241話 《中迷宮》を征く
マッガズたちに会った翌日、テグスたちは《外殻部》へ入り、《中二迷宮》へ行くことにした。
そのことに、ハウリナが不思議そうな顔をする。
「おっきい狼に、会いにいかないです?」
「《中三迷宮》は時間がかかるからね。さきに、延長するための《鈹銅縛鎖》を取ろうかなってね」
「お手数をおかけして申し訳ございません。なにせ、一つ分では巨体を縛るには不十分であると判明致しましたものですので」
話しながら歩いていても、季節が冬だからか人影はほとんどない。
多くの商店も閉まっているので、無人の街を歩いているように錯覚してしまう。
それでも、《中二迷宮》付近にある《探訪者ギルド》支部には多少人がいて、《魔物》の肉を運び込んでいる姿があった。
そんな光景を見ながら、テグスたちは《中二迷宮》へ入る。
外の気温と連動しているのか、中は酷くひんやりとした空気に溢れ、すれ違う《探訪者》たちの多くは寒そうに身体を揺すっていた。
だが、テグスたちは《大迷宮》にある冬の森の層でも耐えられる防寒具があるため、この程度の寒さはどうということはない。
そして《大迷宮》の最下層付近の《魔物》に比べたら、雑魚にも等しい敵を倒して魔石化ながら、足早に層を下っていった。
道中、寒さで身動きが鈍ったのか、防寒具のない《探訪者》の死体を何人か見つけ、装備品とともに《青銅証》を回収し、さらに最短距離で下へ下へと進む。
何の苦労もなく最下層に到着し、狩っておいた《手舐め熊》の肉で腹ごしらえをする。
「クマ肉、久しぶりです。歯ごたえ、さいこーです」
「《中町》には《円月熊》の肉が出回っているけど、《下町》付近には熊の《魔物》は出ないもんね」
「久々だから野性味が強く感じるけど、段々とクセになってくる味なの~」
腹を満たし、ここまでの道行きで使った体力を回復させてから、テグスたちは《中二迷宮》の《迷宮主》である《下級地竜》と戦闘に入る。
しかしながら、《大迷宮》に現れる強化されたほうすら倒せるテグスたちに、ここの《下級地竜》は簡単に過ぎる相手だった。
「壁にぶつかって動きが止まったのを確認したら、近づいて足の鎖を思いっきり引っ張れば動けなく出来るからね」
「《大迷宮》のほうで、散々追い掛け回されたから、簡単によけられるようになってるしね~」
テグスたちの目の前では、《下級地竜》が足を拘束されて地面に倒れていた。
もがく度に脚にされた拘束具の機構が動き、少しずつ鎖の拘束力が弱まるが、動きを見計らって引っ張りなおして起こさせないようにする。
調理台に載せられた肉のような有様で、あとは止めを刺すだけの状況を前に、アンヘイラがせっついてきた。
「さっさと倒して早めに移動しましょう、道行きが長い《中三迷宮》にも行かねばならないんですから」
「それもそうだね。必要なものを取って、地上に戻ろうか」
テグスがアンヘイラに砥ぎ直してもらった黒直剣で、《下級地竜》の首の血管を切って失血死させる。
そして言ったとおりに、死体から《鈹銅縛鎖》を取って、持てるだけの肉を持つと、残りは魔石化した。
出口の先にある神像から六袋の《蛮勇因丸》を得ると、全員で地上に戻るために転移するのだった。
《中二迷宮》から直ぐに《中三迷宮》へ移動する。
日が沈んでしまったが構わずに中に入ると、地上と違って春先のように暖かな空気に包まれる。
防寒具を仕舞い、馬車の運行が時間的にないようなので、テグスたちは歩いて進む。
「防寒具もあるし、この暖かさなら野宿もいいかもね」
「人で村や里が溢れていましたからね、この時期の浅い層では」
そんな話をしていると、テグスはウパルがどことなく嬉しくも不安そうな空気を発していることに気がついた。
「なにか気がかりなことでも思い出したの?」
「いいえ。久々の里帰りとなりますので、少々心が落ち着かないだけでございます」
聞いたときはいつも通りの風を装うが、少し経つとまた同じ雰囲気に戻ってしまった。
踏み込んみるべきかとも思ったが、まだ道のりは長いので聞く機会や話す気になることがあるだろうと、テグスは棚上げすることにした。
ハウリナたちも少し心配そうに見やるが、ウパルが聞かれたくなさそうにしているためか、尋ねることはしない。
