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247話 《中三迷宮》の《護森巨狼》の使い方

 テグスたちは《中二迷宮》で《魔物》を多く狩って、十日間でかなりの量の肉を得た。

 半分は《中三迷宮》の一層目の中にある村で、野菜や穀物と物々交換し、残り半分はそのまま孤児院の食料にする。

 風の噂で、レアデールの孤児院に食糧危機が起きていると知ったのだろう。テグス以外の孤児院出身者たちが時折訪れて、大量とはいわないまでも、それなりの量の食料を置いていく。

 一連の出来事で孤児院の食料事情は改善され、春までは十分に持つだけの食べ物が保存庫の中に収まった。

 その様子に、レアデールは笑みを浮かべる。


「本当に助かっちゃったわ。やっぱり持つべきものは、可愛い我が子たちね」

「感謝してよ。僕らだけじゃなくて、他の出身者の人たちも結構頑張ったんだから」

「もちろん感謝しているわ。お礼の抱擁だってしたじゃないの」


 テグスは呆れた顔になる。


「そうされて、いい大人になった人たちは、迷惑そうにしてたよ」

「半分ぐらい、嬉しそうだったです」


 ハウリナの的確な指摘に、思わず次の言葉が出なくなった。

 すると、レアデールが勝ち誇ったような顔をする。


「ふふーん。いくつになったって、母親に抱きしめられて嬉しくない子はいないってことよね。テグスも本当は抱きしめて欲しいんじゃないの?」


 抱きつけとばかりに、手を広げてみせてくる。

 テグスはうんざり顔で首を横に振った。


「遠慮しておく。やったらやったで、なんか言われそうだし」

「そんなことしないわよ。じゃあ、ハウリナちゃん」

「わふっ。ぎゅーです!」


 呼ばれて、ハウリナはレアデールの体に飛び込み、お互いに少し強めに抱きしめ合った。

 それが別れの挨拶の代わりになり、テグスたちは孤児院を離れ《中心街》へ向かって歩き出す。

 道の途中、《外殻部》にあるマッガズたちの借家を尋ね、生まれて一巡月もしていない赤ん坊を見せてもらった。


「わふっ……ちっちゃいです」

「触れるのが怖くなっちゃうの~」


 ハウリナは興味津々で、ティッカリは怖々とした手つきで、順番に抱かせてもらう。


「生命の不思議ですよね、女の腹からこんなのが出てくるなんて」

「人様の子に対して、そういう言い方は失礼でございましょう。しかしながら、小さな種が木になり実をつけるように、神秘的な事象であるのは事実でございますけれど」

「そ、そんなに、大げさにいうことですか? じょ、女性が、赤ちゃんを生むなんて、当然ですよね?」


 アンヘイラ、ウパル、アンジィーの三人は抱かずに、横から赤ん坊の様子を眺めるだけにするようだった。

 ちなみにテグスは、赤ん坊が女の子だったからか、親馬鹿に変貌したマッガズに抱くのを禁止されている。


「男親ってのはな、娘に男が近づくのは嫌なものなんだよ。理屈じゃねえんだ、感情なんだよ」

「赤ちゃんの頃なんて成長したら忘れちゃうのに、潔癖すぎやしませんか?」

「ふふふっ。ごめんね坊や。この子が生まれてから、マッガズったらずっとこんな調子なのよ」


 そんなひと時を過ごしてから、《探訪者ギルド》本部へ移動して、テグスは剣の代金のために預金を全て下ろした。

 それから《大迷宮》を進んでいき、やがて《中町》に入ったのだった。





 食堂で食事を取ってから、テグスたちは《不可能否可能屋》へやってきた。


「すみませーん。剣はできてま――」


 扉が開く気配とともに、誰かが跳び出てくる姿が見えたので、テグスは後ろへ飛び退いた。


「おおー! 待っていたぞべへー」

 

