236話 見えてきた懸念
《下級地竜》を倒し、神像がある広間へ戻ってきたテグスたちは、円卓の席に座って一休みすることにした。
そして、先ほどの戦いで感じたことを話し合う。
「なんだか、倒しにくかったの~」
「あれだけの巨体に走り回られてしまいますと、どうしても後手後手に回ってしまいがちでございますし」
「そうだね。戦いの主導権を《下級地竜》に握られっぱなしで、僕たちの戦い方が出来てないよね」
あれだけ時間がかかった理由を、テグスがそう結論付ける。
かといって、動き回る大きな敵を倒す方法を、いまのテグスたちが持っているわけではなかった。
「将来《火炎竜》と戦うなら、大きな相手でも立ち向かえるような何かが必要だよね」
「《下級地竜》よりも、二回りはおっきいしね~」
テグスの言葉にティッカリが同意してから、全員でどうするべきかを考える。
最初に意見を言うのは、ハウリナだった。
「テグスが魔法使えば、いいです?」
先ほどの戦いでは、テグスは五則魔法を使わなかった。
切り札は最後に取っておくなどという理由ではなく、単に今の自分たちの実力なら使わずとも倒せると思ったからだ。
なので五則魔法を使うのも、選択肢の一つにはあるのだが――
「五則魔法は万能じゃないよ。いま覚えている中で一番威力がある爆炎の五則魔法は、発射した後に進む速度が遅いから、素早く逃げる相手には使い辛いんだ。他の種類も一長一短があるしね」
「つまりはこういうことですね、頼ってばかりでは危ないと」
アンヘイラの言葉に頷いてから、テグスは話を続ける。
「でも、新しい五則魔法を覚えておくほうがいいかもね。種類が多ければ、対応できる幅も広がるし」
問題はその呪文が載っている本が、《探訪者ギルド》本部と支部に、《中一迷宮》の最下層にある図書館にしかないことだった。
一度地上に戻ってしまえば、作業を終えて《下町》に戻ってくるまで、二十日以上一巡月未満の時間を消費する。
しかし今後のことを考えれば、そのどれかで写本を作って持ち運んだほうが便利なのも確かだった。
真剣に地上に戻ることをテグスが考え始めると、待ったをかけるようにウパルから声が上がる。
「それでしたら、《暗器悪鬼》から得られるあの黒い球を大量に集め、全員で運用するのはいかがでございましょうか。あれほどの威力があるものを皆で広範囲に撒けば、素早い相手といえど何個かは直撃するのではないかと思われます」
それは現実的かつ、実用的な方法に思える。
しかし、この提案に意を唱えたのは、アンジィーだった。
「あ、あの。そ、それだと、もし《魔物》が良い物――た、たとえば、黒い球みたいなのを持っていたら、爆発で使い物にならなくなっちゃうんじゃ……」
その意見も一考の価値があるものだった。
振り返ってみると、《暗器悪鬼》は黒球を持っていて、《合成魔獣》の猿頭は歯は五則魔法の触媒だった。
《下級地竜》はそういったものがないように思えたが、もしかしたら肉や骨などが役に立つかもしれない。
「いままでも、《魔物》の素材は武器や防具になったし。黒球や爆炎の五則魔法で吹っ飛ばしちゃうには、もったいないものもあるかもしれないね」
「で、でも、その。た、倒せそうもないなら、黒い球をばら撒いたほうが、いいかなって……」
「ひき肉にしても、色のある魔石はとれるです」
黒球で五十一層を突破したとしても地力がつくわけでもない上に、その後に控える《火炎竜》が吐く火で暴発するかもしれないため、テグスはその手法を取り入れるつもりはない。
しかし魔石を得るためだけなら手っ取り早い方法ではありそうなので、心の片隅に止めておくことにした。
すると、仕方がない人たちだと言いたげな態度で、アンヘイラが口を開く。
「やはり手持ちの武器を更新することでしょうね、巨体を相手にして戦うにはあまりにも力不足なので」
