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232話 時の経過と次なる相手

 《火炎竜》の恐ろしさの一端を感じた日から少し時が経ち、《下町》にきた行商人が地上では雪が舞い始める頃ですねと挨拶する時期になった。

 この時の中で、変化したことが幾つかあった。

 怪我の治療のためにビュグジーたちが《中町》へ行ったこと。

 入れ替わるように、別の《探訪者》たちが五十一層をねぐらにして、順次《魔物》と戦い始めたこと。

 《下町》にくる《探訪者》の数が増え、テグスたちが訪れた当初よりも賑やかになってきたこと。

 地上が冬になって、外の国との建築材木の取引が少なくなり、四十九層で黒木を伐採する人たちが暇になったこと。

 そんな変わったこともあるが、テグスたちが地力を上げようとしていることに変わりはなかった。

 この日も、テグスたちは四十五層以下へ進み、出てくる《魔物》を相手に奮闘している。


「たああああああああああ!」


 テグスが黒直剣を振り下ろして戦っているのは、少し前までは忌避していた、四種六匹の《魔物》の集団だ。

 内訳はというと、《機工兵士》と《遊撃虫人》が二匹ずつ、《造盛筋人》と《深緑巨人》が一匹ずつ。

 五十層の《階層主》である《写身擬体》に勝つことの出来るテグスたちですら、この組み合わせには苦戦を強いられてしまう。


「あおおおおおおおおおおん!」


 ハウリナが吠えながら黒棍を打ち下ろしたのを、《機工兵士》は大剣で受け止めるが反撃はしてこない。

 しかし、連続攻撃で畳みかけようとすると――


「オ、オ、オ、オ、オ、オ、オーー」


 《機工兵士》の後ろから頭越しに、天井に届きそうな巨体の《深緑巨人》が身を乗り出し、その大きく長い腕を振るってきた。

 ハウリナは後ろに飛び退いて避けるが、そこに《遊撃虫人》の腕から発射された矢が飛来する。

 黒棍を回転させて弾き飛ばしながら着地すると、《機工兵士》が距離を詰めてきた。


「ハウリナ、手助けに――って、またこの展開か!」

「もう、筋肉ムキムキの相手は面倒なの~」


 動こうとしたテグスとティッカリだが、もう一匹の《機工兵士》と《造盛筋人》が対応して足止めする。

 ならばと、アンヘイラとアンジィーが矢での援護を狙うが、それを邪魔するように二匹の《遊撃虫人》から矢が飛んできた。


「牽制で放たれる矢など、通しはいたしません!」


 それをウパルが袖から出した《鈹銅縛鎖》で叩き落とすと、振るい直して《遊撃虫人》たちを拘束しようとする。

 だが、かばうように差し出された《深緑巨人》で阻まれてしまった。

 せめてもの駄賃にと、ウパルは《深緑巨人》の手指に《鈹銅縛鎖》を絡ませると、素早く指の骨を折ってから鎖を手元へ引き戻した。


「オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ」


 痛みで呻くような声を上げながら、《深緑巨人》は《機工兵士》を責めあぐねているハウリナへ、その折れた指がある手を振るった。

 身軽なハウリナは簡単に避けるものの、守りに徹する《機工兵士》と、その後ろから長い手で攻撃してくる《深緑巨人》に、苛立った顔をする。


「いろいろ、面倒です!」


 再び迫ってきた《深緑巨人》の手を見て、ハウリナは我慢ならないといった声をあげる。

 そして、黒棍を地面に突き立てながら跳躍すると、《機工兵士》の頭を踏み台にして跳ぶ。

 次にハウリナが足で踏んだのは《深緑巨人》の胸元だ。

 そこから、《深緑巨人》の初動の遅さにつけ込み、一気に顔まで跳び上がる。


「あおおおおおおおおおおおおおん!」


 気合が入った声を放ち、ハウリナは《深緑巨人》の目へ黒棍を突き入れた。


「オ、オ、オ、オ、オ、オ」

「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』!」


 呻く《深緑巨人》を無視し、震撃の魔術を脛当てにかけた足で、突き立っている黒棍を蹴りつけた。

