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220話 戦闘を振り返る

 《写身擬体》から無事に逃げたテグスたちは、この日はもう《下町》へ引き返すことにした。

 四十五層から五十層まで、隠れ進んできたので、体力のあるうちに換える必要があるからだった。

 それでも、ただで戻るような真似はせず。

 見つけた大扉を、周囲に気を配りながらも、次から次へと開けていく。


「四十五層から下だと、良い物が手に入る可能性が上がるのは、本当のようだね」


 いま開けた大扉で見つけたお宝は、角材のような見た目のものと、太い金棒の先に棘がついた武器だった。

 テグスが重く強そうに見える金棒を手に取ろうとすると、アンヘイラが押し止めて角材の方を手に取る。


「これは白鞘ですね、打刀を保存するときに使う」


 アンヘイラが角材の端を掴み、横に引っ張るように力を入れる。

 合わせ目が外れ、そこから金属の色が覗いた。

 そのまま引き抜いてみせると、サムライが使っていたのと同じ、打刀の刀身が現れた。


「観賞用な感じですね、深い乱れ紋刃ですから」


 アンヘイラが打刀を見せてくると、刀身の刃の部分に不揃いの模様があった。

 芸術というものを知らないテグスでも、引き込まれるような危ない美しさがそこにある。


「武器に観賞用なんてあるんだ」

「これは見目を整えてあるんです、実用重視ながら模様が不揃いにはならないはずなので」


 ふーん、とテグスは気のない返事をして、白鞘の打刀を回収する。

 その後も、四十五層の中央部までに何個かの大扉を開けてみた。

 全てで四十一層から四十四層までに開けたものよりも、良い物を見つける事が出来た。

 

