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245話 素材の納品

 《護森巨狼》と戦い終わり、テグスたちは《不可能否可能屋》のムーランヴェルグに頼まれていたこともあり、その遺骸を大事に持ち帰ることにした。

 その際に、役目を果たして果てたせめてもの弔いにと、少しでも綺麗な状態に出来るように丁寧な作業で毛皮を剥ぎ、身体は持ち運びし易い大きさに切り分けていく。

 全員で部位を分けて持つことにし、テグスが切り落とした頭と剥いだ毛皮は重たいので、力持ちのティッカリの担当にした。

 結果的に、全ての背負子と背嚢が《護森巨狼》の素材で埋まってしまう。

 余っていた《二尾白虎》の肉はこの場で食べて、残りはもったいないと思いながらも廃棄することになった。

 そうして、テグスたちは巨樹の洞の中にある、《清穣治癒の女神キュムベティア》の神像へ向かう。

 相変わらず清楚で穏やかな顔つきをしているが、《護森巨狼》の役目を思うと、テグスはその表情に少し苛立ちを覚えた。

 しかし、殴りつけたり唾を吐きかけるような真似はせず、祈りの中で文句と殺した《護森巨狼》の冥福を頼むだけにする。

 その後で、神像が抱えて持っている、青く透明で綺麗な瓶に入った《癒し水》を六本全て抜き取った。

 テグスは背負子の中身を出してから、それらを隠し箱に収めようとして、ふと手を止める。

 様子を見ていたティッカリが、不可思議そうな顔でテグスの顔を覗き込んできた。


「仲良くしていた《護森巨狼》を倒して得たって、引け目に感じているの~?」


 質問されて、テグスは首を横に振る。


「いや、そのことはお互いに必要なことだったって、整理がついたよ。そうじゃなくて、この《癒し水》がここで手に入る意味について考えていたんだよ。もっと言えば、《中二迷宮》で手に入る《蛮勇因丸》のこともね」


 言いながら隠し箱に仕舞い、出していた荷物を背負子の中に再び入れていく。

 その際に、ハウリナたちが小首を傾げているので、テグスはさらに言葉を重ねる。


「簡単な推測をしただけだよ。ここに戻ってくる人って、五十一層の攻略を行き詰っていた人でしょ。なら、どちらもその助けになる道具かも。もしかしたら、五十二層の《火炎竜》と戦うのに必要になる道具かもしれない、ってね」


