231話 《火炎竜》戦の後
《火炎竜》との戦いは失敗に終わり、年配の《探訪者》たちは全員死亡し、逃げ帰ってきたビュグジーたちは大小の怪我を負う結果になった。
テグスたちがビュグジーたちの手当てを終えると、五十一層にいる全員で円卓に座り、台座から出した料理を食べ始める。
ビュグジーたちは怪我の回復を図るためか、それとも負け戦による自棄食いか、大量の料理を食べつくしていった。
「くそっ。ジジィたちの口車に乗った所為で、こっちゃあ大損こいたぜ!」
「装備も身体もボロボロでなっちまいやしたし、得たのは竜の翼の一部だけでやすし」
「某としましては、強敵と戦うことが出来て満足で御座りまする」
「それで貴重な長巻失ってんじゃ、割に合ってねえよ」
「なに、形あるものは何時か壊れるものに御座りまする。戦いの中で果てれたのであれば、あの長巻も武器としての本懐をとげられて満足で御座りましょう」
「かーー! これだから戦闘狂は」
口々に愚痴を言い合っているが、悪い雰囲気というわけではなかった。
むしろ、大勢での宴会を終えた後に、気の合う仲間同士で飲みなおしているときのような、明け透けな空気に近い。
テグスはビュグジーたちが負けて気落ちするだろうと思っていたので、少々意外に感じていた。
「皆さん、負けたことを気にしてないような感じですね」
思わずそう尋ねると、ビュグジーは手にしていた肉の塊を口で引き千切りながら、機嫌悪そうに眉を寄せた。
「ケッ、十分に悔しいに決まってんだろう。だがな、生きてさえいりゃあ、また戦える。そんで見て体感したこの経験は、明日のオレァをより強くする。それを繰り返してきゃあ、竜だろうが神だろうが、何時かは殺せるだろうさ」
その言葉に同意するように、サムライは片手に持った二本の細い棒を机の上に置いた。
「戦う意思さえ持ち続ければ、人は何時までも強敵と戦い続けられるものに御座りまする。無論、戦いの中で命を失うことも御座りましょう。その時は、相手と刺し違え、死後の世界で再戦というのも乙で御座りまするよ」
「おいおい、死んだ後も戦いに明け暮れるって、なんの神様を信奉してんだよ。オレァ死後の世界は、美女とゆっくり過ごせるところがいいぜ」
言い終わるや否や、サムライとビュグジーの仲間たちが笑い出す。
テグスは何がおかしいのか分からなかったが、恐らく奉じる神様を題材にした笑い話だったのだろうと納得しておくことにした。
そして、ビュグジーたちの様子から《火炎竜》の恐怖に捕らわれてはいないと判断し、ハウリナたちも料理を十分食べて満足したようだしと席を立つ。
「僕らはこれで《下町》に帰りますけど、ビュグジーさんたちは今後どうするんですか?」
「さてどうするかな。幸い、度胸あるやつしかいねえから、辞めそうなやつはいねえが……怪我の治療と装備品を直さなきゃならんし、特にサムライの装備はボロボロ過ぎるから、《中町》にいくしかねぇか」
その結論に待ったをかけるように、サムライが片手を真上に伸ばし、テグスに喋りかけてきた。
「長巻を失ってしまった故、代わりとなる武器を大扉から回収していただけたらと願いたく御座りまする」
そうお願いされると分かっていたテグスは、壊れた長巻と竜の翼の一部を順に指差す。
「その二つを《中町》の武器屋か鍛冶屋に持っていって、新しく作り変えてもらったらどうでしょう。竜相手に通じる武器なんて、大扉からそうそう見つかりませんよ。特にサムライさんが欲しい武器は、出会うことが稀な部類ですし」
「ふむふむ。考えてみれば、そのとおりに御座りますな。では、お勧めの方があれば紹介していただきたくお願いいたしまする」
「あー……サムライさんが刀の製法を教えた鍛冶屋覚えてますか? その人が僕に、いい鍛冶屋を知っている、って言ってたので。聞いてみたらどうでしょう?」
