218話 五十層準備中
テグスたちは四十九層で少し長く日にちを使ったものの、どうにかこうにか五十層への階段まで到着した。
少し遠回りながら、隠し通路や遠回りな道を繋いで、比較的安全な道筋が地図上で作れたからの成果だった。
「よ、ようやく、たどり着きました……」
ここまでの道のりの苦労からか、アンジィーが辟易としたような口調での独り言を呟いた。
テグスもその言葉に同意する。
「まさか、四十九層は五匹以上で組んだ《魔物》しか出ないとは思わなかったよね」
「大変だったです」
「でも、前にマッガズさんに教えてもらったとおりに、同種同士で組んでいた方が大したことなかったことが、不思議だったの~」
「変に苦戦しませんでしたよね、《遊撃虫人》が五匹のときでも。しかもなぜか同士討ちしていましたしね、《造盛筋人》だけのときは」
「別種で組んだときのみ何かしら強化されるよう、神に造られたのやもしれないとは、予想することが出来るわけでございますが……」
《魔物》の強さの増減に、少し釈然としない気分を話し合いながら、テグスたちは階段を下りていく。
やがて、五十層にたどり着くと、先に何組かの《探訪者》が座っていた。
どうやら《階層主》に挑む順番を待っているようだ。
「よぉ、扉明けの。随分と早いお着きだな」
「あいつら《下町》に来て、一巡年ぐらいだったっけか」
「いやいや、もう少し短いんじゃないか?」
食堂での顔見知りの一団はテグスたちに声をかけ、そうでない人たちはお互いに情報交換をしている。
テグスは顔見知りたちに近づき横に座ると、ハウリナたちもそれ倣う。
「こんな場所じゃなけりゃ、酒や食い物の一つでも奢ってやったんだがな――おや。ここまで大扉は明けずにきたのか?」
テグスたちが下ろした背負子を盗み見して、顔見知りの男の一人がそんなことを言ってきた。
「ここまで隠れ進んできましたからね。お宝を得るのは帰り道にしておきますよ」
「なんだなんだ。転移じゃなくて来た道を引き返す気なのかよ。さては、ここの《階層主》に勝つ自信がないな」
「まあ、初めて戦う《魔物》ですしね。逃げ道があるなら、何が何でもっていう気にはなれませんよ」
「マッガズのおっちゃん、苦戦したって聞いたです」
テグスとハウリナの理由を聞いて、顔見知りの男が訳知り顔で頷いた。
「なるほどな。まあ、先に挑むやつがいるんだ。精々、見て学ぶこったな」
「どうせなら、俺らとお喋りするんじゃなくて。いま戦っているやつらを見るのがいいかもな」
言いながら指す先にあるのは、《階層主》――《写身擬体》と戦う、他の《探訪者》の姿だった。
短い通路を抜けた先にある広間で戦っているため、テグスが居る場からは全容は見えない。
だが、度々見える剣戟と、絶え間なく聞こえる音で、激しい戦いが続いていることだけは分かった。
今《写身擬体》と戦っている《探訪者》たちは、自分と似た顔を狙い、一対一の状況を作って攻撃している。
実力と技術は拮抗しているようで、一進一退の攻防が続いていた。
だが、あまりにもお互いにかみ合っている戦いのために、見ようによっては、双子で剣舞を踊っているようにも見える。
そんな戦いを、少しの間黙って観戦していたテグスたちだったが、誰からともなく声が上がり始めた。
「しかし、そっくりというほどではないですね、こちらと同じになると聞いてましたが」
「身体の輪郭と武装を似せてはございますが、《写身擬体》は全身が鈍鉄色になっており、見ての判別が可能でございますね」
「う~ん、武器と防具も似せているだけで、別物のように見えるかな~」
「で、でも、苦戦している、みたいですよね」
「戦い方、マネっこされてるです」
「そうなると実力は同じ、っていう情報は合っているのかもね」
テグスたちのそんな意見交換を、周囲の人たちは微笑ましい笑みを浮かべて見ている。
そんな間にも、《写身擬体》と戦う《探訪者》たちは苦戦し続け、やがて撤退を選んだようだった。
大盾と大型の戦槌を持つ一人が殿を務め、残りはテグスたちがいる場所へ向かって逃げてくる。
「くそぉ~、今日も駄目だったか!」
「あとちょっとで、勝てる気がするのに!」
口々に悔しがりながら、上への階段近くで座り込んだ。
その慟哭が聞こえたのか、殿を務めていた男も短い通路へと逃げ込み、背を向けて走り出した。
殿の男に似た《写身擬体》は、通路に入る手前で立ち止まり、じっとしている。
やがて、彼がテグスたちがいる場所に入ると、杯の水を撒いたような音と共に、《写身擬体》は形を失って地面に広がった。
すると、逃げてきた《探訪者》たちの数と同数ある、鈍鉄色の水溜りが移動を始める。
そして、観戦中にテグスは気がつかなかった、広間の奥まった場所にある、同色の水が流れる噴水へ入っていった。
その光景に吃驚したテグスは、思わず顔見知りの男へと視線を向けてしまう。
「……もしかして、あの噴水の全部が《写身擬体》の元なんですか?」
「そうさ。人が広間に踏み込むと、あの噴水からその人の姿を真似た状態で出てくるんだ」
初めて見ると驚くんだと笑って言ってくるが、テグスにとっては笑い事ではない気がしてきた。
ティッカリもテグスと同じことを考え付いたのか、酷く嫌そうな顔の後で口を開く。
「あれだけの水量があると、倒しても倒しても現れて、きりが無さそうなの~」
