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243話 《中三迷宮》最下層で過ごす

 《静湖畔の乙女会》で変な約束を結んでしまってから、テグスたちは《中三迷宮》を再び進んでいく。

 道中、《護森巨狼》へのお土産として、《二尾白虎》を狩っていくのは忘れない。

 そうして、最下層に到着すると、以前と同じように春の日差しの中のような暖かな広い空間の中、人を一飲みできそうなほど大きな狼が巨木の木陰で眠っていた。

 その大きさに、初めて見るアンジィーは驚いている様子だが、他の面々は慣れたものだ。


「二巡年ぐらいぶりの再会だけど、相変わらずな様子だね」

「気持ち良さそうに、寝てるです」


 テグスたちがその空間に踏み入ると、察知したように《護森巨狼》の耳が動き、眠たげに目が開かれた。

 どうやら寝ぼけているらしく、目をしょぼしょぼさせて、テグスたちを見ている。

 その巨体に見合わない可愛らしい様子に、アンジィー以外が忍び笑いをこぼした。


「これ使って、しっかりと起こしてあげようか」

「うるさいので、耳閉じるです」

「聞こえはしないんですけどね、獣人以外には」


 テグスは、背負子から出した《護森御笛》を口に咥えると、力強く吹いた。

 相変わらず息が抜けるような音しかしないはずなのだが、ハウリナは酷く耳障りそうに顔をしかめ、《護森巨狼》は驚いたように立ち上がる。

 《護森御笛》を吹くのを止めると、意識がはっきりしたらしい《護森巨狼》が凄い速さで走って近づいてきた。

 その巨体が迫る迫力に、アンジィーの顔が引きつっている。


「あ、ああ、あの、大丈夫なんですか?」

「前と同じなら、いきなり襲ってはこないよ」


 テグスが言った通りに、《護森巨狼》は一定距離を保って静止する。

 そして、テグスたちの匂いを確かめるように、大きな鼻をスンスンと鳴らし始めた。

 記憶にある匂いと合致したのか、まるで久しぶりに飼い主と会った犬のように、盛大に尻尾を振り回しだす。


「じぃえすたすにあでろんぎ」


 そして、親しげな口調で語りかけてきたのを、ハウリナが通訳する。


「また会ったね、って言ったです」

「えぇ!? あ、あの、この大きな狼さん、お喋り出来るんですか!?」

「古代語とハウリナの枝族の言葉に似ているから、意思疎通ができるんだよ。ハウリナが《火炎竜》から逃げようって言ってたのだって、同じ様な言葉を喋ってたからだよ」

 

