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222話 《大迷宮》五十一層

 《写身擬体》を倒し終えたテグスたちは、ゆっくりと階段を下りていた。

 しかし、行けども行けども、五十一層には中々たどり着かない。


「なんだか、すごく階段が長いね」

「踊り場を何個も通り過ぎたのに、まだまだ続きそうなの~」

「神像が五十層になく五十一層にあるであろう理由が、分かるようなものでございますね」


 特に急ぐ理由もないため、テグスたちは話しながら歩みを進めていく。

 もう少し時間が経った頃、ハウリナの獣耳がぴくぴくと動いた。


「声が聞こえるです。もうちょっとで、階段終わりそうです」


 発言通りに、程なくしてテグスの耳でも階段の先からの人声が聞こえてきた。

 直ぐ先に誰か人がいると分かると、自然と足が速まるもので、テグスたちはより軽快な足取りで階段を下りていく。

 やがて、階段が終わり、五十一層へと入った。

 その先に広がった光景を見て、テグスは思わず感嘆の声を漏らす。


「へぇー……凄い豪華な見た目だね」

「キラキラしてるです」

「お、おとぎ話の、お城って、こんな風なんでしょうか」

 

 ハウリナやアンジィーも思わず感想を漏らしてしまうほど、五十一層の内観は『迷宮』という場所に似つかわしくないほどに、綺麗な場所だった。

 豪邸が建築できそうなほど広さがあるのに、床には真っ赤で毛足の長い絨毯が一面に敷かれている。

 その空間を円形に取り囲むように、緻密で精巧な石組みで作られた長い壁には、光玉が灯った金色の燭台があった。

 壁には一定間隔で大きな入り口が開いていて、その上には何かしらをかたどった浮き彫りが設置されてある。

 壁にある燭台だけでは光量が足りないのか、煌びやかな水晶で出来た装飾燭台が何個も吊るされていて、中に浮かぶ大きな光球の明かりを水晶が外へと乱反射させながら周囲を照らしている。

