225話 魔石の量とお願いごと
五十一層到達してから、早くも一巡月が過ぎた。
テグスたちはまだ、四十五層から出る《魔物》の四種が六匹集まった状態では、倒せていない。
それでも、テグス、ハウリナ、ティッカリの前衛組は、《魔物》と一対一の状況ならば楽に倒せるようになった。
アンヘイラ、ウパル、アンジィーの中衛・後衛組も三人で一匹か二匹を受け持つことぐらいはできるようになっている。
そうなると、活動の幅も広くなってきた。
当初は四十五層の後半部分が主戦場だったが、今は四十七層を活動場所に選んでいた。
この層は、例の四種の《魔物》の数が、三から五匹で組んでいることが多く、たまに六匹組も現れる。
そのため、テグスたちの地力を伸ばすという目的に合っていたからだった。
そんな四十七層で存分に戦い、《魔物》の素材を取ったあとで、テグスたちは隠し通路の中で休憩を取っていた。
「作成している四十七層の地図の余白が少なくなってきましたね、《魔物》を探しにあちこちに足を伸ばした結果で」
紙に書きあがった地図を掲げてのアンヘイラの言葉に、横からティッカリが覗き込む。
「どれどれ~。半分ぐらいは判明しているみたいかな~」
テグスも覗くと四十七層の地図には、上の層に繋がる入り口から下の層に続く出口までの、曲がりくねった一本道。そこから出て再び繋がる、何本かの迂回路。
それらを本筋に、枝分かれするように伸びているのが、活動場所を移してから踏破してきた通路だった。
確かに全部を含めれば、おおよそ半分は埋まっているように見える。
「なんだか、身内で使うだけの地図にしては、もったいないほどの精巧さと範囲の広さだよね」
「四十五、四十六層の地図は、これよりもっと細かかったです」
ハウリナの言葉を受けて、アンヘイラがいままで作成してきた地図を全部取り出して広げる。
四十一層から四十四層までは空白の場所が多いが、四十五層と四十六層は端に余白のような部分があるのみだった。
「道行く《探訪者》の手助けとなれるような、地図にございますね」
「そ、そうですね。こ、これがあれば、道は分かりますから、他のみなさんもより下の層まで、いけちゃうんじゃないかなって」
「魔石に困ってませんから必要性がないですね、当初は売ることも視野に地図を作ってはいたんですが」
その言葉をきっかけに、テグスたちは会話を止めた。
恐らく全員が、宿で借りた部屋に積もった大量の魔石のことを思い浮かべているのだろう。
「そうだね、あれも処分――じゃなかった、換金しなきゃいけないよね」
「部屋が狭いです。でも、地上まで行って帰ってくるの、めんどうです」
「《探訪者ギルド》で換金するにしても、行商人には頼めないの~」
「本人が《白銀証》を持っていかないと意味がないですしね、どうせ金貨にしたら預金しないと邪魔なので」
「どうせですから、小さな部屋を別に一つ借りてしまうのも手でございますけれど」
「あ、あの、こ、これって、けっこう、贅沢な悩みって自覚したほうが……」
しかしながら、どんな価値があろうと、大量にあって簡単には換金できないとなれば、所有者にとっては嵩張るものにしかならない。
「アンヘイラの持つ砥石に使っている魔道具を使って、多少は減らすことは出来るけど」
「もう磨くべきものがないですよ、全員の刃物は研ぎ終わったので」
そして一度磨いてしまえば、黒鉄製の武器は持ち前の硬さで刃こぼれをほとんどしないため、例の魔道具の出番はなくなっていた。
「大量に余っているんだし、こうなったら散財してしまうの~」
「買いたいもの、あるです?」
「行商人相手では限界がありますしね、地上にある店とは違って」
「そもそも私どもは、差ほど物欲が多いとはいえない人ばかりでございますしね」
「その分、食べ物にお金をかけているけど。今以上になることはないだろうね」
「あ、あの、もう少し強くなったなら、五十一層の人に、お酒の差し入れに行くのが、いいかなって」
そんな他愛のないことを話しているうちに、体力を回復し終えたので、休憩はお終いになった。
効果的な魔石の消費法がないまま十日ほどたち、次の行商人が《下町》にやってきた。
早速テグスたちは、顔見知りの《探訪者》たちに売れなかった品々を、全て売り払うことにした。
「相変わらず凄い量ですね」
「売れないと溜まっていっちゃう一方ですから。なので、そっちのお店の息がかかった《探訪者》の人たちに、もっと頑張ってもらわないと利益減っちゃいますよ?」
「いったい、何のことでしょう――と、とぼけておきますね。大扉の罠が凶悪すぎて、割に合わないって文句言われていましてね。どうにもこうにもいかない実情があるんですよ」
「僕にしても、開けられるから開けているだけですからね。仮に自信がなかったとしたら、尻込みしちゃいそうな罠ばかりなので、気持ちは分からなくはないですよ」
