240話 『相性』の噂
新たな武器を作る素材の情報を入手し、テグスたちは《中町》から神像で転移し、地上へ向かった。
雪が舞う中、《七股箆鹿》の毛皮で作られた防寒具を着て移動し、《探訪者ギルド》本部へ入る。
今まで集めに集めた灰色の魔石と《堕角獣馬》の肉を、全て買い取ってもらうことにした。
その量に、買い取り窓口の職員は応援を呼んで価値の査定をし始める。
それから少しして、顔馴染みの職員であるガーフィエッタがやってきた。
「おや、テグスさんたちが着てたんですね」
「こんにちは、ガーフィエッタさん。魔石の鑑定に、職員総出な感じになっちゃって申し訳ないです」
「構いませんよ、冬になると外国の商会との取引もないので、仕事も少なくて暇なので。それにしても聞いてますよ、大分羽振りがいいそうではないですか。まあ、この魔石の量を見れば、一目瞭然ではあるのですけれど」
「魔石ばっかり集められるようになったって、かさばって保管する場所に困るだけですよ。それに、いくら魔石があったって、五十一層の《魔物》相手に役立つことがないのですしね」
いつも通りの言葉の応酬をしていると、ガーフィエッタは珍しく言葉を途切れさせて、目をパチパチと瞬かせた。
そして、テグスの仲間たちの装備を見ていき、ティッカリの殴穿盾に装着された《堕角獣馬》の黒い角に視線を向ける。
「ほう。もう五十一層に行けているんですね。この調子でしたら、テグスさんが二十歳になる頃には、《大迷宮》の《迷宮主》である《火炎竜》も倒せてしまいそうですね」
「褒めてくれるのは嬉しいですが、個人的にはもうちょっと早く倒したい気がしてます。そのための準備で、いま地上に戻ってきたんですから」
「《火炎竜》を倒した人など、かれこれ何十年も出ていないはずですので、そんな簡単な相手ではありませんよ。後数年で倒せそうと言ったのだって、お世辞の部類なのですから」
呆れたと言わんばかりの言葉と態度に、テグスはやってみせると目で語った。
好きにしろと言いたげな身振りをしてから、ガーフィエッタが言葉を続ける。
「しかし、目的はあくまでも準備ですか。てっきりテグスさんたちは、マッガズさんたちと面識がおありなようなのですし、もうそろそろ出産時期なので、顔見せにでも行くのかと思っていたのですが」
テグスが意外な話に驚いていると、横からハウリナが会話に割り込んできた。
「子供、生まれそうなんです!?」
「ええ。マッガズさんが、いい産婆か医者を知らないかと、厳つい顔で心配そうにお尋ねに来たときに、少しお伺いした限りではもう少しで生まれそうな様子だそうですよ」
その言葉を受けて、ハウリナが見上げてくる意味を、テグスは理解した。
「二・三日予定が遅れたっていいさ。マッガズさんたちに会いに行ってみようか」
「わふっ。やったです!」
そうしているうちに大量の魔石と肉の査定が終わったらしく、買い取り窓口の職員が鑑定結果を書いて見せてくれた。
金貨と銀貨の枚数を確認して納得すると、自分と仲間たちの《白銀証》を渡し、頭割りで預金するよう伝える。
その処理が終わるまでの短い時間を、テグスはガーフィエッタとの会話を再開させて費やすことにした。
「五十一層の《魔物》について、なにか攻略法とか知ってますか?」
「《探訪者》間で情報が遮断されているので、大した事は知りません。ですが、なにやら出てくる《魔物》の間には、『相性』というものがあるそうですよ」
「一つの広間に一匹しか出てこないのに、そんなものがあるんですか?」
「詳しい話は伝わっていませんが、倒した《魔物》の素材や道具を利用すれば、格上の相手であっても比較的簡単に倒せるようになるのだそうです。きっと、色々と試してみたり、やけくそで行った事が上手くいったことを蓄積し、判明したのでしょうね。だからこそ、この《探訪者ギルド》本部は把握せず、実力のある《探訪者》の間のみに伝わる秘中の秘なのでしょう」
「ふーん。マッガズさんたちは知っていと思いますか?」
「どうでしょう。五十一層に行っていたとも聞きますが、精々その情報を持つ誰かを知っているだけではないかと」
武器を新調せずに済むかもしれない情報を手に入れられた。
テグスは預金の処理が終わった《白銀証》を受け取ると、仲間たちと共にその話の鍵を握るであろうマッガズに会いに向かったのだった。
前と同じ借家に、マッガズたちは住んでいた。
テグスたちが連絡を寄越さずに尋ねたため、少し驚いた様子だったが、快く家の中へ入れてくれた。
「冬になって尋ねてくる人も少なくなったからな、ミィファもいい気晴らしになるだろう」
雰囲気に優しげなものが混ざるようになったマッガズに案内され、テグスたちは二階への階段を上がる。
「前に尋ねたときとは、違う部屋なんですね」
「ああ。前の部屋は構造からか、暖房があまり効かなかったからな。体調を崩すのもまずいし、移ってもらったんだ。おっと、ちょっと待っててくれ」
先にマッガズがミィファの部屋の中へ入と、なにやら話し声が扉越しに聞こえてくる。
テグスがハウリナの口元に耳を寄せると、察して会話内容を話してくれた。