「おおっ、掘っ立て小屋のような工房にいる、あの鍛冶屋殿か。なるほど、貴重な情報有難く頂戴いたしまする」
「いえいえ。それじゃあ、またどこかで」
頭を下げるサムライとまだ料理を食べているビュグジーたちに、テグスは別れを告げてハウリナたちと神像に祝詞を上げて、《下町》へと転移していったのだった。
《下町》に戻ってくると、テグスたち通常はそのまま食堂か宿屋、居れば行商人のところへ向かうことが多い。
しかし今回に限っては、テグスはちょっとした懸念から、ハウリナたちを伴って四十一層へ下る階段へと向かった。
「大扉から、お宝回収しに行くです?」
「うーん、何もなければそうするけど。まあ、まずは確認かな」
少し通路を歩くと、《騙造機猿》が二匹と《千効触手》が一匹の組み合わせに出くわした。
すぐさま、前衛と後衛に分かれて、戦闘を開始する。
もう格下と言える相手に、あっさりと倒しきった。
テグスは少し今の戦いを振り返り、また別の《魔物》を探して通路を進む。
その後も何度か、《魔物》と戦い続け、合間に見つけた大扉から小さなナイフを回収する。
この一連の行動で、テグスは何かを理解した様子になると、ハウリナたちと《下町》への帰路についた。
そして、五十一層で料理は食べてきたので、宿屋の部屋へと入る。
「あれ、なんだったです?」
装備を脱いで身軽になったハウリナが、ベッドに座りながら尋ねてきた。
テグスは言いにくそうにしてから、全員が意味を知りたい目をしていると理解して、口を開いた。
「ビュグジーさんがさ、竜を見た恐怖心から《探訪者》を辞めた仲間がいる、って言ってたでしょ。だから、ハウリナたちの中にそういう人がいないか、《魔物》と戦って確かめてみたんだよ」
理由を聞いて、全員が心外だという表情を浮かべた。
「むっ。そんな気弱じゃないです」
「そ、そうですよ。あ、いえ、その、自分のことを、気弱じゃない、って言い切れないですけど。い、色々と、危ないことに、慣れちゃいましたから」
「《火炎竜》は恐ろしいと感じはいたしましたが、《魔物》全般が怖くなったわけではございませんよ」
「でも、竜を見た後のハウリナちゃんはすごく怯えていたし、テグスの危惧したことも分かるかな~。必死に階段を登ろうとしていたしね~」
ティッカリが茶化しを入れると、ハウリナは少し言葉に詰まった。
「あれは――食べるの好きです。けど、食べられるの嫌いです……」
「普遍の真理ですね、その答えは。しかしまあ、テグスの行為も全くの無駄ではないですよ、大物を逃した際に小物を多数獲って自信を取り戻す方法もあったりするので」
アンヘイラの取り成しに、結果として仲間を疑うことになっていたテグスは、少しだけ救われた気分になる。
もっとも、アンヘイラの前職を考えると、その大物と小物がどういうものかが気にはなった。
しかし、それは指摘も尋ねもせずに、今後の予定を話し合うことにする。
「それで、僕らは明日からも、四十五層以下で実力を上げ続けることでいいよね?」
「そうでございますね。とりあえず、四種六匹の組み合わせでも、完勝できるようにならねばならないことは、変わりはいたしませんし」
「技術吸収も早まりそうですね、《写身擬体》には装備品で勝っていると分かり余裕が出来ましたので」
「しばらくは、今までの通りってことなの~」
「でも、早く、五十一層の《魔物》と戦いたいです! そして、竜に勝てるようになるです!」
テグスとしては竜に怯えていたハウリナが、一番意気を上げていることに少し意外に思った。
そして、まだまだ仲間の人となりが理解し切れていないなと、自嘲してしまう。
「あ、あの、その。でも、もうしばらくは、竜に会いたくないですから、地道にいきたいかなって」
しかし、アンジィーの控えめな主張に、テグスは全く理解していないわけではないと少しだけ自信を取り戻したのだった。