 その説明に、アンヘイラとティッカリは理解したと言いたげに首肯する。


「それと同じ理由かもしれませんね、五十一層の《暗器悪鬼》から爆発する黒球が手に入るのは」

「《合成魔獣》の猿頭から、五則魔法の触媒が手に入りそうなのも、そういうことかもしれないね~」


 二人に続いて、ウパルもなぜか感じ入った表情で口を開く。


「《清穣治癒の女神キュムベティア》さまを始め、他の三柱の神さまがたも、人の成長を手助けしようとなさっておいでくださっているご様子にございますね」


 疑いのない真っ直ぐな言葉に、テグスはそういう見方もあるのかと、神の掌の上で踊らされていると思った自分の感性を恥じたのだった。





 《中三迷宮》から地上に戻ったテグスたちは、再び防寒具を着てから、《大迷宮》に入るために《中心街》へと最短距離で向かっていた。

 その途中、冬でも珍しく開いていた食堂から男性五人が出てきて、進路上に立ちはだかる。


「そ、そこの、お、お前ら。い、いい、物を、持って、いるな。ぜ、ぜぜ、全部、こ、こっちに、わ、渡してもらおうか……」


 前口上が震えているのは、テグスたちに怯えているからではなく、冬空の下なのに半袖姿で寒いからだろう。

 そして彼らが狙っていると思わしきものは、ティッカリの背負子にある《護森巨狼》の毛皮だと視線から分かった。

 それらを加味して考えると、どうやら冬篭りの準備に失敗した人たちのようだ。

 テグスが面倒がりながらも、殺そうと黒直剣を抜く前に、二人の額に矢が突き刺さり、一人の側頭部が黒棍にへこまされる。

 まだ生きている二人に、《鈹銅縛鎖》が蛇のように絡みついて拘束した。

 テグスが唖然としながら女性陣を見やると、同じく驚いているティッカリ以外の全員が、怒り顔になっていた。


「いだいな大きな狼の毛皮、狙うなんて、いい度胸です」

「さ、さすがに、この狼さんは、あげられません」

「悔いて死んでください、狙った相手と物が悪かったことを」

「《清穣治癒の女神キュムベティア》さまの僕の役目を汚したその行為は、万死に値するとお思い下さいませね」

「な、な、なん、なんだよ。そ、その、親の敵を見る目――おごおおおおおぉぉ!」


 生きている一人が言葉を発すると、ウパルの足が翻り、彼の股間に直撃した。

 一発で潰れたのか、血が混じった尿の臭いが立ち込める。

 しかしそれで終わりではなく、粉々に砕こうというかのように、ウパルは何度も蹴りつけた。


「ごああああ、あああぐううううあ、あぎいいぃぃ――……」


 あまりの痛みで心停止したのか、急に黙り込み動かなくなった。

 すると、ウパルは最後に残った一人に目を向ける。

 隣で死んだ男が言葉を発してから蹴られたからか、そいつは口を閉じたまま、拘束されている身体を捻って、嫌だと意思表示した。

 それを受けて、ウパルはにっこりと微笑む。

 安堵したように男の力が抜けた瞬間、つま先を捻り込むような勢いで、股間を蹴り上げたのだった。




 巨大な狼の生首と毛皮は目立つようで、あれからも移動中に何組かの集団に襲われた。

 だが、冬篭りに失敗するような輩に、テグスたちが後れを取るはずもなく、あっさりと《大迷宮》の中に入ることに成功する。

 下への最短経路を進みつつ、テグス、ハウリナ、ウパルの三人は気配察知を利用して、不意打ち気味に出会う《魔物》との戦闘を早々と終わらせていった。

 そして、十層でコキト兵を瞬く間に倒し、《中町》に到着するや否や、《不可能否可能屋》に直行した。

 相変わらず閉まったままの扉に、テグスは拳を打ち付けて大きな音を立てる。


「ごめんください。ムーランヴェルグさん、テグスです開けてください」

「えーい! こっちは徹夜なのだぞ! 叩く音を少しは小さくするがいい!」


 扉が勢いよく開け放たれると、前に見たときよりも数段やつれたムーランヴェルグが現れた。

 そして、テグスたちを見て、少し記憶を探るような大げさな仕草をしてから、思い出したように頭を縦に振る。


「おー、君らか。なんだ、言っておいた素材を入手して、戻ってきたというわけなのかな?」

「全部じゃないですけど、とりあえず《護森巨狼》の素材を持ってきました」


 証拠を示すように、ティッカリが振り向いて背負子を見せた。

 載っている《護森巨狼》の頭と毛皮を目にして、ムーランヴェルグは腕組みしてから首を傾げる。


「むむむっ。それは本当に《護森巨狼》なのかね。毛皮も牙も、色が赤くないが?」

「赤、ですか?」

「ああ。こちらの知る《護森巨狼》は赤いはずなのだが。本当にこれは《護森巨狼》かね?」

「戦っていたときも、この色のままでしたけど?」


 二人して首を傾げ合っていると、アンジィーがおずおずと手を上げる。


「あ、あの、その。ム、ムーランヴェルグさんが、言っているのは、五十一層の《護森巨狼》のことだと、思うんです」

「あ~。そういえば、五十一層の《魔物》には、色が変わるのもいたの~」


 ティッカリが思い出したように言ったことに、テグスとムーランヴェルグは同時に理解した顔になる。


「なるほどな。つまりは、この《護森巨狼》は《中三迷宮》に出るほうなわけだ」

「はい、そうなんですけど。五十一層のほうじゃなきゃ駄目なんですか? 個人的には、この素材で武器を作って欲しいんですけれど」


 テグスが尋ねたことに、ハウリナとアンヘイラも乗っかる。


「黒棍の強化に、使って欲しいです!」

「鏃を作ってくれるはずですよね、《護森巨狼》の歯で」


 三人に詰め寄られる形になって、ムーランヴェルグは仰け反りながら、盛大な身振りを行う。


「ええい。分かった分かった! 牙で剣を歯で鏃は作って進ぜよう。しかし、申し訳ないが、獣人のお嬢さんの黒い棍の強化には、まだ時間が欲しい。なにせ、強化できる目処が経っていないのでな!」


 胸を張っているような格好なので、無駄に偉そうに情けない実情を語ってきた。

 格好と言葉が合っていないことを指摘するべきか悩んだが、テグスは流すことに決める。


「それなら、剣と鏃が出来るのはどの程度かかりますか?」

「うむ。赤くない《護森巨狼》を扱うのは、ワレは始めてだからな。先代以前の文献を紐解いたりしなければならないので、一巡月――否、十日ほどかかる見込みである!」


 明らかに無理していると分かるので、テグスは心配になる。


「あの、本当に十日でいいんですか?」

「無論、二言はない! だが、多少は遅れても仕方がないという気持ちは大事だと思うが、どうか!」

「……どうかと言われても」


 とりあえず、どうにかなりはするようなので、心配を止めることにした。

 そして、店の中に《護森巨狼》の頭と身体の肉と骨を置き、毛皮は武器には不必要とのことなので持っていくことにする。

 その間に、ムーランヴェルグの指導の下で、テグスは体に合った剣の大きさを測ることになった。


「細身に見えるが、中々に力はあるようだ。両手で扱うならば、細身の大剣までは大丈夫そうであるな」

「走り回りながら戦うので、あまり重たいものは使いたくないんですが」

「何を言うのか! 《火炎竜》と戦うのならば、硬い皮膚と厚い肉を斬り、骨まで達する武器が必要不可欠であろう! 片手剣ほどの長さでそれを行おうなど、理屈が通らぬ愚の骨頂極まりない!!」

