238話 引き返して、武器の補修
《堕角獣馬》を武器の損耗と引き換えに倒し、テグスたちはその身体から素材を取った。
そして武器の補修のため、まず五十一層の神像から《下町》へ転移する。
宿屋の部屋に保管してあった全ての魔石を集め、店主に地上に向かうことを教えた。
《下町》にある神像に向かう道すがら、行きつけの食堂で顔見知りたちにもそう伝える。
「そうか。でも、また戻っては来るんだろ?」
「ええ。《中町》と地上で色々とやることが出来たので」
「ま、元気でやるこった。《下町》も最近は人も多くなったから、お前らが離れたところで、寂しいとは思わねぇがね」
「とかいいつつ、お前さんがたが運んでくれる酒がなくなって、意気消沈してるんだぜ。これでも」
「この食堂のおやっさんも、酒と食材の仕入れに頭を悩ませることになるだろうぜ」
「じゃあ、悩ませついでに行商の人にも、僕らがいないって伝えてくださいね」
「それぐらいなら、お安いご用だな」
顔見知りたちに明るい調子で見送られ、テグスたちは神像から《中町》へ転移する。
そしてまず向かったのは、ティッカリの殴穿盾の補修と《堕角獣馬》の角による強化を頼みに、《白樺防具店》へ移動する。
店内に入ると、売台の上に突っ伏していたエシミオナが起き上がり、身体を揺らしながら挨拶を始めた。
「あ~、いらっしゃ~い。い~やぁ、前の毛~皮の件は助かっちゃ~ったよ。お~蔭で、し~ばらくは防寒具の在庫はなくな~りそう~もないよ。それで今日~はどうし~たのかな。新し~い防具の作成?」
「その材料の相談と、ティッカリの殴穿盾の補修と、ついでにこれで強化できないかなって、伺いにきたんですよ」
ティッカリが持っている傷が刻まれた殴穿盾を見せ、テグスは危険がないように布で巻いた《堕角獣馬》の二本の黒い角を背負子から取り出した。
エシミオナは両方に視線を向けると、訳知り顔になって頷く。
「あ~、そりゃ~あ、ま~あそうな~るよね。《大迷宮》で得ら~れる素~材の中で、二番か三番~目に硬いものだも~んね」
その説明に、テグスは驚いた。
「これより硬い素材があるんですか?」
「そ~りゃあ、竜の牙や~爪のほうが硬い……あ~れ? 牙の~次が《巨塞魔像》の~腕で、その角~竜の爪の順だ~ったん~だっけ~? あま~り持ち込まれる素~材じゃないから、順番は忘~れちゃった」
誤魔化し笑いを浮かべた後で、エシミオナは殴穿盾の状態と《堕角獣馬》の角を交互に見る。
「その盾は~補修するとしても。次に作~る盾にもその角は使えるよ~うに、加工せずに盾に~くっつけるだ~けにしておくの~でどう?」
テグスは意見を伺うように、視線をティッカリに向ける。
「それでいいの~。でも、次に作る場合って、どんな盾がいいのかな~?」
「あと、その盾にはどんな素材がいいか教えてください」
テグスが言葉を付け加えると、エシミオナは首を傾げて考える素振りを見せる。
「そう~だ~ねぇ。竜の素~材を抜かし~て、《大迷宮》で得~られる素材で最~高の物を作ると~なると――《魔騎機士》の盾~と鎧、《強靭巨人》の皮~膚、《巨塞魔像》~の腕が必要か~な。あ~と《堕角獣馬》の~角も、もう一組欲し~いかな」
どれもテグスたちがまだ戦ってない上に、五十一層に出てくる中でも強いほうの《魔物》だ。
「あの~、その他だと、どんな素材がいいですか?」
「え~。《下級地竜》と~《堕角獣馬》の皮は鞄~向きだし、《合成魔獣》と~《護森巨狼》の毛皮は外套~向きだから、盾の素材にな~らない~よ。せめて《魔騎機士》の盾と鎧ぐらい~は確保してくれない~と、その盾か~ら換える意味がな~いよ」
