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233話 色違いの《暗器悪鬼》

 テグスたちは五十一層の壁に開いた通路の中で、一番弱いとされる《暗器悪鬼》が現れる広間へ続くものを進む。

 《探訪者》が逃がしやすくする神様の配慮なのか、この道は二人並んで歩けるほど幅があった。

 ほどなくして広間が見えてきたが、中は真っ暗だ。

 テグスたちが踏み入ると、頭上に光球が現れる。

 まず出入り口の天井に横一列に九つ浮かび、そこから少し間を空けた等間隔で、同数が一列ずつ奥まで現れていった。

 光で明らかとなった広間は大きな四角形をしていて、天井もかなりの高さがある。

 そして、最後の列が生まれた瞬間、天井にたくさん並んだ光球が一斉に強く瞬いた。

 テグスたちが手で目を覆い、そして外す。

 すると、出入り口の対面、広間の奥の壁の前に一匹の、全身に黒い服を覆った《魔物》――《暗器悪鬼》が現れていた。

 その姿を見て、テグスは首を傾げる。


「見た感じ、《中四迷宮》に出てきたのと同じかな~?」

「大きさも、服装も、おんなじです」

「でも、この広間には罠の類は一切設置されてないんだけど」


 この広間には罠どころか、《中四迷宮》の《迷宮主の間》にあった柱の足場すらなくなっている。

 なので、テグスは強化というより、弱体化しているのではないかと思った。

 そのとき、広間の一番奥の天井にある光球の色が緑に変わり、そこから緑色のもやが現れ、《暗器悪鬼》にまとわり付く。

 やがてその靄が晴れると、《暗器悪鬼》の黒色だった服が、緑色に変化していた。

 色が変わっただけの変化に、テグスが首を傾げていると、《暗器悪鬼》は準備が終わったとばかりに手に多数の投擲武器を手品のようにだした。

 テグスたちはすぐに武器を構えると、一斉に近づいていく。


「来るよ! とりあえず、《中四迷宮》で戦ったときと同じ方法で戦っていくからね!」

「近づいて、ぶっ叩くです!」

「防御しながら、追い詰めていくの~」

「後衛の防衛はお任せくださいませ」

「武器が飛んでくるのを避けるように矢を射るとしましょう、成長してきたのですから」

「と、とりあえず、精霊さんに、お願いをたくさんしようと、思います」


 作戦とやることを伝え合っていると、《暗器悪鬼》は手にある投剣から円月輪や礫に至るまで、ありとあらゆる多数の投擲武器が放ってきた。 

 《中四迷宮》の個体と比べると、多少は投擲速度が増しているようだが、ここまで地力を上げ続けたテグスたちに防げないほどではない。

 むしろ、雨あられと降ってくる武器を、前衛三人とウパルで弾き飛ばしながらも、接近する速度は変わらない。

 前からはテグスたちが迫り、後ろは壁という状況に、《暗器悪鬼》は壁を後ろ足で蹴りつけて上空へ跳びあがる。

 テグスは逃げる速度も上がっているようだと確認している中で、《暗器悪鬼》が後ろ腰から片手で何かを取り出す素振りをしたのを見た。

 その行動を隠すかのように、逆の手で投擲武器を放ってくる。

 テグスは嫌な感じを覚えて、左手一本で黒直剣を操りながら、右手に投剣を一本握る。

 《暗器悪鬼》は後ろ腰から取り出した何かを投げながら、再び投擲武器も多数放つ。

 多数の武器が飛んでくる中に隠れるようにして飛んでくるのは、今まで見たことのない指の間に挟める大きさの、鉄の球のような黒い球体。

 テグスは直感で危険そうだと判断すると、極限の集中状態へ移行する。

 飛んでくる武器の軌道を読み取り、黒い球体が進む先を予想し、右手の投剣を力の限り投擲した。

 テグスの放った投剣は、間をするりと抜けるようにして、例の怪しい黒球へ当たった。

 そのとき、一瞬で表面が発熱するように真っ赤になると、黒い球が破裂して爆炎が巻き起こり、激しい轟音が周囲に響き渡る。

 空中を進んでいた投擲武器が爆風で吹き散らされ、その何本かはテグスたちに向かってくる。


「風の精霊さん~、防いじゃって~♪」


 そこにアンジィーが精霊魔法で風を起こし、爆風と飛んできた武器を逸らす。

 テグスはその光景を見て集中状態を解きつつ、とてつもなく驚いていた


「ま、まさか、爆炎の五則魔法と似た効果の道具を使ってくるなんて」

「きょ、強化されているって、聞いてましたけど。爆発する物を持ってるなんて、思わないですよ」

「爆発するものなら、《中四迷宮》にも《発破石》ってあったけど、いまのは威力が段違いなの~」

「ティッカリさんの鎧や盾でも、受け止められるか疑問がございますね」

「厄介どころではないですね、そんなものを投げられると」

「わうぅ……耳、痛いです」


 どうやら、テグスだけでなくハウリナたちも少しうろたえたようだ。

 テグスたちに混乱はあれど、《暗器悪鬼》は攻撃の手を緩める積りはないようで、片手には投擲武器の数々を、もう一方には爆発する黒球を指の間に挟んで掲げる。

 そして先ほどと同じように空中に跳びながら、投げた複数の武器の中に隠れるようにして、黒い球を放ってきた。

 テグスは素早く集中状態に入り、右手で投剣を四つ抜きざまに投げる。

 四つの黒球のうち、三つまでは射抜いたが、そのときに噴き上がった爆風で最後の一個の狙いを外してしまった。

 迫り来る投擲武器の大半は拭き散ったが、最後の黒球の軌道はテグスたちに確りと向かってきている。

 再び投剣を放つより、黒球が来るほうが早いとわかってしまう。

 しかし、テグスの背後から《鈹銅縛鎖》が伸びて打ち払い、黒球を爆発させた。

 集中状態を解きながら、テグスは後ろを振り向くと、ウパルが微笑みを見せる。


「片手分だけ投擲武器の数が減りましたので、私ひとりだけで対処が可能そうにございますね。それに、黒い球を叩き落としさえいたしませば、投擲武器は吹き散らされて無効化されるようでございますしね」


