テグスは自分が感じたことを伝えていった。
全てを聞き終わると、ウパルは納得したような表情を浮かべる。
加えて、アンヘイラも同様の顔をしていた。
「その効能でございますと、たしかに戦闘には役立つのでございましょうね。けれども、よくにた別の薬に心当たりがございますね」
「アレっぽいですよね、その身体の変化は」
二人以外にはその薬が思い至らないのか、テグスと同じくハウリナ、ティッカリ、アンジィーははてな顔する。
アンヘイラとウパルは目を合わせると、どちらが言うかと言葉なく話し合ったようだった。
どんな結論が出たかはテグスには分からなかったが、ウパルが話すことに決まったらしい。
「端的に申し上げますと、性欲向上薬や精神高揚薬。あり大抵な名称でしたら、媚薬や惚れ薬といったものに効能が似てございます」
そう告げられて、服用したテグスを外から観察していたからか、ティッカリとアンジィーは理解を示した顔をした。
一方で、テグスとハウリナは《蛮勇因丸》へ不審な物を見る目つきを送りながら、薬に詳しいウパルへ尋ねる。
「それと同じ効用って、使ってて大丈夫なの」
「うさんくさい薬は、使わないのがいいです?」
「あくまで似ているいうだけの話でございますよ。現にテグスさまは服用いたしましたが、性欲に支配されて襲い掛かったり、この中の誰かしかに惚れたということはございませんでしょう?」
言ってしまえば、その通りではある。
それでもテグスは、《蛮勇因丸》が一気に危ない薬に変わったように感じられた。
だが、アンヘイラの印象はまた別だったようだ。
「きっと性的な方面の効能を期待しですよ、《中二迷宮》の支部で強く売却を求められたのは。副作用のない性欲薬は貴重ですからね、効果時間に目を瞑ったとしても」
《探訪者ギルド》を通さず行商人相手ならば高値で売れそう、とでも考えてそうな口ぶりだった。
テグスはそれを聞いて、恐怖に耐性がつく薬じゃなければアンヘイラに売却を頼めたと、思わず口惜しげな気分になってしまったのだった。
 




