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244話 《護森巨狼》との戦い

結構長いです。

 《中三迷宮》の最下層で、テグスたちは二十日ほど過ごした。

 《護森巨狼》との戦いにも慣れてきて、戦闘訓練ではあるが、一対一ではかなりの時間を粘れるように、六人ならば互角に渡り合えるようになっていた。


「この結果は、《大迷宮》で培ってきた下地があるからだろうけどね」

「けど、やっぱり強いです」

「一度でもうっかりすると、総崩れになっちゃうもんね~」

「それでも大分楽になってますよ、ウパルが二本分の《鈹銅縛鎖》を操って拘束できるようになってくれて」

「二つの間を縄で結んだ急造でございますので、余り当てにはしてくださらない方がよろしいのですけれど」

「そ、それでも、動きを止められるだけ、すごいですよ。だ、だって、精霊魔法では、引き止めきれないですし……」


 ここまでの手応えをテグスたちが話し合っていると、隣で《二尾白虎》の肉を食べていた《護森巨狼》がふと顔を上げた。

 どうしたのかと見ると、少し悲しげな瞳を向けてくる。


「じぃそなすきえるびぃいんふぁのえすちすぷるすふぃちぇかぱぶろ。もがうにばたぅせりおざす」


 長く言葉を喋ると、ハウリナが訳す前に立ち上がり、大樹の根元へと歩いていく。

 今までになかった様子に、全員が驚いた顔をする。


「まだ《二尾白虎》の肉はあるのに、どうしたのかな~?」

「な、なんだか、酷く寂しげでしたよね?」


 ティッカリとアンジィーが小首を傾げる中、アンヘイラはテグスとハウリナに目を向ける。


「どんな意味なのですか、さっき言ってきたことは?」

「分かった限りだと、僕らは力がついたから明日も戦う、って意味だったけど」


 テグスが知っている古代語を繋ぎ合わせて意味をそう類推したが、より詳しく言葉が分かるハウリナは首を横に振った。


「それ少し違うです。明日、殺しあう、って言ったです」


 衝撃的な言葉に、テグスだけでなく他の面々も信じられないという顔をする。


「え、それはどうして!?」

「知らないです。言ってないです」

「う~ん。今まで仲良くしてきたのに、いきなりどうしたのかな~?」

「か、悲しげな目をしてましたし、なにか、理由があるんじゃ……」


 テグス、ハウリナ、ティッカリ、アンジィーは思わぬことに動揺する。

 しかし、アンヘイラとウパルは平然と受け止めているようだった。


「二人は驚いていないようだけど、予想していたの?」

「変だと思っていただけですよ、《魔物》と人が仲良く戦闘訓練をするなんてこと自体を」

「きっと《護森巨狼》さまは《清穣治癒の女神キュムベティア》さまのしもべらしく、今まではこちらの力が足りないと慈悲をお与えくださったのでございましょう。しかし、時が満ちれば《迷宮主》としての本分を真っ当されるのが、当然ではないかと考えます」


