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22話 《ソディー防具店》

 朝早くに孤児院を出立したというのに、《小六迷宮》の《探訪者ギルド》支部に着いたのは、もう日が暮れる頃だった。

 これでも二人の消費した時間は、実は少ない方なのだ。

 何せテグスが育った孤児院のある場所と、この《小六迷宮》の場所は、《迷宮都市》の中央部の《大迷宮》を中心に点対称の位置にある。

 つまりは直線距離でも街の端から端と言う感じなのに、途中には《雑踏区》と《外殻部》を分ける壁が存在しているので、遠回りする必要があったのだった。

 もっとも二人は途中の出店で買い食いをしたり、襲い掛かってきた薬物中毒者を倒したりしていたので、歩き飽きる事は無かったが。


「今までよりも、道にずーっと人が多いです」

「そりゃあね。《小六迷宮》は別名で食料庫と言われるほど、階層が多くて色々な《魔物》が出てくるから。お金を稼ぎに来たり、食料集めに来たり、武器素材を集めに来る人で賑わっている、らしいよ」

「食料庫、食べ物たくさんあるです?」

「食べられる魔物も多いけど、木材や鉱物資材扱いの魔物も出てくるらしいよ」

「武器、必要ないの」

「そうだね。まだまだ使えるらしいしね」


 支部にて情報収集を終えて、紹介された近くの安宿へと向かう最中に、テグスは聞きかじった情報をハウリナへと伝えていく。

 そうして安宿に着いた二人は、一人用個室を一つ受付にいた男性へ頼み、代金の鉄貨十枚をテグスが払う。

 安宿では意外な事に、男性から鍵が手渡された。どうやらこの宿には、扉に鍵が掛かるらしい。

 もっとも鍵の見た目は単純そうなので、錠前師や鍵開けの訓練を受けたものなら、扉の鍵は容易く破れそうだ。

 それでも一定の安心感はあるので、テグスはハウリナとベッドだけしかない部屋に入り、鍵を掛けると二人同じベッドに入って早々に眠ってしまった。

 翌日、朝が白んだ頃に置き出した二人は、装備を身に付けてから鍵を受付に返し宿の外へと出た。


「テグス。迷宮そっちじゃないです?」

「うん、ちょっと先に防具を見ておこうかなって」

「防具、です?」

「《小六》と《小七》は、今までの比じゃない位に危険だって話だからね。念のために防具ぐらいは用意しておかないと」

「必要に思えないの」


 これまでの《魔物》相手の感触に自信があるのか、ハウリナは不思議そうな顔でテグスを見ている。

 だがテグスが心配している危険は、なにも《魔物》との戦闘に限った事ではない。


「今までのとは違って、この《小六》は稼ぎに来る人が多くて、強い人から弱い人まで沢山いるんだ。その中には悪い人もいて。そういう人たちは、弱い人が稼いだお金を巻き上げるんだ。それが一人二人なら問題は無いけど、大人数で来られたら流石に苦戦するだろうし。この格好じゃ無傷とはいかないんじゃないかな」

