246話 あれこれ、レアデール
武器が出来上がるまでの十日間、どうするかが悩みどころだった。
「《大迷宮》の二十層まで行き来しても、さほど魔石は稼げないし。かといって三十層までいくと、日数を過ぎちゃうし」
「冬だから、地上ではお店はあまり開いていないから、暇つぶしには不向きかな~」
「《中迷宮》にあえて行くという手もありますよ、いっそのことで」
「その場合でございますと、調べ物をしに《中一迷宮》の図書館のみしか、選択肢はございませんでしょう?」
「ほ、他の《迷宮》だと、や、やることないですよね……」
どうしようかと悩んでいると、ハウリナが手を上げた。
「久しぶりに、お母さんに会いたいです!」
特に行きたい場所もないし、暇つぶしのための選択にしては良さそうに思えた。
「そうしようか。じゃあ、お土産に食料を持っていきたいね。《大迷宮》の二十層まで行って《魔物》を狩り集めよう」
「わふっ。子供たちに、たくさん食べさせるです!」
「冬で食料も乏しくなっていることでございましょうから、喜ばれると思われますね」
テグスたちは《中町》から下の層へ移動していく。
苦労なく《捩角羚羊》と《角突き兎》と《円月熊》を中心に狩り、二十層の《階層主》である《集猟蜥蜴》も倒して、切り分けて背負子に積む。
「これで持ち物は一杯になったし。神像で転移してから、孤児院にいこうか」
「でもその前に《探訪者ギルド》本部へいくのでは、テグスはあの鍛冶屋に持ち金を払ってしまったのですし?」
「そういえばそうだった。《雑踏区》に行くから、銅貨を多めに引き出そうかな」
神像による転移を利用して地上へ出ると、本部で銀貨数枚と銅貨を数十枚引き出した。
その対応をしてくれているのは、もちろんガーフィエッタだ。
「冬真っ盛りの時期に地上に戻ってくるなんて。普通の《探訪者》なら、借家で暖炉の前で震えているか、《大迷宮》や《中三迷宮》の中にある町で冬越ししているのに。テグスさんは相変わらず変わっていますね」
「十日ほど武器が出来るまで暇を潰さないといけないんですよ。一巡月ぐらい開いていれば《下町》まで行けたんですけどね」
「空いた時間を利用して、マッガズさんたちの子供を見に行く予定なのですか?」
「子供が生まれていたんですね。あ、でも。持ち運んでいる食材もありますし、まずは孤児院にいっておきたいですね」
「孤児院への里帰りに食料持参するなんて、ご丁寧なことですね」
「手土産の一つも持っていかないと、レアデールさんに怒られちゃいますしね」
話の流れで、テグスはあることを思い出した。
「そういえば、レアデールさんが《探訪者》だった頃の絵が本部にある、って聞きましたけど?」
「絵、ですか? どういうものかご存知ですか?」
「たしか、《大迷宮》を制覇した記念に描かれたって話でしたけど」
「あー。なんかそういったものがあるとは噂で耳にしましたね。ちょっと上役にあるかどうかと、あった場合に見ていいものかどうか聞いてみましょう」
ガーフィエッタは建物の奥へ引っ込むと、それからしばらく出てこなかった。
待ちくたびれて、もう孤児院に行ってしまおうかと考え始めた頃に、ようやく戻ってくる。
「お待たせいたしました。なにせ、備品倉庫の奥の奥に布に包まれて仕舞われていましたので、探すのに苦労したのですよ」
「《大迷宮》を制覇した人たちの絵なんですから、《探訪者》たちに啓発するために使えるように、もっと分かりやすい位置に仕舞っててもいいものだと思いますけど?」
「それはその通りなのですが。この絵は出来てから、少なくとも人間種の寿命が尽きるほどの時間が経ってますからね。大昔の偉業を成した人よりも、最近に成した人の方が使いやすいですし」
「《火炎竜》を倒した人が、他にもいるんですか?」
「それはそうですよ。優秀な《探訪者》は常時現れるものですし。といっても、一番近い制覇者は三十年ほど前の人たちなので、テグスさんたちにしてみれば大昔かもしれませんけどね。生まれる前の出来事ですし」
会話をしながら、ガーフィエッタは一抱えほどある大きな平たい包みを差し出してきた。
どうやらこの色褪せた布の中に、昔のレアデールの姿を描いた絵があるようだ。
テグスはハウリナたちに目配せをしてから、布を取り払う。
すると突然、目の前が白くなった。
「けほっけほっ……埃が……」
「事前に払ってきたのですが、長い年月にこびりついた埃が落としきれていなかったようですね」
テグスは手で空気を払い、埃を追い散らした。そして改めて、手にある絵を見る。
大事に仕舞われていたことは本当だったようで、鮮やかな色がそのまま残っていた。
描かれているのは、男性四人に女性二人の六人だ。
テグスは絵の中の彼らを眺めて、中央にいる一人の女性に目がとまった。
「この鎧、見覚えがある。どうやら、この短髪の人がレアデールさんのようだね」