 目から頭蓋の骨を砕いて中まで黒棍が入り込むと、《深緑巨人》はゆっくりと後ろへ倒れていく。

 だが、空中を漂うハウリナへ《遊撃虫人》が矢を放ち、着地地点では《機工兵士》が待ち構えていた。

 黒棍が手にないため、ハウリナは矢を腕の防具で弾き飛ばして、地面に降り立ってからは手足での格闘で《機工兵士》に対処する。

 しかし、テグスたちが対処に苦慮するのはここまでだった。

 《深緑巨人》が倒れて三種五匹となった《魔物》たちの連携が、一段階拙くなったからだ。

 この状況ならば勝ってきた経験があるため、テグスたちが一気に勝負を決めにいく。

 《機工兵士》の一匹をテグスが鋭刃の魔術を込めた黒直剣で斬り殺し、《造盛筋人》はティッカリが殴穿盾で殴り潰した。

 二人は続いて二匹の《遊撃虫人》へ向かう。

 対応しようとして動きが鈍ったそれらに、ウパルが《鈹銅縛鎖》を巻きつけて拘束する。

 そこに、アンヘイラとアンジィーから放たれた矢が、身動き取れなくなった《遊撃虫人》の頭と胸元に突き立った。

 矢を受けて崩れ落ちる姿を見て、テグスとティッカリは行き先をハウリナの援護に変更する。

 だが、ハウリナが一匹だけとなった《機工兵士》の武器を持つ腕を膝でへし折り、腕でその頭を抱え捻って首を折るほうが早かった。

 こうして、全ての《魔物》を倒し終わったのを見て、テグスは呟く。


「まあ、なんとか怪我なく勝ったって感じだね。それにしても、今回の一番の功労者はハウリナだね」

「ふふんっ。どんなもんです」


 どうだと胸を張るので、テグスだけでなくティッカリもその頭を撫でてやった。

 それから、全員で《魔物》の素材を集めつつ、残りを魔石化して回収し、近くにある隠し通路に入って休憩する。

 水筒から水を飲んだりして一息つくと、アンジィーがおずおずと聞いてきた。


「あ、あの。つ、次はやっぱり、五十一層で、《魔物》と戦うんです、よね?」


 ビュグジーが以前に、四種六匹の組み合わせを倒せれば《下級地竜》か《堕角獣馬》までは戦える、と言っていたことに関連した質問だろう。

 テグスもその助言に従ってきたので、もちろん次の目標は五十一層の《魔物》を倒すことだ。


「そのつもりだけど、何か気になることでもあるの?」

「え、あ、いえ、その、そういうことじゃ、なくて。確認というか、その、聞きたかっただけというか……」


 要領を得ない言葉に、テグスが首を傾げていると、アンヘイラに肘でつつかれた。


「要するに自分から発言しようとしたのですよ、会話の始めになるように」


 説明になるほどと頷いていると、アンジィーが恥ずかしそうに身を縮ませる。

 すると、テグスは他の面々から責めるような目で見られてしまった。

 なんとなく会話を失敗したとは分かるので、頭を働かせて話の続きに戻れるように修正しようとする。


「えーっと。そうそう、五十一層で一番弱い《魔物》は、たしか《暗器悪鬼》だったね」

「その通りなの~。《中四迷宮》の《迷宮主》とまた戦うなんて、ビックリだよね~」


 ティッカリが会話に乗っかってくれたことで、ハウリナたちも加わり始める。


「強くなっている、って言ってたです」

「気にはなりますよね、どんな方向に強化されるのか」

「倒し方は以前と同じ方法が使えるのか、確かめなければならないのでございましょうね」


 そして、発言を促すように、全員の顔がアンジィーへ向く。


「え、あの、その、が、がんばります??」

「そうだね。頑張って倒して、早く《火炎竜》に挑戦できるようにならないとね」


 おたおたした言葉を拾ってのテグスの発言に、やり直しは成功だと言いたげな目をアンヘイラがしたのだった。





 休憩を終えると、隠し通路から通常の通路へ復帰して、先へ進んでいった。

 道中、テグスたちの成長に感化されたように、四十五層以下で活動する《探訪者》の数が増えているのが分かる。

 その中には死体――テグスには見覚えがない顔だ――になっているのもあるが、多くは活躍しているようだった。


「案外、僕らが五十一層で手間取っていたら、追いついてきちゃいそうだよね」