「ムッ。人の獲物、横取り駄目です!」

「そうだね。でもそういう事が分からない人もいるんだよ」


 なにせこの《迷宮都市》には習慣から生まれた掟はあっても、国が作った法律は無い。

 盗もうが殺そうが罪に問われないと知ると、途端に無茶な行動をするのは人であっても他の種族であっても、一定数出てくる事は同じだった。

 もっともそういう輩は、少しの成功と引き換えに。

 襲い掛かった相手に逆にやられたり、同業の強盗に狙われて殺されたり、そういう悪い人をやっつける事を生き甲斐にする人に殺られたり。

 そんな風に選択肢は様々にあるが、何時か命で代償を支払う事に成るのは共通だ。


「と言う訳で、昨日教えて貰った防具屋に来たんだけど。開いてない?」

「早すぎです?」

「あら、可愛らしいお客さんね」


 戸締りがされた店舗前で、二人がどうしようかと顔を見合わせていると、女性らしい声を掛けられた。

 振り返ってみてみると、そこには食材が入った籠を持つ、布で頬被りをしてエプロンを服の上からつけた、二十代に見える女性が立っていた。


「お姉さんは、この店の人ですか?」

「そうよ。この《ソディー防具店》の店主なんですよ」


 籠を持ちながら女店主が胸を張ると、彼女の大きな乳房に押し上げられて、服とエプロンが服の下から大きく盛り上がる。

 思わず男性の悲しい性が発動して、そこへ目が行きそうになったのを、テグスはいけないと視線を意識して女店主の顔へと向ける。


「えーっと、防具を見に来たんですけど。大丈夫ですか?」

「ええ。食材が切れちゃったので、買いに行っていただけだから。いまお店を開けるわね」


 鍵を取り出して扉を開錠した女店主は、扉を開いたまま二人を店の中へと招き入れる。

 テグスはすんなりと中へと入り。ハウリナは少しだけ鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅いでから、嫌そうな顔をしながら中へと入る。

 そんなハウリナの様子を見て、どうしてか分からなかったテグスだったが。中に入ってみて、微かに動物の革と薬品の匂いが漂ってきた事でその理由が分かった。


「獣人の人には、なめし中の革の匂いはきついわよね」

「大丈夫です。すぐ慣れるの」


 どうやら店舗の奥は作業場になっているらしく、出入り口はさほどではなかったが店の中に入って進めば、テグスですら顔をしかめたくなるような臭いがしてくる。

 しかし極力それを顔に出さないようにしつつ、テグスはハウリナと女店主の後に続いて店の奥へと入っていく。


「それで防具を見たいって事だけど。まだ二人には、ここは早いんじゃないのかしら?」


 店舗の売台カウンターの向こうへ座った女店主は、テグスとハウリナを見てそう言った。

 確かにテグスもハウリナも、十代前半の少年少女らしい体つきと見た目なのだから、《小六迷宮》相手の海千山千な《探訪者》がいるこの場所には似つかわしくないのかもしれない。

 それにテグスは首にかけてある《鉄証》を見せ、ハウリナもそれに倣う。

 女店主は二人の《鉄証》に一から五までの刻印がされている事に、驚いた様な表情を浮べた後で、申し訳なさそうな笑顔を浮べた。


「あら、余計なお世話だったみたいね。残りが《小六迷宮》か《小七迷宮》しかないのなら、こっちが先ですものね」

「いえ。忠告してくれるのは、ありがたい事ですから。気にしないで下さい」

「優しい人の言葉は良く聞きなさい、ってお母さんーーレアデールが言ってたです!」

「あら。《歌唱精霊使いのレアデール》の所の子供だったのね。ならその《鉄証》も納得ね」

「レアデールさんを知っているんですか?」

「知っているわよ。昔は結構な有名人だったし、同族で同性だからね」


 頭に巻いた布を取り払うと、レアデールと同じ緑の髪の毛が出てきた。そして耳の先も尖っている事から、彼女は本当に《樹人族》だと分かる。


「それじゃあ、どんな防具が良いのかしら。ご予算はどの程度あるの?」

「ええっと、予算は銅貨四十枚と鉄貨で百枚ぐらい、ハウリナ――この子も同じ予算です。防具の事は良く分からないので、お任せしようかと」

「ふ~ん、一人鉄貨で五百枚分ね~……」


 予算を聞いた女性店主は、先ずテグスの髪の毛の先から爪先までを遠慮なく見て、次にハウリナへと同じ視線をする。

 