エシミオナの助言に、ティッカリは心配そうな顔をする。
「この盾は傷だらけだけど、その戦いまで持つものなの~?」
「大丈夫だよ~。頑丈に作って~あったし、補修し~たらそう壊れは~しないよ。無理は禁物だ~けど」
そんな風に素材を話し合っていて、テグスはふとある物を思い出した。
実物を見せるために、背負子の隠し箱から取り出す。
「この竜の赤い鱗は、盾の素材にならないんですか?」
それは、ビュグジーたちが《火炎竜》に挑む際に、黒曜石の巨大な扉を開かないよう留めていた、あの赤鱗だった。
エシミオナはその鱗を見て、少し驚いたように目を開く。
「おー、竜の鱗~だ。そうい~えば、どこ~かの鍛冶~屋に、竜の素材が持ち~込まれたって~のを聞いたっけ。なに、そこのおこ~ぼれ?」
「ええ、まあそんなものです。それで、盾に使えますか?」
はぐらかしながらのテグスの質問に、エシミオナは首を横に振った。
「これ~が骨なら、どん~な盾や防具でも強度を極め~て上げられ~るんだどね。赤い鱗だ~と、ちょっとだ~け強度を上げら~れて、火に耐性を持た~せられるだ~けだよ」
期待した効果でないことに、テグスは肩透かしを食らった気分になる。
しかし、横からアンヘイラが肘でつついてきた。
「テグス。鱗は防具に使いましょう、竜が吐く炎を弱められるようですし」
「……ああ、そうか。そう使えばいいのか」
意外なところに、《火炎竜》の対策になるものがあったと、テグスは思わず嬉しくなった。
しかし、エシミオナが待ったをかけるように言ってくる。
「《火炎竜》の吐息~対策ね。鱗一枚分だ~と、片腕分の手甲が~せいぜい~だよ。防具全~部に耐性をつ~けるなら、一人~八枚は必要だ~ね。万全を期す~るなら十枚は欲し~いね」
どうやら、テグスたちが考えたように、そう簡単にいかないらしい。
そもそも鱗一枚で鎧に十分耐性をつけられるなら、ビュグジーたちが火傷を負って逃げてくることもなかっただろう。
「もしかしたら、ビュグジーさんたちは実力が合う《探訪者》に会えたら、あの巨大な扉を何度も訪れて、鱗を必要分取るつもりだったのかもね」
「元々鎧に鱗で少しは耐性をつけてあったと思いますよ、《火炎竜》と戦って治療可能な火傷だけしか負ってなかったので」
二人がそんな内緒話をし終わってから、エシミオナが待っていたように会話の流れを戻す。
「それ~で、この鱗はど~うする」
「う~ん……預かっておいて下さい。将来、僕らが《火炎竜》に挑む際に、新たに作る鎧に火の耐性をつけたいので」
「うん。そのほ~うが良い~よね。じゃあ、預かって~おくとして――今回は、その盾~の補修と~杭の部分の交換で~いいのかな?」
「はい。お願いします」
「お代~は毛皮分の~積み立てから――と言いたいと~ころだけど、毛皮集~めの要求~に応えてくれ~たし、防寒具で稼が~せてもらった~しね。おまけ~で、これはタダでい~いよ」
気前のいい話に、テグスとティッカリはお礼をいう。
「ありがとうございます。助かります」
「ありがとうなの~。手伝えることがあるなら、手伝っちゃうの~」
「いえい~え。こ~の程度の補修な~ら、樹人族の秘~術で片手間で終えら~れるからね~。ちょっとそこ~らで待ってて~よ」
ティッカリに台車の上に殴穿盾を二つとも載せてもらうと、エシミオナは店の奥へと入っていった。
待っていろと言われたので、テグスたちは店の中にある物を見たりしながら、時間を潰す。
