223話 五十一層の仕組み
心行くまで存分に食べたテグスたちは、椅子の上で膨れたお腹をさすっていた。
「はぁ~、満腹になったー」
「けぷっ。お肉で、お腹いっぱいです」
「はふぅ~。料理とお酒の相性ばっちりだったの~」
そんな風に、ほぼ全員が満足していると、久しぶりに酒にありつけたという、あの山賊風の大男が笑いながら喋りかけてきた。
「ぐあははははっ。大いに満足したようじゃねぇか。そうよ、若いうちは、食いっぷりで他に負けねえぐれえでなきゃよお」
酒が少しは回っているのか、出会った頃よりも上機嫌で、声も大きくなっている。
そんな大男は、急に椅子の上でふんぞり返ると、男臭い笑みを向けてきた。
「いまさらだが、自己紹介しておこう。オレァ、ビュグジーってんだ。そんで、サムライは知ってるだろうから、残りは――」
そうして他の面々の紹介までしてくれ、 テグスたちも各々で簡単な自己紹介を返した。
そしてお互いに、よろしくと挨拶を交わす。
その後で、大男――ビュグジーはうんうんと頷いてから、言葉を続けた。
「よっしゃ。それじゃあ、酒の礼だ。聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれや」
「何でも、ですか?」
「おうよ。男に二言はねぇ。どんなことだって教えてやらぁ」
テグスはハウリナたちと顔を見合わせた後で、どんなことを聞くべきだろうかと相談しあった。
その意見をまとめると、テグスはビュグジーに向き直った。
「えーっと。まずは、ビュグジーさんたちは、ずっとここにいるんですか?」
「最初に聞くのがそんなことか。おうよ。この場所についてからは、ずっといるぜ」
「それはまたどうしてですか?」
「そりゃあ、食い物に不自由ない安全な場所だからだな。あとは、《下町》に戻って、ここまで来るのが億劫だってのもある。それとだ、共闘できるような、強ぇ奴らがこねえか待ってんだ」
五十一層にでる《魔物》と戦うのに、戦力が不足しているのだろうかと、テグスは小首を傾げる。
すると、ビュグジーはそんな思考を読んだのか、大笑いする。
「ぐあははははっ。オレァが待ってんのは、『竜』を殺せるぐれぇ、しこたま強ぇ奴らだぜ。なにせこのメンツで、他の《魔物》は全部ぶっ殺せるからよぉー!」
「全部って、五十一層はもう突破したってことですか?」
「おうよ。これが証拠だ」
そう言って円卓に載せたのは、握り拳大で色とりどりで形も様々な、一風変わった魔石だった。
テグスが頭の中で区別していくと、どうやら九種類あるようだ。
「五十一層ではよ、あの穴の先にいる《魔物》をぶっ殺して、この魔石を得るのが目的なんだぜ」
「魔石を、ですか? 素材ではなくて?」
「武器防具のために、素材も手に入れてもいいけどよ。五十二層に行くにゃあ、魔石を全部集めなきゃならねえんだ。九種類の魔石を、あの台座の裏にある竜の像の口に突っ込むと、下へ続く階段が現れるって寸法よぉ」
「そうなんですか。あの、ちょっとその竜の像を見に行ってもいいですか?」
「おうおう、行ってこい、見てこいや」
テグスが椅子から立ち上がると、ハウリナたちも気になるのか、一緒に台座の裏まで歩いていった。
すると、確かにティッカリの身長ほどの大きさがある、真っ赤な宝石で作られたと思わしき、小さくても重そうな黒石の台座に乗った竜の像がある。
首を伸ばして顔を上へと向け、身体をやや軽く捻り、翼を大きく左右に広げた姿だ。
詳しく観察すると、身体は生々しいほどの存在感がある見事な造形で、しかも鱗一つ一つに薄く年輪が刻まれているのが見えた。
それはまるで髪の先ほどの細い刃物で彫ったかのような、とても微細な彫刻だ。
そんな、動きそうな像の上を向く頭の、開かれた口内に、テグスは伸ばした手を入れてみた。
尖った歯、ざらざらする先割れた舌、上あごのシワが手に伝わる。
喉奥には、魔石を飲み込めるほどの空間が開いているのが分かった。
手を引っ込めて、テグスはハウリナたちの方を向くと、なぜかホッとしたような顔をされてしまった。
「どうかしたの?」
「よく手を入れられますね、あんなに生き生きとした彫刻のある像の口に」
「そ、そうですよ。こ、怖くないんですか?」
どうやら、テグスの手が食われやしないかと、心配してくれていたようだ。
しかし、テグスは分からずに首を傾げる。
「動かない像なのに、口に手を入れることを怖がる必要があるの?」
「……まったくもう。テグス様らしいといえば、らしゅうございますね」
「たまに感性を疑っちゃうの~」
「えー、なんか酷いこと言われている気がするんだけど……」
不満げにしながらも、竜の像は見終わったので、再び円卓に戻ってきた。
すると、暇そうにしていたビュグジーが、体勢を戻しながら声をかけてくる。
「おう、どうだった。竜の像は」
「ええ。口の中までかなり精巧に作られていて、驚きました」
「そうだろうそうだろう。まあ、本物はアレの非じゃねえぐれぇにデケエし、もっと力と生命に溢れた見た目だがな」