「子供は成長するから、鎧云々の前に手早く盾を薦めちゃうんだけど。二人共に盾の必要性が無さそうよねぇ~」

「ええ。剣は両手で扱いますし、短剣は投擲含めた両手持ちなので。盾は邪魔になるかと」

「この鉄棍で撲殺です」

「それじゃあ、丸々鉄貨五百枚分を鎧に回すとして。希望は何かあるかしら?」

「運動量が多いので、出来れば軽いのが」

「おそろいが、いいです!」

「なら軽装ね。分かったからちょっと待っててね」


 売台の奥へと消えた女店主が、少ししてから同じ鎧を二つ持ってきた。


「《平硬虫》の硬殻を使った胸鎧よ。下手に皮鎧の上に板金を張るよりは、硬くて軽いからご要望に合うんだけど、どうかしら?」


 それは胸部から鎖骨までを覆う灰色の曲がった板と、背部に調節の為の灰色の当て板がある鎧だった。

 《平硬虫》は鉄の平鍋のような黒い見た目なのに、それをどうやったらこう灰色になるのかと、テグスは不思議がりながら鎧を手に取る。

 確かに女店主の言った通りに、この鎧は少年のテグスがすんなりと持てる程軽くて、試しに叩いた手が痛い程に硬さがある。


「ちょっと大きくないですか?」

「子供は直ぐに大きくなるんだから、これくらいは許容範囲内よ。それにこの部分で調節可能だから、身に着けてみると意外と身体に合うのよ」


 身を乗り出して売台に大きな胸を乗せた格好で、女店主はテグスに鎧を着させてから、鎧と当て板の間を繋ぐ革紐を調節していく。

 矢張りそれほど大きな胸だと服が窮屈なのか、襟元の合わせの紐が緩んでいて、深い谷間と白い肌が見えている。

 それをテグスは、レアデールと同じ《樹人族》の女性という事で、何かいけないものを見ている気がして目を伏せてしまう。


「はい。これで大丈夫だと思うんだけれど。調子はどうかしら?」

「えッ、えっと――確かに動き難いって事は無いです。ちょっと脇に空間があるのが、気にはなりますけど」

「それはちゃんと食べて成長すれば、直ぐに埋まっちゃうと思うわよ。じゃあ次は獣人の娘ね」

「お願いします!」


 身体を動かした感触をテグスが伝えると、女店主はハウリナへと鎧を着させていく。

 姿見なんていう高級品はここには無さそうなので、テグスはほぼ同じ背格好のハウリナの姿を見て、自分がどんな見た目なのかを想像する。

 鎧の調整の終わったハウリナの格好はと言うと、鎧を着ているというよりも着られている感じに近い。

 それでも革紐での調整だけとは思えないほどに、ハウリナの動きにその鎧は追従していて。動きを阻害しているようには見えなかった。


「動きやすいの!」

「そう、それは良かったわ。それで、この鎧で良いかしら?」

「ハウリナも良さそうですし、これでお願いします。それでお金は――」

「ふふっ、慌てないの。《平硬虫》の鎧だけじゃ、格好が付かないわ」


 続いて出してきたのは、指貫された手の甲から肘までの手甲だった。

 こちらも灰色の板――《平硬虫》の素材が組み合わせて使われている。


「盾が要らないと言っても、腕の防具は必要よ。単純に殴ったりするのにも重宝するわね」

「……へぇ、意外と重さは気にならないですね」

「これより、足のが欲しいです」


 女店主に腕に付けてもらったテグスは、腕を軽く振ってみる。確かにちょっとした重さは感じるが、それが悪影響を及ぼすほどではないように、テグスには感じた。

 しかしハウリナの方は違ったのか、着けた手を右に左にと捻ると、嫌そうな顔をしてあっさりと外してしまった。

 そして店主へ要望したのは、足に付ける脛当てだった。


「これ、気に入らなかったかしら?」

「鉄棍使う時、手の動き重要です。感覚変わると失敗するです。足だと変わらないです。鉄棍使うとき蹴り使うです」


 まだ長く説明するような言葉は喋り辛いのか、ハウリナはどうにか短文で相手に伝えようと頑張って話した。