「結局は、そこに行き着いちゃうよね~」
ティッカリも薄々そう思っていたらしく、すぐさま同意の返事をした。
なので、テグスは自分たちが持つ武器が、どんなものかを考える。
テグスの武器の素材は、《虎鋏扇貝》の殻を加えて硬度を増した、《大迷宮》の罠から得た黒鉄だ。
さらには、ティッカリの殴穿盾は、《装鉱陸亀》の甲羅で作った盾に、《帝王躄蟹》の爪の殻で覆い、《折角獣馬》の角で作った杭をつけたもの。
ウパルの《鈹銅縛鎖》は、元々が《中一迷宮》の《下級地竜》の拘束具。
アンヘイラとウパルは弓は大扉の中から得たものだが、買って補充してきた矢は黒木と黒鉄で作れられている。
ハウリナの黒棍にいたっては、《小迷宮》から使い通しているものだった。
テグスたちがつけている防具が、四十五層から出現する《魔物》の素材のみで出来ているのに比べたら、格落ちのように見えてしまう。
「……使っている素材としてはここらが限界だろうし、買い換えたほうがいいかもね」
ぽつりとテグスが言った言葉に、ハウリナが反応する。
「むっ。思い出あるです。手放さないです」
引き寄せた黒棍をぎゅっと握って、警戒する素振りをする。
それを見て、ティッカリが困ったような顔をする。
「テグスとハウリナちゃんと〝外殻部〟で出会ってから、ずーっと使ってきたって知っているから、愛着があって手放したくないのは分かるけど~」
「そうではなくテグスとの思い出があるからでしょう、買い換えたくない理由は」
アンヘイラの揶揄するような言葉だったが、ハウリナは大きく首を縦に振る。
「当たり前です。テグスとの思い出、だいじです。ぜったい、イヤです」
頑なな態度に、周りの面々の視線が、テグスへ集まる。
ハウリナを説得しろということだろうと意味を理解して、どう言ったものかと考えた。
テグスが強く言えば、ハウリナはきっと聞き入れるだろう。
しかしそれは、信頼を利用するような行為に感じられて、テグスにとっては受け入れがたかった。
かといって、いい説得材料は思いつかないので、一先ず棚上げすることにする。
「いまは買い替えが必要だって、分かっただけでいいんじゃないかな。現実的な話は、素材が手に入ってからってことにしよう」
そう言葉にすると、ハウリナは嬉しげにして、ウパルとアンジィーは分からなくはないといった表情になる。
そして、ティッカリとアンヘイラはがっかりといった顔になった。
「そんなことでいいの~?」
「生死に関わる問題ですよ、武器の良し悪しは」
「いいの。だって、《堕角獣馬》を倒しても倒せなくても、地上に戻るつもりだからね。その際に《中町》に寄って、武器のことを聞けばいいんだし」
脈絡のない地上へ行くという宣言に、他の全員が驚いたようだった。
テグスはその様子を見て、当たり前でしょという顔になる。
「だって、《堕角獣馬》の次に弱いって教えてもらったの、《護森巨狼》だよ。以前僕らが《中三迷宮》で、簡単にあしらわれ続けたあの大きな狼」
そう説明口調で話すと、アンヘイラは納得したようだった。
「なるほど。以前より強化されていたとしたら危ないかもしれませんね、五十一層の特性から考えると」
「そういえば、五十一層に出る以前拝見したことのある《魔物》は、少し強くなっているのでございましたね」
続いたウパルの発言に、テグスは頷き返す。
「そうそう。だから、一度は《中三迷宮》の最下層に行って、いまの僕らがどれだけ《護森巨狼》と戦えるか確かめないと。仮に戦いどころじゃなかったら、まだ実力がないって分かるしね」
「ふんふん。なるほどです」
「そうなると、折角だし《堕角獣馬》を倒してから、《護森巨狼》に会いに行きたいの~」
話が一段落し、先の戦闘と今の話し合いで小腹が空いたので、テグスたちは台座にある扉から料理を出して腹ごしらえすることにしたのだった。