世間話をしながら、行商人はテグスたちが持ち込んだ品物を鑑定していった。
そして、値段交渉をアンヘイラと行う。
魔石が溢れるほどあるというのに、手加減するつもりはないのか、かなり厳しい額を突きつけて行商人は脂汗を流していた。
「ふぅ……相変わらず渋い儲けになりそうで、上役に怒られてしまいますね」
「心外なのでもっと締め上げてあげましょうか、そちらの利益は十分見込める額でしょう」
「ええ、まあ。いや、本当に、こちら側の事情に明るい方がいると困っちゃうなぁ」
売却した代金を魔石で貰っていると、その行商人は何かを思い出した顔になった。
「そうそう。《白樺防具店》さんから、扉明けさんたちに、依頼というかお願いごとを預かっているんでした」
言いながら差し出した小さな皮紙をうけとると、テグスは目を通していく。
『やっほー。《下町》は大変そうだけど、元気に生きているかな? いやー、君らの活躍のお蔭で、冬の森の層まで行く人が増えてね。防寒具の在庫が足りなくなりそうなんだよねー。それで、相談なんだけど、《七股箆鹿》の毛皮を集めてもらえないかな。自分で狩るのもいいし、他の顔見知りから買い取ってもいいからさ。お代は鎧の更新や補修のときに値引きってことで。予定が詰まっていたり、駄目そうだったら、断ってくれてもいいから、ちょっと考えておいてくれないかな』
端から端まで細かい字で書かれた物を読みながら、テグスはエシミオナの印象が手紙だと違って見えると思った。
そして視線を紙から行商人に移す。
「それで、毛皮を集めたら、そちらに手渡せばいいんですか?」
「ええ、そりゃもう。信用にかけて、万全の状態で《白樺防具店》へとお送りいたしますとも」
その答えに、テグスがハウリナたちに、どうするか問いかける視線を向ける。
「お世話になった、お礼したいです」
「最近ずーっと同じ《魔物》を相手してばっかりだし、息抜きに丁度いいの~」
「そ、そうですね。た、たまには、命の危険を感じない相手と、戦うのもいいですよね」
「《下町》へ新たに赴こうとする《探訪者》の手助けになるのは、喜ばしいことかと思われます」
「そして大量の魔石を消費するいい機会でしょう、顔見知りの《探訪者》に声をかければ」
乗り気な姿に、行商人がホッとした様子を見せた。
「いやー、受けてもらえるようで助かります。ああ、こちら、皆様の新しい防寒具なのだそうで。昔のは、いまここで、回収させていただければと」
「……なにかは分からないですけど、裏取引しましたね?」
「あははははっ。経営努力と言ってください」
実際、新しい防寒具は有難いので、テグスたちは昔使っていたものと交換する。
そして、毛皮の引き取り価格を聞いてから、場所を行きつけの食堂に移動して、顔見知りたちに声をかけた。
条件と報酬は、《七股箆鹿》の毛皮を回収してくれれば、それの状態と量に応じた魔石を渡すというもの。
割合としては、痛みの少ない毛皮三枚で握り拳大の魔石一個と交換。痛みが激しくても量を集めてくれれば、テグス側が確認後に魔石と引き換えることも約束した。
そんな行商人に売るより、ほんの少しだけ高いと思える比率でお願いをしてみると、大抵は快く引き受けてくれた。
「ふーん、良い割り合いだな。時間があればやってやるよ」
「《七股箆鹿》の他の素材は、こっちの好きにしていいんだよな。よっしゃ、受けた!」
「武器と防具の改修でカツカツだったから、喜んで引き受けさせてもらうよ」
しかし、中には拒否する人もいる。
「あー、悪ぃな。防寒具必要なくなったし、酒代として売っ払っちまったんだよ」
「もう少し高く買い取ってくれれば、受けないこともない」
「寒いのは苦手で、もう二度とあの森には行きたくないんだ」
そんな感じに、一通りの人たちから返事をもらえた。
受けた人たちは、割の良い仕事だと意気込んで、神像から転移していく。
断った人たちは、いつも通りの生活に戻っていった。
テグスたちはというと、一度宿に戻ってきて大量の魔石を背負子に積むと、再び食堂に戻ってきた。
そして、食堂の店主に頼みごとをする。
「あの、僕らも冬の森に向かいますので、毛皮の交換をお任せするのを、お願いしたいんですが」
すると、食材を包丁で切っていた店主が振り向き、じっとテグスの顔を見ると、直ぐに顔を戻してしまう。
駄目かと思っていると、ぼそりと一言声が聞こえた。
「……ああ、分かった」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、交換用の魔石を麻の大袋に入れておきます。あと、お願いを聞いてもらったお礼の魔石です」
「……受け取っておく」
ぶっきらぼうな店主ながら、頼みごとは聞いてもらえたようだ。
安心して、テグスたちも新しい防寒具と共に、神像に祝詞を上げて冬の森へと転移していったのだった。
 




