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226話 毛皮の山

 テグスたちの《七股箆鹿》狩りは、以前に楽な倒し方を発見していたこともあり、思いのほか上手くいっていた。

 しかし、思い違いが一点だけあった。

 それは、テグスたちがいま三十五層にいることと無関係ではなかった。


「まさか、三十六層にあれだけの《探訪者》が集まるなんて思ってもみなかったよね」

「人、多すぎだったです」


 そう。テグスたちのお願いが《下町》中に伝わってしまっていたのか、暇な人から魔石が一つでも多く欲しい人で、冬の森の層で一番下である三十六層は多くの人でにぎわっていたのだ。

 そして、誰も彼もが血眼になって、《七股箆鹿》を探して駆けずり回っていた。


「お願いした手前、三十六層で《七股箆鹿》狩りをするのは難しいの~」

「こちらが狩った分だけ向こうの機会が減りますからね、単純に考えれば」


 なので、テグスたちは仕方なく、三十五層に上がることになったのだ。


「しかしながら、あれだけの働きを目にいたしますと、《七股箆鹿》の毛皮は思いのほか集まりそうにございますね」

「あ、あと、宿にある魔石の数も、考え通りに、減らせますね」

「あの人数は予想以上だったけどね」


 魔石の数が足りるか一抹の不安があるので、毛皮を剥いだ《七股箆鹿》を始め、他の《魔物》も倒し次第に魔石化していく。

 そんな中、テグスは手にしている黒直剣を握り直して、首を傾げた。


「それにしてもさ、冬の森ってこんなに簡単だったっけ?」


 テグスが思わずそんな疑問の声を上げてしまうほど、この層の《魔物》との戦いに苦労はなかった。

 色が黒で見分け易い《五尾黒狐》はもとより、白い景色では判別し辛い《二尾白虎》と《三目木菟》でも、テグスたちが気配察知を利用して先に見つけ先制攻撃できてしまう。

 《七股箆鹿》相手でも、水をかけるという特殊な倒し方をせずに戦っても、怪我どころか疲れすら感じずに倒し切れてしまった。

 その事に関して、ハウリナたちの意見は――


「前も、こんなだったです」

「出てくる《魔物》は同じなんだし、冬の森の層に来るのが久々だから、そんな気がするんじゃないかな~」

「きっと基準が変わっているのでしょう、四十層以下の《魔物》と比べてしまうので」

「ですがそう感じられるだけ、私たちが成長した証ということでございましょう」

「あ、あの、さ、寒いので、立ち止まってお喋りするの、やめませんか?」


 と、こんな感じであった。

 テグスも、楽な分には良いかなと思いつつも、どこか全力を出しきれない不満が残るのだった。




 とりあえず、全員が持てるだけの《七股箆鹿》の毛皮を、一日泊りがけで集めた。

 そして、順々に層を下り、四十層階層主の《折角獣馬》を倒し、《下町》に帰還する。

 早速その足で、食堂に行ってみると、一角に毛皮が山と積まれていた。

 加えて、多数の《探訪者》がテグスたちが来るのを待っていたようだった。


「おー、ようやく帰ってきたぜ。出来るだけ早く魔石と交換してくれよ!」

「こんなことなら、もう一日狩りを伸ばしていればよかったよな」


 口々にそんな言葉をかけてくるのを、にこやかな笑みで交わしつつ、テグスは彼らの持っている毛皮に視線を向ける。

 苦戦して手に入れたのか殆どが傷が多く、中にはボロ布のような有様の物まであった。

 テグスはアンヘイラに持っている魔石を全て渡すと、先に彼らの相手をしてもらうことにした。

 では、残りの面々はどうするのかといえば、毛皮のことを頼んだ食堂の店主に会いに行った。


「毛皮の買い取りありがとうございました。あと、すみません。なんだか大変なことになっちゃって」


 そう声をかけると、店主は少しムスッとした状態で、言葉を返してきた。


「礼はいらん。立て替えた魔石を払い、ついでに料理を頼め」

「えーっと、とりあえず宿に魔石を取りにいってきますから、ここにいる全員にエールを一杯、こっちのおごりで」

「分かった。料金を払うのならば文句はない」


 アンヘイラを食堂に残し、テグスたちは毛皮の山に狩ってきた物を上乗せしてから宿へ引き返すと、部屋の中にある魔石を持てるだけ持って食堂に引き返す。

 店主が立て替えたという分と、奢った酒の代金を魔石で支払い、残りはアンヘイラに手渡した。

 