前に人狩りを倒しに出るときに、テグスが見たのと同じ赤と黒に色分けされた鎧を着て、脱いだ兜を手に持って満面の笑顔だ。
今とは違って、緑色の太い髪は耳の下ぐらいの長さで切った短髪になっている。
一緒に描かれている仲間たちも誇らしげだが、絵の中のレアデールは一段その度合いが強く、まるで自分が主役だといってそうな態度をしていた。
しかし、それはこの人たちの中心人物という風体だとは意味していない。
むしろ、真っ先に敵に切り込んでやるといった、心構えの力強さに裏打ちされた態度のように、テグスには感じた。
それと似た印象を、一緒に見ているハウリナたちも抱いたようだ。
「お母さん、戦い好きそうです」
「この中で一番偉そうにしているけど、仲間たちに大事にされている感じもするかな~」
「統率役はこの大盾持ちの大柄な男の人でしょうね、苦労が顔ににじみでてますし」
「一目で灰汁が強そうだと分かる面々でございますし、心労も多分にございましたのでしょうね」
「で、でも、その。か、格好いいですよね。い、いかにも強いです、って感じですし」
最後のアンジィーの言葉の通りに、絵の中から強さが滲んでくる凄みがあった。
描いた絵師の力量もあるのだろうが、被写体の精強さがなければ、こうも力強い印象を受けることもないに違いない。
テグスは、ハウリナたちも十分に絵を堪能したと見て判断してから、ガーフィエッタに絵を返却する。
「ありがとうございました。この絵を見て、将来の目標が定まった感じがしました」
「それは良かったですね。本部職員としましては、レアデールのように我がままになられても困りますので、いい按配で収まるようにお願いいたしたく思いますけれど」
「……そんなに無茶を言ったりしてきたんですか?」
「ええ。《迷宮都市》に何かあったときに最後の頼りとなる一人なので、日に影にと昔から便宜を図ってきたそうですよ。多くは誰かに何かをさせろという要望ですので、あっさりと通したそうですけどね」
テグスも過去にレアデールに罰として、《外殻部》に入る検問の門番をさせられたことを思い出した。
あれも今から考えれば、《探訪者ギルド》に無理矢理要望をねじ込んだのだと分かってしまう。
テグスはなんだか、申し訳ない気分になってしまった。
「えっと、なんだかごめんなさい」
「長年の付き合いで、こちらも諦めもついてますので、謝罪は不要です。まあ、テグスさんの口から軽く釘を刺してくれればとは思いますけれど」
「それはそれで、そっちからの無茶振りだと思いますけど?」
「効果は期待してませんので、気楽な感じで言ってみてください」
そういうことならと請け負って、テグスたちは本部を去ると、孤児院へ向かって歩いていった。
何度か《雑踏区》で浮浪者に襲われたが、何事もなく孤児院に到着。
早速中に入ると、困り顔をしていたレアデールがいた。
「ただいま、お母さん」
「あら。お帰りなさい、テグス。あとハウリナちゃんたちもね」
「ただいまです!」
「お邪魔してます~」
挨拶を交わしていて、レアデールはテグスたちの背負子にある大量の肉を見ると、ぱっと笑顔になった。
「よかった。食材がなくなっちゃいそうで、私が《迷宮》に行こうかなって思っていたところだったのよ」
その言葉を、テグスは意外に思った。
「お母さんが、食料計算を間違えるなんて珍しい」
通年ではレアデールが食材を管理して、冬の間に孤児たちを飢えさせることはない。
備蓄食料が尽きるのは、直ぐ先に春がある頃という徹底ぶりだったので、冬真っ盛りのこの頃に困るなんて珍しいにも程があった。
「もしかして、寄付金が足りなかったりした?」
「いえ、テグスからは十分にもらっているわよ。あと、食材の貯蔵も十分だったわ。でも、冬になって少ししたぐらいに、十人ぐらいの子が孤児院にきちゃって、予定が狂っちゃったのよ」
なにかが《雑踏区》であって、孤児が増えてしまったのだろう。
人狩りで親が多く連れ去られたか、子供を多く囲っていた犯罪組織が潰れたか、大量殺人がおきたか、それとも別の要因か。
どれにせよ、事情はろくなことではないことが、《雑踏区》の相場で決まっている。
そんなことよりも、問題は食料についてだ。
「それで、僕らが持ってきた分でどうにかなりそう?」
「当座は足りるけど、冬越しまでは難しいわね」
「なら、隣接しているんだし、《探訪者ギルド》に食材を分けてくれるよう頼めばいいのに」
「駄目よ。自分たちで解決できることなんだから、無闇に他人の手を借りちゃいけないわ」
「……本部職員の人が、お母さんが無茶な要求してきて困るから、釘刺してきてって言ってたんだけど?」
「失礼ね。ちゃんと要求するべきことと、しちゃいけないことはわきまえているわよ。あっちに頼むのは、私では決してできないことだけよ。例えば、ある依頼をテグスに強制的に受けさせる、とかね」