 証明するように、再び迫ってきた数々の武器と黒球を、ウパルが《鈹銅縛鎖》で防ぎきってみせた。

 その姿を頼もしげに感じていると、今度は《暗器悪鬼》の腕から爆発音がする。

 慌てて確認すると、なぜか片腕の肘から先を失い、断面から出る黒い血が緑の服を汚していた。

 そこに、テグスの耳へ言葉が聞こえてくる。


「矢で射抜けないわけがないのですよね、テグスですら飛んで来る武器の間を縫って投剣を当てられるのですから」


 得意げなアンヘイラの口調に、どうやら《暗器悪鬼》が投げる前に、黒い球を矢で打ちぬいたのだと分かった。

 それを再現するように、素早く番えた弓を放ち、《暗器悪鬼》がこっそりと下手投げで放とうとしていた黒球に矢を突き刺す。

 爆炎と爆発音が吹き荒れて、《暗器悪鬼》のもう片方の腕もなくなってしまった。

 しかし、両腕を失ったというのに諦めるつもりはないのか、口布を失った手の断面でずらすと、衣服をかんで引っ張ってみせる。

 すると、まるで脱皮するかのように、緑の服が脱げ新たな緑の服が下から現れた。

 噛んだまま口で保持しているほうの服には、多数の武器が括りつけてあり、頭を動かす勢いで振り回し始める。

 段々と振る速さが上がると、やがて服から武器が外れて、四方八方に跳び始めた。


「けど、狙いも何もなく飛んでくる武器なんて、怖くないねッ!」


 テグスが投剣を放つのに合わせ、アンヘイラとアンジィーも矢を射た。

 首で脱いだ服を振るっていたからか、避ける素振りもなく《暗器悪鬼》の頭と胸に突き立つ。

 投剣と矢が当たった場所から血が流し、《暗器悪鬼》は前へと傾ぐと、地面へと倒れた。


「終わってみれば、ただ爆発物に驚いただけの相手だったね」

「耳が少し痛いだけだったです」

「《写身擬体》のほうが、もっと苦労するかんじがあるよね~」

「こちらは六人で《写身擬体》は一匹だけですから、多少は運動能力も向上していたようですけれど」

「あ、あの、この五十一層で、《暗器悪鬼》一番弱い《魔物》なんですよね。な、なら、戦うのに苦労したら、いけないんじゃないか、って思うんです」

「何はともあれ、これは魔石化すればよろしいのでございますよね?」


 竜に挑むには、五十一層の《魔物》を変じた魔石を、九種類集める必要がある。

 だがその前に、テグスは見てみたものがあった。


「《暗器悪鬼》が使っていた爆発物に興味があるから、一度身包みを剥いで、実物を見てみたいんだけど」


 そう言うと、ハウリナたちは構わないと頷き返してきた。

 テグスは了承が得られたので、《暗器悪鬼》の緑色の服を脱がしていく。

 《中四迷宮》のときと同じく、何枚もの服を重ね着していて、その間に投擲武器を括りつけていた。

 そして最後の一枚を脱がし、やせ細って枯れ木のような身体の腰元に、小鞄が付いている。

 《中四迷宮》の《暗器悪鬼》は空だったが、今回は例の爆発物が詰め込まれていた。

 慎重に取り出し、地面に並べて数を数えてみると、二十個ある。

 《暗器悪鬼》が使用した分を考えると、三十個ほどがこの小さな鞄に入っていたのだろう。


「これ、回収して、色々と爆発条件を試してみようか。意外と使えるものっぽいしね」

「うーん。危険がないなら、いいです」

「良さそうなものだし、持っていったらいいと思うの~」