 現れたのはムーランヴェルグだったが、テグスが避けてしまったので、抱きつこうとした格好のまま地面に倒れた。


「……あの~。男性に抱きつかれる趣味はないんですけど?」

「だ、だからといって、避けなくてもいいであろうに。いや、そんなことよりもだ! 見せたいものがあるのだ入ってくれたまえ!」


 勢いよく起き上がると、地面に打って赤くなった額と鼻を隠すことなく、店の中へ引っ張り込もうとしてくる。

 用があってきて抵抗するのも馬鹿らしいので、テグスは大人しく中に入ることにした。

 何を見せる気かと思っていると、両手持ち用の細身で片刃な大剣を差し出してくる。


「これが頼んでいた剣ですか?」


 何か秘密でもあるのかと、テグスは受け取って調べてみる。

 切っ先が少し膨らんでいる形状と、剣身全体が薄く黄みがかっている以外は、至って普通の剣のようにしか見えなかった。

 しかし、ムーランヴェルグにとっては違うらしく、意味深な笑い声を上げ始めた。


「ふぅわはははははー。常人には分かるはずもないな。この剣の、革新的なまでの、偉大な特性を! いいであろう、教えて進ぜようではないか!」


 一つ言葉を切るたびに、格好を変えて喋るのを、テグスたちは面倒くさそうな目で眺めて続きを待つ。


「この剣には、赤くない《護森巨狼》を使っているのだが、その特性は意外なものだったのだ」

「そう強調していうからには、赤い方とは別の特性ということですか?」


 テグスの質問に、ムーランヴェルグは大仰に頷く。


「その通り! 赤い《護森巨狼》の素材は、部位毎に違った特性を多少上げる効果しかなかった。だが、《中三迷宮》産の方は効能が違っていたのだ! さて、それが何か分かるかね!」


 テグスたちがなんと言うか考えているうちに、話が先に進む。


「ふぅわははははー! 分かるまい、分かるまい! この『混沌とする宵闇の冶金師』ムーランヴェルグ様が、三日間徹夜して調べ上げたことが、そう易々と分かるまい!」


 意外と苦労したんだなとテグスが思う間にも、ムーランヴェルグの一人語りのような話は続く。


「こちらの《護森巨狼》の特性。それは、今までは不可能とされた組み合わせによる、武器や防具の強化を可能にする、素材と素材の橋渡しという役割だったのだ!」


 まるで宣教師が神の声を伝えるような言い方だが、鍛冶に造詣のあるティッカリを含め、テグスたちは首を傾げてしまう。


「それがどうかしたんですか?」

「よく、分からないです」

「大したことじゃないと思うけど~?」

「ええい、だから素人はこれだからいかんのだ! この発見がどのようなことになるのかを、全く分かっていない!」


 苛立った様子で顔を抑えると、ムーランヴェルグは髪をかき上げながら、殴穿盾にある《堕角獣馬》の角を指差す。


「例えば、その角。以前に、そのまま使ってこそ生かせる、といったことを覚えているかね」

「そんなこと、言われた気がするの~。たしか、武器に混ぜても、弱い毒しか付与できないって話だったかな~」

「そうだ、その通り! しかし、それは今までの常識にしか過ぎない。《中三迷宮》産の《護森巨狼》の素材を使えば、その角より硬くより強力な毒を与えた武器が完成しうるのだ!」


 そこまで説明されれば、テグスだって理解できる。


「つまり。今までは大して見向きもされなかった材料が、《護森巨狼》の素材で一躍強化に有効なものに変化する可能性があるってことですね」

「その通りなのだが、いいやそれだけではない! 《火炎竜》を例にしよう。竜の素材は持っている個性が強すぎて、加工し難いという特性があるのだ。だが、《護森巨狼》の素材はその個性を上手く緩和し、他の素材と融和させることが出来るのだ!」


