224話 《下町》で過ごす日々
五十一層から《下町》へと戻ったその翌日から、テグスたちは今までよりも地道に、四十五層の後半部分で地力を上げることにした。
そして《魔物》との戦いの中で、何かしらの戦法を発見をしたら、《写身擬体》に挑んでみる。
本人よりもやや向上しているその技術を見て盗み、さらに戦い方を発展させていった。
もちろん、四十一層から四十五層にある大扉は見つけ次第に開け、中にある宝を回収していく。
集めた品々は《探訪者》と行商人たちに売り渡し、得た魔石は食事や武器防具の手入れなどに使う。
あとは、新しい《探訪者》が《下町》にくると、新顔の歓迎会の支払いを稼ぎが大きい分だけ受け持ったりもした。
それでも相当な量の魔石が日々貯まっていくので、仕方なく宿屋の一室を長期間契約で借りてその代金を前払いし、その部屋で保管することに決めた。
「無造作に部屋の一角に放置しているけど、盗まれたりしないかな~?」
「この方法を行っている人は多いそうですよ、四十五層以下にいける《探訪者》の間では」
「仮に置いた分を盗まれたとしましても、こちらはさほどの痛手ということもございませんし。気にしなければ良いかと思われます」
「も、物を盗まれても、気にしないなんて。な、なんか、おとぎ話にでる、お金持ちの言葉みたいですね」
「この魔石、全部売れば、お金持ちになるです」
「換金すれば、抱えるほどの金貨になる分はあるからね」
そんな話をしながら、テグスたちはいつも通っている食堂へ向かう。
すると、気の良い人が多くて治安が良い《下町》にしては珍しく、何人もの《探訪者》の死体がその食堂の前に転がっていた。
「見たことがない顔だけど……」
テグスは新顔かなと思いつつ、大雑把に検分する。
全部の死体にある切り口は見事なもので、一撃で絶命していることと、よほどの実力差がある相手と戦ったらしいことが分かった。
つけている装備は大半はそのままだが、幾つかの鞘が空になっている。
強盗事件なのかと現場であるはずの食堂の中を見るが、テグスが見知っている《探訪者》はいつも通りな様子で、酒と料理を楽しんでいた。
不可思議な状況に、一緒に覗き込んでいたハウリナが、小首を傾げてみせる。
「どういうことです?」
「とりあえず、中に入って聞いてみようか」
食堂に入ると、顔見知りの人たちが手招きしてきたので、テグスたちはその人たちと同席することにした。
魔石を払って大目の料理と酒を頼み、彼らにも食べるように勧める。
頃合を見計らって、あの死体のことについて尋ねてみた。
「ああ、あいつらか。今日来た新人だったんだけれどな、酒と食い物が入るとずっと武器の自慢をし始めてな。まあそいつは、お前さんがたが大扉から持ってきた武器だったんだ」
「それだけなら、新顔特有の微笑ましい光景なんだがな。たまたま居合わせたヤツの使い込まれた剣を指して、汚いだのなんだと馬鹿にして。さらには、その剣を奪うと外へ投げ捨てやがった。結果、ああなったわけだな」
「《下町》にくる新顔の中で、十組に一つはああいう手合いが出てくるもんだけどな。まあ、君らのお蔭で良い武器が地上でも手に入るようになって来たのだから、もう少しその頻度が上がっているかもしれないけどな」
テグスたちの所為とも取れる言葉ではあったが、言った本人がにやけ顔なのである種の冗談であると分かった。
その冗談にのって、テグスは少し困り顔になってから軽く頭を下げてから、話を続ける。
「じゃあ、あの死体の空になっていた鞘には、その良い武器が入っていたってことですね」
「その通り。お前らに魔石と引き換えにして頼むほどじゃないが、手に入れておいて損はない程度の武器があったからな」
「よさげな盾も二枚ほどあったぜ」
指した先には、死体から奪ったらしき武器や防具を検分している人たちがいる。
彼らの中に、先ほどの話に出てきたような、巻き布や鞘がボロボロな剣を下げている中年男の姿もあった。
そんな観察をしていると、アンジィーがおずおずと同席している《探訪者》たちに声をかける。
「あ、あの、その、皆さん優しい人ばかりですし、ちょっと、意外な気がするんですけど……」
「それは、あいつらを斬り殺したことかが?」
アンジィーが控えめながらに頷くと、急に笑い出した。
「あっははははー。優しい、だってよ。そんな言葉、初めて言われたぜ」
「おいおい、お嬢ちゃん。こいつの顔見てみろよ。夜道にばったり会ったら、悲鳴上げて失神するぐらいの悪顔だろーが」
「まあ、こいつの顔の良い悪いは置くとしてだ。まあ、こっちにも、優しく接するか、厳しく接するかは、相手を見て選ぶさ」
「礼には礼を。恩には恩を。非礼と非道にはその報いを。つまりは、殺しにくる相手にはこちらも殺しにいく、って具合だな」
少しの悪感情が直ぐに死に直結するあたり、治安の良い《下町》といえど、法のない《迷宮都市》の一部であると理解させられる。
