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237話 黒き《堕角獣馬》

 テグスたちは食事後、たっぷりと休憩を取って体力が回復した。

 《下級地竜》との戦いは時間がかかったものの、精神的な疲労度は少なかったため、《堕角獣馬》が出てくる場所へと向かう。

 通路を進んでいくと、円形の広間に出る。

 しかし、《合成魔獣》のときとは少し違い、外周から内側にかけて階段状になっていた。

 その所為で、平らな地面は中心から半径十歩分ほどしかなく、最上段にいたっては天井に手が触れられそうだ。


「闘技場に似てますね、剣奴が戦うほうの」


 その平らな場所へと降りながら、《迷宮都市》の外で似た建築物を見たことがあるのか、アンヘイラがそんな事を言ってきた。

 テグスはこんな場所に似たものがあるのかと、興味深げに周囲を見回す。

 すると、周囲の階段の一番下の段に、等間隔に光球が浮かび始めた。

 そして全周に出現し終わると、一度大きく瞬く。

 光が落ちつくと、中央部に一匹の白い馬が現れていた。


「……出てきたの、四十層のウマです」

「そうだね。《折角獣馬》だ」


 前に聞いた出てくる《魔物》の名前は《堕角獣馬》だったのにと、テグスが首を傾げる。

 そうしている間に、周囲の光球の影がひとりでに動き出したように、出てきた黒い靄が移動して、《折角獣馬》の全身にまとわりつく。

 しかし抵抗はせずに、むしろ受け入れる様子で、黒く靄で覆われるに任せている。

 少しして、変化が終わったのを知らせるように、静かに靄の中から出てきた。


「ブルブル……」


 静々と身体を振っているその姿は、《折角獣馬》から一変していた。

 まず、全身が白から漆黒へと変わっている。

 体格は以前の荷馬のような筋骨逞しいものから、無駄を省いた細身になっていた。

 額にあった白い一本角はなくなり、代わりに両耳の下から両目の上の脇を過ぎて眼前の先へ伸びる、黒紫の双角がある。

 そして、《折角獣馬》の時は荒々しい気性のようだったが、《堕角獣馬》は酷く落ち着いていた。

 容姿の変化を目の当たりにして、テグスは名称の変化の理由を悟る。


「なるほどね。見た目が全く変わるから、《堕角獣馬》って名づけたわけかな」


 《暗器悪鬼》と《下級地竜》の体色の変化と、《合成魔獣》の頭がもう一つ現れたこと。

 それらに比べると、《折角獣馬》から《堕角獣馬》への変わりようは、別種の《魔物》と考えたほうがしっくりとくるものだった。

 テグスたちは武器を構えつつ、恐らく戦い方も変わっているであろう、《堕角獣馬》がどう動くかを待つ。


「……しかしながら、襲ってくる素振りはなさそうにございますね」


 しかし、ウパルがそう言ってしまうほど、《堕角獣馬》は静かにテグスたちを見つめながら、中央部に佇み続けていた。

 このままでは埒が明かないので、テグスはハウリナとティッカリに目配せすると、ゆっくりと近づいていく。

 アンヘイラとアンジィーは矢で狙い易いようにと、階段状の場所を数段上り、ウパルは護衛のためにその近くで《鈹銅縛鎖》を袖から長めに出した。

 じりじりと近づく三人を見ながらも、《堕角獣馬》は落ち着き払った様子を崩さない。

 テグスが黒直剣を振り上げ、ハウリナが黒棍を腰溜めに構え、ティッカリが殴穿盾を振りかぶっても、静かに見続けている。

 そこに、テグスたちの行動を援護するために、アンヘイラとアンジィーが矢を放った。

 狙いは、《堕角獣馬》の顔の中心と首元だ。

 かなりの速さで飛び、あわや刺さるかと見えた矢だったが、《堕角獣馬》が首を細かく二度振って、二本の長い角で弾き飛ばす。

 しかし、一行動を起こさせた隙を、テグスたちが見逃すはずがない。


「たああああああああああ!」

「あおおおおおおおおおん!」

「と~~~~~や~~~~~」


 三人同時の一斉攻撃。


「ブルブル……」


 だが、《堕角獣馬》は落ち着いた様子で首を振り、角で弾いたテグスの黒直剣を、ハウリナの黒棍にぶつけて止める。

 そして一呼吸遅れたティッカリの殴穿盾は、軽快な足取りでかわしてのけた。

 

