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228話 古顔の《探訪者》


 五十一層の広間に入ってきた年配者たちは、円卓に座る面々に品定めするような視線を向ける。

 その際に、テグスたちを見て、少しだけ意外そうな顔をした。


「ふむっ。大扉をこそこそ開けるだけの小物かと思った、昨日見た若者もいるな」

「だが、実力的にはまだまだであろうな。となると、使えそうなのは残り半分といったところであろう」


 こそこそと仲間内で話が、小さいながらテグスの耳にも聞こえた。

 恐らくその値踏みの声が聞こえたのだろう、ビュグジーが席を立ち、彼らを睨みつける。


「おい、見たことのねえジジィども。なにか言いてえことでもあんのか、コラァ!」


 怒声交じりに問いかけると、年配者たちは物を知らぬ若者を見るような目をした。


「なに、気にするな。単に、この下の層に用があるだけなのだ」

「その通りである。我々は竜を屠りにきただけの、単なる《探訪者》であるからな」


 年配の《探訪者》たちの代表らしき二人が、年上の余裕を見せる態度で、そんな事を言ってきた。

 ビュグジーは彼らの発言に、怒ったように片眉を吊り上げる。


「ほほぅー。お前ぇらみてえな、ここ最近では顔を見たこともねえ耄碌したジジィどもが、竜を倒すだって。こりゃまた、つまらねえ冗談を言うじゃねえかよ」


 剣呑な雰囲気に、テグスが固唾を飲んで行き先を見守っていると、唐突に年配の人たちが笑い出した。


「くはははっ! たしかに十年も準備に時間をかけるとは、冗談のような話よな」

「若人には、理解しがたいものがあるのであろうな」


 まったくだと笑いあう年配の人たちに、横で聞いているだけのテグスたちだけでなく、ビュグジーとその仲間たちも驚いているようだった。


「……はぁ? 竜を倒す準備に十年だぁ!?」

「おうさ。十年よ、十年。竜が弱り果てるまで、十年待った」

「ワシらが挑むより先に倒されはせんかと、戦々恐々としておったな」


 それが彼らの間で定番の冗談なのか、大笑いし始めた。

 テグスはよく分からず唖然とし、ビュグジーたちも笑っている彼らに毒気を抜かれた様子だ。

 そのままなし崩しに、年配者たちの話を聞くことになった。

 円卓は、ビュグジーたち八人と年配者たち十二人で席が埋まる。

 なので、竜に挑む気がまだないテグスたちは席を明け渡し、この広間に敷かれた毛足の長い絨毯に直に座ることにした。


「我らに席を譲ってもらって、悪いことをしたな」

「いえいえ。話を聞かせてもらえるだけでも、十分に身のためになるでしょうから」


 そんな会話の後で、ここから先はビュグジーたちと年配《探訪者》たちで話し合いになる。

 料理を食べながらされた話は、大きく分けて要点が三つあった。

 お互いに、どの程度の実力があるのか。

 竜に挑むのにどんな準備をしてきたのか。

 そして、年配者たちは、なぜ十年も準備に時間を費やしたのか。

 一点目の話は、両者ともに五十一層の《魔物》を全て倒せるということで、直ぐに終わった。

 二点目は、武器を見せたり、お互いに武勇伝を語り聞かせたりして、お互いにある程度納得したようである。

 そして三点目――


「なぜ十年も時間がかかったかであるな。むろん、武器防具の入手や、実力を上げるためではないと先に断っておこう」

「理由は先に言ってあった通り、竜を弱らせる――文献を数多くあたった結果、飲まず食わずで十年以上放置して衰弱させねば、こちらに勝ち目はないと判断したためだ」


 テグスは彼らの言葉に、一定の理解を示した。

 《迷宮主》または《階層主》は、挑んだ《探訪者》が倒せなければ、その存在が残り続けるという変な決まりが《迷宮都市》の《迷宮》にはあった。

 《大迷宮》十層に出るコキト兵がいい例だろう。

 本来なら、広間に入ってきた人数に合わせて、コキト兵も同数出現する。

 だが、生け贄の子供一人を先に戦わせた際、その子供が殺されれば、その直後何十人の《探訪者》が広間に入ろうと、コキト兵は出現している一匹のままだ。

 そんな出現した《魔物》がどんなに強くても、死ぬ寸前まで衰弱させれば、倒すことが容易になるのは想像できた。


「だけどよ。それって卑怯じゃねーか?」

「うんうん。そう思うです」


 ビュグジーが思わず口に出した言葉に、ハウリナが素直に同意した。

 すると、年配者の代表二人が、さもありなん、と言葉に出しながら頷く。


「だがしかし。万全の相手と真正面から戦うなどと、崇高な精神をどう戦闘に生かすのであるのか?」

「我らは騎士ではなく《探訪者》である。寧ろ、手を尽くさずに戦いに挑むことこそ、間違っておるのではなかろうか」


 いい分はもっともだと、テグスは感じはしたが、納得できない部分もあった。

 どうせなら『万全の相手』を想定して、それでも『勝てるように手を尽くす』のが一番ではないか、という気持ちである。

 それは相手の衰弱を待つのが悪いという意味ではなく、戦いの中で相手を弱らせる方法を考えた方が建設的だ、と思ったのだ。

 ビュグジーも同じようなことを考えたのか、年配者たちの気長さに呆れたような表情をしている。

 