その言葉に、テグスは疑問を持った。
「実物を見たことがあるんですか?」
「おうさ。かなり前の力が不十分のときでよ、見ただけで引き帰しちまったがな」
「なら、サムライさんは、まだ見てないって事ですか?」
「その通りに御座りまする。少しでも早く戦ってみとう御座いりまするが、なにぶんこの人数では戦力が足りぬと、実物をご覧になったことのあるビュグジー殿が申されておられましてな」
「はん。竜は神の尖兵だぞ、舐めてかかれる相手じゃねーんだ。勝ち目がゼロのまま、運命のサイコロなんて振れるかよ」
テグスとしては、サムライを筆頭にビュグジーとその仲間たちは、かなりの強者のような気がしていた。
それこそ、どんな《魔物》でも負けないと思えるほどの。
だが、それでも足りないという竜の存在に、テグスは強烈に興味を引かれた。
「でもまあ、先に五十一層を突破しなきゃいけないんだよね……」
口の中だけで独り言を呟くと、まだ聞いていない疑問をビュグジーに投げかけていく。
「それじゃあ、質問の続きですけど。どの穴にどんな《魔物》が出るか、教えてもらっていいですか?」
「それならお安い御用だぜ」
ビュグジーは、まず五十層への上り階段を指差した。
「あの階段に近い穴に弱い《魔物》が、遠いと強い《魔物》が出てくるんだ。同じような距離なら、左が右よりも弱い。弱い順番に指すとだ――」
階段に向けられていた指が、左、右の順に壁に開いている入り口を行き来し、最後は神像の真後ろを指して止まった。
「こんな感じだな。それでだ、弱い順に《魔物》の名前を言っていくと――《暗器悪鬼》、《合成魔獣》、《下級地竜》、《堕角獣馬》、《護森巨狼》、《魔騎機士》、《掻切陰者》、《強靭巨人》、《巨塞魔像》って感じになるな」
ビュグジーの語った言葉に、ハウリナとティッカリが首を傾げた。
「何個か、聞いた名があるです」
「そういえば~。前に図書館で五十一層のことを調べたとき、四つの《中迷宮》にいる《迷宮主》の名前があったの~」
「確かにそうだったけど、詳しく調べたのは五十層までの《魔物》だったよね」
「そう心配しなくたって、出てくるのは、本当に同じ《魔物》だぜ。いや、これは正確じゃねえか。《中迷宮》の方は弱くしたヤツで、ここに出てくるのは本気のヤツだ」
「つまり、前に戦ったときよりも手強くなっているんですね」
「ああ、強くなってるぜ。一番弱い《暗器悪鬼》だってよぉ――って、戦う楽しみを奪っちゃ悪いか?」
詳しく聞きたいかと暗に言われて、テグスはハウリナたちに向き直る。
「一から十まで教えてもらうのも、どうかと思いはするけど。とりあえず、聞いてみる?」
「うー、テグスにおまかせです」
「前に戦った経験もあるんだから、それを元にすれば大丈夫じゃないかな~?」
「それに参考になるのでしょうかね、話を聞いてみたところで」
「実力のかけ離れた方の戦い方が参考にならないのは、今までもあったことでございますしね」
そんな風に、詳しい話は聞かない方向に意見が固まりかけると、アンジィーが慌てて会話に入ってきた。
「で、でも、その、せめて基準みたいなのは、聞いてみたほうがいいのかなって……」
「出てくる《魔物》は弱い順に戦うつもりだけど。でも、それは聞いたほうがいいかもね」
意見が受け入れられて、アンジィーはホッとしたようだ。
テグスはビュグジーに向き直ると、話し合いで決まったことを伝えた。
「そうそう、初めて戦う楽しみってのは取っておかねえとな。そんで、基準か。中々に難しいもんがあるが……」
すると、サムライが手を上げてから、会話に横入りしてきた。
「五十層までの《魔物》を基準に、どのように戦えれば十分と考えれば宜しいのではないかと思うに御座りまする」
「おお。そうだな。そんじゃあ、あれだ。四十五層からでてくる四種類のヤツ。あれ、四種類全部入った六匹組を倒せたら、《下級地竜》か《堕角獣馬》ぐらいはいけんじゃねーか?」
「そう考えれば宜しいかと考えるものに御座りまするな。ですが、それでも《護森巨狼》とは苦戦は必至に御座りましょう」
なるほどとテグスは頷きながら、まだ倒せていないので、実力をさらにつける必要があると判断した。
「そうなると。四十五層から五十層までを行き来して、もっと強くならなきゃいけないね」
「わふっ。がんばって、強くなるです!」
「成長や新しい技を得た後で《写身擬体》と戦えば、早く強くなれると思うの~」
「まあ一回戦ってみるのも手ですけどね、五十一層の《魔物》が手強くとも逃げ道は開かれているのですし」
「しかしながら、身の丈に合った相手ではなかった場合、瞬殺される恐れもございますよ」
「そ、そうですよ。あ、安全な方法が、一番ですよ……」
「ぐあはははははっ。まあ、色々と試してみるこった!」
折角五十一層まできたが、実力が足りないと分かり、テグスたちは《下町》へ転移することにした。
でもその前に、もうちょっとだけ他では味わえない極上の料理を、堪能することにしたのだった。




