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230話 腹ペコ《火炎竜》の暴虐

 先ほど聞こえてきた雄叫びと悲鳴を皮切りに、五十二層に続く階段から様々な物音が聞こえてくる。

 硬い何かに金属が弾かれ、肉を打ち据える音。

 人の悲痛な声と共に、気合を入れ直す勇ましい声。

 そして、それらをかき消すほどの、大きな獣のような唸り声だ。

 耳のいいハウリナは、その音がより鮮明に聞こえて状況が分かってしまうのか、悲痛そうな表情を浮かべている。


「ハウリナ。辛いなら、耳伏せててもいいんだよ?」

「そうするです。竜、大暴れすぎです」


 テグスの言葉に従って、ハウリナは獣耳をぺたりと頭の上に倒すと、さらに上から手で押さえつける。

 まるでそれが合図であったかのように、何かが炸裂する音と共に、階段から熱風が吹き上がってきた。

 唐突な熱気に、テグスだけでなくハウリナたちも驚いて、身を仰け反らせる。

 その直後に、再び悲鳴が聞こえてきた。


「うおおおおおぉぉ! チクショウ! 腕が、腕が燃えて……」

「相手は確実に弱っておる! 囲んで叩けばやれるはずである!」


 下でどんな戦いが繰り広げられているかは、テグスには想像することしか出来ない。

 それでも、聞こえてくる悲痛な声の大半が、あの年配《探訪者》たちの者なので、明らかに戦況が不利であると分かった。

 その後、幾度かの悲鳴と熱風が階段からやってきて、段々と戦う音と人の掛け声が減ってくる。

 それから少しして、階段を急いで駆け上がる足音が聞こえてきた。

 テグスたちは逃げてくる邪魔にならないようにと場所を空けると、ビュグジーたちが防具と身体の端々を焦がした状態で現れる。


「くそっがッ! あのクソジジィども。何が十年かけて弱わらした、だ。竜のヤツァ暴風雨みてえに元気じゃねぇか!」

「ひぃひぃ。水、水をくれ! 火傷が、火傷がー!」


 非難の言葉を上げるビュグジーの横で、彼の仲間たちが火ぶくれした腕や足を押さえている。

 テグスは大慌てで近づくと、指先を火傷している人へと向ける。


「『水よ滴れ(アコヴィ・ファリ)』!」


 指から出てきた水が、彼らの手や足にかけられる。

 テグスたちの中で、一番薬学に通じているウパルが、自分の背嚢から取り出した薬を火傷へ塗っていく。


「いてぇよ。染みるよ、その薬!」

「我慢してくださいませ。何もせずにいたら、皮膚が腐り落ちるかもしれないのでございますよ!」


 泣き言を言う人を一喝しながら、ウパルは手早く処置をしていく。

 下手に手を出すと逆にまずいことになりかねないので、テグスは全員の火傷に水をかけ終わると、円卓の傍で転がっている空き瓶を集めに向かった。

 それに、手持ち無沙汰だったハウリナとティッカリとアンジィーがついてくる。


「手伝うです!」

「でも、この空き瓶を何に使うの~?」


 ハウリナが拾ってきた瓶の一つを受け取り、その中にテグスは魔術で水を入れた。


「こうやって水を入れていくから、一杯になったらビュグジーさんたちに渡してあげて」

「は、はい。て、手渡してきます」


 満杯になった瓶を受け取ったアンジィーは、ビュグジーたちの方へ走っていく。

 直ぐに彼らの間で奪い取るように回し飲みが始まったが、水を入れた瓶が程なくして人数分回ったので、安心したように水をゆっくり飲み始めた。

 そんなビュグジーたちの処置をしている間も、散発的ながら階段の先からは、戦う音が続いている。

 彼らも水を飲んで落ち着いてきた様子だったので、テグスは何があったのか尋ねることにした。


「あの。《火炎竜》の戦いは、どうなったんですか?」

「ああァ!? 見て分かんだろうが!」


 テグスの質問に苛立ったように、ビュグジーは手にある瓶を地面に向かって叩きつける。

 しかし、毛足の長い絨毯が受け止めたために割れず、瓶の口から水が漏れ出るだけの結果に終わった。

 その後で、ビュグジーは苛立ったように頭を掻き毟り、叩き付けた瓶を拾い上げ、中に残っていた水を頭の上からかけた。

 それでようやく落ち着きを取り戻したのか、ビュグジーは濡れた髪をかき上げながら、盛大に溜め息を吐く。


「くはぁ~~~~~。悪かったな、怒鳴っちまってよ」

「いえ。それだけのことがあった、ってことでしょうから」


 テグスの当たり障りのない言葉に、ビュグジーは面白く無さそうな顔をしてから、手にある瓶に少しだけ残った水滴を口に垂らした。

 その水分で唇を濡らしてから、何があったかを語り始める。


「最初は、本当に一切動きやしなかったんだ」


 そう前置きをして語ったのを要約すると――

 あの年配者たちが、《火炎竜》の弱点の一つだと豪語していた首筋を、剣や斧で斬ろうと接近した。

 ビュグジーたちは、いつ動き出してもいいように、《火炎竜》の手足や尻尾が届かない範囲で待機していた。

 年配者たちが剣を振るって首筋を傷つけても、一向に動き出す気配はなかった。

 大丈夫そうだと、ビュグジーたちが少しだけ気を緩めた瞬間、突如にそして素早く《火炎竜》の頭が動き、年配者の数名が食べられてしまった。