「まさか、お酒でよりいいものが出るなんて思わなかったの~」

「お肉も、もっと良い匂いです!」

「まあ、武器だけじゃなくて、他のものにも上の品質がある、っていう好例だろうね」


 うきうきと歩くハウリナとティッカリに、テグスは苦笑い交じりに言う。

 四十五層の中央部まで来ればなれたもの。

 テグスたちは大した苦労もなく、大扉からお宝を回収しつつ《下町》まで戻った。

 そして手に入れた武器は全て、顔見知りの《探訪者》か行商人に売り渡した。


「持っていても仕方がないですしね、手放すのが少々惜しいですが」


 白鞘の打刀を行商人に売るとき、アンヘイラはそう言いながら、すごく残念そうな表情で交渉を行った。

 本当に売りたくなかったのか、売買が成立したとき、行商人が泣きそうになりながら魔石を支払っていたことが、変に印象的だった。

 そうして大量の魔石を確保したテグスたちは、食堂で大量の料理を頼んだ。

 もちろん、入手したお酒や肉を料理人に渡して使ってもらう。

 すぐにやってきた料理をテグスたちは食べていく。ついでに、ティッカリは酒をぱかぱかと開けていく。


「さてさて、お腹も少しは落ち着いたことだし、《写身擬体》と戦って気が付いたことを言ってみようか」


 空になった皿を下げてもらい、追加の料理を頼みながら、テグスは仲間たちの顔を見回した。

 まず言葉を上げたのは、口いっぱいに頬張った肉を飲み下した、ハウリナだった。


「手強かったです。さすが自分自身です」


 抽象的な感想とともに、誇るように胸を張ってみせた。

 強敵だったということは分かったので、テグスはハウリナの頭をぐりぐり撫でてから、視線をティッカリに向ける。


「う~んとね~。あの似ていない見た目はともかく、力も同じ程度だったし武装も似ていたから、なんだかやり難い相手だったかな~」


 その感想にウパルも続く。


「その通りでございますね。まるで水面に写る自分と戦っているような、不毛感がございました」

「むしろ予想しやすい相手でしたが、なにせ自分とほぼ同じなのですから」


 どうやらアンヘイラの感想は、ここまでの全員のものとは違うようだ。


「僕もやりにくいと思ったんだけど、そうじゃなかったの?」

「ええ。行動を逆手に取ることが出来ましたからね、似ていても少し違っていましたので」


 アンヘイラから戦いの詳しい状況を聞くと、言ったとおりの戦法で《写身擬体》を倒していた。


「そういえば、二人で二匹倒していたんだったね」


 凄いと思いながら、テグスがアンジィーにも視線を向けると、急に慌てだした。


「え、あ、あのその、ほとんど、アンヘイラさんのお蔭ですから」

「いえいえ。アンジィーも活躍してましたよ、身を挺して守ってくれましたし」


 二人が変な譲り合いをし始めたので、テグスは小首を傾げる。

 そこに店員が新たに頼んでいた料理を机の上に置いたので、会話が一時的に途切れ、アンヘイラとアンジィーの会話もうやむやに終わった。

 テグスは料理を摘みながら、会話を再開する。


「みんなの話を聞いていて分かったけど、一番面倒くさそうなのが、僕に似た《写身擬体》のようだよね」


 その感想に、ハウリナたちは一様に頷いた。


「そ、そのぉ、テグスお兄さんと戦う、って考えただけで、大変そうです……」

「予想外のことを、なさりそうでございますね」

「テグス、なんでもできるです。剣と魔術と魔法、使うです」

「《写身擬体》は真似をしてきますからね、こちらが使える魔術や精霊魔法なども」

「テグスが使える五則魔法と似たようなことも、やってくるはずなの~」


 最後のティッカリの言葉も的を得ていている。

 実際に、テグスが爆裂の五則魔法を使った際には、テグス似の《写身擬体》は火閃の五則魔法を真似た行動をしようとしていた。

 そんな、自分と同じ技術を持つ相手に勝つ方法を模索しながら、テグスは愚痴をいう。


「色々と身につけてきたことが、ここで仇になるなんて。まさかって気分だよ」

「ティッカリが一番楽そうですよね、その点だけを考えるならば」

「自身の戦い方が単純であれば、それだけ《写身擬体》も単純な行動しかなさらないようでございますから」

「腕力で殴るぐらいしか出来ないしね~。不器用なことが、変なところで役に立ったの~」


 自虐のような言葉に、テグスたちは少し笑う。

 その後で、ハウリナが真摯な目で質問を言ってきた。


「自分と同じの、どうやって倒すです?」


 結局は、そこが問題だった。

 ウパルとティッカリは、悩む素振りをしながら口を開く。


「ほぼ自分自身と戦うようなものでございますし、どうしても決定打は見込めなくなってしまいますね」

「身体運びはあっちの方が上手かったし、体力切れがないからね~。長期戦はあっちの方が有利なの~」


 質問を言ったハウリナも加わって、三人でうんうんと考え込み始める。

 そこにテグスが手を上げ、ハウリナたちに注目させた。


「さっき、アンヘイラが話してくれたように。自分の癖や戦い方を逆用すれば、倒せるんじゃないかな?」

 

 すると、ティッカリとウパルが首を横に振る。


「言うのは簡単だけどね~。自分でその行動が分かっていないから、癖っていうと思うの~」

「遠距離戦ならまだしもでございますが。近距離中距離にて戦い方を変にしてしまいますと、こちらが押し込まれる危険性もございますしね」

「そんなものかな?」

「テグスは器用だから、きっとできるです」


 恐らくハウリナは、純粋にテグスなら出来ると思ったのだろう。

 しかし、そうそう他の人ができることではないと、テグスに分からせる言葉だった。

 どうしようかと考えていると、アンジィーがアンヘイラに耳打ちしているのを、テグスは見つけた。


「アンジィー、なにか意見があるの?」

「え、あ、あのその、意見というより、ちょっとした疑問があったんですけど……」


 言い難そうな様子に、アンヘイラはその背に手を軽く触れて発言を促す。

 すると、アンジィーは意を決したように、言葉を続けた。


「ど、どうしてみなさん、自分と同じ《写身擬体》と戦うつもりで、話しているんですか?」

「どうしてって……自分のことは自分が一番分かっているから、だと思うけど?」


 テグスは、少し考えてから答えを返した。

 しかし、アンジィーは言いたいことが伝わらなかったというような、困った表情をしている。

 どうやら、疑問の受け答えとしては合っていなかったようだ。

 テグスとアンジィーがどう言葉を続けようかと困り合っていると、横からアンヘイラが助けに入ってきた。


「つまり戦う相手を交換しようということですよ、アンジィーが言いたかったことは」


 そこまで言われれば、テグスも分かる。


「ああー、なるほどね。たとえば、僕がアンジィー似の《写身擬体》と戦って、アンジィーが僕似のと戦うってことだね」

「え、あ、あの、さ、流石に、テグスお兄さんを真似た相手は、ちょっと難しいかなって」

「いや、例えばだから。例えば」


 必死に嫌だという表情をするアンジィーに、テグスは苦笑い交じりに返した。

 話を聞いていた他の面々も、相手を交換するという意見を考え始めたようだった。


「幸いに、私たちは役割が大きく分かれておりますし。戦いやすい相手と戦い難い相手が、別れやすいと思われますね」


 ウパルのその言葉に真っ先に反応したのは、ティッカリだった。


「戦い難いのは、ハウリナちゃんかな~。あれだけ素早いと、攻撃が当たりそうもないの~」

「わふっ。ティッカリの攻撃は、よけやすそうです!」

「殴穿盾と全身鎧のせいで、逆にこちらはやり難いですね」

「あ、あの、ハウリナさん相手だったら、せ、精霊魔法で足止めして、矢での攻撃を続ければ、大丈夫そうですよね」

「ムッ。ぜったい足止めさせてやらないです。あと、矢にも当たってやらないです」

「い、いえ、あの、その。は、ハウリナさんに似た、《写身擬体》の場合ですから」


 そんな風に誰が誰に似た《写身擬体》と戦うかの議論の最中で、一つだけハウリナたちが共通している認識があった。


「でも、テグス似のとは戦いたくないです」

「ああ~。たしかに、やりたくないの~」

「戦って勝てる気がしませんからね、テグスとだと」

「投剣、五則魔法、剣と、遠中近のどれでも戦えてしまわれますし」

「こ、こっそりと、知らない間に、倒されちゃいそうですよね」


 そう。全員がテグス相手に勝てると、思っていなかったのだ。

 結果的に、誰もテグス似の《写身擬体》と戦いたがらない。


「……それだけ皆に評価されている、ってことなんだろうけど。不人気扱いみたいで、なんだか複雑な気分がする」


 その後もハウリナたちの考えが変わることはなく、相手を換えるという話し合いが終わってしまう。

 結局、テグスは自分に似た《写身擬体》を押し止める役に、収まらざるを得なかったのだった。

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