 そう理由を聞いて、テグスは納得はしながらも、何かの間違いではないかという一抹の思いがあったのだが――


「ゥヲオオオオオオオオオオオーーーーーー……」


 唐突に《護森巨狼》の大音声の遠吠えが飛び出し、残響しながら消えていった。

 すると、今までは開けっ放しだった入り口が、伸びきた多数の蔓で閉じられていく。


「なるほど。これで僕らは逃げるという選択肢を失った上に、神像の転移でしか地上に戻れなくなったわけだね」

「殺すか、殺されるかです」


 退路を断たれてテグスたちの覚悟が固まったのを見取ったのか、《護森巨狼》は満足げに巨樹の麓で目を開けたまま横たわったのだった。




 テグスたちは、今までの戦闘訓練の疲れを取り払うように、たっぷりと睡眠を取った。

 そして起床し、軽く食事をする。

 いままでならば、ここに起きてきた《護森巨狼》が参加するのだが、巨樹の根元で静かに座って食事の様子を見つめている。

 テグスはその姿にある種の覚悟を見取って、殺し合いは避けられないのだと悟った。

 それはハウリナたちも同じだったらしく、戦いへの心構えを固めたようだった。

 食事を終えると装備を整え、テグスは仲間の顔を見回す。


「本当にこっちを殺しに来るだろうけど、いままで戦闘訓練した成果を見せるつもりで戦おう」

「戦うからには、勝つです!」

「仲良くしてきたのに戦うなんて、ちょっと悲しい気もするけど、仕方がないかな~」

「殺すしかないでしょう、敵対してくる相手なのですから」

「《護森巨狼》さまの心情を推し量りさせていただければ、こちらが本気を出さねば失礼にあたりましょうね」

「な、なら、く、訓練では使わなかった、毒矢と黒い球も、使っていきます」


 それぞれの武器を構えて、準備が終わったことを示した。

 テグスたちの戦闘意欲が高まったのを察したのか、《護森巨狼》は立ち上がるとゆっくりと近づき始めた。


「今まで戦ってきた通りに、僕とハウリナが最前で戦うから、ティッカリは他の皆の防御役に徹して」

「分かっているの~。一発の攻撃も通さないようにするね~」

「その間に援護ですね、後衛の役目は」


 テグスは指示をすると、ハウリナと顔を合わせ、同時に《護森巨狼》へと駆け出す。


「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」

「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」


 二人は身体強化の魔術を施し、身動きの速さを上げる。

 《護森巨狼》は四つの足を広げて地面を踏み、応戦する構えを見せた。

 そこに、ハウリナが黒棍を振り下ろす。


「あおおおおおおおおおおん!」

「ゥオオオオオオオオオンー!」


 同じような雄叫びが交差した。

 《護森巨狼》は迫ってきた黒棍を、前脚で叩き払う。

 訓練では肉球の部分で優しく払っていたが、今は爪で斬るかのような鋭い脚の振り方だった。

 弾かれたように地面に転がったハウリナが立ち上がるのを視認しながら、テグスはボロボロのままの小剣を左右に握り、《護森巨狼》へ突っ込んでいく。

 