「そうでございますね。連戦ともなれば、戦い方も変わってくるものでございますし。元が水のような相手となると、《鈹銅縛鎖》の捕縛は出来ないやもしれませんしね」
そんな当たり前の危惧を口にするウパルの言葉を聞いて、周囲の人たちが微笑ましさを増した笑みを向けてきた。
テグスはウパルの発言に変な部分はないのにと、首を捻る。
「それは考えすぎで、心配のし過ぎだ」
「そうそう。挑む人数に合わせた《写身擬体》しか出てこない。一匹倒したら追加でもう一匹現れるだなんて、聞いたことも見たこともない」
「仮にそうだとしても、あの噴水が枯れるまでなんて、流石に戦ってられねえよ」
「そもそも、全部倒す必要すらないからな」
言葉を切って指す先は、《写身擬体》が出る噴水の直ぐ後ろ。
そこには、壁にあいた穴に見える、広間の出口があった。
「見て分かるように、下への階段へは最初から開いているんだ。《写身擬体》の半数も倒せば、戦いながらでもたどり着ける」
「まあ、その半数を倒すのも大変なんだけれどな」
一通りのテグスたちへの説明が終わると、まるでそれを待っていたかのように、待っていた別の《探訪者》七人が広間の中へ入っていった。
すると、本当に鈍鉄色の噴水から、その七人そっくりな七匹の《写身擬体》が現れる。
そして、両方一斉に走り寄ると、重たい剣戟の音が奏でられ始めた。
テグスは彼らの戦い方を見ながら、どう自分たちの戦いの参考にしようかと、考えをめぐらせていったのだった。
時間が立ち、テグスは何組かの《探訪者》が《写身擬体》と戦うのを見続けた。
テグスたちの番が来ても、逃げ帰った後も休んで待っていた人たちにその順番を譲って、戦いを観察することに費やした。
そして、気が付いたことがあった。
「なんだか、本人の戦い方とその人と似た《写身擬体》でも、戦い方が少し違うね」
テグスが感じた通りに、そういう違いが見受けられた。
例えば、ある男は大剣の振り下ろしを多用するのに対して、同じ風貌の《写身擬体》は突きを主とする攻撃をする。
盾と棍棒のどちらも攻撃に使う人に対して、盾で防御し棍棒で殴るという区別した戦い方をする。
矢を射る先も、元となる人は後衛を狙うのに、似た《写身擬体》は前衛へ放っている。
武装と力比べは同程度なのに、そんな戦術の違いがあるのが、テグスには興味深く見えた。
アンヘイラとティッカリも、その違いが気になるのか、テグスの感想に続く。
「どうやら武器に対する考え方が違うようですね、本人と《写身擬体》の間では」
「もっと言うと、持っている武器を基本通りに使っているのは、《写身擬体》の方な気がするかな~」
二人の意見を意識に入れて観察すると、堅実な方は《写身擬体》のように見えた。
《探訪者》側は力押し気味に、武器を力の限りに振り回して、一気呵成に攻めている。
一方で、《写身擬体》は武器に合った距離を保ち、防具は守りだけに使い、長期戦の構えだ。
さらに、《探訪者》側は個別撃破を狙って襲っているのに対し、《写身擬体》は全員が一丸となって動いている印象が見受けられる。
加えて――
「おっちゃんたち、疲れてきてるです」
「そ、そうみたいですね。で、でも、《写身擬体》は、最初と変わっていない気がします」
明らかに時間が経つにつれて《探訪者》側が、段々と不利になってきたのだ。
そこで、テグスはなぜ彼らが『一気呵成に攻め』る上に、『個別撃破』を狙うのかの理由が分かった。
「長期戦になると、どうしてもこっち側が不利になっちゃうのか」
「生き物かどうかも怪しい《魔物》でございますし。体力という概念がないのやもしれませんね」
そして、やや形勢が《写身擬体》側に傾いたと見るや、長期戦の構えから一転して攻勢に移り始めた。
何度も戦った経験があるからか、《探訪者》側は早々に攻撃を中断し、手馴れた調子で怪我を負うことなく逃げ返ってくる。
テグスたちの前を横切ってから、彼らは疲れた様子で地面に座り、今の戦いの反省会を始めた。
形を失った《写身擬体》は、水溜りのような状態で移動して噴水へ戻った。
それを見届けてから、また他の《探訪者》たちが挑みにいく。
再びその戦いを観察していると、テグスは顔見知りの男に声をかけられた。
「扉明けの。もうそろそろ、観察はお終いでいいんじゃねえか?」
「……そうですね。結局は、僕らが戦ってみないことには、対策を立てきれませんからね」
そう、どんなに他の人の戦い方を見ても、《写身擬体》は挑む人に応じて姿と武装を変えるため、真に参考にはならない。
実際に仲間と一緒に戦ってみないことには、相手の戦い方すらも分からないからだ。
「でも、僕らと戦い方が違って、正攻法でくるって分かっただけでも収穫だよね。きっと僕の真似をする《写身擬体》は、黒直剣が主体で攻撃してくるだろうし」
「わふっ。獣人は、手足で戦うのがふつうです!」
「盾を二枚持つなら、完全に防御主体かな~?」
「矢を射る先は変わらないでしょうね、隙を見せた相手を狙っているので」
「拘束するとなりますと、狙うはハウリナさんでございましょうか」
「あ、あの、その、毒液があるので、毒矢が主体になるんじゃないかなって……」
次に順番が来るまで、《写身擬体》がどんな攻撃をしてくるのかを喋り合う。
中には、自分なら誰々をこういう方法で攻撃する、などといった意見も出しあった。
そんな風にして、テグスたちは時間を過ごしていったのだった。
 