「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』、とああああああああああ!」


 なら邪魔な角を斬り落としてしまおうと、テグスが鋭刃の魔術をかけた黒直剣を振るったが、欠片も傷つくことがなかった。

 素早く何度も振るうが、やはり傷一つつけられない。

 《堕角獣馬》は当然のことと受け止めているような態度で、テグスのするがままにさせている。


「あおおおおおおおおん!」

「と~~~~や~~~~~」


 角の頑丈さを見て取ったのか、ハウリナとティッカリが胴体を狙って殴りかかる。

 いち早く察知していたのか、《堕角獣馬》は再び軽快な脚使いでかわした。

 テグスたち三人に気をとられていると見て、ウパルが《鈹銅縛鎖》を延ばして拘束を狙い、アンヘイラとアンジィーが矢を放つ。

 だが、《堕角獣馬》は平らな地面の場所を素早く駆けて、どれも避けてしまった。


「仕切り直し、って言いたいところだけど。僕らのほうが分が悪いな……」

「すごく、強くなってるです」

「あの二本の角は、《折角獣馬》の角より硬そうだし、斬ったり折ったりは難しいかもしれないの~」


 荒い戦い方をするなら、付け込む隙も見つけられるだろうが、ああも冷静な戦い振りでは期待はできなさそうに感じる。

 テグスは気分を引き締めるために、黒直剣を構え直す。

 そのとき、剣身が目に入った。

 明らかに大きく刃こぼれをしている、その剣身が。


「……えッ?」


 今まで刃こぼれしなかった剣の刃が、明らかに欠けているのを見て、テグスはその理由としか考えられない《堕角獣馬》の角を観察する。

 そして二本の角には先端から根元まで、黒く厚い刃を外側に緩く巻きつけたような、渦状の突起があることに気が付いた。

 恐らく、テグスの黒直剣の刃は、その突起の鋭利さと硬さに負けて切り裂かれたのだろう。

 だが、その予想を伝える前に、ハウリナが《堕角獣馬》に跳びかかっていた。


「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』、あおおおおおおん!」


 震撃の魔術をかけて振り下ろされた黒棍を、《堕角獣馬》は角で受けると、さらに大きく首を振って弾く。

 その際に、金属同士が擦れあったような音が響いた。

 黒棍を引き戻し、大きく飛んで後退したハウリナは、唐突に大きな声を上げる。

 

「あー! 黒棍に、深い傷ができちゃったです!?」


 声に驚いて、テグスが眼で確認すると、黒棍の先のほうに半ばまで達する傷が刻まれていた。

 

「警告が遅くなっちゃったけど、あの角の刃のような突起は、黒直剣よりも鋭利で硬いようだよ」

「むぅ~。もうちょっと早く、教えて欲しかったです……」


 テグスが刃こぼれした黒直剣を見せると、ハウリナはお気に入りの武器が深く傷ついて落胆しているようだった。

 二、三度頭を撫でて慰めてやり、テグスはハウリナとティッカリを連れて下がり始める。

 普通の《魔物》なら追ってくるはずなのに、《堕角獣馬》は引き返すなら見逃すという態度で佇んでいた。

 それを見て、テグスは隣にいるティッカリだけにささやきかける。


「……買い換えるつもりなんだし、武器の消耗を気にせずに攻撃してみたいんだけど」

「そういうことなら、付き合っちゃうの~」


 どうせ聞こえたんだろうなと、テグスは黒直剣から小剣二本に持ち替えながらハウリナに視線を向ける。

 手にある黒棍を見つめて、葛藤している様子だった。

 無理強いはするつもりはないので、気が晴れるように頭を撫でてやり、テグスはティッカリと共にもう一度《堕角獣馬》に襲いかかる。


「たああああああああああああ!」

「と~~~~~~や~~~~~~」

「ブルル……」


 手数を増したテグスと、一撃が重いティッカリの攻撃。

 《堕角獣馬》は巧みに角と身体を動かして、それらをかわしつつ反撃をしてくる。

 