「すぅ――――」


 肺一杯に空気を吸い込みながら、極限の集中状態に移行した。

 ゆっくりと見えるようになった景色の中、テグスは冷静に《護森巨狼》の筋肉の動きを見る。

 噛みつきがくると先読みし、顎が伸び来る位置を予想し、ギリギリで避けられるように身体を操っていく。

 《護森巨狼》の白く輝く尖った歯が並ぶ口が、テグスを頭から齧ろうと開けられ、閉じられた。

 鎧の端にかすった音を聞きながら、間近にある目に向かって、小剣を突き入れようとする。

 しかし、顔を軽く振るって避けられてしまい、目尻から耳の下に駆けて斬り裂くだけの結果に終わった。

 追撃する前に前脚で身体を打ち払われると先読みし、テグスは《護森巨狼》の四肢の間へと逃げる。

 攻撃し難い場所に入り込まれて、《護森巨狼》の脚が戸惑ったように足踏みをするのを見ながら、テグスは尻尾の方へ走り抜けた。

 そのとき、振り返りながら十字に構えた小剣に、予想していた通りに後ろ脚が伸びてきて、軽く蹴り飛ばされる。

 足が空中に浮かぶ中で、集中状態を解除すると、頭に感じる重さに舌打ちする。


「くっ。予想していたとはいえ、やっぱり魔術を使いながらだと、負担がでかいや」


 テグスは愚痴を言いながらも、小剣を確認する。

 蹴り脚の爪に引っ掛けられて、さらに少し状態が悪くなっていた。

 もとより、この一戦で壊すつもりで使っているので惜しくはないと、ハウリナと戦う《護森巨狼》へ再び向かう。


「あおおおおん! あおおおおおん!」

「ゥオオオオオ! グルオオオオオ!」


 狼の獣人と大きな狼だからか、両者の戦い方は移動しながら噛み合うような激しさだ。

 ハウリナは黒棍と足を鼻面や目などといった急所に叩き込もうとし、《護森巨狼》は傷を刻もうと牙と爪を振るい続ける。

 攻防の最中、牙と爪に晒される黒棍に傷が増えていく。

 しかし、直すあてがあるからか、ハウリナは気にする様子もなく戦い続けている。

 そんな中、テグスが再び参戦しようとしたとき、《護森巨狼》は振るった前脚をハウリナの眼前で止めた。

 攻防の調子を外されて、ハウリナの身体がつんのめるように泳ぐ。

 《護森巨狼》は動きが鈍ったハウリナの胴体に、噛み付こうと口を開けた。


「させるわけないでしょ!」


 テグスは手の小剣を二つとも、その開けられた口の中へ放り投げた。

 身体強化の魔術が継続していたこともあり、鋭い速さで飛んでいく。

 このままでは口内が傷つけられると分かったからか、《護森巨狼》はハウリナに噛み付くのを中止した。

 そして、飛んできた小剣を噛み止めると、牙の鋭さと顎の力で噛み砕いてしまう。

 この《護森巨狼》の動きが少し止まった間に、ハウリナは体勢を整え、アンヘイラとアンジィーがいる方から矢が飛んできた。

 顔面狙いの飛来物に、《護森巨狼》は慌てたように顔を背け身体を捻り、無理矢理に矢をやり過ごす。

 そこに、テグスが黒直剣抜いて斬りかかった。

 身を捻っていて動き難いはずだったのだが、《護森巨狼》は四脚で跳び上がるようにして回避する。

 空中で捻りを解くように回転した後で、静かに着地した。

 しかし避けきれはしなかったようで、片前脚の側面に小さな傷が生まれ、血が滲んでいる。

 《護森巨狼》がその傷を気にする素振りを見せると、注意がそれたと見たのか、アンヘイラとアンジィーから矢が放たれた。

 飛来する矢を《護森巨狼》が回避し続けると、アンジィーの声が聞こえてくる。


「風の精霊さん~♪ この黒い球を、あの大きな狼さんに当てて欲しいんだよ~♪」


 アンジィーが放った爆発する黒球は、精霊魔法の風に乗って飛んでいく。

 アンヘイラから放たれ続けている矢を、軽々と避けていた《護森巨狼》の側面に、黒球が衝突する。

 しかし、毛皮で受け止めるように身体が動くと、黒球は爆発せずに草の生える地面に落ちた。

 どうやら、多少の衝撃では爆発しない安全性能が、仇になったようだ。

 効果がないと見て分かったのだろう、アンジィーは直ぐに別の手を打つ。


「闇の精霊さん~♪ あの大きな狼さんの目を塞いじゃってね~♪」


 アンジィーの呼びかけに従い、《護森巨狼》の目を黒い闇が覆った。

 驚いたように前脚で取ろうとするが、すり抜けてしまうので無駄だ。

 好機だと、テグスとハウリナが打ちかかり、アンヘイラとアンジィーが矢を放つが、的確に前脚と牙で防いでくる。

 ウパルが《鈹銅縛鎖》を伸ばして拘束を狙うが、直前に脚を上げて逃げられてしまった。

 