「散々無理に挑むと要っておいて、武器の使い方については常識的な考えなんですね」

「ふふん。奇天烈な素材の使い方や製法をしたとしても、武器は使用者の手に馴染むように作り上げることこそが、《不可能否可能屋》の伝統であるがゆえにな!」


 こうして、《護森巨狼》の牙を使い、形やその他に使用する素材についてもお任せで、大剣を拵えることに決定した。


「代金のことなんですけれど、硬貨と魔石のどっちで支払えばいいんですか?」


 テグスの質問に、ムーランヴェルグは気障っぽく指を振ってくる。


「ふふん。この店では、代金は後払いなのだよ。なにせ、製法や素材を手探りで行うのだから、幾らかかるか予想もつかないのだからな。引き渡す際に、料金の提示をする。もちろん、新たな製法を発見できた場合は、その分だけ値引きはさせてもらうとも。まあ、前金を置きたいというのであれば、喜んで受け取る所存だ!」

「えっと。じゃあ、あまり手持ちがなく、銀貨しかないんですけど」


 《中三迷宮》から直行したので、代金を用意していなかったと悔やんだ。

 しかし、ムーランヴェルグは尊大な態度を装いながらも、手つきは嬉しげにテグスの差し出した銀貨数枚を掴み上げて懐に収めた。


「うむ、これで気合が入るというものだ。期待して待っているがいい」


 心なしか、返事の声も弾んでいた。

 テグスは意外と貧乏なのかと首を傾げたとき、ウパルが気分よさげなムーランヴェルグに声をかける。


「申し訳ありませんけれど、この二つの《鈹銅縛鎖》を繋いではいただけませんでございましょうか?」

「では拝見を。ほうほう。鎖の一つの輪を消費して傷を埋め、その後に二本を一本に繋ごうと思うが、どうであろう?」

「はい、構いません。それでお願いいたします」

「なに、この程度。混沌とする宵闇の冶金師であるムーランヴェルグ・サドマンディにかかれば、児戯にも等しい」


 その大言通りに、あっという間に処置が終わり、二つ分の長さになった《鈹銅縛鎖》は細かい傷が消えて新品同然になった。

 ウパルは嬉しげにそれを受け取ると、特殊な身体の動かし方で、《鈹銅縛鎖》を袖から中へと仕舞っていく。

 長くなった分、身体に巻きつけるのにも時間がかかるようで、大蛇が這い回っているかのように、服の膨らみが移動する様子がみえる。

 やがて仕舞い終ると、あれほどの長さの《鈹銅縛鎖》が巻きついているとは思えないほど、外見上に服の違和感はなくなった。

 これで一先ずの用事が終わったので帰ろうとしたとき、テグスはムーランヴェルグが五十一層の《護森巨狼》が赤いと知っていた事を思い出す。

 もしかしたら、五十一層の《魔物》の間に相性があるらしいことを知っているかもと、尋ねることにした。


「――っていう噂があるってことなんですけど」

「ああ、その話か。来る《探訪者》が言っていたのを漏れ聞いた程度には知っているとも。たしか、そう、赤い《護森巨狼》は正気を失って肉狂いになっているので、餌を上げればいいとかなんとか言っていたと記憶しているな」


 『正気を失った』と『餌』という不穏な単語があるが、参考になる話が聞けたとテグスは満足した。

 そして、用事は終わったので、テグスたちは《不可能否可能屋》を辞した足で、《白樺防具店》に毛皮を預けることにする。


「い~らっしゃい。ああ~、《護森巨狼》の毛~皮か、珍し~い物を持ってき~たね。防具とし~てはさほど優秀じゃな~いけど、いい毛並みだ~から飾りの外套にはう~ってつけなんだよ」


 防具には使えないと知り、捨てるのは《護森巨狼》のことを考えると忍びないので、テグスはどうしようかとハウリナたちと顔を見合わせる。

 エシミオナはその様子を見て、小さく笑った。


「ふふ~ふ。仕方がな~いね、使い道が決ま~るまで預かってお~くよ。まあ、君~らが《大迷宮》を攻略~したら、《探訪者ギルド》の~本部で絵姿にしても~らうだろ~うから。そのと~きに飾りの外套~に仕立てても、良いと思う~けどね」


 そういうことをするのかと知ったが、まだ先のことだとテグスは判断し、とりあえずエシミオナの言葉に甘えて毛皮は預かって貰うことにしたのだった。


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