「だがよ、扉明けのお前さんがたは、気にする必要全然ねーぜ」
「そうそう。こっちを舐める態度をしないし、大扉のお宝も値段次第だが回してくれるしな」
「まあ、当初は大分稼ぎやがって、とやっかみはしたがな。だが、宴会とかも含めてこうして度々奢ってもらっていれば、そんな気持ちなんかもう持たなくなっちまったよ」
口で褒めながらも、目であるものを欲しいと訴えているのが、テグスには分かった。
その欲しい物は分かり易いので、通りがかった店員に魔石を渡して、彼らにお酒を配ってやることにした。
すると、待ってましたとばかりに飲み始めた。
現金な彼らの様子に苦笑いを浮かべてから、テグスたちも本格的に食べるために、料理を注文するのだった。
そんなことがあった数日後、行商人に大扉の売り渡しているときのこと。
商談の終わり際の世間話で、先日食堂で起こったことを話すと、その行商人は納得顔になった。
「ああ、なるほど。だから前に君たちから買ったものが、こっちの手元に戻ってきちゃったのか」
どうやら、あの死体たちから奪われたものの幾つかは、すでに売り払われていたようだ。
「出戻りの武器を買い戻しても、ちゃんと売れるんですか?」
「縁起が悪いってのはあるけど。そこは言わないでおくか、もしくは口と発想で勝負だね。そうだな、ちょっと考えると。いま地上に戻ったら、人狩りが始まるっているか終わるっているかの季節だからね。《雑踏区》から上がっていた人で《外殻部》の人口密度は上がっているだろうから。その中で、《中心街》に行こうと頑張っている人を狙えば、何とか元は取れるかな」
売り方にも色々あるんだなと納得する一方で、テグスは思いがけない言葉を聞いて驚いた。
「あれ? もう人狩りがやってくる時期なんですか?」
「そうだよ。地上ではもうそろそろ夏の日差しが弱まる頃だからねね。ああ、《下町》って気温が一定だから、住んでいると季節とか日にちとかの体感がずれたりするらしいよね」
試しにテグスが日数を指折り数えて確かめてみると、言われたとおりにそんな季節になっていた。
「少し前に人狩りがあった気がしたのに。なんだか、時間が経つのが早くなった気がする」
「なんだかんだと忙しかったから、仕方がないの~」
「その分だけ、集中して日々を送っていたという証拠でございましょうね」
売った品物の清算が終わり行商人と別れると、テグスたちは一度食堂に入ることにした。
食事をとるのもそうだが、人狩りのことについて話し合わないといけないからだ。
「もぐもぐ。それでさ、人狩りのことはどうしよう。もう始まっているか終わっているかも分からないけど、それでも地上に戻ってみる?」
テグスの質問に、ハウリナたちは食事の手を止めて、考えながら口を開く。
「人狩り、やっつけるの大事です。でも、いないなら意味ないです」
「ん~……本当に微妙な時期なの~。もうちょっと早く思い出せていたら、地上に戻ってもよかったかな~」
「情報に時間差がありますから判断が難しいですね、地上から《下町》まで一巡月かかってしまうので」
「地上に戻る他の理由があればよかったのでございますけれど。いまは地力を育てている最中でございますので、悪漢を倒す務めはまた今度ということでよろしいかと思われます」
「あの、その、無理に戻らなくても、いいんじゃないかって、思うんです……」
そんな風に返ってきた答えに、テグスは少しだけ驚いていた。
なにせ、全員の意見が、地上に戻らないことを支持しているようなものばかりだったからだ。
「てっきり、ハウリナだけでも、地上に戻るべきって強弁するかと思ったのに」
「むっ。獲物がいないかもなら、狩りしにいかないです。いると思うから、いくです」
不本意だと言いたげな態度を、ハウリナはとる。
以前なら目の敵のように突撃していったはずなので、時間経過で思考も進歩したのかなと、テグスは身長も体格も成長したハウリナの頭を撫でやった。
すると、嬉しげに耳が動き、尻尾が大きくゆっくり揺れる。
その様は、以前と変わりないことに、テグスは思わず微笑んでしまう。
「それじゃあ、僕らは地上に戻らずに、地力を上げることに勤しむってことでいいのかな?」
「そ、そうですよ。ち、力をつけるほうが、重要ですよ」
「しかたないです。地上の人、がんばれです」
「ここからでは健闘をお祈りすることしか、できることはございませんしね」
「しかし孤児院以外のことは気にしなくてもいいでしょう、たとえ人狩りの最中であろうと終わっていようと」
「それって、レアデールさんがいるんだから心配することはない、って言っているようなものなの~」
こうして時期を逃した今年の人狩りは、テグスたちは参加しないことに決まった。
その分を埋めるというわけではないだろうが、いままでよりも実力を上げるべく、今後も連日四十五層へ向かっていくのだった。