「きっと、耳と鼻で、場所がわかるです」


 ハウリナの助言に、テグスは身振りで闇の精霊魔法の効果がないと知らせた。

 すると、アンジィーは直ぐに精霊魔法を変化させる。


「闇の精霊さん~♪ 大きな狼さんの口を閉じちゃって~♪」


 《護森巨狼》の目元にあった闇が、蛇のような形になって顔を移動する。

 そして、口元までくると、顎を閉じさせるように輪になった。


「グルゥウウウウ」


 苛立ったような唸り声を上げて、《護森巨狼》は二度三度と口を開けようとする素振りをするが、無理なようだ。

 牙による攻撃が出来ないとみて、テグスはハウリナと一緒に攻撃する。


「たあああああああああ!」

「あおおおおおおおおん!」


 流石の《護森巨狼》も前脚だけでは反撃までは無理なのか、四つの脚を動かしての回避を優先する。

 ここが決め所だろうと、テグスとハウリナだけでなく、アンヘイラとアンジィーが援護し始めた。

 振るわれる黒直剣と黒根、そして跳んでくる矢で回避が難しくなってきたところで、《護森巨狼》の脚の一つに《鈹銅縛鎖》が巻きつく。


「ティッカリさん、お願いいたします」

「ようやく出番なの~。と~~~や~~~」


 ティッカリが《鈹銅縛鎖》を力いっぱい引くと、《護森巨狼》の体勢が脚を滑らせたように傾く。

 最大の機会に、テグスとハウリナは、これで決めると言わんばかりに、魔術の呪文を大音声で唱える。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』!!」

「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』!!」


 魔術の光りを纏った黒直剣と黒根が、二人の手によって振るわれる。

 狙いは体勢を崩されて位置が下がった、《護森巨狼》の頭だ。

 当たれば決着する一撃だったのだが、《護森巨狼》はこの窮地が演出だったかのように、二人の攻撃を顔を背けることで簡単に避けた。

 その際に、黒直剣と黒根が、口を縛る闇の精霊で作られた輪を通過する。

 すると、まるで斬り裂かれたかのように輪に切れ目が入り、そして直ぐに消滅した。


「ヲォフ――とろんぴた」


 笑うような《護森巨狼》の言葉が、『引っかけた』という古代語と似ているとテグスは理解する。

 そのとき、《護森巨狼》が背けていた顔を戻しての頭突きで、身体を吹っ飛ばされた。

 大きな丸太で胸を押されたような衝撃に、テグスは息が詰まったが、どうにか足で着地することに成功する。


「けほ、けほっ……」


 しかし、息が吸えなかった反射で咳き込みながら、手を地面に置く。

 何度か咳をすると、詰まっていたものが取れたように、急に肺に新鮮な空気が入ってきた。

 落ち着きを取り戻して顔を上げると、ハウリナたちは攻撃の手を止めていない。

 それは、戦線に復帰してくると信じて疑っていないように、テグスには見えた。

 期待には応えると、大きく深呼吸してから立ち上がる。

 そのとき、テグスは自分が黒直剣を右手で持っていることに気付き、そして確かめるように一度振るう。

 手の感触にあることを悟り、左手で《補短練剣》を抜いて構えると、そのまま《護森巨狼》へ向かった。

 テグスが来るのが見えていたのか、《護森巨狼》は前脚を振り回して黒棍と矢を払うと、大口を開けて噛み付きにくる。

 

「たりゃああああああ!」


 テグスは右手の黒直剣を渾身の力で振るって、《護森巨狼》の牙に打ち当てて数瞬押し止める。

 そして押し負ける前に、左手の《補短練剣》を向けた。

 