 装飾燭台にある鎖を辿り、見上げると首が痛くなりそうな高い天井には、神話の一場面を切り取ったと思わしき絵が一面に描かれていた。

 これらだけでも圧倒されるのに、この広間の中央にはティッカリの背丈を越えるほど高く、十人が横に連なって寝そべることが出来そうな、大きな台座がある。

 その上には四つの神像が並んでいて、どれもがいままで見てきたものより倍以上に大きく、見る人を驚かせるのに十分な迫力があった。

 加えて、遠目からでも分かるほど、微細な装飾と造形がなされているので、まるで生きているような神々しさがある。

 そんな像の台座の手前には、大きな円卓と椅子が置かれ。その一角に、十人に満たない程度の《探訪者》たちが集まって座ってた。

 よくよく見てみると、彼らは円卓の上に食料を広げ、椅子に座って飲み食いしているのが見える。

 その中の一人に、テグスたちが見知った人がいた。


「……サムライがいるです」

「分かれたっきり見かけないと思ったら、五十一層にまで到達してたんだね」

「あの強さを考えれば、居ても納得かな~」


 非現実的な景観に見知ったものが一つあって安心し、テグスたちは我を取り戻したようだった。

 そして、入り口に居続けるのも変だと、円卓に座る彼らに近づいていく。

 一歩近づくたびに、彼らが食べている物の美味しそうな匂いが漂ってきて、テグスのお腹が鳴りそうになる。

 他の面々も、戦いの後で空腹なのか堪える表情を浮かべていた。

 テグスの横を歩くハウリナにいたっては、口内に湧き出した唾を飲み込む音が聞こえてくるほどである。

 やがて、お互いの表情が視認できるほど近づくと、向こう側から手招きをしてきた。

 その中には、顔見知りであるサムライもいた。

 お互いに気付いて目で挨拶し合っていると、サムライの横に座る山賊めいた風貌を持つ壮年の大男が、何かに勘付いたような表情になった。


「おい、サムライ。こいつらが、前に言っていた小僧どもだろ?」

「その通りにございまするよ。なかなか将来有望な方々にございまする」


 どんな風に話したのだろうと、テグスは少しだけサムライに目を向ける。

 しかし、相変わらずの飄々とした表情で、良く話したのか悪く話したかすら分からなかった。

 そうしているうちに、あの大男に円卓の一角を指される。

 そこに座れということだろうと、テグスたちは遠慮なく座った。


「よし。先ずは、小僧どもがここまできた祝いをしなきゃなるめえ。そして、じっくりと戦いっぷりを聞かせてもらおうじゃねえか」


 にっかりと男臭い笑みを浮かべ、ずいっとテグスたちの方に、料理が乗った大皿を差し出す。

 行動と雰囲気を含めて、怖い見た目と話し方とは裏腹に、どうやらこの大男は心優しい持ち主のようだと、テグスは判断した。

 そして軽く目礼してから、テグスは大男に尋ねる。


「遠慮せずに頂きますけれど、本当にいいんですかこの料理食べちゃっても?」

「おうよ。大丈夫だ、たんと食いやがれ。なにせ、あの像の台座からいくらでも出てくるからよ」


 そう言いながら指す先にあるのは、こちらを向いた四体の神像――その中の《蛮行勇力の神ガガールス》の巨大な像だ。

 相変わらず腰布一枚の筋骨隆々な姿ではあるが、今回は直立し左右の腰に握りこぶしを当て、胸を大きく張り出しているだけという、《中二迷宮》で見たものに比べて大人しめな格好をしていた。

 その神像の足元付近の台座の一角には、なぜだか扉がついている。

 大男が指しているのも、正確にはこの扉のようだった。


「あの扉が、この料理と関係があるんですか?」

「おうさ。よっしゃ、ちょっと料理も少なくなった頃だったしよぉ。お前、見せてやれや」

「うぃっす。んじゃ、お皿をちょい回収させていただきやっす」


 指名された小男が、大きな円卓の周りを走り、料理が食べつくされて空いた大皿を数枚回収していく。

 そして、神像の台座の下に向かい、例の扉の前でテグスたちに振り向いた。


「さてさてお立会い。この扉、開けてみてもー、ほらこのとおり棚しかない。だが、ここに回収したお皿を入れてから閉め、美味しい料理が食べたい美味しい料理が食べたいと念じやすと……」


 そこで小男は、むにゃむにゃとしか聞こえないが、どうやら特殊な祝詞を上げているらしい。

 聞いて覚えようと耳を済ませたテグスに、ハウリナが顔を寄せて口を開く。


「われかみのしれんをうけるくうふくのものなり、ねがわくばしれんにうちかつためのかてをえんとほっする」


 恐らく聞こえたままを言っているのだろう、理解しづらい言葉の羅列が聞こえてきた。

 テグスは頭の中で――


『ワレ、神の試練を受ける空腹のものなり。願わくば、試練に打ち勝つための糧を得んと欲する』


 ――と言ったのだろうと、変換した。


「さあさあ、念じ終わり扉を開きますってぇとー、ほらこの通り。出来立ての料理が出てくるって寸法でございますー」


 そうこうしていると、小男の口上と見せ場が終わっていた。

 だが、確かに扉の中の棚には、湯気を立ち上らせる料理が、先ほど入れた枚数分の大皿に乗って現れていた。

 小男の小劇を見て聞いていたらしい、ティッカリとウパルとアンジィーが拍手をする。

 テグス、ハウリナ、アンヘイラは、彼女たちにつられるようにして手を叩き合わせた。

 小男は拍手に答えるように大きく手を振った後、頭と両腕と肩と大皿を載せてから戻ってくる。

 そして、円卓の上に配膳を始め、テグスたちの前にも二皿の料理が置かれた。

 片方には、茶色いタレがかけられ、そしてこんがりと焼かれた、牛の半身もありそうなほどの肉塊が一つ。

 もう片方には、骨や肉に加えて根野菜さえもホロホロに煮込まれた、白濁したスープが入っている大器が載っていた。

 どちらからも、芳しい匂いが立ち込めていて、思わずテグスとハウリナのお腹から大きな音が鳴ってしまう。

 すると、大男が豪快な笑い声を上げた。


「ぐあはははっ。元気な腹の音なこったな。よしよし、腹が破けると思えるぐれえに、たーんと食いやがれや」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「食べるです!」