「くっ、意外と、攻撃が鋭い!」

「なんだか、刺突剣を持っている人と、戦っているみたいかな~」


 ティッカリが評したように、四本の足を軽やかに動かしつつ、胴体と首を伸ばしながら角で突いてくる。

 それを、テグスは二本の小剣で受け流し、ティッカリは殴穿盾で受け止めていった。

 でも、やはり《堕角獣馬》の角の方が硬いようで、どちらの武器も攻撃を受けるたびに欠片が飛んでいく。

 受ける傷の深さは、まともに角を受けている殴打盾の方が深刻なようだ。

 このまま武器をすり減らして攻防を続けるのかと思われたそのとき、周りにある階段の上から矢が《堕角獣馬》へ降ってきた。

 そしてほぼ同時に、反対側からも短矢が飛んでくる。

 テグスが横目で確認すると、アンヘイラとアンジィーが、狙撃にいい位置まで移動し終えているのが見えた。

 《堕角獣馬》はテグスとティッカリから下がると、左右から胴体を狙ってきた矢を、角で弾き飛ばす。

 

「そこでございます!」


 大きく首を振って注意がおろそかになった足元に、少し距離をとっていたウパルが《鈹銅縛鎖》を延ばし、前の片足を拘束することに成功した。

 一・二度蹴り剥がそうとしたが、外れなかったからか、《堕角獣馬》は苛立った様子を見せる。


「ブルルル……!」


 そして自慢の硬い角で、《鈹銅縛鎖》を切ろうと試みる。

 どう引っ張っても壊れない鎖でも、意外にも切られることには弱いのか、角を一度擦りつけただけで大きく傷が入った。

 このままでは拘束が外れてしまうと、テグスとティッカリがさらに前に出て攻撃を繰り出す。

 《堕角獣馬》は《鈹銅縛鎖》を切るのを保留し、二人に角を突き出して反撃してきた。

 

「ブルルルルル!」

「くッ、いきなり、激しく」

「殴りかかれなくなっちゃったの~」


 先ほどまでの静々とした戦いぶりから一転して、荒々しく角を振り回して攻撃しながら、左右からくる矢を弾いていく。

 その行動と、脚の《鈹銅縛鎖》を角で切ることがないことから、《堕角獣馬》が対処する可能限界に近いと考えられた。

 しかし、テグスとティッカリは攻撃と防御に、ウパルは拘束を続けながら二人の邪魔にならないよう気を配り、アンヘイラとアンジィーは絶えず矢を放っている。

 これ以上、《堕角獣馬》を追い詰める余裕は誰にもない。

 そう、いま戦っている五人には。


「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』、あおおおおおん!」


 身体強化の魔術を唱えながら、決意を固めた顔でハウリナが横合いから突っ込んでいく。

 《堕角獣馬》は慌てたように、テグス、ティッカリ、矢の順で、攻撃をさばいてから、ギリギリのところでハウリナの黒棍を角で押し止めた。

 黒棍の中心に大きく切れ目が入って、ハウリナは少しだけ泣きそうな顔になりながら、武器を手放す。

 そして、《堕角獣馬》の下へと足から潜り滑ると、後ろ脚の一本に両手足で絡みついた。


「黒棍傷つけた、お返しです!」


 気合の声を上げて、ハウリナは魔術で力を増した手足を動かし、自分の身体を捻って、その後ろ脚をへし折った。


「ブルルルルルルルル!!」


 骨折の痛みで怒るような声を上げて、《堕角獣馬》は後ろへ角を振り回すが、ハウリナは脚を折った直ぐ後に退避していた。

 そして、その冷静さを欠いた無駄な行動を、テグスが見逃すはずがない。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」