 とりあえず、どうやったら爆発するのかを調べるため、一時的にテグスが所持することになった。

 爆発物以外の投擲武器も調べてみると、《機工兵士》の鎧や武器と同じ素材で出来ていることが分かる。

 テグスは爆発物に投げつけた分の投剣をそこから補充し、残りは《暗器悪鬼》の死体と共に魔石化した。

 死体と服と武器が消えて出てきた握りこぶし大の二つの魔石は、しかし色付きではなくよく見る灰色だった。


「……あれ、色が普通だね」

「そのようでございますね。どうしたことでしょう?」


 首を傾げていると、アンジィーがおずおずと手を上げる。


「あ、あの、もしかして、ですけど。そ、素材を取ったら、駄目、なんじゃないでしょうか?」


 指摘に、テグスは一つ思い出したことがあった。

 それは、《小七迷宮》では素材を取らずに魔石化するようにと、職員に注意を受けたこと。

 《迷宮》の構造が良く似ているので、恐らく五十一層も同じようにしなければならないというのは、納得できる理屈だった。


「じゃあ、とりあえずもう一回戦って確かめてみようか」

「さっき活躍できなかったぶん、ガンバルです!」


 意気込むハウリナを微笑しく思いながら、一度神像のある広間まで戻り、また入る。

 再戦では、《暗器悪鬼》が出現しあの緑の靄が出ている間に、ハウリナが直ぐに身体強化の魔術で接近して黒棍で殴り殺した。

 やってやったと言いたげな顔をするので、テグスはその頭を撫でてやりながら、死んだばかりの《暗器悪鬼》を見る。


「……今度は、服が緑に変わってないね」

「く、黒いまま、ですね」


 嫌な予感がしながら服を剥ぎ取ってみると、小鞄の中身は空っぽだった。

 魔石化してみても、《中四迷宮》の《迷宮主》から取れたのと同じ、この層には似つかわしくない小さな灰色の魔石がでただけだ。


「あの靄が晴れた後で殺した上で素材を取らないことでしょうね、色のある魔石を得る条件は」


 そのアンヘイラの予想に従って、三度目の戦いをする。

 確りと緑色の服に変わっているのを確認してから、ウパルとアンジィーが鎖と精霊魔法で拘束し、アンヘイラが矢で殺した。

 今回は衣服すら剥がずに魔石化すると、ようやく緑色の拳大の魔石が一つ出てきた。


「なんだか、色つきの魔石が出るのに手間がかかるかな~」

「あと、魔石一つだけです?」

「素材を取ったときは、灰色の魔石が二つあったと思うのでございますが」


 一つの謎を解いたと思ったら、また謎が出てきた。


「たぶん色つきの魔石は、灰色の魔石二つ分以上ってことなんじゃないかな」

「そういえば手強さの割りに小さめでしたね、《迷宮主》からでる赤い魔石は」

「けど、五十一層の《魔物》からの魔石、全部一つだけです?」

「《大迷宮》を進んできたことを考えると、手強い《魔物》からは複数出るんじゃないのかな~?」

「も、もしかしたら、色付き一つと、灰色数個かも」


 この層のことを良く知っているはずのビュグジーたちは、まだ戻ってきていない。

 尋ねる相手がいなければ、自分で確かめるしかないと、テグスは次の《魔物》と戦う決意を新たにするのだった。



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