進めるだけ進み、適当な場所で久しぶりに天幕を張って野宿をすることにした。
《中三迷宮》の《階層主》や《迷宮主》以外の《魔物》は弱いため、見張りは誰かが一人だけの状態で順番を回す。
そうして、外と連動している天井の光球が、朝日のような光を放ち始める頃に、再び先へと進んでいった。
立ち寄った村で代金を払って馬車を動かしてもらい、より楽になった道のりを消化し、途中の村で《下級地竜》の肉を代金に家に泊めてもらう。
そうして十層、二十層と《階層主》を倒して突破。二十一層からは森の迷路になるため、再び徒歩で進む。
出会う二種の《魔物》でも、特に食料となる《見惚華人》を狙って倒して回収しつつ、途中の集落ではそれを取引材料に民家で宿泊した。
そうこうしている内に、ウパルの育った《静湖畔の乙女会》がある二十五層までついてしまう。
結局、ウパルは自分から、普段と違う雰囲気になっている理由を語ることはなかった。
でも流石に、二十五層にある町に到着してからは、一段と心配そうな表情になっているため、テグスはわけを聞かないわけにはいかないと感じた。
「ねえ、ウパル。表情が硬いけど、何か里帰りで心配していることでもあるの?」
「そ、そんなに顔が強張ってございますでしょうか……」
頬に手を当てて、表情を作る筋肉を解そうとするかのように、何度か動かしている。
何時にない行動に、テグスは本格的におかしいと思い始めた。
「無理に聞こうとは思わないけど、話してくれれば力になるよ?」
テグスの言葉に、ハウリナたちも首を縦に振ってみせる。
すると、ウパルは少し困ったような表情を浮かべ、続いて心配そうな顔になる。
「お申し出は嬉しく思いますし、お手伝いしていただければ幸いではあると考えます。ですが、テグスさまのお人柄から推測しますに、事情をお話しすると少々こちらを失望してしまわれるのではないかと、危惧しているのでございます」
よく分からない言い回しに、テグスは首を傾げる。
「幻滅って。僕と敵対するってこと?」
すっと目が細められたのが見えたのか、ウパルは慌てたように首を横に振る。
「いいえ。そういう積りは毛頭ございません。恐らく《静湖畔の乙女会》としましても、敵に回るようなこともございませんでしょう」
「じゃあ、そんなことにはならないと思うよ。内容はまだ知らないけど、易々と失望するほど、ウパルとは短い付き合いではないしね」
少し前の雰囲気を吹き飛ばすように、テグスはあっけらかんと言い放つ。
すると、アンヘイラが軽く溜め息を吐く。
「はぁ……大丈夫でしょうか、そんな安請け合いをして」
「あれ? アンヘイラはウパルが何を心配しているか分かっているんだ」
「いえ。分かってはいませんよ、これまでを振り返って予想しただけで」
そんな予想できるような話はあったかなと、テグスは思い出してみるが、よく分からなかった。
ウパルが話してくれるだろうと見ると、意を決したような顔で口を開く。
「実は、私がテグスさまに同行したのには理由がございまして、それは――」
「あら、貴方もしかして、ウパルではないですか?」
そう横から声をかけてきたのは、たまたま通りかかった風な、頬かむりと赤く染め上げた袖の長い貫頭衣姿の三十代の女性だった。
テグスは彼女を見たことがある。
「修道長って呼ばれていた――たしか、ルミーネクさんだっけ?」
名前を思い出して告げると、ルミーネクはウパルとテグスたちを見回して大きく驚いた顔をする。
「ウパルも成長していて驚きましたが。貴方たちも随分と大きく、そして立派な姿におなりになりましたね。さあさあ、立ち話もなんでございましょうし、《静湖畔の乙女会》の家へ来てくださいな」
自然石を組み合わせた外壁に、多数の蔓草がまきついている建物へと案内されている間、テグスはルミーネクの物腰が前より柔らかになった気がしていた。
そして、ふと横を見ると、事情を話し終えられなかったことを後悔しているような顔を、ウパルがしているのに気が付いたのだった。
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