「かまわないです。どうせなら、いっしょに竜を倒すです」

「あー、それっていい考えなの~」

「ですが、その前にビュグジーさんたちが、良さそうな方々を勧誘なさるかもしれませんよ」


 そんな会話をしつつ、途中途中にある大扉から宝を回収しながら、五十層へ。

 《階層主》である《写身擬体》との戦いは、なにせテグスたちが成長した分だけ向こうも強くなるため、以前と同じく装備の品質の差で勝つ方法をとった。

 そうして、多少の苦労はありつつも、テグスたちは無事に五十一層までたどり着く。

 中は以前と同じ――とは言いがたい惨状になっていた。

 内装は同じものの、円卓周辺を中心に方々にゴミが散乱していて、絨毯の一角には水を大量に撒いたような大きな濡れ染みが出来ている。

 『お楽しみ』に使ったのであろう、《機工兵士》の中身である女性型の人形が数体、粘つく変な匂いの液体で汚されて転がされていた。

 そんな眉をひそめたくなる散々たる状況の原因は、椅子に座り円卓に突っ伏している、十人の男女たち。

 何日か前に、神像で転移するために、テグスたちが訪れたときにもいた人たち。

 その時も直感で関わりたくはないと思ったが、礼儀として転移をする前に最低限の声かけと、この場所の使い方を伝えてることをしていた。

 そんないない方がいいと、つい評価してしまいそうになる人たちのいる円卓に、テグスたちは近づいていった。

 段々と接近していくと、何かおかしいことに気が付いた。

 その何かに真っ先に気が付いたのは、耳のいいハウリナだった。


「あの人たち、息してないです」

「あ、本当だ。寝息の音が一切聞こえないんだ」


 テグスはてっきり、彼らは円卓にもたれかかって寝ていると思っていたのだが、どうやら死んでいるらしい。

 席に座る一人にテグスが触れてみるが、身体は冷たく、脈もない。

 原因となるのは恐らく、彼ら全員が手に持っている器――その中身。

 テグスが視線を円卓の横に向けると、蓋の部分を壊された大樽が一つあり、中には葡萄酒の匂いのする液体が入っている。


「神像の試練に失敗したら出てくる毒酒でしょうね、死体との因果関係を考えれば」

「もしかしたらだけど、前に転移したときに、テグスがお酒を回収したのを見て、出来ると思ったんじゃないかな~」

「失敗すると毒が出てくる、って一応は伝えたはずなんだけど……」


 しかし、こうして死体となっているのを見れば、忠告は聞き入れられなかったと分かる。


「で、でも、この毒のお酒、見た目も匂いも、お酒そっくりじゃないですか?」


 だから仕方がないんじゃないかというアンジィーの言葉に、鼻が利くハウリナと、酒に情熱を傾けるティッカリが、そろって顔を向ける。


「ぜんぜん、違うです。ブドウの匂い、しないです」

「表面の揺れ方を見れば分かるかな~。酒精が入っている飲み物は、もうちょっとだけゆったりした動き方をするの~。けど、ゆったりしすぎているものも、お酒じゃないからね~」


 独特の感覚による見立てを伝授されてもと言いたげに、アンジィーが目を白黒させる。

 テグスはさらに語ろうとした二人の頭を、手刀で軽く叩いて制止した。


「はい、そこまで。この惨状をどうにかするかが先だからね」


 テグスの指示で、先ずは死体から装備品を剥ぎ取ることにする。

 どうせ《魔物》に挑むときには、この場に背負子は置いていくつもりなので、全部持っていくことに決めた。

 やっぱり、テグスが売り払った武器や防具を多数所持していたので、一人分剥ぎ取るだけでも実入りは良さそうだった。


「それで、この死体どうしようか?」


 五十一層で《魔物》が出るのは壁に開いている通路の先なので投げ込む、というのはテグスにしても無情すぎる気がしないでもなかった。

 だが、どうするべきかの答えは、ウパルが知っていた。


「《中三迷宮》にて暮らしていた際に、死体は《迷宮》内ではいつの間にか消えるものと教わっておりましたし、実際にいつの間にか消えておりました。ですので、片隅に放置しておけばいつか消えることでございましょう」