「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』!」


 一息に火閃の五則魔法の呪文を唱えると、《補短練剣》から噴出した炎が一直線に伸びる。

 だが《護森巨狼》は呪文が聞こえた瞬間に、身を翻して逃げを打った。

 その結果、炎は身体の側面の毛先を炙っただけで終わる。

 しかし距離が離れたことで、テグスたちは仕切り直しをする余裕ができた。

 ウパルは《鈹銅縛鎖》を袖から中に仕舞い、アンヘイラとアンジィーは矢の残りを確認していき、ティッカリは殴穿盾を合わせて気合を入れなおしている。

 そして、ハウリナは黒棍の傷みを撫でて確かめながら、《護森巨狼》を警戒しつつ、テグスに近寄ってきた。


「その戦い方、だいじょーぶです?」


 視線が黒直剣と《補短練剣》に向けられていることから、扱いきれるかどうかを心配しているようだった。


「身体が成長したからか、この長さの剣なら片手で扱うのに調度よくなっていたみたいなんだよ。だから、心配しないで」

「なら、いいです」


 そう会話を交わしていると、後衛組みのほうから言葉が飛んでくる。


「あ、あの! や、矢の本数が、少なくなってきてます!」

「じり貧ですよ、早く倒さないと!」


 アンジィーとアンヘイラの発言に、テグスは次の攻防で決着しようと覚悟を決めた。

 目でハウリナに伝えると、頷きが返ってくる。

 そうして二人で襲いかかろうとする直前、《護森巨狼》が先に走り出した。

 行き先を見て、テグスたちの横を抜け、ティッカリたち後衛に近づくつもりだと分かる。


「させ、ないよ!」

「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」


 テグスは黒直剣を手放すと、開いた手で投剣を可能な限り抜きながら、《護森巨狼》に浴びせるように投げつけた。

 その後を追うように、身体強化の魔術を使ったハウリナが、黒棍を振り上げながら突進する。

 しかし、《護森巨狼》の走る速さは緩まない。


「ぐるぅが、ガアアアウ!」


 目を閉じて飛来する投剣に突っ込み、ハウリナが振るった黒棍も額で受け耐えた。

 そして、顔に傷を作り血が毛に滲むが、《護森巨狼》はハウリナごとどちらも弾き飛ばして、ティッカリたちへと走っていく。

 アンヘイラとアンジィーが矢を放つが、避けずに一直線に進んでいる。


「来る気なら、覚悟するといいの~」


 手の先に黒紫色の角が来るように殴穿盾を付け替えて、ティッカリが立ちはだかる。


「ヲォオオオオオオオオ!」

「と~~~~や~~~~~」


 頭突きで弾き飛ばそうとする《護森巨狼》と、殴穿盾の面で押し止めるティッカリが激突した。

 体格の差で少しだけティッカリが押し込まれたが、やがて拮抗して動きが止まった。


「と~~~~~や~~~~~~」


 ティッカリは全身に力を入れ、殴穿盾を跳ね上げて《護森巨狼》をよろめかせると、腕を振るい直して黒紫色の角で傷をつけようとする。

 毒々しい色合いから逃れるように、《護森巨狼》が後ろへ飛び退いた。


「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』……」

「風の精霊さん~♪ この黒い球を、大きな狼さんの目の前で潰して、驚かせてあげてね~♪」

 

 その追撃に、アンヘイラは身体強化の魔術を用いて《贋・狙襲弓》を引き絞ってから矢を放ち、アンジィーは黒球を投げつけつつ風の精霊魔法を使った。

 至近距離だったため、瞬くほどの時間で矢が《護森巨狼》の片目に突き刺さる。

 もう片方の目の前で黒い球が破裂して、爆炎と爆風が吹き上がった。


「えすてぃすみぃふぁらす……」


 痛手に悔しげな言葉が、《護森巨狼》から漏れる。

 そこに、黒直剣を拾って追いすがってきたテグスが、左手の《補短練剣》を振るいながら、炎壁の五則魔法を唱える。


「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは噴出する炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・ラケーテ・フラモ)』!」


 《護森巨狼》とティッカリたちを分断するように、炎の壁が地面から吹き上がる。

 攻撃の機会を失したと判断したのだろう、《護森巨狼》は狙いをテグスへ変更した。

 真正面から見ると、片目には矢が突き刺さり、反対の目の周りの毛が焼け焦げていて、痛々しい有様だ。

 しかし、《護森巨狼》の戦意は衰えていないらしく、牙を剥いて襲い掛かってくる。

 テグスは集中状態に移行し、炎の壁が消えた。

 ゆっくりと流れる時間の中で、振るってきた前脚を、右手の黒直剣を切っ先が下になるよう掲げ、峰を肩で抑えるようにして押し止める。

 重たい衝撃に身体が揺れるが、踏ん張りながら左手の《補短練剣》を向けた。

 切っ先から逃れるように、《護森巨狼》が跳んで逃げる。

 テグスは《護森巨狼》が跳んで逃げる少し遠くに、あるものを見つけ、それを利用するべく呪文を唱える。


「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』」


 火閃の五則魔法により、《補短練剣》の先から炎が直線状に噴き出した。

 避けて逃げる《護森巨狼》を追いかけつつ、筋肉の動きを見ながら炎で逃げる方向を操作するべく、何度も呪文を唱えていく。


「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』。『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』」


