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20話 《精塩人形》狩り

 テグスとハウリナは《小五迷宮》にて、金稼ぎと自分の技能を高める為に《迷宮主》に挑み続けていた。


「とああああー!」


 テグスは片刃の剣に鋭刃の魔術を掛けて、《精塩人形》へと振り下ろす。

 ざくっと砂に円匙シャベルを突き立てたような音がして、防御した《精塩人形》の腕が飛ぶ。

 それを視界の端に入れながら、テグスは剣を下から上へと翻して《精塩人形》を斜めに両断した。

 すると形を保てなくなったのか、人型から単なる白い砂の山へと変わってしまった。


「ふぅ。この剣を使えば簡単なんだけど。塩相手だと、剣が痛むんだよなぁ……」


 剣の上にくっ付いている塩の粉末を、テグスは丁寧にボロ布で拭き取り、手入れ用の油を塗っていく。


「回収するの」


 この《小五迷宮》に入る前に用意していた麻袋に、ハウリナは白い塩を両手ですくって入れていく。

 大人ほどの大きさの塩が崩れた山なので、何度も何度も袋と山を彼女の手が行き来する。

 そしてテグスが剣の手入れを終え、ハウリナが麻袋に塩を入れ終えると。二人してこの《迷宮主の間》を出て行く。

 開いている出入り口の先は、ご褒美部屋への方ではなく、待機部屋の方だった。

 どうやら《迷宮主》を倒してから一定時間《祝詞》を上げずに過ごすと、待機部屋の方の通路が開くらしい。

 

「じゃあ次はハウリナの番だね」

「棍で叩くだけの、簡単なお仕事です!」


 待機部屋で《迷宮主》が復活する印が出るのを待ちつつ、テグスは上層で狩った《歪犬》の肉を適度に切り分け、焼ける程度まで温めてから口に運ぶ。

 ハウリナの方も生肉は飽きたのか、テグスが肉を温めてくれるのを尻尾を振りながらじっと待ち。テグスが差し出した途端に、ぱくりと大きめな肉の塊を口に入れて、幸せそうに笑みを浮べながらもぐもぐと咀嚼していく。

 こんな風に過ごしつつ、今日一日でもう何度も《精塩人形》を相手にしている二人だが。

 しかしながら《精塩人形》を相手にする場合、どちらかと言えばハウリナの方が相性が良い。

 なにせ武器が鈍器である事が有利で。剣の様に傷みを気にする必要が無く、身体強化で増した威力の打撃を相手に加え続ける事が出来るからだ。

 単に倒す時間だけなら、片刃剣を使ったテグスが圧倒的に早いのだが。継戦と言う事を考えた場合は、ハウリナが一歩先んじる形になる。


「次からは、短剣で再戦かな」


 いい加減、一々戦うたびに剣の手入れをするのも億劫に成ってきたリグスは、片刃剣からなまくら短剣へと得物を変える事にした。


「テグス。復活したです」

「ああ、じゃあ行きますか」


 二人は背負子を手に持ち、待機部屋から《迷宮主の間》へと入る。

 何度と見た出現する演出をもう一度見てから、ハウリナは背負子を床に下ろして、鉄棍を片手に《精塩人形》へと突進していく。


「あおおおおおん!」


 身体強化の魔術を使用して一気に詰め寄ったハウリナは、上げた膂力をそのまま鉄棍へと伝えて、相手へと大上段から振り下ろす。

 対する《精塩人形》は、塩の両腕を頭上で十字に交差させて受ける。

 生木をしならせ続けた時のような、ビキッというような音が鳴って《精塩人形》の肩から、塩の欠片が空中を飛ぶ。

 ハウリナの一撃の衝撃が、内側から塩を弾き飛ばしたのだ。

 しかし欠けた場所を周りの身体の部分から集めて、《精塩人形》は瞬く間に埋めてしまう。

 