 許しがなくとも食べるという勢いで、二人が手を伸ばすが、その襟首をティッカリに掴まれてしまった。


「こら、二人とも~。取り分け用の器を、背負子から出すのが先だと思うの~」

「その準備が出来るまでテグス様には、肉の塊を切り分けておいて頂きたくお願い申し上げます」


 ウパルからも注意されてしまい、テグスとハウリナは伸ばしていた手を引っ込めた。


「あ、うん。分かったし、そうするよ」

「テグス、テグス。手伝うです!」


 テグスは背負子から綺麗な布を取り出し、クテガン謹製の短剣を曇りのない状態になるまで綺麗に拭き、ついでにハウリナの短剣も磨き上げる。

 そして、二人して大きな肉塊の解体に取りかかった。


「うわー、なんだか刃が飲み込まれるように入るよ。この肉なら、木剣でも切れそうな感じがするよ」

「わふわふっ。肉汁たくさん流れて、もったいないです!」


 肉の切れ目や肉質を見てはしゃぎながら、思い思いの大きさに切り分けていく。

 二人のそんな様子を微笑ましげに見ながら、他の面々は背負子の中から食器を用意する。

 そして、肉の解体が終わるまでに、人数分のスープを注ぎ終えていた。


「二人とも~。お肉の方は、切り終わったの~?」

「もちろん! さあ、食べよう食べよう。肉を入れる器を貸して」

「わふっわふっ。切っているときから、よだれが止まらないです」


 テグスはティッカリから器を受け取ると、二人で切り分けた中で一番大きなものと、それに負けない塊を取り分ける。


 その二つを器に載せてタレをかけ、それをハウリナに手渡した。

 すると、ハウリナの尻尾が驚いたように立ち上がり、次の瞬間には歓喜を伝えるように盛大に振り回されていた。

 ルンルン気分でハウリナが席に座るのを待ってから、テグスは他の面々に顔を向ける。


「みんなは、どんな大きさの肉がいい?」

「えっと~。とりあえず、大きな塊が一つあればいいかな~」

「良いところを下さい、テグスの見立てで」

「食べ易そうな大きさの厚みのものをいただければ、幸いにございます」

「あ、あの、その、スープもあるので、少なめで、お願いします」


 言われた通りのものを器に入れて渡し、最後にテグスは自分の器に、大きな肉の塊を横に大きく切った、丸い断面ともいえる肉を載せる。

 そして、取り分けた肉に、テグスが再度短剣で切れ目を入れるのと同時に、ハウリナたちも食べだした。

 だが、それぞれが一口だけ食べた瞬間に、目を見開いて驚く。


「ほ、ほえあー!? え、なにこの、何の肉!?」

「わ、わふわふっ! 肉汁たくさんです!」

「噛むたびに、お肉が液体に変わっちゃうみたいなの~」

「今まで食べたどんな生き物とも違っていますね、本当に何の肉でしょう」

「ほふぅ~……。こちらのスープも滋味に富んだ、すばらしいものでございますね」

「あの、その、言葉がでてこないけど、すごく優しい味がします」

「ぐあはははっ。そうだろうそうだろう。初めて食べたら、驚くだろう!」


 テグスたちの反応に、大男を始めとした全員が、懐かしさと微笑ましさが含まれた目になっている。

 その様子から、彼らが初めてここにやってきたときも、こんな風景が広がっていたのであろうとわかった。

 一方、完全に料理の虜になってしまっているテグスたちは、取り分けた分を食べきると、我先にとお代わりをしていく。

 その食いっぷりの良さが気に入られたのか、大男の近くにいる人たちが別の料理が乗った皿をテグスたちに押しやる。

 それだけでなく、空いた皿は先ほどの小男が回収して、神像の台座から新しい料理を出して円卓に乗せていく。

 薄皮で肉と野菜を巻いて揚げたもの。蒸かした大きな魚に、ひき肉が入ったとろみの付いた液体がかけられたもの。すりつぶした肉に香辛料を入れたものが中にある揚げ団子。四角く切った肉の甘辛煮。薄くてもっちりとしたパンと、硬く大きいだけが取り得の黒パン。毒々しい真っ赤な汁に浸された麺。野菜が数個あるだけのお湯のような見た目でも美味しい塩味のスープ。匂いの強い香草がたっぷりと入った生野菜。などなど。