 また《迷宮》の不思議を知った気になったテグスをよそに、アンヘイラは死体を引きずっていき壁際に投げ捨てた。

 

「この上にゴミも放置しましょう、料理の食べかすも一種の死体ですし」


 そして宣言通りに、近くに落ちていたクズを蹴りかける。

 テグスは確かにそうだと真似しようとしたが、残りの四人はアンヘイラの行動に眉をひそめていた。

 

「さすがに、それヒドイです。ここまできた戦士に、することじゃないです」

「襲ってきた人や通路に落ちている死体ならともかく、基本的に死体は丁寧に扱ったほうがいいと思うの~」

「放置していれば消えるとはいえ、粗雑に扱ってよいということではございません」

「あ、あの、む、村でも、一応、土に埋める前に、神様にお祈りしましたから」


 それぞれに死体に対する考え方と、扱いをどうするかという基準があるらしい。

 しかしながら、人が死ぬことが当たり前な《雑踏区》出身のテグスには、いまいち理解の出来ない感覚だった。

 なにせ、道端で死体を見かけたら、使えるものがあるかを先に調べ、なかったら放置が基本なのだ。

 関わりのない人が死んだときに、神に祈るとか土に埋めるという発想すら浮かばない。

 感覚的には、恐らくはアンヘイラと同程度の感情しか、見知らぬ人の死体に対して抱かないはずだった。

 なので、アンヘイラが何か意見を求める視線を向けてきたことに対する、テグスの答えは一つしかない。


「どうやら、そういうものらしいよ?」

「……なぜか安心してしまいますね、そのテグスらしい答えに」


 なにはともあれ、ハウリナたちの意見を取り入れて、死体は死体同士、ゴミはゴミだけでまとめておくこととなった。

 そうして、片付け終わる直前に、アンヘイラが毒酒の樽を見ていることに気付く。


「それ、飲んじゃ駄目だからね」

「売り物に出来そうだなと考えていたのですよ、無論飲んだりはしませんが」


 どういうことかと視線を向けると、理由を聞かせてくれた


「王という至高の存在がいるのですよ、《迷宮都市》の外の国では。そしてそれを殺そうとする人は欲しているのです、一見すると毒に見えない致死毒を」

「……どうして偉大な人を殺したいかは分からないけど、この毒酒はその条件に合っているみたいだね。なにせ、普通の人にはお酒にしか見えない毒だんだから」

「いえいえ。酒そっくりの毒だからではありませんよ、これに注目したのは。飲んだ死体の顔が安らかであることですよ、一番重要だと感じたのは」


 そう言われて、壁際に積んだ死体の山を見ると、アンヘイラが言った通りの死に顔をしていた。

 それこそ、幸せな夢を見ながら苦しまずに死んだような、そんな安らかな表情だ。

 

「毒で死んだとは思わないでしょう、あの顔を見ても。暗殺者にうけがいいのですよ、こういう毒こそが」

「それはそうだろうけど。面倒ごとになりそうな気しかしないから、持っていって行商人に売るのは駄目だからね」

「……残念です」


 テグスの説得で諦めた様子なので、ティッカリに頼んで樽を壁際まで運んでもらった。

 そして片付けも一段楽したので、テグスたちは手を水筒の水で洗ってから、台座にある扉から料理を出して一休みすることにした。

 お腹と気力を充填し、装備を整えると、背負子や背嚢は円卓の椅子の上に置いてから、壁に開いた通路へ向かう。

 戦うのはもちろん、五十一層に出る《魔物》で一番弱いとされる《暗器悪鬼》だ。

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