 集中状態で五則魔法を使うのは初めてな上に、連続して使用しているからか、頭の働きが加速度的に重くなっていく。

 だが、その重さで集中が途切れる前に、テグスは狙い通りの場所に《護森巨狼》を跳び退かせることに成功した。

 策はなったと集中状態を止めると、頭の中に重りを入れたかのように感じて、テグスの頭がぐらりと揺れる。

 テグスが思わず座り込むのと、《護森巨狼》が後ろ脚で踏んだあるものが破裂するのは同時だった。


「ヲォオオオオオオオオーー!」


 悲鳴を上げる《護森巨狼》が踏んで、後ろ片脚の肉球を半分弾け飛ばしたものは、爆発する黒い球。

 それは、戦いが始まって少ししたときに、アンジィーが《護森巨狼》に当てたが効果がなくて、草の上に落ちていたものだった。

 テグスは思いつきで行った作戦が成功したことに喜びながら、重い頭に手を当てながら立ち上がる。

 怪我をして三つの脚しか使えなくなった《護森巨狼》は、動き難そうにひょこひょことした足取りで移動し始めた。

 両者が顔を見合わせて対峙していると、髪が草だらけになったハウリナが走って、横合いから《護森巨狼》に跳びかかる。


「あおおおおおおおおおおん!」

「しき――どららぁ……」


 《護森巨狼》は方向転換しようとして、怪我をした脚で地面を踏み、痛みからか動きが固まる。

 そこにハウリナが、怪我をしていない方の後ろ脚に黒棍を叩きつけた。

 音から骨が折れはしなかったようだが、関節狙いの一撃に、明らかに《護森巨狼》の動きが鈍る。

 さらに、飛来した矢が、《護森巨狼》の胸元とわき腹に突き立った。

 《大迷宮》を進んで集めた毒の混合液が塗られていたのだろう、矢が刺さって直ぐに《護森巨狼》の身体が大きく揺れた。

 テグスが重たい頭を振るってから確認すると、護衛役のティッカリを先頭に、ウパル、アンジィー、アンヘイラの順で近づいてきている。

 そうしているうちに、《鈹銅縛鎖》の拘束可能な範囲に《護森巨狼》が入ったのだろう、ウパルが大きく袖を振るった。

 袖から出てきた《鈹銅縛鎖》は、瞬く間に《護森巨狼》の二本の前脚に絡みつく。

 ティッカリが引っ張り、さらにきつく締め上げる。

 もうまともに身動きが取れなくなった《護森巨狼》へ、テグスは《補短練剣》を仕舞うと、黒直剣を両手で掴んで突っ込んでいった。


「グルアアアアアアア!」


 最後の足掻きと体言するように、《護森巨狼》は身体を動かし、テグスに噛み付こうとする。

 我慢のしどころだと判断し、極短時間ながら集中状態に入り、牙を避けつつ、首に黒直剣を突き入れた。

 集中が切れると、テグスの目の前で真っ赤な血が傷口から噴き上がる。

 テグスは急いで黒直剣を引き抜き、止めを刺すべく剣を振るおうとした。

 しかし斬りつける前に、これで役目は終えたといわんばかりの顔つきで、《護森巨狼》はその場に腹ばいになった。

 

「びぃうろえすたすぱさんた。べぬぼぬぼるちぇしぎ……」


 そして、剣を止めたテグスを促すように言葉をかける。

 そこにハウリナが近寄ってきた。


「試すの終わったから、殺して欲しい、って言ってるです」


 ハウリナが訳してくれたことで、この結末を迎えることが、この《護森巨狼》の《迷宮主》としての役目であると、テグスは理解した。

 せめて苦しみが長くならないようにと、重い頭を省みずに集中状態に入る。

 そして、いまできる極上の剣捌きで、テグスは《護森巨狼》の首を断ち斬った。

 その地面に落ちた頭にある顔は、まるで眠っているかのような安らかさで満ちているのだった。


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