暇つぶしにも飽きるぐらいに時間が経ってから、エシミオナが台車を押して戻ってきた。
「は~い、お待~たせ。深い傷だ~った場所は、痕が残っちゃった~けど、実用には耐え~られる~と保証す~るよ」
「わ~。ほとんど傷が分からなくなってるの~」
喜び勇んでティッカリが装備すると、表面に多く刻まれていた傷の大半は消えていた。
深かった傷に関しては、身体に残った刃物傷の痕のように、少し抉れている上に色が薄くなっている。
杭の部分は《堕角獣馬》の黒い角に変更してあり、短い時間だったのにちゃんと殴穿盾と接合されているように見えた。
その出来栄えを見ていたハウリナが、手にしていた深い傷がある黒棍を、エシミオナに差し出す。
「これ、直せるです?」
どうやら、思い出の品なので、直すことを諦めていなかったようだ。
しかし、エシミオナは申し訳ないといった表情で、首を横に振った。
「ご~めんね。樹人族の秘~術は、《魔物》の身体が素材に~なってい~るものにしか使えな~いんだ」
「わふっ……残念です」
帰ってきた答えに、ハウリナは耳と尻尾を垂れ下げて、しょげ返ってしまった。
テグスはその頭に手を置きつつ、慰めの言葉をかける。
「ほら。エシミオナさんは防具屋さんだから。武器屋や鍛冶屋に聞けば、もしかしたら直るかもしれないよ」
「わふっ……期待しなくて、聞いてみるです」
半ば諦めている様子で、ハウリナは大人しくテグスに撫でられた。
とりあえず、《白樺防具店》での用事は終わったので、テグスたちはエシミオナに改めて礼を言うと店を出て、次の目的地へ向かうのだった。
《堕角獣馬》との戦闘の結果、刃が欠けたテグスの武器と、深い傷が刻まれたハウリナの黒棍。
その両方を見て、クテガンは呟く。
「こりゃあ、ひでえな」
それは見れば分かると、テグスは言葉をかける。
「それで、直せますか?」
「この黒い直剣は欠けが少ないから、研げば大丈夫。だが小剣とこの黒い棍は、補修する意味がない。こうなると潰して一から作るほうがいいんじゃねーか?」
クテガンの言葉に、ハウリナが過剰に反応して、黒棍を奪うように手に取った。
「これ以上、壊したくないです」
「あー……素材自体が負けていたようだからな、作り直しても意味はないか」
ハウリナの態度で、大体の意味合いを察したように、クテガンは後ろ頭を掻いて間を取る。
そして、テグスに黒直剣と小剣を返しながら、武器の話に戻った。
「それで、この剣でこの結果となるとだ。前に言ってあったように、いよいよ別の鍛冶屋に紹介するっきゃないな」
「クテガンのおっちゃんは、これ以上の剣は作れないってこと?」
「あほ抜かせ。こっちは、サムライに教えてもらった製法で、まともな剣が作れるようになって二・三年だぞ。まだ製法すら完璧じゃねーってのに、黒鉄より扱いが難しい、《大迷宮》の《魔物》が持つ謎金属なんか相手にしてられるか」
言いながら、クテガンは炉の中に金属製の板がついた棒を突っ込み温めると、木片に押し付けて焼印した。
その木片をテグスは受け取りながら、焼き刻まれた文字をよむ。
目印と道順があることから、どうやら紹介したい鍛冶屋の住所のようだった。
「でも、なんでこんな手の込んだ方法を使っているんです?」
「その鍛冶屋は変人で、面白そうなものは自分で作らないと気がすまないヤツなんだ。焼印の紹介状だって、そいつがこさえて押し付けてきたんだぜ。厄介な注文を出すヤツは、こっちに回せってよ」
その話だけでも、十分に変わり者の片鱗がうかがえた。
横からアンヘイラが手を伸ばし、テグスの手から焼印された木片を取り上げて見つめる。