 仰々しく語っている内容で、テグスが気がついたことが一つ。


「……サムライさんの長巻を作るのに、僕らが持ってきた《護森巨狼》の素材を、勝手に使いましたね?」


 テグス自信でも驚くほどに、冷え冷えとした声が出た。

 すると、今まで上機嫌に語っていたムーランヴェルグが、やばいといった顔をして目をそらした。


「な、なんのことやら。い、言いがかりは止めたまえよ」

「なら、なんで竜の素材の話が出来るんですか。しかも、やたらと詳しい感じでしたよね」

「ぐ、ぐぬ。か、仮に。いいか、仮に、だぞ。勝手に素材を使ったとして、なんだというのだね。《中町》は《迷宮都市》の一部だ、法がなくば罪は成り立たないだろう」


 言っていることは、一面では合っている。

 勝手に持ち込んだ素材を別の人のために使っても、罰してくれる機関は存在しない。

 だがそれは、あくまでも一面でしかない。


「《探訪者》相手に装備を作る職人として、道義にもとる行為だと思うんですよ。だって、預けていたとしても、その素材は僕らの財産なわけです。僕らの装備の試作につかうならまだしも。それを他者のために勝手に使ったとなると、見方によっては泥棒と考えていいと思いませんか?」

「ま、まあ、たしかにそうかもしれないが。しかしだな――」

「それで、泥棒は殺して良いんじゃないかなって思うんですよ。なんたって、法がない《迷宮都市》なわけですし」


 テグスが言葉を遮って言うと、ウパルもそれに続く。


「《静湖畔の乙女会》にて神聖視される《護森巨狼》さまのご遺体でございますし。盗用などなさろうものならば、蹴り砕かねばならないかと思う次第にございますね」

「お、おおお、おい。ど、どこを見て喋っているのだ!?」


 冷ややかなウパルの視線を股間に受けて、ムーランヴェルグが内股になる。


「で、真実はどうなんですか? 僕の勝手な思い違いなら、謝る用意はありますけど?」


 テグスの追求と止まないウパルの視線に、ムーランヴェルグがとうとう折れた。


「う、うむ。すまない。ついつい興が乗ってしまい、手を出してしまったのだ。言われたとおり、職人としてあるまじき行為だと思う。反省しよう」

「そうやって直ぐに謝ってくれれば、ことを荒立てる気はなかったんですよ」

「そうでございますよ。醜い言い逃れをしようとした罪は、軽く一度蹴るだけで許して差し上げます」


 テグスに続いて、ウパルがさらりと言った内容に、ムーランヴェルグの顔が青ざめる。


「ちょっと待て。う、嘘だろ――おおあああああああ~~~~~」


 後ずさりしようと足が動き、股に隙間が開いたのを見逃さず、ウパルが素早く足で蹴った。

 威力的には軽く叩く程度だったが、的確な場所に入ったのか、ムーランヴェルグはその場で崩れ落ちる。


「まさか、まさか、本当に、おおぉぉぉぉん~~~~~」


 吐き気に襲われている顔で何か言おうとしているが、途中でうめき声だけに変わった。

 テグスは近寄ると、その腰の辺りを軽く叩いてやる。


「ウパルは《静湖畔の乙女会》の教徒ですから、そこを潰されなかっただけマシだと思ってください」

「こ、こんな、き、危険な子と、よく一緒にいられるな、君は」

「誠実に接してさえいれば、料理上手で戦闘もこなせる、凄くいい子ですよ?」

「た、例えそうだとしても。うっかりしたら、股間を蹴られると思うと、怖くてしょうがないだろ、その子」


 テグスにはそんなに恐れることか、よく分からなかった。

 なので、きっとムーランヴェルグには、人に言えない後ろ暗い秘密が幾つかあるのだろうと、勝手に納得することにした。

 だいぶ時間が経ち、金的蹴りの負傷から復帰したムーランヴェルグは、再び大仰な仕草で会話を始める。


「ふぅははははっ! 復活! それで中断していた話の続きだが。要するに《護森巨狼》を使えば、今までになかった武器を作りだすことも可能ということだ」


 まだ痛みが残っているのか、動き方が少しぎこちない。


「君に作ってやった、《護森巨狼》の牙一本と《巨塞魔像》の腕の鉱石で作った、名前を『硬塞狼牙斬改大新剣』というその大剣は、その第一号なのだ! い、一応言っておくが、鉱石は以前に買い取ったものだからな。他の《探訪者》の物の無断使用ではないからな」