「しかしよぉ。その十年はまるで無駄だったんじゃねーか? オレァが前に挑んだ一・二年ぐれえ前、竜は鬼気迫るって表現がピッタリのすげぇ迫力があったぜ」

「ほほぅ。おぬしは、竜を見たのか?」

「おうよ。あの迫力を見ただけで全員逃げ出したんだぜ。その上、数人が心折れて《探訪者》から足を洗っちまいやがったんだ。その後、必死に度胸のある仲間を集めて、竜に再度挑めるまで立て直しつつ力をつけるのに丸一年かかった。だが、まだ仲間が足りねえとすら思えてきやがる」

「そうかそうか。それほどの迫力を放ってくるとは、少なくとも一・二年前までは、順調に衰弱しているようだ」


 話が通じているようで通じていないような返しに、ビュグジーだけでなくテグスもはてな顔になった。

 すると、年配の代表二人が揃って、微笑みを浮かべる。


「よいか、教えておいてやろう。基本的に竜は、挑むものがない間は石木か置物かというほどに、威圧感がないものなのだ。元々神の尖兵として造られた存在であるため、暴威を振るうのは戦のときのみで、通常時は力を抑えるように物静かなものである。そう、文献にもある」

「実際に我らが十年前に目にした、五十二層に出現した当初の竜は文献通り、超常の者という風格を備えながらも泰然とした姿であった」


 そのときに圧倒的な強者に魅入られたのか、二人だけでなくその他の年配者たちも、夢見心地な視線を空中に飛ばしている。

 それで話の流れが途切れてしまったので、テグスは横から口を挟んだ。


「普通は人なんて小物は気にしない態度なのに、一・二年前に目にしたときに威圧を向けてきたのは空腹と渇きで苛立っていたから、ということですか?」

「うむ? ああ、その通りである。とある話において、岩場に五年間も閉じ込められた竜が、地震によって開いた穴から脱出した際、空腹の余りに我を忘れあたり一面火の海に沈めたという」

「悪神に鎖に繋がれ飲まず食わずで八年も放置された竜は、たまたま訪れた人に鎖からの開放と一滴の水と一欠けらの肉を懇願し、かなえてくれたらその人が死ぬまで奴隷として従うと誓った。そんな話も、文献にはあったのだ」


 かなり詳しい内容に、どんな文献を読んだのか気になりつつも、テグスは話の続きを聞く体勢をとった。


「そちらの粗暴そうな《探訪者》の言葉を信じるなら、一・二年前ではまだ反抗する力が残っていたようではある」

「だが、文献を信じるならば、もう抵抗する力もなくなったころであろう。まさに、好機というわけだ」


 テグスとその仲間たちは、年配の《探訪者》たちが勝てると踏んだ理由に、納得したように首を縦に何度か振る。

 一方で、ビュグジーたち一行は、その年配者たちについていって、竜と戦うべきかどうかを話し合っているようだった。

 少しして話が纏まったのか、ビュグジーが姿勢を正してから口を開く。


「自信がある理由は分かった。その戦いにオレァたちも連れて行ってくれねえか」

「おや。この戦い方は卑怯だと言ったのでは?」


 その返しに、ビュグジーは怯むことなく言い返す。


「ああ、言った。今でもそう思ってるぜ」

「では、なぜ同行しようというのであるのか?」

「そりゃあ、それだけ弱っている竜だとしても、戦った経験は次に万全の竜に当たるときに生かせるじゃねえか」


 さらに、ビュグジーの横に座るサムライが付け加える。


「仮にそれほど弱りきった相手を倒せぬのであれば、こちらの準備が足りぬという目安に使えるに御座いまする。つまりは、戦うに利点は多く、戦わぬに欠点も多いと判断できるに御座いまする」


 年配者たちがビュグジーたちの言い分に理解を示したのを見てから、サムライはさらに続ける。


「付け加えさせていただくならば、そろそろ待っているだけの日々にも飽きがきたに御座いまするな」

「そりゃあ、戦闘狂のサムライだけだからな、勘違いしねえでくれよ。それよりもこっちとしちゃあ、十年も《下町》にすら来ていないジジィどもが、どれだけ使えるか心配だがね」

「ぬかせ、若造め。こちらは《中二迷宮》で、この十年休まずに活動しておったわ」

「《下級地竜》を倒し続け、もうその肉は食いあきると言うほど食べたからな。同じ竜なのだ、《大迷宮》五十二層の竜の倒すための訓練は、十分にしたといえるであろうな」


 そこでお互いに軽く笑いあった後で、年配者たちの視線がテグスたちに向く。


「そちらの若いのは、どうするよ」


 その問いかけに、テグスは仲間と自分を含めた実力と装備を考慮にいれ、どうするか思考を素早く巡らせた。


「それほどに弱っている相手でも、僕らに準備や実力が伴ってないので、戦って勝てるとは思えません。なので、安全に見学できる場所があればいってみたい、という程度です」

「じゃあ、途中まで一緒に行こう。そして引き返すかは、そのときの判断に任せるとしよう」


 そうして、五十一層にいた全ての《探訪者》は、神像のある裏へと回る。

 そこにある赤い宝石で作られた竜の像の口に、年配の冒険者が色違いの九個の魔石を一つずつ入れていった。

 全てが収まると、像の口から大きな鳴き声が迸る。


『グオオオオオオオオオオオオオン!』


 周囲に木霊していた声が収まると、像が備え付けられた台座ごと横滑りし始めた。

 そして、退いた場所に下への階段が現れたのだった。


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