「まだまだ、いくです!」


 ぐるぐると鉄棍を回して調子を上げたハウリナは、至近距離で《精塩人形》へと鉄棍と蹴りを織り交ぜた連撃を繰り出していく。

 鉄棍が相手の《精塩人形》を削りつつ、魔術で強化した蹴りで体勢を崩させ。一方的に有利な状況を作り上げていく。

 しかし相手も流石に《迷宮主》だけはあるといえるだろう。ハウリナの連撃の隙や間に、手足での攻撃を差し入れる。

 その一撃一撃をハウリナは危なげなく鉄棍でいなしたり、魔術で強化した手足で受けたりして、反撃を加えていく。

 その様子に、もう《黄塩人形》相手に失態を演じた狼獣人の少女の姿は無く、一端の猟犬か得物を狙う狼の風情が出ている。


「腕を、一本です!」


 不必要な拳の一打を放った《精塩人形》の腕に、ハウリナは棒を巻きつけ潜り込ませる様にして絡め。思いっきり棒を捻り回して、その腕を破壊してしまった。

 バラバラと石の床に塩が落ちる中、さらにハウリナは鉄棍を《精塩人形》の後首の部分へと差し入れて両手で保持し、そして身体が密着するまで近付く。


「その首を貰うです」


 一言呟いてその場で跳び上がりながら、額で《精塩人形》の顎を跳ね上げつつ、くるりと前方に回転する。

 ハウリナの保持する棒と彼女の背に挟まれた《精塩人形》の顔は、限界以上に後ろへと倒されて、首にあたる部分がひび割れて折れてしまった。

 ざっと砂を一塊落としたような音を立てて、形を保てなくなった《精塩人形》は、石の床の上で塩の山になった。


「うーん。やっぱりハウリナの方が、体術関係だと上かな?」

「テグスは魔法が使えてエライです」

「ハウリナも魔術が使えるでしょ?」

「魔術と魔法は違うものなの!」


 人と獣人では元もとの筋肉の質が違うので、純粋な身体の動かし方だけだと、テグスはハウリナに勝てないと思っている。

 しかしハウリナはハウリナで、テグスの発想力や魔法や魔術による手札の数の多さに、一定の尊敬をテグスにしているらしい。

 それが主と仰ぐ相手だからかそれとも本心なのか。どちらにせよ、テグスにとってハウリナの純粋な好意がむず痒かった。


「じゃあさっさと塩を集めて、次の《精塩人形》を相手にしようか」

「《歪犬》のお肉はまだまだあるです!」

「えーっと、お肉が切れたら戻ろうってこと?」

「そうです!」


 まあもう何体も《精塩人形》を倒して十分な量の白塩を確保しているので、テグスとしては今引き返すのもやぶさかでは無い。

 なのでハウリナの提案を飲み、ここまで持ってきた《歪犬》の肉が切れるまでは、《精塩人形》相手の特訓をし続ける事にした。




 《迷宮主の間》から地上に戻るまでに、ついでに軽くて良い値が付く《辛葉椒草》を、テグスは短剣の投擲とそよ風の魔術を使って狩っていった。

 その際、ハウリナの鼻の良さを考慮に入れるのを忘れていたため、《辛葉椒草》の飛沫を嗅いだ彼女は鼻水が止まらなくなってしまった。

 なのでハウリナを前に歩かせて、テグスはその後ろを付いていく感じで、地上へと戻った。

 そしてそのままの足で、《探訪者ギルド》の支部へと向かう。


「こんにちは~。赤い魔石なんですけど、良いですか?」

「はい、こんばんは。では魔石を拝見させていただきますね」


 やんわりと挨拶を訂正するような言葉を入れた受付の女性に、思わずテグスは支部の中から外の様子を見る。

 たしかに昼と言うよりも昼下がりをやや過ぎた、でも夕方には行かないぐらいの、挨拶の切り替えが微妙に難しい時間帯だった。

 そんな確認をテグスがしている間に、ハウリナは採った赤い魔石を受付の女性へと手渡す。

 