 よほど股間を蹴られたのが心の傷になっているようで、怯えながら補足説明している。

 ウパルに蹴るつもりがないと態度で分かったのだろう、安心したように続きを喋り始めた。


「なぜ、君らが持ってきていない《巨塞魔像》の鉱石を使ったかだが。それはその大剣が成長する剣なので、土台となる鉱物にはしっかりとした物を選びたかったからだ」

「成長って、この剣が伸びたり大きくなったりってことじゃないですよね?」

「うむ。説明が悪かったな。武器を使ってみて、もっとこうなっていたらと要望があったりするであろう。普通ならば、鋳溶かして一から作り直すか、買い直さねばならない。だがその剣は、切れ味が欲しいなら、硬さが欲しいなら、それに対応する素材を持てきさえすれば、特性を変える事が自由に出来るのだ」


 それは、テグスが思い描くとおりの使い易さに、この剣を調整できるということだった。


「す、凄い剣じゃないですか!?」

「まあ、組み合わせは研究中なので、まだ成長させるのは無理なのだ。しかし《巨塞魔像》の素材を使った剣なので、《火炎竜》と戦うのでなければ、大抵の相手を斬れる硬度と鋭さがある。それを使って五十一層を進む間に、こちらの研究も進むであろうから、心配する必要はないであろうな!」


 予想以上のいい大剣を作って貰えたことに、テグスは喜んだ。


「あ、そういえば、お代は幾らなんですか? 代金は多めに持ってきましたよ」

「うーむ、《護森巨狼》の素材の解明が楽しすぎて、料金のことは考えていなかった……そうだ。料金は、《中三迷宮》の《護森巨狼》の死体を一つ持ってきてくれることにしよう。これ以降の素材による成長も、その中に含めてやってもいいぞ。なに、このような有用な素材は、幾ら合っても足りないであろうからな、それだけの価値はあるというものだ」


 その言葉を聞いて、テグスは笑顔で大剣を突き返した。


「《中三迷宮》で再び《護森巨狼》を狩る気はないので、それが代金なら要りません」

「えっ。お、おい。ほ、本気かね?」

「素材して預けた《護森巨狼》に、僕らはかなりお世話になったので、再び戦う気にはなりませんよ。それに、仮に僕が了承したとしても、仲間が絶対に許さないと思いますよ」


 テグスが仲間たちを示すと、ハウリナは怒り顔で、ティッカリとウパルは微笑みながらも冷たい目をして、アンジィーは静かに首を横に振っている。

 アンヘイラはあらぬ方を向いて態度を保留しているが、進んで狩ろうという気もなさそうに見えた。

 

「むむむぅ……そ、そういうことならば致し方ない。だが、君に合うよう調整したのだから、この剣は受け取ってもらう。代金は、金貨で十枚だ。そして今後の素材による剣の成長の際にも、その都度代金を徴収する。それでいいのだな?」

「はい。そういう条件でしたらいいですよ」


 テグスは持ってきた中から金貨を十枚出すと、すんなりと手渡して剣を受け取った。

 ムーランヴェルグは手にある金貨をもてあそびながら、理解しがたいといった顔をする。


「そこらにいる《探訪者》ならば、一度倒した《魔物》の素材で料金が賄えると知れば、迷わずそうするはずなのだがな。まったく、君とその連れも変わり者だらけであるな」

「思った通りに行動しているだけなんですけど、なんでだかよく言われます」


 テグスが苦笑いで答えると、先ほどのは渾身の嫌味のつもりだったのか、ムーランヴェルグは勝負に負けたような表情になる。

 そこに、ハウリナが追い討ちをかけるように尋ねかけた。


「黒棍、強化するのはどうなったです?」

「加えてどうなっているんでしょう、こちらの鏃を作るという話は」

「うぐぐっ。そ、その件は《護森巨狼》の素材を使えば出来るとは思うのだが、まだ検証不足なのだ。待っていて欲しいのだ。も、もちろん、待たせるのだから、その黒鉄製の棍の傷を直すのは、タダでやってしんぜよう」


 ムーランヴェルグは黒棍の整備を行うと、いままでのことで疲れきった様子で、テグスたちを退店するように促し始めるのだった。



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