 そうウパルに説明しながら、テグスは《護森巨狼》に目を向ける。

 成長して背が高くなったとはいえ、相変わらず大きい。

 それでも、優しげな目をしているし、《火炎竜》よりかは小さいので、あまり威圧感は感じない。


「えっと古代語で久しぶりは――ロンガ、テンポ」

「じぇす。どぅきぃあるびぃびぇにす?」

「きた理由を、聞いてるです」

「前と同じく戦闘訓練なんだけど、その前にお土産を出さないと」


 テグスが身振りすると、二十九層で取ってきた丸のままの《二尾白虎》を、ティッカリが背負子から下ろして差し出す。


「獲れたて新鮮なお肉なの~」

「もくばたろ、ちめもらじ」

「めもらぁじぃ! だんこんびあんどめもらぁじょ!」


 《護森巨狼》は盛大に尻尾を振って、二度顔を通訳したハウリナにこすり付けると、《二尾白虎》に大口で噛み付いた。

 一噛みで身体の半分引き裂き、口の端から内臓の破片が零れ落ちるが、顔は幸せそうに緩んだ感じがある。

 しかしその姿に、アンジィーは心配そうな顔を、テグスとアンヘイラに向ける。


「ほ、本当に、大丈夫ですか? な、なんだか、食べられちゃい、そうなんですけど」

「話して分かる相手だから、大丈夫だよ」

「きっと久しぶりの肉なのではしゃいでいるのでしょう、この空間には果実や木の実しかないので」

「《護森巨狼》さまは、《中三迷宮》の《迷宮主》に相応しい、慈悲深く理知的なかたでございます。不用意に礼を失しない限りは、寛大に接してくださいます」


 追加でウパルからも説明を受けても、アンジィーは心配が抜け切らない表情をしたままだ。

 そうしている間にも、一匹を食べきった《護森巨狼》に、ティッカリが内臓を抜いてある《二尾白虎》を追加で置く。

 まだ食べ足りなかったようで、追加分もぺろりと平らげてしまった。

 満足げに口の周りを舌で舐めてから、《護森巨狼》はテグスたちに喋りかける。


「どぅえすたすみぅだすくんびうぉじ?」

「もう、訓練していいか、聞いてるです」

「そうしてもらえると助かるけど、まずは一人ずつ相手にしてもらおうか。誰が一番先にやる?」


 テグスが問いかけると、ハウリナが真っ先に手を上げた。


「久しぶりに、戦ってみたいです!」

「じゃあ、ハウリナが終わるまでに順番を決めておくよ。頑張ってね」

「がんばるです! るどぅ、ぺつ!」

「じぇす、うぬえにぅどすまぷれぜ」


 ハウリナは背負子と黒棍を地面に置くと、《護森巨狼》と駆け出して戦い始めた。

 高速移動しながらの攻防は、端からでは危ういように見えるが、当の本人たちはまるでじゃれ合う子犬のように無邪気な顔をしている。

 以前は、直ぐにハウリナが捕まえられてしまっていたが、成長した今では互角とは言わないまでも十分対抗出来るようになったようだった。

 心配はなさそうだと、テグスは残りの面々と挑む順番を話し合う。

 少しして、ハウリナが胴を甘噛みされた後で地面へ放り投げられた頃に、その順番は決定した。

 いまだに恐ろしさが抜けないらしいアンジィーは、最後を希望して認められたのだった。




 《護森巨狼》との戦闘訓練は、テグスに自信をつけさせる結果になった。

 成長した手足によって攻撃範囲が広まり、移動する素早さも上がったこと。

 極限の集中状態になれば、《護森巨狼》の素早い動きについていけること。

 そして、攻防の多様性が前より高まった分だけ、一度の訓練に費やす時間が延びたこと。

 これらのことが分かり、自分が確実に成長していると実感したのだ。

 同じことは、ハウリナ、ティッカリ、アンヘイラ、ウパルにも言えるようで、全員が満ち足りた表情をしている。

 唯一アンジィーは、以前に《護森巨狼》と戦ったことがなく、一人だけの戦闘をさほど経験したことのないため必死だ。

 それでも訓練の中で、土や闇の精霊魔法での足止めだけでなく、火や水の精霊魔法での目くらましや、風の精霊魔法での回避術などを試す、余裕のようなものがある。

 そんな、以前とは違って苦戦するようになり、《護森巨狼》は苛立っているかと思えばそうではなかった。


「みぃあむぜでぃろぉんがんてんぽん!」

「はぁはぁ……長く戦えて嬉しい、って言ってるです」

「まだ、全然、元気そう、だもんね」

「も、もう、こっちは、体力の限界なの~」


 テグスたちがへとへとになるまで相手したというのに、《護森巨狼》はもっと遊ぼうと言いたげにはしゃぎ回っている。

 戦闘訓練を付き合ってくれているので要望には応えたいものの、テグスはこれ以上は逆効果だと判断した。


「これ以上無理――ホディアウ、リミゴ、テレナード」


 古代語で伝えると、《護森巨狼》は一転してしゅんとした様子になる。

 そして、伺うような視線をテグスたちに向けてきた。


「みぃるぅでぃすでのべもるがう?」

「明日、またやるです。って聞いてるです」

「そのつもりだけど、皆もいいよね?」


 テグスが確認を取ると、疲れた様子のままだが、全員が首を縦に振って答えた。


「といううことなので、明日もまたよろしくお願いします――ダンコォーン」

「じぃす、だんこんでのべもろがう♪」


 テグスの返事に気を良くしたような《護森巨狼》は、巨木に近寄ると果実を多く拾って戻ってきた。

 それを差し出すように置いたので、どうやら食べろと言いたいようだ。

 一つずつ手に取り、全員でかぶりついた。

 疲れた身体に行き渡るような、少しすっぱいが甘くてみずみずしい味だった。

 全員が瞬く間に一つ目を食べ終え、二つ目を手に取る。

 しかしこれだけでは、失った体力を取り戻すのには不十分だと、テグスは感じた。


「これだけだと、お腹が満足しないです。肉が欲しいです!」


 どうやらハウリナも同じだったようで、背負子から切り分けた《二尾白虎》の肉を取り出してきた。

 それに、残る全員が同調する。


「そうだよね。やっぱり、果実だけじゃ力がつかないよね」

「料理の道具を背負子から出しちゃうの~」

「調理するのはお任せくださいませ」

「それでは探してきましょう、食べられる野草や木の実などもここにはあるので」

「そ、そうなんですか。あ、あの、一緒に探しにいきます」


 そうして始まった準備を、傍らで《護森巨狼》も物欲しそうな目で見つめて、料理が出来上がるのを待っているようだった。



11月30日に、書籍版の二巻が発売しました。

お買い求めくだされば幸いです。


それと短編を別所に追加してますので、あわせてどうぞ。

www.pixiv.net/novel/show.php?id=6104839

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