「いい腕を持っているようですよ、少なくとも彫金のは。それとサムライにも教えたのでしょうね、この鍛冶屋のことを」
「壊れた武器と、一抱えほどの竜の翼の一部を持ってきて、これで直せと厄介なことを言われちゃあな」
その話を聞いて、テグスはもしかしたらサムライと再開出来るかもと期待する。
ともあれ、クテガンではこれ以上の武器は手に入らないと分かった。
「それじゃあ、この場所に行ってみますね」
「ありがとうございました、紹介状を頂きまして」
「おう。こっちもお前らには色々と世話になったからな。お相子ってことにしておいてくれ」
クテガンと分かれ、教えられた鍛冶屋を尋ねることにした。
といっても、武器防具を作る店は《中町》では固まった区域にあるため、さほど歩く必要はない。
木片に焼印された場所には、中々に大きな四角い石造りの建物があった。
石組みは確りしていて、ティッカリが殴ってもやすやすとは壊れなさそうな外観をしている。
しかし、来る人を拒むように扉も木窓は閉じられていた。
クテガンの鍛冶屋がボロ屋一歩手前だったのに比べると、やけに厳重そうな見た目である。
前に立っていても仕方がないので、テグスは扉を何度か拳で叩いてみた。
しかし反応がないので、中に声をかけてみる。
「すみません。ここを紹介してもらったんですが」
何の返しもないので、留守なのかと思いきや、扉の中央部だけが覗き窓のように小さく開かれた。
どういう意味かと考え、半ば思いつきで焼印された木片をその中に入れる。
開いていた部分が閉じて少し待つと、今度はテグスの目の高さにあった覗き窓が開いた。
中を暗くしているのか、テグスたちから見えるのは、白い眼に浮かぶようにある黒い瞳だけ。
その目は、テグスたちの装備品を嘗め回すように見る。
そして、ティッカリの殴穿盾に取り付けた黒い角を見て、見直したように瞳が揺れた。
「……ふ~ん、実力は、そこそこあるわけか」
音を立てて覗き窓が閉じられると、今度こそ鍛冶屋の扉が開かれた。
そこにいたのは、頭に巻いた頬被りから足にある鍛冶靴までを、真っ黒な色で統一した怪しい人物。
クテガンの紹介なので年配者かと思いきや、意外に若い二十台の男性だった。
その彼は、顔を横に向けながらテグスを指差すという、変てこな身振りをしながら言葉を発した。
「ようこそ、紹介状をもつ《探訪者》たち。このワレこそが『混沌とする宵闇の冶金師』であり、《不可能否可能屋》の主である、ムーランヴェルグ・サドマンディだ。さあ、お前らの欲する武器について存分に聞かせるがいい! その望みが不可能なようであろうとも、必ずやワレの手腕で成し遂げてやろうぞ! ふぅーわははははははっ!」
何を言っているのか直ぐには理解できなかったようで、テグスたち全員が反応に困った表情をする。
少しして自己紹介をしたのだと気が付くと、テグスはこっそりとアンジィーに耳を寄せた。
「なんだか、ジョンと同じ種類の人っぽいよ?」
「え、あ、あのその。お、お兄ちゃんは、あそこまで、酷くはないかなって」
そんな二人の言葉が聞こえたのか、ムーランヴェルグと名乗った男は、芝居がかった身振りで格好を左右反転させながらアンジィーを指差す。
「なに、酷いお願いだと!? そういうものこそが、ワレが追い求めているものだ! さあ、存分に語って聞かせるが良いぞ! ふぅーわははははははっ! ふぅーわははははははっ!」
出会ってさほど経ってないのに厄介そうと分かる人物に、テグスは紹介したクテガンに苦情を言いたい気分になったのだった。