「つまり。鉄棍を扱うのに手甲だと邪魔になるから、代わりに蹴りを補助する為の脛当ての方が欲しいって事?」

「ですです。そうです!」

「ふふっ。それじゃあしょうがないわね。けど在庫あったかしら?」


 テグスが要約すると、ハウリナは我が意を得たりとばかりに大げさに頭を上下に振る。

 その仕草を微笑ましそうに見ていた女店主は、頬に手を当てて首を傾げながら売台の奥へ。

 物を探すゴソゴソという音や、何かが落ちるガラガラという音が鳴った後で、女店主は一組の脛当てを持ってきた。


「これは《平硬虫》だけじゃなくて、《小一迷宮》の《迷宮主》で雄の《ニ角甲虫》の羽根殻も使っているから、少し値が張るんだけど」


 確かにこの脛当てには灰色の板だけではなく、脛の直上と足の甲の部分には青黒い素材が使われていた。

 それを女店主は試しにとハウリナの両足へと着ける。

 そしてハウリナは店内で、品物に当たらないように気を付けながら、軽く蹴りを繰り出し始める。

 びゅんびゅんと、蹴りにしてはやけに早い風切り音がするので、多分ハウリナは身体強化の魔術を使用している。

 しかしよほど作りが良いのか、その脛当てはずれる事も下がる事も無く、ハウリナの足にピッタリとくっ付いている。

 最後に大きく回し蹴りを放ち、空中で足を止めて静止したハウリナは、テグスに物欲しそうな目を向けてきた。


「……お幾らですか?」

「今までの全部買ってくれるんなら、オマケして二人分で鉄貨千枚で良いわよ」


 一応予算範囲内なので買えない事は無いが、テグスは前もって予算を話したのは間違いだった気がしてきた。

 しかし今更そのお金が無いと嘘は言えないし、ハウリナはもう鎧と脛当てを買った気でいるようにテグスには見える。


「はい、鉄貨で千枚ですね。じゃあハウリナもお金だして」

「テグスに任せるです」

「《測貨板》は無料で貸しますよ」


 ハウリナは自分のお金の入った袋を、女店主は貨幣を数える例の板を、二人揃ってテグスに渡す。

 テグスは溜め息混じりに袋から銅貨を八十枚全部取り出してから、鉄貨でニ百枚を《測貨板》を使って数え始める。


「これって素材を持ち込んだら、もっと安くなるんですか?」

「安くはなるけど。なめしたり薬剤に漬ける工賃はちゃんと貰うから、劇的に安くはならないわよ」

「じゃあ素材をここで買い取ってもらうのは出来ますか?」

「買取りもやっているけれど。《小迷宮》の素材程度で、ここまで運ぶ事の手間を考えたら、《探訪者ギルド》に売るのと大差が無いんじゃないかしら。《小五迷宮》攻略出来る実力があるなら、普通にお金稼いで買いに来た方が楽だと思うわよ?」

「やっぱり上手くは行きませんね。はい、銅貨で八十枚と鉄貨で二百枚」

「はい。確かに頂きました」


 やる事は板の溝に鉄貨を入れるだけの暇な作業を、テグスは女店主と世間話をしながら終えた。

 そしてその代金を女店主に手渡し、防具一式は正式にテグスとハウリナの物となった。


「その防具は革鎧と違って痛み難いから、整備の必要は余り無いわ。でも大きな傷とかが出来たら、見せにこの店に来てね」

「その時はまたお世話になります。えーっと、お名前を聞いてませんでした」

「ふふっ、今更よね。《ソディー防具店》の店主のメイピルよ」

「テグスです」

「ハウリナ、です」


 そんな今更な挨拶を三人で交わしていると、テグスの口からは彼が疑問に思った事がつい出てしまう。


「それにしても、店名の『ソディー』はメイピルさんの名前じゃなかったんですね」

「ソディーは、私の夫よ。大分前に亡くなっちゃったけどね」

「それは、失礼な事を聞きました」

「全然失礼じゃないわよ。だって夫は天寿を全うして、老衰で死んだんだもの」


 くすくすと笑うメイピルが、人間よりも長生きな《樹人族》である事をテグスは忘れていたのだった。


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