 呟くような声量で鋭刃の魔術を唱えつつ突進し、首の根元に抱きつくような格好で、《堕角獣馬》の胴体に小剣を左右から一本ずつ突き入れた。

 肉と内臓を裂く手応えを得ると、直ぐに武器を手放し、飛び込み前転で地面を転がり逃げる。

 

「ブルル、カッ、ブルル……」


 嘶きの間に吐血しながらも、《堕角獣馬》はテグスを追おうとする。

 だがその前に、ティッカリが立ちはだかった。


「そっちの息が止まるか、こっちの殴穿盾が壊れるか、どっちが先か我慢比べなの~」

「ブ、ガッ、ブルル……」


 血を吐きながらも、《堕角獣馬》が足を止めて角を振るう。

 突き刺さった小剣で致命傷を負ったと分かるのか、左右から飛来する矢を無視し、ティッカリだけに狙いを絞っている。

 しかも、せめてティッカリだけは道ずれにすると、そう言いたげな遮二無二な攻撃だ。

 硬い角で抉られて、殴穿盾の欠片が空中に舞う。

 しかし、ティッカリもやられているばかりではない。

 片方で防御したらもう片方で攻撃したりと、《堕角獣馬》の命をさらに縮めようと努力していた。

 テグスも投剣を放って新たな傷を負わせ、ハウリナもウパルが《鈹銅縛鎖》を引いて体勢を崩させようとしているのを手伝う。

 そうして、吐血で口元が、矢と投剣で胴体を真っ赤に染めた頃に、ようやく《堕角獣馬》は横倒しになった。

 それほどの傷を負っているのに、まだ死んではいないようで、弱々しく蹄で地面を引っかいている。


「ティッカリ、頭の角を押さえておいて」

「は~い。任せて欲しいの~」


 傷だらけになった殴穿盾で角を上から押さえつけられて、動かせなくなった頭に、テグスは抜いた黒直剣を振り下ろした。

 あれほど血を流していたのにまだ体内にあるのかと思わせるほど、斬られた首から大量の赤い血が流れ出す。

 しかし、《堕角獣馬》の抵抗もここまでで、失血と共にゆっくりと動かなくなっていった。

 

「ふぅ……どうにか倒せはしたけど」

「もう、色々とボロボロなの~」


 ティッカリが角を押さえていた殴穿盾を掲げると、大小さまざまな傷が刻まれていた。

 テグスも《堕角獣馬》の死体から小剣を抜き出して確認すると、刃こぼれが酷い。一部などは、鋸の刃かと思ってしまう有様だった。

 《鈹銅縛鎖》にも幾つか切れ目があり、使われた矢の大半は切れるか折れるかしている。

 そして、思い入れのある武器を深く傷つけられて、ハウリナは覚悟を決めていた顔から一転してしょんぼりとした表情になっていた。


「わうぅ……黒棍が、黒棍が……」


 抱え込んでいる黒棍をテグスが見ると、真ん中に半ばを越した深い傷が刻まれていた。

 恐らく、もう実用には耐えられない。

 だが、思い入れのある武器の犠牲を覚悟したハウリナによって、《堕角獣馬》が倒せたことは間違いなかった。

 そのことを深く伝え、悲しみを和らげさせるために、テグスはことさらに優しい手つきで頭を撫でる。

 ハウリナが落ち着かせてから、苦戦の原因の大部分である《堕角獣馬》の角を、頭蓋骨を折って回収する。

 そして、角を取ったので魔石化しても色つきは出ないはずと、ボロボロの皮は捨てて、肉だけを持って帰ることにしたのだった。


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