 今まで見たことのないような料理の数々とその味に、テグスたちは心を掴まれてしまった。

 もう一心不乱という表現がピッタリな食事風景の中で、唯一ティッカリだけは少し物足りなさそうな顔をしていた。


「これでお酒があったら、文句なかったかな~」


 テグスたちの中で唯一の酒飲みであるティッカリは、極上の料理に酒がないのが心残りのようだ。

 そんなティッカリの独り言が聞こえていたのか、大男がにやりと笑いかける。


「酒か。それならあるぜ?」


 彼が指したのは、再び神像の下にある台座。

 ただし、今回示したのは、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の足元の一角だった。


「あそこに隠し装置があってな。それを動かして隠し扉を開けられれば、飲んだだけでぶっ飛ぶほどの極上の酒が手に入るぜ。ただし、罠があって危険だからな、俺らは開けねえぞ。欲しけりゃ自分で取るこった」


 そんな大男の情報に、ティッカリは飛び上がらんばかりに喜んだ。


「本当なの~!? テグス、テグス、一度試して欲しいの~」

「んぅ? もぐもぐ。分かった、ちょっと見てみるよ」


 テグスは口の中に入れていた揚げ団子を飲み込むと、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の足元に向かう。

 美味しいお酒が手に入るかもしれないと気が気ではないのか、ティッカリもその後ろについていった。

 テグスは台座に手を触れずに、至近距離で側面を確かめていく。

 だが、なんの手がかりも得られなかったので、次は少し距離を置いて眺めてみる。

 それでも周囲と違っている場所の見当はつかず、そっと横目で大男たちの方を見た。

 酒を飲みそうな見た目の人が多いのに、酒に関する痕跡がないので、テグスは冗談を言ったのではと考えてしまう。

 しかし、彼らの瞳には期待するような色が浮かんでいるのが分かり、どうやら彼ら自身では開けられないのだろうと判断を改めた。


「そういうことなら、この罠つきの謎解きをやるしかないよね」


 少しの違和感も見逃さないように、テグスは極限の集中状態に入った。

 《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の足元付近の台座に、怪しい部分はなし。

 他の神像の足元へと少し範囲を拡大しても、違和感は認められず。

 食事が出てくるあの扉の中にも、動くような装置はない。

 台座には仕掛けはないと結論付け、テグスの視線が神像へ向かう。

 一つ一つ施された装飾まで見ていき、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の像にある服飾品の中に、違和感のあるものを見つけた。

 近くで見ないと判別できないため、テグスは集中状態を止めると、後ろにいたティッカリを手招きする。


「ティッカリの力を借りたいから、近くにきて」


 そして身振り手振りで、テグスは自分を台座の上に飛ばして欲しいと伝えた。

 内容を理解したティッカリは、組んだ両手の上へテグスに足をかけさせる。


「いくよ~。とや~~~~~」


 吹っ飛ばされるような勢いでティッカリの腕力に飛ばされたが、テグスは身軽な動きで台座の上に着地した。


「ありがとうねー」

「どういたしましてなの~」


 そんなやりとりの後で、テグスは違和感を感じた服飾品を象った部分に顔を近づける。

 その模様の中にある小さな突起が動きそうな予感がして、テグスはそこに指で触れる。

 すると、少しの力でも押し込めそうな感触があった。


「でも、普通に押せば動く装置だとしたら、罠好きな《靡導悪戯の女神シュルィーミア》らしくないよね」


 テグスは勘で押すのは危険そうだと感じたが、この部分が鍵であるという予感もしていた。

 少し考え、押すのではなく引っ張るのだろうと、親指と人差し指で突起を摘み、慎重に引っ張ってみた。

 多少硬い手応えだったが、指の幅半分ぐらいまで引っ張ることができた。

 その時微かな音がしたが、特に変化は現れない。

 どうしたのかとテグスがゆっくりと突起を離すと、それは引っ込みまた少し音がした。

 テグスが目の前の神像を確かめると、こんどは髪の毛の一部に違和感を覚えた。


「なるほどね。大扉と同じような感じで、もっと難しいやつなわけだ」


 要領は分かったと、先ほど料理を食べて栄養が十分に回っている頭で考えながら、つぎつぎに仕掛けを見破っていく。

 少し時間はかかったが、最終的に《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の神像の足の小指を軽く捻ることで、台座から本格的に仕掛けが動く音がしてきた。