「交渉が少しやり易くなりました、彼らに酒を奢ってくれたので」


 小声でそう言うと、実に楽しそうに交渉に戻る。

 その姿に頼もしさを感じながら、テグスたちは念のため残っている魔石の全てを持ちに、もう一度宿へと向かった。

 食堂に帰ってくると、多くいた《探訪者》の数が減っていて、代わりに痛みの多い毛皮の山ができている。

 アンヘイラに渡した魔石にはまだ余裕がありそうなので、テグスたちは料理を頼み持ってきた魔石で代金を支払った。

 料理を待っている間、何気なしにアンヘイラの方を見ていると、交渉を終えた多くの《探訪者》は満足げに離れていく。

 どうやら、上手く売買をまとめられているようだ。

 程なくして、最後の一人の交渉が終わり、アンヘイラが残った魔石を持って、テグスたちが座っている方へ歩いてくる。

 それに合わせて、テグスは料理を追加注文した。

 席に座って杯の中身を舐めた後で、アンヘイラは口を開く。


「まだ帰ってきていない人もいるそうですよ、《七股箆鹿》の毛皮を狩っている中には」


 詳しい話を聞くと、どうやら魔石を本当に必要としている人の多くが、粘って毛皮を集めているらしい。


「でも、その人を待っていてもしかたないし、食堂で毛皮を置きっぱなしはまずいだろうから、食事をしたら行商人さんに毛皮を預けにいこうか」

「なら、魔石を手渡して運搬を手伝ってもらってはどうでしょう、あそこら辺にいる暇そうな人に」


 一角に置かれている毛皮は、傷が少ないものと多いものとで、二つの山が出来ている。

 確かにこれは、テグスたちだけでは一度では持っていけない量だった。

 いまさら魔石を節約する意味もないので、全員が食事を終えてから、テグスはアンヘイラが指した人たちに声をかけることにした。

 一言二言だけで簡単に了承が取り付けられたので、魔石を先払いしてから、一緒に毛皮を持って行商人のいる場所まで歩いていく。


「おお、こんなに集めてくださったんですね。《白樺防具店》さんも、喜びますよきっと」

「明日以降も、まだまだ毛皮は集まりそうですので、期待していてください」


 積み上がった毛皮の量とテグスの発言に、行商人の頬が軽く引きつっている気がする。

 しかし、依頼されたことをしただけと開き直り、テグスは話題を変えることにした。


「それにしても、そちらは商売繁盛してそうですね」


 《下町》の一角に作られた、行商人たちが共有している店舗の前には、《探訪者》が多く集まっているのだ。

 全員が、並べられた品物と値段に目を行き来させ、仲間同士で買うかどうかを話し合っている。


「いやー。尋常じゃない毛皮の量が集まっていると噂に聞きまして、少しでも持ち物を減らそうと安売中ですよ。まあ、この毛皮の量を見ると、判断は間違っていなかったという思いですよ」

「でも、安売りすると儲けが少なくなるのに、いいんですか?」

「ええ。《白樺防具店》さんと確りとした繋がりを作れるほうが、利点が多いので。文字通りに、儲けは度外視してますよ」


 テグスたちも品物を見てみると、確かに普段の値段から二割から三割引きで販売しているようだ。

 なので、ハウリナが干し肉、ティッカリがお酒、ウパルがお茶、アンヘイラとアンジィーも鏃を買い集める。

 テグスは欲しいものが見当たらなかったので、無難に干し果物を小袋一つ分買うことにした。

 翌日以降、テグスたちは四十一層以下に行き、出来るだけ《魔物》を多く倒して魔石を集めることにした。

 そして、日々集まる《七股箆鹿》の毛皮の買い取りを行っていく。

 あの行商人が帰るまでは買い取っていると言うと、お金に困っている《探訪者》たちは行商人を引き止める工作をしたり、いる間に稼げるだけ稼ごうと冬の森の層へ行く。

 そんなこんながあって、行商人が神像で《中町》へ転移するときになる。

 あまりの毛皮の多さに、《下町》に馴染めなかった《探訪者》を荷物もちとして雇い入れ、どうにかこうにか全てを持っていったのだった。

 一巡月後、別の商会に所属する行商人が《下町》にやってきて、テグスに手紙を手渡した。

 差出人は、《白樺防具店》のエシミオナだった。


『やあやあ。前は大量の毛皮をありがとうね。いやー、助かっちゃったよ。いい状態が多くて満足いく防寒具が出来そうなんだ。ああ、ボロい方は、格安の防寒具をつくりたいらしい、知り合いの防具屋に引き取ってもらったよ。そうそう、ちゃんと次に防具を作るときには、この毛皮の代金分は引くから安心して。順序だと《魔騎機士》の鎧を、添加物入れて打ち直しになるかな。それとも、《巨塞魔像》から採れる鉱物を精製して作るのかな。どちらにしても楽しそうな仕事になりそうだから、気を長くして待っていることにするよ。樹人族は待つのには慣れているから、こっちのことは気にせずに、自分の調子を保って頑張って!』


 紙の余白がもったいないとい言いたげな文字の詰めっぷりに、テグスは直接会うときとは印象がやっぱり違うと苦笑いを浮かべたのだった。


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