「はい、預からせてもらいますね。はい、確認が終わりましたので《鉄証》をお預かりしてもよろしいですか?」

「お願いしますの」

「あれ、坊やの方は良いの?」

「え、ああ。こっちはもう済んでますので」


 首から鉄証を外したハウリナが差しているのに、テグスにその素振りが無い事が不思議そうだったその女性は、テグスが引っ張り上げた彼の《鉄証》を見て納得したようだった。

 そして直ぐにハウリナの《鉄証》に《小五迷宮》攻略の印が打ち込まれた。


「はい、これで大丈夫だから。あと、赤い魔石のお金で鉄貨十枚ね」

「ありがとうございますの!」


 ハウリナの言葉に合わせて、テグスもかるく会釈をして受付の女性から離れる。

 そして買取窓口へと向かって歩いていたテグスは、ウキウキと弾むように横を歩くハウリナを見た。


「随分と嬉しそうだけど、どうしたの?」

「これでテグスと同じのです!」


 どうやらテグスと同じ、《小一》から《小五》までの攻略が済んだ証が刻まれた、《鉄証》を持てたことが嬉しいらしい。


「よかったね、ハウリナ」

「んふ~、よかったのです!」


 テグスが頭を撫でると、ハウリナは尻尾を横にフリフリと動かして喜びを表す。

 買取窓口で、白塩をそれなりの大きさの麻袋で七袋分と、《辛葉椒草》を三匹分を買い取ってもらう。

 白塩は一袋で鉄貨百枚で、合計七百枚。《辛葉椒草》の分と合わせて、オマケできり良く八百枚になった。


「で、支払いは全部鉄貨で良いのか?」

「えーっと、銅貨でも大丈夫なんでしょうか」

「全部銅貨にしちまって良いのか?」

「はい、それでお願いします」


 この《小五迷宮》の支部ではこんな風に大量の貨幣が出入りするらしく、銅貨の取り扱いもしているそうで。

 テグスは八百枚の鉄貨を、八十枚の銅貨に換えてもらった。

 銅貨は鉄貨とは違い円形で二回りほど小さいので、見た目だけなら銅貨の方が安い貨幣に見える。


「テグス。軽いけど、いいの?」

「うん。これでいいんだよ」


 ハウリナには貨幣の両替という知識がないのか、何で大きさが大きな鉄貨が十枚で小さな銅貨一枚なのかが分からないらしい。

 テグスと折半した四十枚の銅貨が入った小袋を、彼女は不思議そうにその重さを手で確かめている。

 それを見て苦笑したテグスは、ハウリナの頭を撫でてから支部を後にする。

 そして近くにある大衆食堂にて、《小五迷宮》攻略と最近かさ張ってきた鉄貨の消費の意味を込めて、かなりの量の料理を注文する。

 勿論《雑踏区》の食堂らしく前払いだったので、注文した時に鉄貨で支払っておく。


「わうわう。美味しそうなの!」

「明日からは《小六迷宮》だからね。一杯食べて、英気を養わなきゃ」

「そんなに大変です?」

「《小迷宮》の中では、一番階層が多いし。その分色々な《魔物》が出てくるらしいよ。だから最難関の《小迷宮》だって言われているんだってさ。そんな事より、さっさと食べちゃおう」

「わふわふ。食べるです!」


 二人の座った机の上には、大量の皿が並べられ。そこには新鮮そうな野菜や蒸かした芋に、厚く切られて焼かれた香辛料と塩が振られた肉の山と、大きく表面が硬そうにひび割れているパン数個があった。

 その全てを一巡して見たハウリナが、目を輝かせて先ず手を伸ばしたのは肉だった。

 テグスは養母のレアデールの教育の影響で、先ず野菜を食べないといけない気がして、簡単に塩が振られているだけの野菜に木のフォークを付き立てる。


「美味しい?」

「美味しいの、大変です!」


 実に幸せそうにフォークに丸々突き刺した肉を頬張るハウリナを、テグスは微笑ましく見ながら蒸かし芋へと手を伸ばす。

 それに口を付けると、やはり《小五迷宮》の特産品が塩なので手に入りやすいのか、他の地域ではありえないほどに贅沢に塩の味を感じる。


「ほら、肉ばっかり食べてないで。こうすれば肉も野菜もパンも食べられるでしょ」

「テグス。天才なの!」


 テグスは配膳されたときに置かれた、肉を切る為のナイフを使って硬そうなパンに切れ目を入れ。その間に適当に切り分けた肉と野菜を入れてから、ハウリナへと差し出す。

 ハウリナはそんな食べ方があったのかと驚きながら、手のフォークに刺さっていた肉を口の中へと全部押し込むと、テグスからそのパンを受け取る。


「そんなに慌てて食べると、喉に詰まらすよ」

「たひじょうぶなのれふ、んぐ。《黄牙》の民、飲み込む力強いです」


 その証明では無いだろうが。ハウリナが口に入っていた物を飲み込んだ瞬間、咀嚼した物で出来た喉の膨らみが、上から下へと素早く移動するのが見えた。


「それじゃあ大丈夫だね。でもちゃんと噛んで食べるのを忘れちゃ駄目だよ」

「確りと噛んでいるのです。顎の力と歯の硬さも強いです」


 そう言い切ったハウリナは、がぶり、とテグスから貰ったあのパンを丸齧りにした。

 ギザギザと歯型が付いた断面はかなり鋭利で、歯で噛み切ったと言うよりも、その形の刃物で押し切ったかのような感じに見える。

 そもそもあの硬そうなパンは、人間の顎の力では易々と噛み切る事など出来ないだろう。

 現に、テグスはパンに手を伸ばさずに、蒸かし芋をもそもそと食べているのだから。

 そして瞬く間に野菜と肉が入ったパンを食べ終えたハウリナの、物欲しそうな目がチラチラとパンとテグスの顔を行ったり来たり。


「あー、もしかして作って欲しいとか?」

「わうわう!」


 恐らく自分からは言い出しにくかったのだろう、テグスがそう問い掛けると嬉しそうに首を上下に振る。

 それは親に食事をねだる子供というよりも、飼い主の手から物を食べたいとねだる犬のような感じだった。


「しょうがないな」


 とテグスがもう一個同じ様に野菜と肉を挟んだパンを作り。ハウリナへと差し出す。

 それに手を伸ばして受け取ろうとしたハウリナより先に、横合いから誰かの手が伸びてそのパンを叩き飛ばしてしまった。

 その時、やや派手な音がしたのと、空中にパンが飛んだことで、食堂の空気が一瞬にして静かになった。

 叩かれたテグスは、いったい誰がこんな真似をしたのかと視線を向ける。

 そこに居たのは、身体の端々に包帯を巻いた、テグスより少し年上な見た目の、身なりと吊っている剣の質が良さそうな青年。

 しかしその顔は初対面だと言うのに、テグスは何処かで見た事がある様な気がしていた。


「……なぜ、なぜ我が可愛い弟が死んだというのに。その奴隷である貴様が、このような場所で暢気に食事を取っているのか!」


 と呆然としているハウリナへと言い放ったその青年の言葉。そしてその顔が《小四迷宮》の《探訪者ギルド》支店にて、死体となっていたあの貴族の子供に良く似ているのだと思い出し。

 テグスはこの傍迷惑な青年がが誰なのかが、良く分かった。

 


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