 テグスが台座から飛び降りてみていると、まるで挑戦をたたえるかのように、台座の手前の地面から人が入れそうな円筒が伸び上がってくる。

 やがて、その円筒が上がりきると側面が開き、中には大きな樽が一つだけ入っていた。


「えぇ~……あれだけ苦労して、一つだけって……」


 匂いからしてちゃんと酒のようだが、これでは労力に合わないと愚痴るが、酒好きのティッカリの反応は違っていた。


「うはぁ~。熟成されたお酒独特の、すっごく良い香りがするの~」


 匂いを嗅いでいたティッカリは良い笑顔になると、樽を軽々と中から引っ張りだす。

 すると、用は終わったとばかりに、円筒は再び地面の下に潜っていった。


「早速試飲しちゃうの~」


 そう言って樽の片側の蓋にある栓を抜こうとすると、大男が慌てた様子で近づいてきた。


「おいおい、ちょっと待て! 早まるんじゃねえ」


 そして抜こうとしていた栓を、再び押し戻した。

 飲もうとしていた酒を邪魔されて、ティッカリはムッとした顔をする。


「……分けてもいいけれど、最初の一口は飲ませて欲しいかな~」

「止めたの理由が違えよ。煽った手前、最後まで説明せちゃならんと思っただけだ」


 変な物言いに、ティッカリだけでなくテグスも首を傾げた。

 大男はティッカリが不用意に栓を開けることはないと判断したのか、樽から手を離して語りだした。


「この樽の中身は、あの仕掛けを正確に動かせていたら本物の酒だが、失敗していたら極上の酒に良く似た香りのする毒液だぜ。飲むのを止めやしないが、これが最後の飲み物かもしれねえって覚悟しとけよ」


 脅すような口調でも心配そうな瞳を見たのか、ティッカリは少しだけ怯んだ様子を見せた。

 しかしテグスは、話を聞いて浮かんだ疑問を大男に尋ねる。


「仮に毒液だとして、どの程度飲むと死ぬんですか?」

「杯一つ分なら即死。一口飲んだだけでも、苦しみにのたうち回ってから死ぬぜ」


 なるほどと頷いたテグスは一度離れ、スープを飲むのに使っていた器を持ってくると、栓を抜いて樽を傾けて中身を注ぎだした。

 流れ出た深い琥珀色の液体が溜まると、大男とティッカリが止める間もなく、一口飲みこんだ。


「――ぐふっ……げほがほっげほげほほ――」

「テグス!? もしかして毒液だったの~!?」


 テグスが飲んだ瞬間に咳き込み始めたので、ティッカリは大慌てで背中をさすり始める。

 しかし、テグスはその手を掴んで止めると、一番大きな咳払いを一つした。


「げほほっ。いや、のたうつほど苦しくはないよ。なんていうか、喉のお腹が燃えたような変な感じがしたんだ」

「……もう~。酒精にむせただけなら、咳きをしながらでもそう言って欲しかったの~」

「普段お酒を飲まないから、よく分からなかったんだよ」


 心配して損したとばかりに、テグスの手から器を取り上げると、中に残っている酒をティッカリは口に入れて味わいだした。

 

「ほふぅ~。匂いの通りに、やっぱり極上のお酒だったの~。とっても、美味しいの~」

「えぇ~……なんか変な味がする上に、やたら舌が痺れるし。ぜんぜん美味しくないと思ったんだけど」

「この味が分からないなんて。身体は大きくなっても、まだまだお子様なの~」


 そんな事を二人が言い合っていると、樽の中身を飲んでも無事な様子だからか、大男がおずおずと声をかけてきた。


「よ、よお。物は相談なんだがよ」

「ふふ~ん。このお酒が飲みたいなら、欲しい人は一人一杯までなら許しちゃうの~」

「ありがたいけどよ、こんだけあるんだから、せめて一人三杯にしてくれねえか。なあ、小僧もとりなしてくれよ」

「お酒のことはティッカリに任せてますから。ごめんなさい」

「なあ、頼むからよぉー。長いこと酒飲めてねえんだからよぉー」


 この後、酒にまつわる交渉事がありつつ。

 最終的には大男たちとテグスたちは一緒に円卓を囲み、楽しく飲み食いを始めるのだった。


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