「例えでも、それは止めてほしいなぁ……」
そんな母子の会話がされた後で、全員で持ってきた食材を保存庫へ入れていった。
十日ほど暇なテグスたちは、その間は《迷宮》で食材を取ってくる代わりに、孤児院に泊めてもらうことを約束しあう。
その後で、前に帰ってきてから今まで、どんなことがあったかを、ハウリナが中心となって報告した。
会話は、《中三迷宮》の《静湖畔の乙女会》で起きたことに移る。
「へぇ~。テグスってば、ウパルちゃんと子作りする約束しちゃったんだ?」
「うぐっ……な、なりゆきで、《火炎竜》を倒したあとにってね」
不本意であると匂わせた発言だったが、レアデールはあえて気づかないふりをするようだ。
そして、話題の狙いはテグスから別へ移す気にするらしい。
「ふ~ん。ハウリナちゃんたちは、二人のことを納得しているの?」
レアデールのその発言に、テグスはどう思っているか聞いていなかったと気づいた。
話を終わらせようとテグスが口を開く前に、ハウリナが胸を張って喋り始める。
「テグスが必要と思えば、誰にでも子供作ればいいです。それが、群れの主の仕事です」
「あら、そういう考えなの?」
「群れの主、欲したときに群れの女に子供作るの、当然です。時期がくれば、ハウリナも作ってもらえるです」
狼獣人の価値観では、そういうものなのだろう。
テグスは、どうしてか分からないが、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、レアデールが意地悪げな視線を寄越しているのが気になった。
「……なにか言いたげだよね」
「いいえー。時期が来たときに、ちゃんと子作りしてあげないと可哀想だなー、なんて思ってないわよ」
つまりはそう思っているのだろう。
テグスが口で反撃しようとするが、その前にレアデールが別の人に話題を振ってしまっていた。
「ティッカリちゃんは、どうなの?」
「う~んと~。テグスは弟みたいに思っていたから、そういう関係になるかもって考えたことなかったけど~……。嫌いじゃないから、求めてくれたら応じてもいいかな~って思うかな~」
そこで会話を終わらせようと、テグスは画策していたが、照れ笑いするティッカリと目が合って言葉が詰まってしまった。
その間に、レアデールが話を進めてしまう。
「三人から好印象な反応が返ってくるなんて、意外とテグスってやり手なのかしら。それで、アンヘイラちゃんは?」
「御免ですね、そういう関係は。仕事としての間柄だけですよ、テグスを気に入っているのは」
「ちょっとは考えたりしないの?」
「……なら一晩くらいは相手してもいいですよ、大金と引き換えでしたら」
アンヘイラらしい言葉だと納得してしまって、テグスは話の流れを遮断しそびれた。
「あら、素っ気無い。なら、アンジィーちゃんは?」
「え、えっと、あ、あのその、テグスお兄さんは、ちょっと、恋愛対象にするには、怖いので。ご、ごめんなさい!」
なぜだか謝られてしまい、テグスはどう反応するべきか悩む。
「えーっと、お母さんの話を、真に受けなくていいからね。単なる冗談みたいなものなんだし」
気にしないようにと言ったつもりだったが、なぜかアンジィーは少し悲しそうな顔をする。
「あ、あの、その。だ、男性から見ると、そ、そんなに、み、魅力ないんですか?」
どうしてか、変な風に発言を受け取られてしまったようだ。
「……そういう意味で言ったつもりじゃないんだけどね。というか、僕にそんな目で見られたい、って訳じゃないんでしょ?」
「ち、違います! え、えっとその、へ、変なことを言って、ご、ごめんなさい!」
「あー、うん。いいよ、気にしてない。悪いのは全て、そこで面白がって見ている人だから」
テグスの言葉に促されて、ハウリナたちもレアデールを見た。
その顔には、本当に面白い場面を見たと言いたげな笑顔を浮かんでいる。
なのでテグスは、無理矢理にでも話題を変える決意をした。
「僕の話はもう終わり! それで、お母さんに聞きたいことがあるんだけど」
「あらなにかしら。いまさっき面白い話が聞けたから、何でも気前よく答えてあげちゃうわよ?」
揶揄する言葉にテグスは歯噛みしてから、会話を続ける。
「ぐぬぬ……五十一層に出る《魔物》には、お互いに相性のようなものがあって、それを利用すれば簡単に倒せるって噂なんだけど。知っている?」
「そんなの初めて聞いたわ。五十一層の《魔物》なんて、その相性ってのを使わなくても、普通に倒しちゃったし。そうそう、《巨塞魔像》が硬くて刃が通らなかったから、ちょっと苦戦した思い出があるわ。でも、その経験があったからこそ、《火炎竜》の鱗を刺し貫く方法を思いついたんだけど」
一番聞きたかったことが分からず、一番聞かれたくなかったことを明らかにされてしまった結果に、テグスはうな垂れてしまうのだった。