「誰と聞いて、テグスたち。何でと聞いて、お見舞いらしい。こんな姿を見せられないと怒って、手伝うから動くなと言ったです」
個人名を省いた説明だったが、部屋の状況がよく分かった。
テグスはお礼として、ハウリナの頭を撫でやりながら、目の前の扉が開くのを待つ。
少しばたばたとした物音の後で、マッガズが部屋から顔を出した。
「おう、待たせたな。入ってくれ」
「はい。お邪魔します」
「オジャマするです!」
テグスたちが入ると、夏間近かと思うほどの熱気が部屋に溢れていた。
よく中を観察すると、部屋に備えられた小さな暖炉が燃えていて、その隣には大量の薪が置かれている。
それだけでなく、一階から上へと延びているであろう煙突らしき場所もある。
二つの熱源があるため、この場所がおそらくこの借家の中で一番暖かだろう。
そんな少し汗ばみそうな気温の部屋にある、安楽椅子の上にミィファが少し恥ずかしげにしながら座っていた。
「い、いらっしゃい。あの、あまり見ないでくれると嬉しいのだけど……」
前よりもしおらしくなった様子に、テグスは理由が分からずに首を傾げる。
最初は、限界まで膨らませた皮の水筒のようなお腹が恥ずかしいのかと思ったが、ミィファの身振りから違うと分かる。
では何かと観察すると、肉付きが良くなった二の腕や、丸くなった頬の辺りをさすったりしていることから、どうやら太ったことを気にしているようだ。
訳は分かったが、かといってテグスには悩みを解消する気が利いた台詞は思いつかなかった。
そんな中、前に来たときと同じく、ハウリナが気にした様子もなくミィファに近づき、期待する目を向ける。
「お腹、触っていいです?」
尋ねながら獣耳を小刻みに動かし、尻尾も期待感からか大きくゆっくりと振られている。
そんな前と変わりない様子に、ミィファは恥ずかしさが取れたようだった。
「ええ、いいわよ。最近だと、マッガズに似てやんちゃだから、撫でていると蹴られるかもしれないわね」
ミィファのゆったりとした上着の上から、ハウリナが大きく丸いお腹を撫でていく。
そして臍の辺りまで行くと、驚いたように手を引っ込めた。
「ほ、本当に蹴ったです。ビックリしたです!」
「ふふっ、凄いでしょ。男か女かは分からないけど、やんちゃな子に間違いなさそうよね」
微笑ましげな様子に、ティッカリたちもミィファの近くに集まりお腹を撫で始め、蹴られた衝撃を受けた人は驚いて手を引っ込めることを繰り返していく。
テグスはその輪に入らずに、マッガズに顔を向ける。
「なんだ。坊主も撫でてきていいんだぜ」
「前は少し嫉妬するみたいなことを言ってませんでしたっけ?」
「ふふん。男親になると実感して余裕ができたのさ」
マッガズの申し出だが、テグスは女性陣が楽しげに話している中に加わるのは、遠慮したい気がしたので断った。
「ミィファさんのお見舞いも理由の一つですけど――」
「前みたいに、聞きたい事があるって訳だ」
「ええ。五十一層の《魔物》に相性があるって話を知ってますか?」
そう質問すると、訳知り顔で頷き返してきた。
「ああ、あれな。一つだけ知っているぜ。《合成魔獣》は《堕角獣馬》の角で刺すと、体中から血を噴出して死ぬんだそうだ」
「それって本当ですか?」
「さあな。戦うのが目的だったし、そういう卑怯な真似をするつもりはなかったから、試してねえよ。まあ自分そっくりな《写身擬体》と戦うのが楽しくて、五十一層の《魔物》とはあまり戦わなかったってのもあるがな」
とりあえず相性という存在が、噂のようなものだとしても、あるとは分かった。
「その話に詳しそうな人を知っていますか?」
「そうだなぁ。五十一層をねぐらにしている奴らがいただろ。あいつらに聞けば分かるだろ」
「その人たちは、少し前に《火炎竜》から負った火傷と装備の修復で、どこかに行っちゃったんですよね」
「なら《下町》にいる奴らに聞け。きっと、そんな噂の一つや二つ知っているだろ。集めりゃ全部分かるんじゃねえか?」
どうやら、マッガズは知っている人に、心当たりはないようだ。
《下町》の《探訪者》に聞き回るという手段は覚えておき、他に相性についての話を集められる方法はないかと考えながら、テグスは口で別のことを尋ねる。
「ミィファさんの出産って、もうそろそろなんですか?」
「うーん。《中心街》で診せた医者には、あと二巡月以内だろうって話だ。まあ、早かったり遅く生まれたりするから予想は当てにせずに、体調を常に気にしてやれとも言われたがな」
「そうなんですか。そうそう、ハウリナたちは生まれてもいないのにあんな調子ですから、子供が生まれたら見せてやって下さいね」
「おう。生まれたら、坊主にも抱かせてやるよ。そのときは、落としたりするなよ?」
「孤児院で赤ん坊の世話をしたこともあるので、抱いてあやすのは得意です。なんなら、初めて抱くであろうマッガズさんに、今から教えてあげましょうか?」
二人がそんな風に言葉でじゃれ合っている間でも、女性陣はあれやこれやと話が弾んでいる様子で楽しげにしていたのだった。