 犠牲者の血肉を飲み込むと、長年の飢えと乾きから復活したような雄叫びを上げ、年配者とビュグジーたちに暴虐という表現そのままの攻撃を繰り出してきた。

 ――と、こうなるようだ。

 そのときの光景を思い出したのか、ビュグジーはうんざりとした顔をしている。


「それがようぉ、さすが神の尖兵だと言いたくなる、暴れん坊ぶりなんだぜ。口から火を吐くわ、尻尾は振り回すは、手や足の爪で薙いでくるわ、翼を振ってこっちを吹っ飛ばしにきたりよぉ」

「そ、その通りでやすよ。少し離れていたこっちでそれなんでやすから、間近にいたあのジジィどもは、もうひっちゃかめっちゃかになってやしたよ」


 想像してみて、それは大変なことだっただろうなと、テグスは頬が引きつるような思いを抱いた。

 そして、話を聞き終わって顔を上げて気が付いたことが一つあった。


「あれ? 年配の人たちが、戻ってきませんね」


 ビュグジーたちが戻ってきて話を聞き終わるまで、それなりの時間がかかったのに、階段から新たに逃げてくる人がいないのだ。


「サムライも、いないです?」

「もしかして、置いて逃げてきたの~?」


 非難する視線をハウリナとティッカリが向けると、ビュグジーは違うと言いたげに手を振る。


「あのジジィどもは、竜が絶対弱っているはずだっていって、逃げ出さなかったんだ。サムライのヤツは、ジジィに助力するとか言って、突っ込んで行っちまいやがったんだ」

「年配の人たちは置いておくとして。なんとなく、サムライさんぽいと納得しちゃう行動ですね」

「強敵に出会えて酷く嬉しそうにしてやがったぜ、あの戦闘狂め」


 こんな話をしている間も、五十二層からは戦闘の音が断続的に聞こえてくる。

 しかし、もう戦闘に参加する気はないのか、ビュグジーたちは絨毯の上に座り込んで動こうとしなかった。

 もちろんテグスたちも、自分たちの実力のなさが分かっているため、暴れまわる《火炎竜》がいる下の層へ行くつもりはない。

 そうして階段付近から動かずに時間を潰していると、再び大きな音が階段を駆け上ってきた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 それは《火炎竜》の声に違いなかった。

 だが、今まで聞いたものとは違い、悲痛な感じのする声だった。

 声が聞こえてきた直後、階段から熱風が何度となく吹き上がってきて、テグスたちは危険を感じてさらに階段から離れる。

 熱風が吹き上がる音に交じり、誰かが階段を駆け上ってくる音がしてきた。

 やがて、特徴的な鎧を着たサムライが出てきて、その後ろに付き従うように赤い物体が見えた。

 《火炎竜》が下から追ってきたのかと、思わずテグスたちが身構える。

 しかしその赤い物は、サムライが確りと腕に抱えているもので、どうやら《火炎竜》の一部のようだった。

 その戦利品とも言える物を、無造作に投げ捨てて、サムライは満面の笑顔を浮かべる。


「いやーいやー。竜という存在は、存外に強いもので御座いまするな。見てくだされ。長巻を壊されてしまったに御座いまするよ」


 友人と遊んだことを自慢する子供のような表情と態度に、テグスとビュグジーたちが唖然とする。

 だが、上機嫌な様子のままに、サムライの独白が続く。


「長々とした攻防の最後、あのご老人の言っていた首筋を狙ったものの、翼で防がれてしまったので御座いまするよ。仕方なしにこうして翼を両断せしめたところ、お返しにと振るわれた手爪を長巻でそらそうとしたので御座りまするが。この通り、刃も柄も皹だらけにされてしまったのに御座りまする。いやー、失敗に御座りました」


 先ほど投げ捨てた物体――どうやら《火炎竜》の翼の一部らしい――を踏みつけ、見るのも無残な長巻を掲げて、嬉しそうに語っている。

 しかしよく見ると、サムライの鎧もボロボロになっていて、腕と脚には血の滲みも見えた。

 話は続いていたが、ウパルが溜め息混じりに治療を申し出る。


「サムライさん、手当てをしますので、大人しくこっちに来て座ってくださいませ」

「おー。それはかたじけのう御座りまする。いやー、しかしながら、竜とは凄いものに御座りまするよ。あの硬い鱗に刃筋を通すには、息を吐いて吸うかの如くに鉄を斬れねば鳴らぬと確信したに御座りまするよ」


 浅くはない傷に染みそうな色合いの薬を大量に塗りこまれているというのに、サムライは痛がる様子もなく上機嫌なまま戦いを振り返っている。

 その様子を見て、テグスとビュグジーは同時に、処置なしといった苦笑いを浮かべた。

 それから直ぐに、五十二層には《火炎竜》だけしか生きていないと知らしめるかのように、赤い宝石で作られた竜の像が移動して階段を隠してしまったのだった。

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[一言] 息を吐いて吸うかの如くに鉄を斬れねば鳴らぬと確信したに御座りまするよ 鳴らぬ>ならぬ
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